146ハワード・パイル『ロビン・フッドの愉快な冒険』
ネタバレというほどのこともありませんが最後まで粗筋が書いてありますのでご注意を。
大人の児童文学読み直しブーム最初の一冊としてハワード・パイル『ロビン・フッドの愉快な冒険』を選びました。
大人の鑑賞にも堪える面白い本ですのでご興味もたれましたら御一読を。
※光文社古典新訳文庫を元にしています
直射日光が半袖のさらけ出した腕に突き刺さり、痛いぐらいに灼いてくる。
暑さ寒さも彼岸までというけれど、彼岸がいつなのか記憶が曖昧で、早く彼岸が来ないものかしらとぼんやりと考えていた。
昨日は昨日で午後から大雨が降って天気予報見てなかったので傘を持っておらず、栞の傘に入れて貰って相合い傘と洒落込んだものだけれど、今日は今日で、今ここがこの世で一番熱いんじゃないかというほど暑くて辟易としていた。
あまりに暑いので、近所の公園まで来たときに栞に声をかけて小さな林の元にあるベンチに座って休もうと提案した。
栞は「もうすぐ近くですから頑張りましょう」とかなんとかいってきたけれど、わたしいじょうに暑いのが苦手な栞は一押ししたらすぐに折れた。
「いやあ、木陰に風が通って涼しいですなあー、なんか木漏れ日が小川に反射して綺麗だし、いや眩しいわこれ」
「木漏れ日って言葉日本人はよく使いますけれど、翻訳が難しい言葉の一つらしいですね」
「へぇー。木の隙間から差す光って確かに一言で訳すの難しいのかもなあー」
「こんな日に木の根元で横になって眠ったら気持ちいいかも知れませんねー」
わたしは即座に栞のそのアイデアを実行して、隣に座る栞の太股に頭を乗っけて横になった。
「ヒュー! ここは天国だぜ!」
「んま! はしたない!」
わたしはぐずりながら「いやさあ、今日は大人しく栞オススメの本の話聞くから暫くこのままにしておいてよ」というと栞はわたしの額をぴしゃりと叩いた後「額は冷たいですねぇ」などとよく分からない感想を漏らした。
「なんで今頭叩いたの……?」
「そうですねぇ。梅雨の時期もまだですが、雰囲気は初夏に近いですし、心躍る冒険のお話でもして見ましょうか」
「なんで頭……」
「詩織さんはロビン・フッドってご存じですよね?」
「藪から棒に……あれでしょ? 息子の頭にリンゴ乗っけて矢で打ち抜いたっていうイギリスだったの英雄……」
「それはウィリアム・テルですよ。あと国はイギリスじゃなくてドイツです。ロビン・フッドはイギリスの口承伝説、吟遊詩人が歌うバラッドで長年語り継がれてきた弓矢の名人の英雄ですね」
「イギリスだけあってた」
「イギリスの古典で『農民ピアズの夢』って本があるんですがそれで言及されているのが最古らしいのですが、舞台は一一五〇年代のノッティンガムシアのシャーウッドの森で活躍したイギリスの大英雄ロビン・フッドにまつわる伝説集ですね。いわゆる吟遊詩人達が歌い継いできたもので『農民ピアズの夢』が一三三七年ごろ出たらしいのですがその頃には人気の演目だったそうで、それはもう様々なバージョンが時代を経て作り上げられたんですけれど、十五世紀から広まった『ロビン・フッドの武勲』というバラッドがあり、その頃初めて文字に起こされている『ロビン・フッドの武勲』から一気に民衆に広がっていった物語で、今回ご紹介するのはハワード・パイルという人が様々なバラッド集から面白い話だけを厳選して、更に二つの話をニコイチにしたりして筋が通るようにして、ロビン・フッドがシャーウッドの森に住むようになってから亡くなるまでを書き尽くしたいわゆる決定版的な本をご紹介しましょうか」
「へぇー男の子が好きそうなヤツね。そういや子供の頃図書館で絵本かなんかみた記憶がある。あと映画もむかーし見たような気がする」
「ハワード・パイル版は絵本で縮約、抄訳されているような短ーい話ではなくて、文庫本で五五〇ページぐらいある、子供が読むには長めな本だったりします」
「んま! そんなに長いの?」
「はい。ロビン・フッド物語は数多くの作者が書いていますがハワード・パイル版が決定版ですね。もっと長い『ロビン・フッドの物語』というのもあるようですが、十九世紀にイラストレーターとして既に一流の活躍をしていたパイルが小説処女作として書き上げた『ロビン・フッドの愉快な冒険』が一番普及しているようです」
「イラストレーターが小説書いたの?」
「はい。ハワード・パイルは十九世紀中頃に裕福な毛皮商の元に生まれました。両親共に教育熱心で、家には膨大な蔵書があり子供の頃から父の蔵書を乱読していたようです。その後画家を目指すのですが家業が傾いてしまったため、当時画家になる王道のコースであるフランス留学を諦めアメリカにとどまり修行を積みます」
