154クセノフォン『ソクラテスの思い出』
哲学書のようで哲学書でもないような読み物です。
久々の哲学書? なので取り扱いが難しかったので面白エピソードを紹介してお茶濁しました。
「栞、週末空いている?」
「はい。特に予定はないですが勉強会ですか?」
「違う違う! 君生よ君生! 映画見に行こうよ!」
「キミイキ? なんですかそれ?」
「あれよ、ジブリの『君たちはどう生きるか』よ!」
「ああ、吉野源三郎の本からタイトル貰ったヤツですね。全然宣伝見ないからやっていること自体に気がついていませんでしたよ」
「なんかねー、ネタバレ食らいそうになっちゃったから早めに行きたいなって。とりあえずタイトルの元ネタと映画の内容全然違うらしいけれど、そのぐらいしか情報ないから今のうちに見に行きましょう!」
「まあ確かに吉野源三郎の本アニメ化してもあまり面白そうじゃないですね」
「なんていうかなあー人生というものはこうだ! みたいな話? そういうのが出てくると説教くさくなる気がして何かやだなあって……」
「人生について語る本が全部が全部悪いわけじゃないですよ。セネカの『人生の短さについて』とかマルクス・アウレリウスの『自省録』とかラッセルの『幸福論』とかショーペンハウアーの『幸福について』とか、みんないっていることバラバラですけれども、どれが上とかそういう感じのことはなくて、なるほどなあーって感じで読めますよ」
「何それ、自己啓発ブックみたいな感じなん?」
「そういうわけでもないけれど、割と常識の範囲内のこといっているけれどはっとさせられたりすることもありますね」
「ふーん。栞そう言うのも読むんだ」
「まあ私もさっき上げた本全部読んだわけじゃないですが、小話として面白い本もありますよ、ちょうどいい感じの本あるのでちょっと見てみますか」
「うーんせっきょうくさくなければいいけれども……」
栞はまあまあと手で制して鞄から一冊の本を取り出した。
「ジャカジャン! クセノフォンの『ソクラテスの思い出』でーす!」
「ジャカジャンて……なんでも鑑定団じゃないんだし……」
わたしの突っ込みを無視して栞はいつものように語り出す。
「はい! 詩織さん! ソクラテスといえば何者でしょう!」
「えーと……古代ギリシャの哲学者だったっけ?」
「はい、正解三〇〇〇点!」
「やった!」
「ではソクラテスの弟子を今上げた本の作者であるクセノフォン以外で誰か一人上げてみてください!」
「えーと……ア、ア、アルキメデス?」
「ブーはい違います! 五〇〇〇点没収!」
「ペナルティ厳しすぎない!?」
「まあお遊びはここまでとして一番有名なのはプラトンですよね『ソクラテスの弁明』とか。流石にプラトンは聞いたことありますよね?」
「馬鹿にしないでくれるー!? プラトンもツープラトンも知ってますー!」
「分かりましたから落ち着いてください。えーとソクラテスは超有名ですが、彼自身は一つも著作を残していなくて主にプラトンとクセノフォンの著作でもって知られているんですね、むしろそれ以外では知られていないみたいなところがあるんですが、こういった著作をまるっと一纏めにして『ソクラテス文学』といいます。なんで文学なんてついているかというと、ソクラテスの言行を書いた著作については弟子達が結構盛ってたり、自分の意見反映させたりしてんじゃないの? ということで、現実のソクラテス像が中々見えてこないぞということなんですね」
「なんか一杯あるんだ『ソクラテス文学』って」
「まあそうですね、意外なほどいっぱいありますよ。ただ割と最近までクセノフォンは哲学者じゃなくて軍人だったからソクラテスの深いところまで理解してないからあんまりしっかりと読む必要ないよみたいなこといわれていたりして全体的にサゲられていたんですが、近年の研究だと、やっぱり重要ってなっていたりして評価がぶれぶれになっている人ではありますね。まあ歴史的な正当性はとりあえず置いておくとして、数ある人生論の中でもかなり読みやすくて面白いのがクセノフォンの『ソクラテスの思い出』ですプラトンの描き出したソクラテス像とはまた違った姿なんですが読み物として面白いです」
「哲学書なんでしょー? 難しいんでしょー?」
「いえ、ちょっと変わったおじさんの一言日記的な感じですね、その一言をいっている場面にクセノフォンがいたので書き留めましたという内容です」
わたしは、ほーんといって「まあそれなら読んでみようかな」という気になった。
「全体的にいえるのが、欲をかかない、自制心を持つ、勉学に励む、質素倹約に努めるといった感じですがそういうお説教くさい話を日常の会話でぽろっと無限に出してくるんですね」
「歩く名言マシーン?」
「そんなところです」
「じゃあ面白エピソード教えてよ」
「ちゃんと後で読んでくださいよ……」
そう言ってわたしに背を向けて顔だけこちらに向ける。
そこまで警戒せんでもいいだろうと思うけれど身に覚えが色々とあったので黙っておくことにした。
「例えばですね、二十歳未満で国の代表になりたいと言い出したグラウコンという青年と少年の間ぐらいの人がいて、まあ周りから止められる訳なんですよ。で、ソクラテスがこういうわけです「君は国のリーダーになったら国のために色々尽くしてくれるんだろ?」と、問いかけると「もちろん」というわけです。で、ソクラテスが「じゃあ具体的に何してくれるの?」と聞かれるとその時初めて考えたというふうに考え込んでしまうわけです。さらに追い打ちで「友達の家を栄えさせようと思ってみたら君はそのようにするだろ? それと同じように国をより優渥にしようとするだろ?」といわれて当然ながら「はい」というわけですね「では今の国の税収はどれだけあんの?」ときくと「それはまだ調べていません」とくるわけです。それから「無駄な支出がどれだけあるか調べるために支出は把握しているよね?」といわれてまた「まだ調べていません」とくるわけです「国の支出も収入も知らないのに国を富ませることは出来ないからね、それは後回しにしよう」と、まあこう来るわけですよ」
