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152井原西鶴『好色一代男』

題材が難しくて上手くまとめられませんでしたが、日本文学史上最初のベストセラーとされる『好色一代男』です。

粗筋はほとんど書いてませんが結末にはさらっと触れてあるのでお気をつけください。

 図書室のドアをするりと開けて、体を半分だけ図書室にいれる。

 栞がなんなんだといったような表情でこちらに視線を投げかける。


「しおりえもーん!」


「何ですか! 何ですか! 何ですか!」


「古文全然分からん! 古文教えてよー!」


「んま! それ何回目ですか!」


「いいじゃん栞古文も出来るんだし……」


「うーん……詩織さんは古文の内容勉強すると言うより、古文に親しみを持つ方が古文古典攻略する近道なんじゃないですかね?」


「ほんとぉにぃ?」


「ほんとぉにぃー」


 栞は鞄の中から一冊の本を取り出す。


「これなら内容的にも長さ的にも詩織さん楽しんで読めるんじゃないでしょうか?」


「えー何々? 井原西鶴『好色一代男』……何これ? いや、井原西鶴ぐらいは名前知ってるけどさ……」


「テーマは「エロス」です!」


「んま! えちち本!?」


「女狂いの伊達者である夢介と渾名された男の子供として生を受けた世之介という男の色恋の道に明け暮れた人生録です」


「エロス……」


「七歳の頃に屋敷の腰元を口説いたのをはじめとして、九歳の頃には念者と呼ばれる大分年上の男娼を口説いたり、十二歳の頃にはもう既に女性を相手に初体験を済ませます」


「なに! 男にまで手を出してたの?」


「世之介、五十四歳までに戯れた女は三千七百四十二人、男は七百二十五人……」


「三千七百人に男も七百人こえって……」


「在原業平朝臣が女性三千七百三十三人という話があるのでそれに対抗した話であるようですね」


「毎日アレしたとしても十年以上?」


「ですね」


「読む」


「読みますか……」


「もっと読みたくなる情報頂戴」


「そうですねぇー」


 そういって天井を見上げ右手の人差し指をくるくると回しながら考え込むと、つらつらと語り出した。


「十五歳の時です。元服間近の世之介は、ある人が後家さん最高、何人も口説き落とした。と言っているのをうらやましく思って、自分も後家さんをモノにするんですが、ここで失敗して孕ませてしまうんですね。後年の世之介は堕胎薬なんかを携帯して気をつけている訳なんですが、このときは生まれてしまったため京都の頂法寺六角堂というお堂の影に捨ててしまうんですね、これが最初で最後の子供なんですがまあ酷い話です」


「世之介サイテー、サイテー世之介」


「まあ遊女や不倫や巫女さんなんかとただれた関係を放浪しつつ、酷い貧乏暮らしもするんですがこんな話ばかりが実家に舞い込むので十九の時に、実家から勘当されてしまいます」


「まあ勘当ぐらいされるよねそれ」


「はい。でもまあ煩悩を消そうとして僧侶になったり色々試すんですが、もう女とみるとすぐに煩悩が燃え上がりすぐに女を口説いては結婚して、結婚したかと思ったら飽きたところで旅先に捨て置いてまた新しい女に飛び移る……そして間に陰間……まあ男遊びですね、こちらも欠かさないわけです」


「何者なの世之介って……」


「で、まあお金持ちの腰巾着やりながら自分も将来ああいう太夫を上げてどんちゃん騒ぎする遊びをしてやるぞと思い旅を続けること三十四歳。京の都から父親が亡くなったと訃報が届き駆けつけると、母親が全ての遺産はお前のものだよといって銀二万五千貫目、今で言うと換算が難しいのですが、少なく見積もっても三百七十五億円。もしかすると数千億円という金額らしく、これを全て好きにしていいよと言われた世之介は、好きな女を身請けして、名高い遊女を片っ端から残らず買っていこうという決意をし、太鼓持ちという盛り上げ屋ですかね、太鼓持ちをかき集めてさらなる色道に邁進するようになります」


「ちょっと都合よすぎない?」


「まあストレスフリーで読めるところではありますよね。女性側からするともう怒る気力もないですが」


「まあそこまで突き詰められると怒る気にもならなくなるのはそうだけれど……」


「西鶴は当時の有名な遊女や歌舞伎俳優、豪商の実名をバンバン出しているのですが、西鶴自身は廓文化に精通していたものの、下戸で一滴も飲めなかったそうです、なんですがそこに書かれる遊郭の文化は本当に細かいんですね。遊女が結婚を望んだときには生爪を剥がして指を切断して髪の毛をプレゼント、更に内股に刃を差して覚悟を示すらしいのですがこういう風俗も書かれていますね」