「え、まって。イギリス人じゃないの?」
「ああ、言い忘れてましたがパイルはイギリスに行ったことはないです」
「えーマジで……」
「でもイギリスでもロビン・フッドが広まったのはハワード・パイルの本からの様ですね」
「アメリカ人がねえ……とはいってもわたしアメリカ人とイギリス人の違いがよく分かってないけれど……」
「当時イギリスでは産業革命が起きて、自分で動ける年齢になったらすぐさま労働力にされていた時代なんですけれど、このときに初めて動きやすいように子供服が作られて、このとき大人と子供という概念が出来たなんて話がありますね。そしてその子供のための本として最初期に書かれた児童書の代表格が『ロビン・フッドの愉快な冒険』なんですね」
「でもいうても子供向けの本なんでしょ? 分厚いみたいだけれど簡単すぎないの?」
「いえいえ。今大人の児童文学読み直しブームみたいなのが来ていて、パイルの全訳版が出たのもほんの何年か前のことです。子供用に訳されたものだと思って読んでみるとターゲットはしっかりと大人が読めるものに訳されているのでしっかりしていますよ」
「ほーん。児童文学ねえ。大人が読んでも楽しめるのか」
栞は顔をぐいっとわたしの顔に近づけて「はい。楽しめます」と甘い息を吹きかけるとまた顔を離した。
なんだか頭の芯の方がしびれてくらくらしてきたので、栞の太股の感触を後頭部で感じ取ることに集中した。
「ロビン・フッドの物語はロビン・フッドが十八歳の時にシャーウッドの森を歩いているところから始まります。当時の森は全て王のもので、特に動物。鹿は王様が狩りをするためのものだったので、森林官という役人達によって管理されており、森で動物を狩ったりすると悪くて縛り首、よくても手を切り落とされたり、目を潰されたりしたようです。で、ノッティンガムシアで弓の大会が開催されそれに参加するために森の中を進んでいたところ、昼食を取っていた森林官達と揉めて、遠くにいる鹿を仕留められるかどうかという賭けをすることになります。で、見事鹿を射止めるわけですが、賭に負けた森林官の一人が怒って死刑だといって襲ってくるのですがロビン・フッドはこれに抵抗して弓で射殺してしまいます。そうしてお尋ね者となってしまいシャーウッドの森に隠れ住み、最終的に一四〇人の陽気な仲間達を従える一大義賊集団になるわけですね」
「そんなに大規模に!?」
「森でのんびり涼みがら寝て起きて、旨い鹿や鳥のパイ、それから飛び切り濃いエール酒やワインを飲んで、日がな一日弓の訓練や六尺棒での格闘訓練なんかをして気ままに過ごし、時折大冒険を求めて当てもなく街道を行く……というのが筋書きです。この陽気な強者の集団に加わりたい人は一杯いたようですね」
「アレね、今ここでこうして木陰で過ごしているような状態ね!」
「まあそうですね、そんな感じです……多分」
「で、その本はその冒険生活を描いた本になっているわけだと」
「そうです。ノッティンガムの長官やヒヤフォードの大僧正その他諸々の魅力的な敵に出会うわけですが、面白いことに命を狙っているこれらの人々を森に無理矢理招いて盛大な宴を催して大盛り上がりさせた後、農民達から不当に奪った分の税金や言いがかりで巻き上げたお金なんかを、その分だけ宴の代金として奪い取って、鼠小僧みたいに貧しい農民達に配り近隣の住人達からは凄い慕われるわけなんですよ。その分権力者からは命を狙われるんですが毎回上手いこと煙に巻かれてしまうんですね。最後の最後で本格的な命のやりとりになるシーンもあるのですが、基本的には権力者とロビン・フッド一味の化かし合いですね」
「ふーん。本格的に血を見ないっていうのが児童文学っぽいね」
「もう一つ魅力的なのがやたらとキャラのたった仲間達ですね。ちょっとからかってやろうとして喧嘩を仕掛けて、まあロビン・フッドが意外とよく負けちゃうんですけれど、角笛を三回吹き鳴らすとどこに潜んでいたのか仲間達がわらわらと出てきて形勢逆転して森でおもてなしされて散々馬鹿にされたりするんですけれど結局最後はその敵もこらえきれずに笑い出し仲間になるというわけですね。弓では一切負けないロビン・フッドですが六尺棒という杖術の戦いや剣での戦いでは意外と負けるんですよ、そこも面白みのあるところですね」
「おもしれーヤツら」
「陽気な強者達を自称していますからね、精鋭集団ですよ」
「で、そのあとどうなるのよ?」
