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147マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』.

ネタバレに近い物がありますのでご注意を。

明日の夜更新するつもりでしたがちょっとむりしてこんな変な時間に更新してしまいました。

読んで頂けると次回のネタが分かるような感じもしますが、お付き合い頂ければと思います。

 なんだか暑いんだか寒いんだか、晴れているんだかザーザー降りなのやら分からない日が続いている。

 多分天気の調節する係の人が、調節下手くそなんだと思う。

 多分というかここ数年ガバガバな気がしているけれどこのまま六月、七月と進んでいくと、とろける前に頭から火を噴き出してしまうかも知れない。

 今日は天気調節係もイイカンジみたいで、空調入れなくても図書室の窓を開けているだけで心地よい風が入ってきてとても涼しい。

 よくやった天気調節係。

 わたしは窓辺に立ってぼんやりとお外の様子を見ていると、野球部やサッカー部がグラウンドを半分こにしてワチャワチャウゾウゾと蠢いている大外を陸上部が何がそんなに楽しいのやら一心不乱に走り込んでいるのが見えた。

 わたしも上背がある方なので、入学当初二、三回陸上部にスカウトされたけれど、あの頃は目もどんより曇っていた灰色の日常を送っていたので断っていたら割とあっさりと引いてくれたけれど、先生からは「その体格ならいい成績残せるのにもったいないなあ」といわれたけれど、汗かきつつ走り込むなんていうのはわたしの性に合わないように思えた。

 汗を思いっきりかいて全力で体を鍛えるのももしかしたら青春フルに味わえる生活が待っていたかも知れないけれど、結局そうはならなかったので考えても仕方のないことだ。

 かといって読書部のような今の活動もしっくりきているのかといわれれば、もう既に馴染んでいるとはいえ、客観的に見てみるとよくこんなことをしているなあとも思う、

 ひとえに栞という存在のために図書室に通っているとしかいいようがない。


「ふう……今ひとつの冒険が終わりました……」


「なに? エロい冒険?」


「詩織さん……」


 栞がなんか残念な生き物を見る目でこちらに湿った視線を送ってくる。

 わたしはその残念な瞳から視線を交わすと、栞の話を促した。


「冒険ってなんですのよ?」


「前に大人による児童文学の読み直しが流行っているという話をしたじゃないですか」


「流行っている波がわたしの所まで来ていないけれど、そーいう話がありますよというのは栞いってたね」


「はい。そこでですねアメリカ文学の原点に触れたいというのがあってマーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』を読んでいたんですね」


「栞が『トム・ソーヤー』ってなんか似合わないというか意外というか、あんまりイメージ湧かないなあ」


「そうはいいましても、詩織さんは『トム・ソーヤーの冒険』のあらすじっていえます?」


 わたしは思わず両腕を組んで「うーん」と唸りながら考えてみたけれど何にも思い浮かばない。なんとなく川にいるシーンをどこか昔のアニメの再放送だかなんかで見たような記憶があるようなないような……である。


「なんか釣りしているシーンが……あったようななかったような……」


「まあここら辺のビッグタイトルでも、絵本ですらそういう読まずに素通りした名作文学って一杯あるので知らなくても全然おかしくないので、そこで出てくるのが大人になってからの読み直しなんですね。縮約版では語られなかったあんな事やこんな事、意外と残酷な話や、当時の倫理観で語られているので結構表現がキツい話なんかもありますので、そういう意味でも大人の鑑賞に堪える作品というのはあるのです」


「でも『トム・ソーヤー』ってそんなにガッツリ読み込めるほどの長い話なん? なんか二、三〇ページの絵本みたいなイメージしかないけれど……」


「こちらの完訳版は、前書きと結びと三十五の章に分かれていて、本編が文庫で大体五〇〇ページあります」


「んまっ! それ三〇ページぐらいにするってどんだけ削っているのかちょっと興味湧くわ」


「マーク・トウェインが『トム・ソーヤー』を上梓したのが一八七六年で、その三〇から四〇年まえの事として書いているので、間に南北戦争挟んでいる作者の少年期のお話ですね。実際この作品に出てくるキャラクターにはほぼ全て元ネタになった人がいるようで、論文なんかもガンガン出ているようです。トマス・ソーヤーは三人ぐらい一纏めにしたキャラですし、名前ぐらいなら聞いたことあると思うんですが、有名な人気キャラのハックルベリー・フィンはトム・ブランケンシップという浮浪児でトムの育ての親のポリーおばさんはトウェインの母親、トムの弟はトウェインの末弟、他にもインジャン・ジョーという悪役も元ネタがいたし、黒人の使用人も仲のよかった黒人奴隷だったそうです」