「胃が痛くなってきた……」
栞はにやりと笑い眼鏡をビカビカッと光らせるとさらに続ける。
「グラウコンは「でも敵から奪い取って収入を得る方法もあります!」と反論するわけですね、そしてソクラテスは「どういう敵と戦うべきでどういう敵とは戦争を避けるべきか考えないと国に助言できないよね? 弱い国ならいいけれど強い国と戦ったら奪われちゃうもんね」と、いうのです。グラウコスは「そうですね」というわけですが「じゃあどういう国と戦うべきか助言を与えるには自分の戦力知らないといけないよね」とたたみかけます、グラウコスくん「ごもっとも」としかいえません。ソクラテスはみんなの前で「じゃあ正確に戦力を把握するために我が国の陸軍と海軍の兵力を、次に敵の戦力を我々に教えてくれ」ここまで来ると参ってしまって「そんなんソラじゃいえません!」と言い逃れするのですがソクラテスは容赦しません。充分へこんでいるグラウコスに「じゃあ何かにメモってあるの? それもってきてよ」というわけです、当然答えは「まだ書き記していません」です」
「いやぁー! もうやめてあげて!」
「ソクラテスは「まあまだ国のリーダーになろうとしている君はこういったことを吟味していないから後回しにしましょう。しかし私はどこにどれだけ守備隊がいてどこを守るべきか把握しているよ、それは有利な位置の守備隊を増強し、無駄な守備隊を撤退させる助言をするためにね」ときます。もうやけっぱちのグラウコスは「私なら全部の守備隊を撤廃するように進言しますね! 彼らのやっているような守備ではこの地のものが盗まれてしまいますから」と言い返します「それじゃ盗みだけじゃなくて略奪もおおっぴらにやられちゃうじゃん」といい「君現場に行ってちゃんと吟味したの? そうじゃないならなんで守備隊が悪いみたいにいったの?」とたたみかけます「そう推測しているだけです」ときます「じゃあその話も後回しにしようか、あとで教えてあげるから」とガン詰めがつづきます、そして「この国を助けるために君が穀物がどれだけとれてそれで年間どれだけの人を養えるか知ってることをわたしは知っているよ。だってリーダーになりたいんでしょ?」グラウコンとうとう降参して「あなたのいうことは大変な仕事ですね、そんなことにまで気をつけないといけないなら」と理詰めで追い詰め続けます」
「みんなの前でそれいわれたら私なら再起不能になるわ……」
「そろそろ感動のフィナーレです「でも家の支出とか知っておかないと家を治めることもままならないよね? この国一万件以上の家あるよ? 一つの家治められないのに多くの家を助けること出来ないよね? 例えるならギリギリの荷物抱えている人にそれ以上重い荷物持たせることなんてするべきじゃないよね、どう見ても明らかでしょ?」というわけです。グラウコンこれに対し「しかしですね、叔父が僕の言うことを聞いてくれれば叔父の家を助けることが出来ます」とボロボロの刃物で切り返します。そして「叔父一人説得できないのに全アテナイ人説得できんの?」と一撃で沈め「出来ないことを出来るといったり知らないことを知っているといったりする人は君の知る限り非難を浴びるより賞賛を受け、軽蔑されるよりも感心されることになるって本当に思ってるの?」と「このくにで名声を手にしたいなら自分が出来ないと思っている事柄をできる限り詳しく調べて、その点で他の人々を上回るようになってから仕事をするならば、君が名声を易々と手に入れても私は驚かないね」と締めます」
「滅多打ちじゃん!」
「まあもちろん穏やかな語らいなんかもあるんですが、私このグラウコンとの対話が大好きで、色々と気をつけるようにしているんですよ。別に何かのリーダーになるわけではないですが己をよく知ること、周りに気をつけることというのをしっかりと持ちたいなというわけですよ」
「ちょっとあまりにも滅多打ち過ぎて胃が痛いの通り越してちょっと読んでみたくなっちゃったじゃん!」
「もちろんお薦めですよ!」
「じゃあキミイキ見に行くまでに読んでおくかな……」
「あれ? 私映画行くこと確定なんですか?」
「栞、君が私のさそいにホイホイ乗ってしまうことはわたしがよく知っているよ……」
「非常に深い哲学的問題ですね……」
「いーじゃん、行こうって!」
「もちろんですとも!」
「これで「栞との思い出」がまた一つ出来るね」
なんて言い合って他愛もなく笑い合った。
哲学とか格言とかよく分からないけれど、好きな人と一緒に語り合うのは本当に楽しいことだと思った。
クセノフォンは艱難辛苦を舐めた軍人で適中横断六千キロといわれる大行軍を指揮したばかりか、スパルタの要請で再び残りの兵士と共に傭兵になり、色々あってアテナイと戦うことになって古巣にケンカ売るためになったので、アテナイからは裏切り者と罵られ、軍を引退した後は山に農園を持って引っ越ししますが、そこも追われ、最後は著述作業に没頭するようになります。
その時に編まれたのがこの『ソクラテスの思い出』を初めとするクセノフォンの『ソクラテス文学』のようです。
もうちょっと書こうとは思ったのですが、内容の引用だけでご覧の通りバカ長くなってしまったのでほどほどに押さえることにしました。
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ではまたなるべく近いうちにお会いしましょう。
では!