「シャーウッドの森で王様に命を狙われたときはヘンリー二世の治世なのですが、賞金首にされた後にリチャード獅子心王の時代になるんですね、十字軍の大英雄ですよ。まあ実際の所騎士道精神を体現したような人生とは裏腹に内政面ではボロボロだったようですが今でも人気のある王様です」
「あー十字軍の所で習った覚えある。名前か知らないけれど」
「まあリチャード獅子心王がノッティンガムに行幸に訪れた際にロビン・フッドの噂を聞きつけて会いに行きたいといって、悪戯心で裕福そうな僧侶に変装してわざと襲われるんですが色々とあって王に気に入られ、ロビン・フッドも敬愛していたので配下に加わり、貴族に叙されてあらゆる戦いについて行くわけです。リチャードの死後にシャーウッドの森に帰りたいという心が持ち上がり、二日だけな、と当時の王に言われたんですが、もうこの森から離れられないとなって帰らなかったため怒りを買い戦いになり、その時の怪我が原因となり治療のために訪れたロビン・フッドの姪が院長を務める尼僧院で治療を受けるのですが、王の怒りを買うことを恐れた姪に裏切られ、これが致命傷になり最後を迎えるわけですが、そこら辺の湿っぽい話はほぼほぼ全ての本で割愛されてます。ここで名シーンがあるのですがそこは詩織さんの目で確かめてください!」
「えー長いんでしょう?」
「詩織さんが本の話してくれっていったんじゃないですか!」
「そうだけれどさぁー。所でロビン・フッドって実際いたの?」
「それがですね、一九六〇年代に大規模な論争が起きて、ギルバート・フッドという人物がいたとかロバート・フッドという人物が元だとか論争がバチバチに戦わされていたのですが未だにその論争が続いているそうです」
「そんなに」
「あとハワード・パイル版で削除されている逸話なんかもありまして、映画には必ず恋人のマリアンという人が登場するのですが、ハワード・パイルの本では冒頭で一言だけ触れられているだけで完全に削られちゃっています。資料を遡るとマリアンの設定は比較的最近になって付け加えられたもののようで、パイルもそこら辺が引っかかって削ったんでしょうね。それでいうとロビン・フッドの最後のシーンなんかも比較的後になってから付け加えられたようですが、こちらは話の結びとして使われていますね」
「へー一応色々と計算されているんだ」
「本職じゃないのにこれだけのものを処女作で出すのは天才だと思いますよ。まあその他の話としてはノッティンガムシアの森のシアの部分からシャーウッドの森になったんですが、この森は今でも存在して、産業革命の頃に石炭採掘のためにかなり伐採されてしまった様ですがそれでも四二〇ヘクタール以上残っていて、ロビン・フッドが寝そべっていたというオークの木というのも残っていて観光名所として賑わっているそうです。あとちょっした小話としてはロビン・フッドはスワントホールドじいさんという人の名言をよく引いてくるんですが、この人物の意外な正体とは……といったところで是非読んでみてください!」
「えー、そこ教えてよー!」
「読む楽しみなくなっちゃうじゃないですか」
「うーん、まあ児童文学ならなんとかうーん……」
そう言いつつ頭を栞のお腹の方にぐりぐりと潜り込ませ、そこにたまった湿った甘い香りを肺一杯に吸った。
吸って吸って吸いまくった。
「ちょっと! 詩織さん息が荒いですけれど何しているんですか!」
「ねこ吸いならぬ栞吸い……」
「それは現代の法律では縛り首ですよ!」
「わたしは栞の森林官だから栞の森はわたしのもの……」
「え……どういう意味ですか? 下ネタなのか素面なのかはっきりしてください!」
「やーちゃんと本読むからもう少しこのまま……」
「ダメです! 破廉恥!」
わたしたちは陽気な集団として、まあ二人だけだけれども……小さな森の中でいつまでもキャッキャと絡み合ってふざけ合っていた。
なんか下ネタに走った気がしますがたまにはいいでしょうか。
もう少し書ける情報はあったのですがとりあえずここまでとしておきました。
ハワード・パイルはイラストレーターとして大成功し、後進の指導にも携わりました。
その上で何冊も著作がありますので二足のわらじを見事に履きこなした人です。
イギリスからは当時アメリカの美術は大したことないと思われていたのですが
「ハワード・パイルだけは別」
という評価を得ていたようです。
世界的に最も普及しているのがハワード・パイル版らしいのですがねなかなか冒険心に溢れて面白い本ですので是非御一読を。
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ではまた近いうちにお目にかかればと思います。