「マジで本当にあった話集めてきた感じなの?」


「作者やその悪友や周囲の人々の実際にあった話を盛っているそうですね。また少年少女のために書いた話だけれど大人にも読んで貰って子供の頃を思い出して欲しいというような事を前書きで書いています」


「へー、元々あった話ならサクサク書けそう、ってかその滑らない話集みたいな感じで話が進んでいくんだ」


 栞はいつものように下唇に指を当てて「んー」といいながら天井を見上げると一言「いやあ、意外とそうでもなかったようですよ」といった。


「トウェインの自伝では「真ん中ぐらいまで来たところで突然タンクが空になったように何も書けなくなった。引き出しに原稿をしまったまま二年が経ったときタンクは一杯になっていてその後は何も迷わず書けた」と、いっているんですね。読んでいると流れるような展開が続いているのですが二年もかけなかったというのは驚きです」


「へースランプかあー文豪の人にもそういうのあるんだ」


「そうですね。長さが違うので簡単に比較できませんが、浮浪児のハック・フィンが主人公の『トム・ソーヤーの冒険』の続編に当たる……まあ続編といっても独立した作品ではあるんですが『ハックルベリー・フィンの冒険』という作品があってこちらは七年かかっているそうです」


「七年もかけたら腐りそう……」


「いえいえ。それがヘミングウェイからは「アメリカ文学は『ハックルベリ・フィンの冒険』から始まるのだ」とかいわれたりフォークナーからは最初トウェインはたいしたもんではないというようなことをいわれるのですが、後になって「最初の真のアメリカ人作家だ」と評されるようになります。これは『トム・ソーヤーの冒険』ではなくて『ハックルベリ・フィンの冒険』に対する賛辞ですが、実際の所ヨーロッパの亜流ではなくてイギリス風でもなくアメリカ人の話すアメリカ英語で著作が記されたのはマーク・トウェインが最初のようです」


「ほへー。凄いじゃんマーク・トウェイン」


「マーク・トウェインというのはペンネームで本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズという覚えづらい名前なんですが、マーク・トウェインというのは「水深十二フィート」という意味で、南北戦争が始まるまでミシシッピ河の水先案内人をしていたのですが。ミシシッピ河を通行するのに必要な水深が十二フィートだったそうですね。マーク・トウェインは奴隷に自由な権利の与えられていた北部と、奴隷制度が強く残っていた南部とに住んでいて彼の叔父は二〇人の黒人奴隷を所有していたそうですが、彼自身は特に垣根を作らず黒人の少年達と遊び回り、アンクル・ダヌルという黒人のおじさんと仲良くしていたりして、彼も色んなキャラクターの元ネタになっています。こうした事から彼は人種間に横たわる問題に鋭敏で、奴隷解放派の家族と付き合いが深まり、そこの娘と結婚しています。とはいえインジャン、つまり「インディアン野郎」だとか「黒ん坊」だとか、差別用語がバンバン出てきますし、基本的に黒人は間抜けで考えが至らないため「黒ん坊にしては頭が回る」みたいな表現が出てきますが、これは南北戦争以前の時代の話なので意図的にやっているようですね」


「ほへーん。結構難しいお話何ね」


「まあ裏を探っていくと難しいお話にはなりますし、そこが名作たる所以なんですが、ことトム・ソーヤという少年については酷い悪戯小僧で人に迷惑をかけるし、悪たれ小僧で見栄っ張りなんだけれど変なところで頭が回るし勇気を持った少年として描かれています」


「三十五章あるっていったけれど短い挿話が続く感じ?」


「はい。悪戯の限りを尽くす話とインジャン・ジョーというインディアンと白人のハーフの極悪人が人殺しをする所を目撃する軸の二つの線で話が進みます。悪戯はとにかくやり過ぎです。ハック・フィンは村で唯一の自由少年で父親が大酒飲みで暴力の限りを尽くすので厭になって空の砂糖樽で寝たり、森で寝起きしたり、学校には行かず、靴も履かず、洗濯など一度もしたことがないような襤褸切れを纏って、風呂なんかにも一度も入ったことはないというような感じで酷くもの知らずです。トム・ソーヤーがロビン・フッドごっこをしようといっても、そんなヤツは知らないというわけです。トム・ソーヤーは意外と本を読んでいるらしくて「アメリカの大統領を何年もやるよりも、シャーウッドの森で一年暮らす方がずっといい」なんていってロビン・フッドの物語にも詳しかったり、所々で童話なんかをよく読んでいるのが分かります。因みにこのときトム・ソーヤーは十歳です。ハック・フィンが十二歳という設定な様ですね。あと迷信が強く残っていて魔女や悪魔を信じていて本気でおびえたりと、当時の俗信が詳しく書かれているのも面白いところですね」


