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153ウラジーミル・ソローキン『吹雪』

入院中は読書がはかどります、

幸い個室なのでネットやノートパソコンなどの持ち込みも可能なのでこうして更新している次第です。

もう少し更新の頻度上げられたらなと思っていますが、新作なんかもちょろちょろと手を出していたりするので、健康第一で書いていきたいと思います。

ネタバレ要素は表紙に書かれていることぐらいです。

「図書室の何がいいかって冷房の温度好きに調節してもバレないことだわ」


 そういって温度をピピピと下げる。


「詩織さん。あんまり下げすぎるとバレたときに温度固定にされちゃいますよ」


 と、栞は言うが温度を下げることに対しては異論はないようだ。

 いつもは二十五度ぐらいの設定でちょうどよかったり寒かったりするのに二十五度では本日の暑さは乗り切れられない。

 なぜなら外気温は三十七度とか狂った数値を示しており、鉄筋コンクリートに蓄えられた熱は校舎内の人間をじわじわと蒸し焼きにする。


「いやあ、これで涼しくなったわー」


「私も暑いの厭なので黙ってますけれどほどほどにですよー」


 そう言ってくすりと笑い「二人は共犯者ですね」などという。

 二人だけの秘密を持っているようでちょっとゾクゾクしたけれど中身はけちくさい温度管理の話であるが、なんかこういう感じの共謀犯だとか二人の秘密だとかいうのに弱い。


「栞さ、なんか暑い日にちょうどいい本ないの? なんかホラーとかサスペンスーみたいなのさ!」


 栞は口元を緩め「よくぞ聞いてくださいました」とばかりに鞄から一冊の本を取り出した。


「じゃじゃーん! ウラジーミル・ソローキンの傑作中編『吹雪』ですー」


「じゃじゃーんて……ホラーなの? タイトルは寒そうだけれど」


「うーんSFですかねぇ。ロード・ノヴェルってヤツですね、コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』と同じカテゴリーですかね。旅を続けるのを延々と横から眺めていく映画を見ているような感じの小説です」


「へー『ザ・ロード』はわたしも好き。映画見ているような感じかあーどんなんなのよ?」


「中編なんで一日あれば読み終わると思いますけれど簡単な流れだけご説明しましょうか」


「助かる」


「目的地の街でボリビアから来た「黒い病」というまあ一言でいうならゾンビ・ウイルスが猛威を振るっている街にワクチンを届けるために、ドクトル・ガーリンというお医者さんがちょっとだけ未来のロシアで猛吹雪の中駅馬車を探しているところから話は始まります」


「いきなりのゾンビ・アポカリプス来たわ」


「駅長は全部の馬が出払っているといってガーリンに取り合わないんですが、仕方なく農村を訪ねると咳が凄いのでセキコフと呼ばれているコジマというパン配達人が馬を持っているということで物語は始まります」


「ロシア語でも咳ってセキなの?」


「いえ、全然違う名前なんですけれど翻訳者の方がロシアっぽい名前に書き換えたそうです」


「なるほど……」


「で、ですねセキコフが飼っている五十頭の馬というのが一匹一匹がヤマウズラ程度の大きさしかなくて、スノーモービルの様な乗り物の中に入れてベルトを回させることによって走るという奇天烈なモノなんですねー」


「ちっさい馬はかわええかもー確かにSFだわ」


「それでまあセキコフというのが実に誠実でいい男なんですがガーリンは医者の使命もあるので時にはセキコフに暴力を働いたり、時には兄弟のように仲良くなったり、哲学的な問答をしたりと関係性がコロコロ変わるんですね、ここら辺も見所です」


「へー心理小説みたいなかんじなの?」


「心理小説とというわけでもないのですが関係性がころころ変わるほど吹雪の道は厳しく進むのは難行だということです」


「はーなるほどね、続けて」


「つづけましょう。まあストーリーは基本的に一本道なので、起こることといえば何かにハマって車が故障したり、道に迷ったり、凍える寒さの中で四苦八苦するというものなのですがSFらしさはちゃんとあります」


「おーけー! 聞こうじゃないの」


「ネタバレにならない様にいうと、この本の帯にも書かれていますが、小人の粉挽き屋ですとか謎の透明物質で出たピラミッド型の麻薬装置、ラジオなんだけれどホログラム映像が見られるものですとか、小人がいるので当然身長六メートルはある巨人もいますし、ヤマウズラの大きさの馬がいるなら三階建ての建物ぐらいある馬も登場します。小人は小人症というわけでもなくて本当に小人なんですが、奥さんは普通の人間だったり、麻薬装置はビタミンダーとと呼ばれるグループが売ってたりするんですね。胡散臭い登場人物だらけの中、とにかくワクチンを届けようとするガーリンは高潔な医者にも見えますが、この人はこの人で途中途中誘惑に負けたり、無謀な行進をしたりと一筋縄ではいかない人です」


「本格的にSFめいてきた。いいじゃんわたしそういうの好きかも……」


「気に入って貰えると思いますよ。他の作品に比べてかなり読みやすいですし汚い表現も控えめですからね」


「あ、ソローキンっていきなり斧で手をぶった切ったりうんちたべたりする所描く人だったっけ?」


「よく覚えていました。短編集の『愛』ですね。長らく絶版だったものが最近『ロマン』という長編と共に国書刊行会から新装版が出ました。人気作家なんですねぇー。たしかに他の作品と比べると限りなく読みやすいですよ」


