150メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』
大変お久しぶりになってしまいました。
可能であれば連続して明日も更新したいと思うのですが、はてさて。
古い作品で映画も何本も作られていますし伊藤潤二の漫画なんかも有名なので粗筋は最後までガッツリ書いてありますので、これから読みたいという方はご注意ください。
雨、曇り、雨、雨、蒸し暑い、雨……。
このところ雨ばかりで本当に厭になる。
雨がいやというより、雨に続いてやってくるムシムシとした空気がもうダメ、最悪である。
「……と、いうことで栞センセ」
「何がということなんですか藪から棒に……」
「なんか面白い話してよーねー本の話でもいいからさー、雨ばっかりで厭になっちゃうのよマジで」
「うーん、突然いわれても困りますけれど……そうだ雨で閉じ込められたというと「ディオダティ荘の怪奇談義」ってちょっとした文学上の事件が二〇〇年ちょっと前にあって、詩織さんでもよーく知っている作品が誕生した出来事がありますね」
「なにそれ、殺人事件?」
「別に人殺しがあったとかじゃないですよ」
そういって笑いながら視線を落としていた本から視線をこちらに移す。
「知っているかどうかはちょっと微妙な感じですがバイロン卿という大詩人がいるのですがご存じですか?」
「あー作品とか全く知らないけれど名前だけはなんかの本に引用されてたりとかしたの見たことある気がする」
「ディオダティ荘はスイスのレマン湖畔に建っているバイロン卿の別荘ですね。バイロン卿が浮気したり、近親相姦して孕ませたり、同性愛にふけったりして、奥さんから離婚を求められて逃げも逃げたりスイスまでといった感じです」
「そこまで行くと逆に清々しいな!」
「まあここに同性愛相手とも腐れている青年医師のジョン・ポリドリという人までいるからややこしいんですよね」
「インモラルが過ぎる!」
「で、ここにバイロン卿にも負けない大物詩人のシェリーとその妻メアリ・シェリー、メアリの継妹でバイロンの子を身ごもるクレアが同席するわけです。火山の噴火とかがあって別荘周辺は連日雨で雪隠詰め、まあ今みたいな感じの天気がずーっと続いたわけですね」
「なんか暇そー」
「暇でした。あんまり暇だったんで、ドイツの怪奇譚集のフランス語訳された『ファンタズマゴリアナ』というアンソロジーの朗読会をして、その場の思いつきで、怪奇作品みんなで書いてみよっかとバイロンが提案するわけです。結論から言うとシェリーとバイロン卿は話の断片ぐらいのものを作って終わったのですが、ポリドリはバイロン卿のほんのちょっとしたアイデアを拾ってあの有名な短編『吸血鬼』を完成させます」
「へーポリドリ凄いじゃん! あれ? 『吸血鬼』ってブラム・ストーカーとかいう人じゃなかったっけ? そのぐらいわたしでも知っているけれど……」
栞はちょっと笑って「そちらは『吸血鬼ドラキュラ』ですね。ポリドリの影響を受けて書かれた作品です。ポリドリの『吸血鬼』は今だとちょっとマイナーですね」といった。
「ポリドリが作品を発表すると、ビッグネームのバイロン卿に引っ張られて、最初の版だと作者がバイロン卿になっていたり、その後バイロン卿とポリドリが二人そろって「バイロン卿はノータッチ、ポリドリが単独で書いたもの!」と何度もいっていたのにバイロン卿の名前が強すぎて結構長い間バイロン卿の名前もポリドリと合わせてクレジットされていたようですね」
「ポリドリ可哀想じゃん。ホモなのに」
「同性愛関係はまああくまでかなり強めの噂ではあるようですが『吸血鬼』はその後の全ての吸血鬼ものの作品に影響を及ぼした凄い作品ではあるんですよね。そんなこんなで雨の中に閉じ込められた事で傑作が生まれたわけです」
「へーじゃあメアリーとクレアって人もなんか書いたの?」
「クレアは文学的素養は全くない人だったのでそこら辺はノータッチだったんですが、メアリ・シェリーは大傑作を書いちゃうんですねぇー」
「うむ、教え給え」
「かの有名な『フランケンシュタイン』です! ババーン!」
「ババーン! って……ってか女の人が作者だったのあれ?」
「ええ、夫のシェリーにアドバイスを貰いつつもほぼ独力で一年かけて完成させます、なかなかの根性ですねぇー『フランケンシュタイン』のあらすじぐらいはご存じですよね?」
「えーと、たしかヴィクター・フランケンシュタインって博士が死体のいい部分集めて人造人間作って雷の電気を浴びせたら化け物が生まれた……だっけ? フランケンシュタインが化け物じゃなくて作った人の名前だって事は知っていますよ、ドヤァ!」
