148マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』
『トム・ソーヤーの冒険』のラストシーンが書かれています。
これからネタバレ踏みたくないという方はご用心ください。
『トム・ソーヤーの冒険』の続編の、最初のアメリカ文学『ハックルベリー・フィンの冒険』です。
ハック・フィンはこのとき12歳だとトウェインの手紙の中に書かれていますが12歳にしては行動力の化け物です。
「長い冒険が終わった……」
「んま!」
「マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』読了……!」
「いいじゃないですか! 一つの冒険が終わり少年の話は大人の冒険へと変わってゆく……いい終わり方ですよね!」
栞がニコニコと笑いながら、ちょうど今『トム・ソーヤーの冒険』を読み終わったわたしになんか新しい本を渡してきた。
「いや、いま五〇〇ページ以上ある本読み終わったばっかりなんですが……」
「いえいえ。こう言うのは勢いのあるうちに読んだ方がいいんですよ! 鉄は熱いうちに打てというじゃないですか」
「栞みたいに次から次へと本読む体力ないよー」
「体力の問題ではないですよ、気合いと集中力の問題です。まああと体力も関係しているかも……」
「精神論な上にやっぱり体力まで使うんじゃん!」
「まあまあ、でもこれは続けて読んだ方がいいですよ! 面白さは『トム・ソーヤー』以上だと私は思いますね!」
渋々本を受け取るとなんと上下二巻構成ではないか。
思わずしおしおになる。
しおしおの詩織さんである。
「『トム・ソーヤーの冒険』のそのすぐ後を書いたほとんど地続きの作品ですよ! タイトルはもちろん『ハックルベリー・フィンの冒険』です!」
「きたかー。噂の『ハックルベリー・フィンの冒険』来ちゃったかあー」
わたしは涼やかな風が吹き込む窓辺を背にして、そのままもたれかかると受け取ったばかりの『ハックルベリー・フィンの冒険』を開きその長さに戦いた。
「だあっ! 長いですよ栞センセ!」
「構成は短い章の中にいくつかのエピソードが入っているという『トム・ソーヤー』と同じ作りなんでそんなに長くは感じないはずですよ」
「ホントにぃー?」
「本当ですぅー」
まあ確かに目次をペラペラと開いてみると一話あたり三〇ページあるかないかぐらいなのでこまめに話がスイッチするのは本当なようである。
「前作である『トム・ソーヤー』がインジャン・ジョーが隠した一二〇〇〇ドルの金貨をハック・フィンと山分けにしたところまでで『トム・ソーヤー』は終わっていますね。投資に回して一日一ドルの稼ぎになっているということですが、この時期の一ドルは一人が一週間暮らせるぐらいだそうでかなりの稼ぎになっていますね。大金持ちですよ」
「まあトムはそんなに貧乏ってワケじゃなさそうだけれど、浮浪児やっているハック・フィンにとってみたら生活激変するよね」
「ハック・フィンの身内といったら大酒飲みの悪い父親しかいないのでサッチャー判事
いう人がお金の管理を任されるわけですが、ハック・フィンはダグラス未亡人の元へ預けられ、パリッとした服を着せられ、煙草は禁止され、毎日綺麗なシーツを引いたベッドで寝ることとになるのですが、これが天性の野生児であるハック・フィンには我慢ならないんですね。もっと粗末なところで寝たいし、糊のきいた服なんて窮屈でしかたないと。でまあ少しずつ慣れては行くんですが未亡人の妹でハック・フィンに勉強を教える役を買って出たミス・ワトスンは非常に厳しくてやってられないのですよ
でまあそんな折に大金を手にした息子の噂を聞きつけて大酒飲みでワルの父親がやってきて息子の金は俺のものだからすぐよこせとサッチャー判事に詰め寄るんですが、ハック・フィンは窮屈な生活が厭でサッチャー判事に一ドルで六千ドルの権利を売った後だったんですね。まあ実際には判事は受け取ってなかったんですが、兎にも角にも父親に引っ張られてハック・フィンは森の奥の丸太小屋に連れて行かれて父親の命令通りの生活をすることになるんですね。でもそんな生活にも慣れてきたところで、これも悪くないなと思ってた所ではあるんですが、あるとき厳重に閉ざされた丸太小屋から抜け出す方法を発見して、上手く脱出した後、野生の豚を鉄砲で撃ってその血を丸太小屋にまき散らして、強盗に殺害されたように見せかけ、自分は持てるだけの荷物を持って筏で離れたところの島に逃げ込みます。そこでミス・ワトスンが所有していたジムという黒人出会い、自分はミス・ワトスンにもっと南の過酷な場所へ妻や子供達と引き離されて八〇〇ドルで売られるという話をこっそり聞きつけて逃げ出してきたといって引き合うわけです。そしてそこから大河ミシシッピ河を一八〇〇キロも下る二人の大冒険が始まるというのが話の枕です」