「うーん。それならばいいんだけれどうんちとか食べない?」


「食べません」


「じゃあ読もうかな……最後はゾンビ・ウイルスを止めて勘当のフィナーレ! ってかんじ?」


 栞はにやりと笑うと「そこは自分で読んでください!」といって白い馬の顔がどアップで描かれた本をわたしの胸の上にぽんと置いた。


「いやん。栞のえっち……」


「そう言うのではないです……」


 栞に冷たくされたので唇を尖らせながら「チェッ」というと栞は仕方ないなあというような表情をする。


「これは中編ですが、物語の後の話を書いた『ドクトル・ガーリン』という長編もあるようですね。こちらはまた邦訳されていないのですが中々楽しみな作品です。この『吹雪』の不穏な終わり方の後カーリンがどうなってしまうかは確かに気になるものですからね」


「んまっ! 不穏な終わり方!」


「『親衛隊士の日々』という作品があって、これは結構昔に描かれた作品なんですが、二〇二八年にロシアが皇帝を抱く帝国になった時の話なんですが、今のプーチンを予言したとして結構な話題になりました。この『吹雪』もおそらく同じ舞台だろうと考えられるらしく、ガソリンが超貴重な資源になっていたりと、帝国の衰退が表現されている所なんかあって、ソローキン作品に詳しいともっと楽しめる作品ですね」


「へぇー読む順番はこっち先でもいいの?」


「まあ直接的な繋がりはないですからね」


「ふぅん。これで夏の暑さ紛れるのかしらん?」


「吹雪の中の強行軍の描写は徹底していて、とにかくいつ死ぬか分からない雪と寒さの表現に満ちあふれています。まあ本を読んだからといって涼しくなるとか、わたしはそういう感覚は実はあまりないんですが、真冬に読むか真夏に読むかで悩む作品ではありますね」


「へーまあSFはわたしも囓っていこうかなと思ってた所だしちょうどいいかもねー。さんきゅ!」


「原作は二〇一〇年に書かれたものなんですがNOS賞という賞やビッグ・ブック賞とかまあ色んな賞に輝いているのですけれど、特にNOS賞に関してはこの十年でNOS賞に輝いた作品の中で一番よかったスーパーNOS賞なんてのにも輝いていますねぇーどうです? 読んでみたくなる気持ち盛り上がりましたか?」


「賞のことはよく分からないけれど、それだけ評価された作品だっていうことだもんね。よーし! わたしも栞のいう通り一日で読み終わらせちゃおうっかなぁー」


 栞は笑いながら「無理して一日で読む必要はないんですよ。自分のペースで読めばいいんです。日本語には「積ん読」なんて言葉もあるぐらいですからね。それでも人と子というならば続きが気になって一気に読んじゃうっていう方が正しいかも知れませんね。長さもちょうど映画一本分かな? って感じのストーリーの長さですし。でも満足感は高いですよ!」


「ふぅーんなるほど。つまり『わたし向けの本』ってことかな?」


「詩織さんもきっと気に入ると思いますよ」


 窓の外でどこか遠くから野球部がバットで快音を鳴らすのが、エアコンの音に紛れてコーンと響いてきた。

 動かないでいると少し寒いけれど『吹雪』を読むのにはちょうどいいのかも知れない。

 壁の外で野外で真夏に熱中症に気をつけながらハードな運動をする青春があってもいいし、冷房の効いたところで他愛もない話をしながら読書にふける青春があってもいいのかも知れない。

 入学した直後はどっちの青春もあり得たけれど、どことなくクラスの中に居場所が見つからず図書室に通い詰めていて、この分厚い眼鏡の少女……とはいっても同い年だけれど……と二人きりで過ごす事になるとは思ってもみなかったけれど、今にしてみれば大当たりの青春を引き当てたのかも知れない。

 色恋沙汰とは縁がないのは少し不満な面もあるけれど、わたしには栞がいるからそれでいいのだ。

 早速『吹雪』を開いて本の世界へと滑り込んでいった。

 わたしの左手があたたかいのは栞がわたしの手を握って本の感想はどうかなとニヤニヤ笑いながらわたしを観察しているものだとすぐ分かった。

 いいでしょう。

 それならわたしの中身の中身までお見せしちゃいましょう。

 そう思い本に集中した。

病院の椅子は三十分座っていると尻が痛くなって仕方ない堅い木の椅子です。

そもそもゆっくり休むために入院しているのに作業に没頭している方がおかしいので、これは私が悪いです。

先生、スタッフの方ごめんなさい。


いつも通り雑談でも一言感想でもあれば感想欄に放り込んで頂けると励みになります。

感想書くのまでは面倒臭いという向きには「いいね」ボタン押して頂けるとフフッて成りますのでよろしくお願いいたします。

ではなるべくまた近いうちに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 共犯者は世界で『最も親密な関係』、なんて言われたりもするとかなんとか……。 ラストの、吹雪を読む詩織の左手をに握ってニヤニヤしながら観察している栞、という二人の様子が凄く良かったです。 手…
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