「では『フランケンシュタイン』が北極探検の途中で船が氷に閉じ込められてしまったロバー・ウォルトンという人の姉に宛てた手紙の内容だというのはご存じで?」
栞がフッフッフと不敵な笑い声を上げながらにじり寄ってくる。
近い近い。
「いや、それは知らなかったわ」
「『フランケンシュタイン』はウォルトンの手紙の中のフランケンシュタインの身の上話のなかの名もなき化け物の話という三重構造になっているのですね」
「ふーん有名な話だけれど全然知らなかったわ」
「折角なので簡単なあらすじを纏めてみますか。裕福な名家に生まれたフランケンシュタインは若い頃、父の蔵書にあった錬金術の本にドはまりして科学を志すわけですが、大学で科学の教授に「とっくに論破され尽くしたカビの生えた作り話」といわれショックを受けるのですが、それが逆に火をつけ当時わかり始めてきた科学や生物学の勉強にのめり込み、教授からも、我々を差しいて大学を代表する顔になったとまでいわれるんですが、死んだ蛙の筋肉に電流を流すとビクッと動く実験あるじゃないですか、教科書にも載っていますよね。それで死体を集めて人体を創造しようと野心を燃やしてやってみたら出来ちゃった訳なんですが、作ってみて実際動いているところ見たら、普通の人間より遙かに巨体であまりにも醜くて即後悔するわけです。で、化け物はどっか行っちゃうんですが、時を同じくして地元に帰る機会を得て久しぶりに帰郷するのですが、帰ったときと同時にまだ幼い弟が首を絞められて殺されているのが見つかります。更に悪い事に身につけていたロケットが小さい頃から家に仕えてくれていたメイドの持ち物から見つかり、たまたま運の悪いことにその日のアリバイがなかったことによって、高価な装身具を盗むために殺したといわれ、フランケンシュタイン家の人々が法廷で無罪を訴えたものの絞首刑にされてしまいます。母親はすでに亡くなっており父親は既に高齢、従姉妹として預かっていた貴族の娘で養女である娘も、フランケンシュタインの心の友もみんな大ダメージを受けてしまうわけです」
「なるほど、それが自分が作った化け物がやった……って事なんでしょ?」
「はい。最初自意識を持たず森の中で隠れ住んでいたものの人里に降りて姿を見せたらとんでもない化け物だと迫害されます。ある村の空き家に長期間潜伏するのですが、その家の家族の繋がりを見て酷くうらやましくなるのです。そうして彼らの話や森で見つけた本から文字を読むことや言葉を覚え、彼ら一家に受け入れて貰いたいとこう思うのです。家長の老人は盲目で化け物が入ってきても見た目で排除することとなく話を聞き受け入れられるわけです。老人の足下にすがり感動にむせび泣いているところに息子と妹、息子の嫁が帰ってくるのですが化け物を見た瞬間棒で叩きのめして追い出すわけです。次の日には先の家賃も払っている上に野菜畑にも一杯実りがあるのにここでは暮らせないといって大家にそう告げて引っ越ししてしまいます。そしてなぜ自分はこんなに醜いのか、なぜ自分は孤独に過ごさなければいけないのか、そう思うと自分の創造主に対して激しい憎しみを覚えフランケンシュタインの後を追うわけです。そして公園で出会った少年が絶叫し僕のお父さんはフランケンシュタインだぞ! といったのを皮切りに復讐として首を絞め、納屋で雨宿りしていたメイドのポケットに首飾りを忍び込ませ復讐するわけですねぇ」
「なんか可哀想なヤツなのかマジモンの化け物なのかよく分からなくなってきた」
「ここら辺の神様以外の創造主が作り出したロボットとかに対する恐怖は海外のSF御三家のアイザック・アジモフがフランケンシュタイン・コンプレックスと名付けて名前ぐらいは聞いたことあると思うのですけれどロボット三原則を作り出す切っ掛けになります」
「へぇ、後の世に色々影響あるんだ」
「もうすこしストーリーを追っていきましょう。フランケンシュタインは化け物に連れられて俺と同じく醜いパートナー、つまり女性型の化け物を作ってくれればヨーロッパからだっゅつしてアメリカの何もない荒野で二人だけで暮らす、そして二度と人間には関わらないから女性型の化け物を作れ、でないと……と脅すわけです。それが創造主たるお前の使命だというわけですね。で、哀しいことがあった家を離れ親友と馬車で旅行に出る訳ですが、途中で別れて荒れ果てた海に晒された荒んだ島のあばら屋で女性型の化け物を作るのですが、人類に敵対する悪魔をこれ以上増やしてしまってどうなると思い直してバラバラに破壊してしまうんですね。