栞はそこまで一気にいうと息を継いだ。
「まあストーリーに直接触れると新鮮味がなくなると思うので構成的な面からお話をすると、筏でジムと川下りをしつつ、難破船を見つけ忍び込むと三人の殺し屋がいて、その内一人が裏切った疑いで殺されそうになっているところを見つけて、そのまま下に下り難破船に人がいて金持ちもいるから助けてやってくれと下流の人に頼んだりするんですが、その話はそこでブツッときれてもう登場しません。次の話しに行きます。そんな感じで章ごとに出会いがあるんですが、基本その場で出会った人との交流が描かれ、その人達は後の章ではもう登場しません。ロード・ムービーみたいですね。血で血を洗う抗争をしている良家でもてなされたときも殺し合いに巻き込まれて死んだように見せかけて逃げるし、小屋が設置されている木材運搬用の巨大な筏に潜入して盗み聞きをしているのが見つかったときも、ボコボコにされる寸前で、二度と来るなと脅されて戻ってみたりと、一話一話のゲスト・シチュエーションみたいなものがあります。ゲスト・シチュエーションって言葉があるのかどうかはわかりませんがそんな感じなんですよね」
「へぇー割と飽きの来ない構成になっているんだ」
「ええ。書き出しに戻るとこの壮大な冒険はハック・フィンが本として出すために書いた話という設定になっています。超重罪の逃亡奴隷を逃がす手伝いをしているわけですが、ジムは「黒ん坊」にしては賢くて優しくていいヤツだといって、まあ南北戦争前の価値観でいえばわりと先進的な友情を育むんですね。ここら辺はストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』読むとより一層理解が深まりますがまあ置いておきましょう」
「で、ハック・フィンの珍道中が延々続いて最後になんか色々解決してよかったよかったってなる感じ?」
「まあ大人向けでもありますが、子供向けに設定されているのでそこら辺はイイカンジに収まるとだけいっておきましょう。章をまたいで登場するゲストキャラが一組だけいてそれぞれ公爵の落ちぶれた子孫だと名乗る男と、自分こそはルイ十七世だと名乗る王様と呼ばれる老人のいかさま師のペアが出てきて最初はなんとなく上手くやっているものの、段々あれこれ命令し始めて、ジムと二人きりの時の自由さがなくなってどうしたもんかという悩みにとらわれるんですが、これも最終章を目の前にしてイイカンジで終わります。そして最終章は王様に逃亡奴隷だとして売り飛ばされ、小屋に監禁されることとなるジムを助けようという頃でクライマックスを迎えます」
「あら。逃亡奴隷の手伝いするのって重罪なんでしょ? ハック・フィンもヤバいんじゃないの?」
「このときにはミス・ワトスン宛てに、助けて貰うためにジムの居場所を知らせる手紙を書いていたのですが、破り捨てて「一緒に地獄に落ちる」覚悟を決めるわけですよ。ここが物語の真のクライマックスといわれていますね」
「へーいろいろと重い話もあるんだ」
「マーク・トウェインはこの話を完成させるのに丸七年かけています。超大作ですね」
「そんなに」
「まあストーリー部分にはあまり触れませんが、人間模様の変わり目として、トム・ソーヤーも当然出てくるんですが、こいつ何があったんだというぐらい自分に支払われる利子のパワーで何でもかんでも金で解決する人間っぽく書かれたりして、資本主義に抵抗するマーク・トウェインみたいないわれ方もするようです。やや穿ち過ぎな感想にも見えますがトム・ソーヤー登場からラストまでの流れ見ると、トム・ソーヤーの行動がいちいち引っかかってなんなんだってなること請け合いなのでお楽しみにです」
「そんなに面倒くさいことになるの……」
しおりはこくこく頷きながら「ラストでお前ーッ! って叫びたくなりますよ。乞うご期待」
「『トム・ソーヤーの冒険』オススメしてくれたときに『ハックルベリー・フィンの冒険』がアメリカ文学の始まりっいってたけれど、そんなに凄いの?」
「ええ。物語から起算してハック・フィンがちょうど百歳になった年にシンポジウムか開かれて色々な研究論文がだされたんですが、面白かったのが『ハックルベリー・フィンの冒険』が今書かれたものと仮定して評論をしてみようというのをベストセラー作家がやったんですが、この表現はヘミングウェイのもろパクリだし、フォークナーの影響ももろに受けている。この表現は私からの影響を受けているし……と、後世のアメリカ人作家の影響が強く表れているといって、逆にマーク・トウェインがどれだけのインパクトを与えたかということを逆説的に語っていたりするんですね」
