141加藤有希子『黒でも白でもないものは』
予定より大分遅れた上に用意していた原稿消してしまったので別な本取り上げてみました。
まあたまにはこんな感じの本でもといった「お試し」話です。
「あんね、栞さんや。目が見えなくなるのと耳が聞こえなくなるのどっちを選ぶ?」
「何ですか藪から棒に」
「いやね、今日クラスでその話題になってどっちも選べないってなってね。まあ耳が聞こえなくなる方がまだマシだという流れにはなったんだけれど栞はどうおもいますにん?」
「どう思いますにんもなにも、そりゃ迷いますけれどオーディオブックがこれから先もドンドン増えていくとは思いますけれど、私は本読めなくなるのは厭ですからね。耳が聞こえなくなって困るのは詩織さんとおしゃべりしたり音楽聞けなくなったり、それ以外でも生活の中で危険なことあると思いますけれど、目が見えなくなるよりはマシですかね……」
「やっぱそうなるよねー。まあなってみないと分からない苦労ってあるだろうけれど外部の情報の八割は視覚なんだっけ? そりゃ目潰しされた方が困るよね」
「そういう題材だとポルトガルのノーベル文学賞受賞者で、ジョゼ・サラマーゴという人の『白い闇』という作品があって、突然街の人々の視界が真っ白になるという奇病に冒されたとき人はどうするかというお話があってなかなか面白いですよ。映画化もされていてこちら見た方が緊張感みたいなのは伝わるかも知れないですが」
「へー映画なら見てもいいかなぁーみんな一斉に目が見えなくなったら凄いことになりそうだね」
「あ、そうそう。最近読んだ本でお勧めしようと持ってきたものがあるんですが、こちらも視覚に関する話ですね」
「あら、ナイスタイミングじゃないの」
栞は鞄からハードカバーの真っ黒い本を取り出すと、わたしの目の前にホイとばかりにお出ししてきた。
「加藤有希子で『黒でも白でもないものは』です。ハードカバーではありますけれど一六〇ページもないのですぐ読めちゃいます。因みにSFです」
「へーいいじゃんSF! この詩織さんも、たまにはそういう娯楽作品読みたいと思うわけですよ」
栞はちょっと苦笑いするような感じの表情を浮かべ続ける。
「作者の方は作家ではなくて色彩や美学に関する研究者の方なんですが、そういった特殊な方面からの視点が生かされた不思議な設定の本ですね」
「色彩って色の研究みたいな?」
「みたいなです。二〇五六年に「シンギュラリティ」と呼ばれる太陽の異常活動が起こって、人間の視覚から色がなくなり、全てのものはモノクロでしか見られなくなるという現象が起こります。色がなくなると同時に生殖機能もなくなってしまい、さらには「シンギュラリティ」の影響で植物や環境も大ダメージを受けたという設定で、ポストアポカリプスでもあり、管理者不在のディストピアでもある世界なんですけれど、色を失ったことによって人々は様々な欲求を失い、さらに新しく生まれる生命もないことからゆっくりと滅亡に向かう中でAIのロボットに慰みを見つけたりするんですが、有るとき精神科医である主人公の目の前に「シンギュラリティ」の頃に生まれた十三歳のアメノウズメと名乗る色の見える少女が現れるんですが、この娘は生まれるはずのない新生児を殺害したかどで捕まえられて精神鑑定に来るわけです。で、まあこの少女自身も色が見えるからなのか妊娠しているんですけれど、新しい世界の人間として祭り上げられているわけです」
「へぇ色のない世界ねぇ。なんか村上春樹の小説でそんな感じのタイトルのヤツなかったっけ?」
「えーと『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』ですかね。色彩って作家を刺激する何かがあるのかも知れないですね」
「で、その『黒でも白でもないものは』は色に関するいろいろなことがいろいろと書かれているわけなのん?」
「まあ見た通り薄い本なのであまり内容について語っちゃうと全部まるっとオチまで解説しちゃうことになるのでそこら辺は避けますけれど、西洋の方の人間には虹色を感じることがいる人間がいて、アメノウズメは日本の古代の色である白、黒、赤、青を見ることが出来て、それ以外の色は必要ないと言い切っているんですね。そこで色彩感覚を持つ人間の間での断絶と、色を持たない人間の間の断絶みたいなものが書かれているんです」
「へぇ変わった設定だね」
「作者の方も、カテゴライズが難しい点については大分意識していらしたようで、自分は研究者であって作家ではないので、研究者として書いたというようなことを仰っているのですが、流石色彩については色々と細かい設定が成されていますね。人間が色を失うとどういう精神性になるのかなんて問いかけがあったりしています」