化け物は旅行中もずっと監視しててその現場を目撃し怒りに燃え上がり、別れた友人を殺害し、結婚式の晩に気をつけろと言い残して去って行きます。そうして従姉妹として養女として幼い頃から一緒に育った貴族の娘と結婚し船旅を楽しんでいるときに、言葉通り妻を殺害し高齢の父親は悲しみに耐えられず死んでしまいます。ここからフランケンシュタイン復讐旅が始まります。化け物はおちょくるように自分の痕跡を残しつつどんどん北に逃げていきます。そして北極海に着いたときに犬ぞりで巨大な化け物が船の近くで発見されたと手紙の主のクルーが発見します。そのすぐ後に氷山が砕け犬ぞりがバラバラになって死にかけたフランケンシュタインをウォルトンが助け上げます。ウォルトンの船は氷に囲まれ北極に行くのは無理だとクルーから宣告されウォルトンはそれでも自分は行きたいのにと悔しい思いをしている中で知的で育ちもいいフランケンシュタインに出会い大いに慰められるわけですが、既に疲れ果て人生に絶望したフランケンシュタインは遂に復讐を遂げること亡くなくなります。そこに化け物がやってきて、俺はこの先北極の最も奥の誰もいないところまで行き、自分で自分を焼いて灰になりこの世に痕跡は残さない……という話をウォルトンが姉への手紙で書いているわけです」
「その手紙滅茶苦茶長くない?」
「まあ手紙というか書簡体小説というのはもの凄く古い形式で遙か昔からあるのですが書簡体小説が大はやりした時期などもあって様々な作品がありますが例えば夏目漱石の『こころ』なんかも先生の遺書ですけれど、あれも無茶苦茶長いじゃないですか、原稿用紙に実際に手書きで筆写した人の記事がネットに上がっていますけれどとんでもない分厚い原稿用紙の束でしたね」
「ふーん。有名な話の割には全然知らなかったわそういうの」
「因みに先ほどのアジモフですが『フランケンシュタイン』についてもう一つ小話を残していて、職業作家で名声をままにしていたシェリーが船遊びで難破して二十九という若さで亡くなります。遺体は既に腐敗が激しく荼毘に付されたのですが心臓だけはメアリーが持ち帰りメアリーの没後並んで葬られたそうなのですが、大作家のシェリーより素人のメアリーの名前の方が後世まで残ったことに対して「作家の悪夢」とか「文豪の悪夢」とよんでいます」
「『フランケンシュタイン』一発でも特大の花火だしなあー、旦那の方の作品なんてわたしも名前浮かばないだろうし、なんか仕方ない気がする」
「メアリーとシェリーの間に生まれた子は次々に亡くなっちゃっているんですが、それでも養育費を稼ぐためメアリーは書いて書いて書きまくる職業作家になったわけですけれど、たしかに『フランケンシュタイン』以外にパッとした作品はないようですね。それでもその特大の花火でそれなりに丁寧に扱われてはいたようですが、なんだか無情を感じる話ですね。因みに『吸血鬼』のポリドリも作品完成の後暫くして夭折していますし、バイロン卿やクレアも割とサクッと死んじゃったようなのでメアリーだけが長く活躍していたようですね」
「うーん。雨の日にちょうどいい話してとはいったけれどなんだか複雑な気持ちになる話だったわあー」
「元祖SFの作品の一つともされているので、本当に凄い影響を与えた作品が二つも作られたディオダティ荘は奇跡の文芸サークルといった感じはありますね。どうです? 一つ私たちもこの鬱々とした雨の中なにか後世に影響を与えるようなビビッドな作品でも……」
わたしはプイとそっぽを向き「むりー」といった。
栞は「んま!」といって不満そうだったけれど『フランケンシュタイン』の話聞かされた後ではハードルが高すぎる。
いやそんなご大層なレベルのものを書く必要はないんだろうけれどわたしにはそういう能力はない気がする。
「私は詩織さんの書いた作品短くてもいいから読んでみたいんですけれどねぇ……読むだけじゃなくてアウトプットも脳の活性化には重要ですし……」
「そう言われても無理なものは無理!」
「えー書きましょうよぉー」
わたしたちは二人してあーでもないこーでもないといいつつキャッキャと戯れていた。
雨はいつの間にか止んでいた。
と、いうことで『フランケンシュタイン』関連の本をぱぱーっと更新したいと思っていますがはてさて。
パソコン、ネット環境はあるのですが近々3ヶ月ほどの長期にわたって入院するのでその期間どんな物が書き上げられるかは分かりませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
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それではまた……出来れば明日……!