「『トム・ソーヤーの冒険』の時にも聞いたけれど滅茶苦茶影響与えた人なんだね」
栞は「はい」というと、唐突に「ヘレン・ケラーは知ってますよね?」といってきた。
「んま! 馬鹿にしないでよ! 奇跡の人でしょ?」
「奇跡の人なのはヘレン・ケラーを導いたサリヴァン先生のことを指すんですが、まあその奇跡の人ですよ。彼女は多くの作家達と交流のあった親友夫妻からマーク・トウェインを紹介されると握手をし、会話……といっても聾唖者でもありましたから唇に手を当てて読唇術を使ったわけですけれど、彼について、明るく瞳の輝きを感じ、彼の思考はマーク・トウェイン流の独特のもので、とぼけた語り口で皮肉な思想を語っているときでも思いやりや優しい心を忘れない人だったと語っています。第一級の賛辞ですよね」
「へーいいヤツじゃんマーク・トウェイン」
「まあ次々に子供達に先立たれてしまい最晩年に書いた作品はそれまでと打って変わった厭世観に溢れる作風になってしまったようですが、ほぼ全ての人にモデルとなる人物のいた『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』では「黒ん坊にしちゃ賢い」だのと差別的な表現は一杯あるんですが、ジムを一人の人間として友人として大切に思っていたことには変わりなく、ここら辺が最初のアメリカ文学たる所以だそうです。実際にジムのモデルになったアンクル・ダヌルという黒人奴隷は優しさとまっすぐな心を持ち賢い人間であり尊敬していたとも語っています。それから幼少期のマーク・トウェインは黒人の子供達とも分け隔てなく遊び回っていたそうでこれが後の作風に表れます。印象的なエピソードとしてはある黒人奴隷の少年が口笛を吹いたり歌を歌ったりしているのを一日中続けているのでうるさいからやめさせてくれと母親に頼み込んだとき、母親はあの子は哀しいときに気持ちを紛らわせるためにそういうことをしているんだと語り、静かに涙したそうです。おじさんは二〇人ほどの黒人奴隷を使っていたそうですが、マーク・トウェインの家は当時としては先進的な家庭だったようですね。こういうこと言っちゃうと当時の奴隷解放論者は先鋭化しすぎていて暴力的な手段に出ることが多くて用心されたという話もあるようですが、なんだか今にも通じている話ですね」
「へーそりゃ先進的な話で影響ばらまきまくっちゃうのもわかるわー」
「と、いうことで」というと、なんとなくパラパラめくっていた本をグイと私の胸に押しつけて「面白いので読んでください」と、力押しでねじ込んできた。
「とくにペテン師達が出てくる辺りになると語りが早くなって急に面白さが増すので是非とも!」
といってにこやかに笑っている。
わたしは内心「こんな文章量読めるかなあ?」と不安になっていたものの『トム・ソーヤーの冒険』を読み終わったといったとき、そして作家や本の話をしているときのにこやかな栞の顔が見たくて、読書三昧に付き合っているのは果たして何割ぐらいなのだろうかと脳内で計算して、計算したところで栞のにこやかな表情を見て計算をやめて「ハイ。ワカリマシタシオリハホンヲヨミマス」と答えた。
「なんですかそれ」といって栞は笑っていたが、私はこの笑顔こそが見たいのだと深く感じていた。
さて、栞に少しでも追いつくためにまた冒険の旅へと出ますかと腹をくくったのである。
なかなか書くのが難しい題材ではありましたが、とりあえずここまでは連続で書かないといけないと思い、読み込んだ上で色々こねくり回しましたが予定より大幅に投稿が遅くなってしまいました、ご期待された方には申し訳ない限りです。
いつも誤字脱字報告してくださる皆様へのご連絡ですが、誤字編集を全選択した後に修正を書けるとエラーが発生して、指摘された誤字の箇所がキャンセルされてしまうという怪現象にあっています。
今はどうか分かりませんが146,147はそれで更新が反映されていません、自分で誤字脱字なくせという話ではあるのですが見落としはやっぱり出る物でご協力頂いた方には申し訳ない限りです。
またお手すきの際にご指摘頂ければ幸いです。
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最近個展が続いているのでそろそろ近刊本のご紹介したいのですが、古典ばかり読み込んでいたためストックが脳内にないので何らかの本を読み終わるのお待ち頂ければ幸いです。
ではなるべく近いうちにまたお会いしたいと思います。
ではまた!