「こわっ! 生爪とか指とかいらないよ! 兎の後ろ足だって気持ち悪いのに人間の指って……」


「まあそれだけ遊郭のルールが厳しかったと言うことでしょうね」


「こわー……」


「遊女の文化は滅茶苦茶に詳しく書かれているので話のラストまでいくと、タイトル回収がありますね。この本のタイトルは『好色一代男』ですが、一代というのは、妻もなく子をなさず自分で末代になるという意味で、六十の時世之介は女しかいないという女護の島にいくために黄色丸とかいて「よしいろまる」という船に大量の精力剤や堕胎薬をつんで六人の仲間と船出をして最後は行方不明になるという終わり方をします」


「凄い話だ……あれ? 息子いなかったっけ? 捨て子の」


「ええ世伝という名前で父親のサポートとかしてますが一言二言触れられているだけですね、この世伝が主人公の話なんかも作られます」


「へー人気でたんだね」


「好色物ブームが起きて西鶴自身『好色二代男』『好色五人女』『好色一代女』というのを書いており、他の書店からも『好色なんとか物語り』がシリーズででていますね。当時京都と江戸では出版文化が発達していて、西鶴の地元の大阪では、老舗本屋に押さえつけられて本屋はあまり発達していなかったのですが、元々西鶴は俳諧師だったので、俳句を集めた本を大阪の書店から出したりするわけですがこれでお経とか仏教説話がメインだった京都の本屋にはない種類の本屋だったのでヒットします。その後で『好色一代男』のヒットがあり大阪の書店はぐぐぐっと大きくなります。何ですがこの時代ならではでもあるんですが、この頃は重版といったそうですが、いわゆる海賊本が江戸で大ヒットして一文も大阪の書店に入らないとかで、訴えを起こそうにも江戸の奉行所までの交通費や、勝てる見込みなんか考えると完全に赤字なんで、上方で作った本とは別に判型と内容を少し変えた江戸版を作ったりして対抗したようです」


「仁義なき戦い……!」


「あとは下敷きになったのは明らかに源氏物語で光源氏なんですが、これ全六十帖から出来ているのですけれど、今では源氏物語は五十四帖とされていますけれど、当時は六十の挿話があるとする説があってそれを採ったらしいです。まあこの道徳観ゼロの本は新しい文化に馴染んできた人々の間で一種のピカレスクロマンとして大いに楽しまれ、日本文学史上初のベストセラーとなったと、まあそんなところですね」


「へー。それならわたしにも楽しめるかも……世之介とはわかり合えそうにないけれど……で、原文は簡単なの?」


 栞はちょっと困ったような顔をすると、申し訳なさそうに頭を下げて。


「いやあ、ちょうどこの前読んだばかりなんでお薦めしたんですけれど、原文は俳諧師独特の諧謔に満ちていて、色んな古典からの引用も多くて、古典文学のプロが読んでも、上手く翻訳できないほど難しいらしいです」


「えっ! それって楽しく読んで古典の勉強にもなるよと思ったら全然そんなことはありませんでしたー! 激ムズですー! ってこと?」


 腕を頭の後ろに回すと栞はペロリと舌を出して「勉強なら付き合いますよ?」と言った。

 わたしは声にならない声で「ノォォォォ!」と叫んでいた。

 結局栞が好きな本オススメされただけに終わってしまったが、まあそんな栞のことを憎めないのもわたしの性であるので、あとでアイスかなんかおごらせようと思いながら栞にダル絡みを始めた。


「まあまあ、井原西鶴は凄い人で一晩で一人で二万三千五百首よんだとか面白エピソードもあるんでそこら辺からめてお勉強一緒にしましょう、私の家ででもいいですから……ね?」


 わたしは栞の家と言うところで即許した。

 古文古典の道は限りなく遠く厳しい……。

源氏物語なんかがある程度基本的素養だった時代で色々な古典のパロディーに満ちている「笑い」の本だそうです。

原文は滅茶苦茶難しいらしくて翻訳者も井原西鶴の文章の感覚を表に出しつつ現代風に書くのが大変だったそうで、志賀直哉や吉行淳之介なんかも過去に苦労させられたそうです。


一言感想、雑談何でもあれば感想欄に投げ込んで頂けると励みになります。

そこまでするのは面倒臭いなという向きには「いいね」ボタン押して頂けるとフフッてなりますのでよろしくお願いいたします。

それではまた可能な限り近いうちに!

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