「ふぅん。まあ一六〇ページ程度だったら読んでみようかなあ……でも十三歳で妊娠とか結構攻めた設定しているね」
「アメノウズメという名前自体も『古事記』や『日本書紀』にも載っている踊り子で、詩織さんも聞いたことはあると思うのですけれど、天照大神が天岩戸に隠れたときに、世界が真っ暗になって困った神様達が、天岩戸の前でアマノウズメがエロティックな踊りを踊り、他の神様が楽しげに笑っていたどんちゃん騒ぎが気になって、天照大神がちょっと顔を出したときに岩をばっとどかされて引きこもり生活を終わらせたということで日本最古の踊り子であり芸能の神として記されているんですが、ここら辺も小説の中に裏設定的に取り込まれていて薄い本ではありますが、元ネタ拾っていくとなかなかよく考えられている話だと思います」
「ああ、その踊りを踊って天照大神引っ張り出した話はなんかむかしアニメ化なんかで見た記憶ある」
「色彩研究の方なので日本古来の色についても裏テーマが色々ありそうなんですけれど、例えば白、黒、赤、青だけが正当というシーンがあるといいましたけれど、古代の日本ではこの四種類しか色がなかったんですね。で、昔は黒という色の反対は白ではなくて赤だったんですねー、青は真っ青というわけでもなくて「淡い」とか「漠然としている」という所から出来た色なんでぼんやりとした印象があって、白は逆に「知る」や「しるす」から来たのでこれははっきりとした色という意味合いだそうです。分かりやすくいうと色の名前の後に「い」がつけられる色が最初の色なんですね。例えば「白い」や「赤い」とはいうけれど「緑い」とか「茶い」とかはいわないじゃないですか「い」がつくことによって形容詞になる言葉が最初の四色なんですねー。だから茶や黄に「い」をつける場合は「茶色い」とか「黄色い」とかいったん「色」をはさむんですよ。その他の色についても色々とありますけれどそんな感じですね。季節の事も「青春」に「朱夏」に「白秋」に「玄冬」と見事に最初の四色が使われていますね。こんな感じで色は少しずつ増えていって、今では和の色というのはもの凄い数ありますけれど、古代では四色だけでものを表していたんですね……という話を最近中国語の先生から聞いたので完全に受け売りなんですが、そういう所と、西洋の虹色が見える人という所で対立させていたりと、ちょっとした豆知識ですけれどそういうことも知っておくとおもしろいかも知れません」
「へー、知らんかった……クラスでそれとなく語ってやろう……」
「クラスで色の話になる状況がよく分からないですけれど、まあいいんじゃないでしょうか。また本の話に戻るとそういう部分抑えておくと楽しめるかなぁなんて思います」
「まあちょっと読んでみようかなぁー。一日有ればわたしでも読み終わるでしょ!」
「私は二時間かからなかったですね。水声社の本なのでボリュームの割にはかなり高額な本だったので、そういう意味でも読んでおくとお得感有るかも知れません」
「栞も本にコスパを求める時代か……」
「んまっ! まあそう言われるとちょっと恥ずかしい部分ではありますけれど、やっぱり普段本代やりくりしながらだとどうしても思い至る部分ではあるのは否定しきれないですが……」
ふぅんといいながらためすすがめつ本をみながら、確かに結構いい値段するなと思いつつ栞が普段毎月いくらぐらい本代にお金かけているのか若干気になったけれどそこはあまり気にしないことにした。
「まあ高い本でもこうやって二人で話の種になったんだから、元とれたんじゃないかな?」
「そうですね。そう思うことにします。それに私が本当にやりたいことは同じ本を読んで、感想を大切な友人と語り合うことですからね。それか出来るならあまり本の値段は気にしません!」
「本当に?」
「いや、ちょっと気にします……」
そういって二人で向かい合ってけらけらと笑い合った。
前々からいっておりますが、大ネタやりたいということで長い本を読んでいるのですが、まだまだ時間かかりそうです。
5月の連休中にあるイベント用の原稿もありますので、今まで大分更新間隔開いちゃった上で更に更新遅くなりそうですが、お待ち頂けると幸いです。
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ではできる限り早めにもう一度お会いできるようになんとか時間やりくりしたいと思います。
それでは!