「人が死ぬ話なんだ……」


「まあ人殺しの話だけではなくて、ハックとジョーという悪友連中と海賊になるといって家を飛び出してそのままミシシッピ河の中州にある島に暫く潜伏します。で、しばらくして蒸気船から大砲の空砲が撃たれるんですが、これは水死体が衝撃で浮き上がってくるという迷信からで、自分たちは死んだものと思われていると分かります。更に水銀を中に詰めたパンが流れてくるのですが、これも水死体を見つけるための迷信な様ですね。で、この悪たれ小僧達はホームシックにかかりつつも、自分たちの葬式が教会で行われるときに堂々と教会に乗り込むなんていうはた迷惑な計画を実行します。見栄っ張りで目立ちたいトムの面目躍如といった所ですね」


「へー、人殺しのほうはどうなるの?」


「インジャン・ジョーが医者が新鮮な死体を解剖用に欲しいというので、マフ・ポッターという酔っ払いの老人と二人で墓を掘り起こして死体を掘り起こすのですが、金の支払いで揉めて医者を刺し殺してしまうんですね。で、このとき医者に殴られて気絶していたポッターに「お前が殺しちまったんだ」といって曖昧な記憶のままのポッターに罪をなすり付けます。この時トムとハックは目撃していたのですが、悪魔に呪われるというような迷信を信じてお互いに黙っていようと固く誓うんですが、トムが良心に押しつぶされてポッターの弁護士に目撃したままのことをいうんですね。そして法廷で、インジャン・ジョーが饒舌にマフ・ポッターの罪を告白しているときに弁護人が真犯人の事をしゃべると風のごとく逃げ出してしまい姿をくらまします。これが物語の横軸になます」


「トムいいやつじゃん」


「勇気と良心はあるんですよね。育ててくれたおばさんに迷惑かけまくってそのたび反省するんですが、長続きしないんですね」


「トムダメじゃん」


「まあ、最後にはハックと莫大な財宝を見つけ、インジャン・ジョーに復讐される心配もなくハッピーエンドを迎えるわけですが、様々な悪戯が次々と繰り返される辺り懲りないなあと思うわけですよ」


「ハッピーエンドならいいかあー」


「どうです? 今まで読んだことない話だと思いますし、大人になってから読み返す、まあ詩織さんの場合は縮約版も絵本も読んでなかったようですが完訳版読んでみてはいかがです? これが中々面白いですよ」


「そうなのぉー? まあそこまで言うなら読んでみるけれどさあ」


「終わり方も中々味わい深いんですよ、ネタバレとかにはならないのでいっちゃいますが、ここまででお話は終わり、これ以上は少年の話ではなくて大人の男の物語になってしまうから……ということで大人にも読んで欲しいけれど基本的には子供の読むものとしているわけですね。翻訳された本の数は一〇〇はくだらない大人気作ですよ」


「同じ話一〇〇回以上も翻訳されてるの!?」


「最初に翻訳されたのは一九一九年と、比較的早い段階であったようですが、こちらは結構削ってあったらしく最初の完訳版は一九四六年に訳されたもののようですね、そこから先は絵本に縮約に完訳にとまあ色々出てます。最初トウェインは大人向けの作品にするつもりだったところ、編集者にちょっと子供向けにしては? と提案されてこういう形になったので大人の鑑賞に堪えるのは当然なんですよね」


「ほあーん。読み応えあるんだ」


「そうでーす。あとはまあ挿絵があんまり質がよろしくないとかケチのつくような話題もありますけれど、当時の雰囲気がつかめるので私は嫌いではないですね」


「んま! 最後にいらない情報が!」


「いえ……すいません」


「まあいいや、わたしも冒険してみたいなと思っていた所なんですよ。大人による童話の再読いいじゃない。やってやりますよ私は!」


「その意気ですその意気!」


 わたしはもう一度窓辺に立ち、外を眺めながら本を読み始めた。

 わたしは結局アクティブな冒険はしてこなかったけれど、こんな感じで本の中で冒険することが出来るようになったのは栞のおかげだし、今後も栞と一緒に冒険していきたいなとおもった。

 ちょうどトム・ソーヤーとハックルベリ・フィンと同じように。

アメリカ文学の源流をたどろうということで『トム・ソーヤーの冒険』をチョイスしてみました。

意外と考えさせられることが多くてマーク・トウェインという人がどれだけ凄かったかというのが分かります。

今回も光文社古典新訳版のものを底本としました。

いい翻訳だと思いますので気が向いた方は是非。


ご感想、雑談、一言感想なんでもあれば感想欄に放り込んで頂けると励みになります。

そこまでするのは面倒臭いという向きの方には「いいね」ボタンポチッと押して頂けるとフフッて成りますのでよろしくお願いいたします。

次回は多分結構早めに更新できると思いますので、お付き合い頂ければ幸いです。

ではまた早い内に!

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