136ホルヘ・ルイス・ボルヘス『汚辱の世界史』
大変遅くなりました、ボルヘスの処女作品集の『汚辱の世界史』です。
ボルヘスの作品にしてはかなりエンタメ向きな話ですのでご興味あれば是非御一読を。
大寒波がやってきた。
普段雪の積もることは滅多にないのだけれど、今日は薄らとだけれど積もっていた。
そんな雪も午後からは少しだけ暖かくなってきたので道路の上や、日の光の当たるところだけはとけて消えていたので、アイスバーンにもならず、下校の時にはそこまで気を遣わずに大丈夫そうだった。
流石に今日は学校からの命令で強制下校となったので、栞と寒い寒い言い合いながら分かれ道まできていた。
「詩織さんそんなに寒いというならタイツ履けばいいじゃないですか。私はタイツのおかげで多少の風ならなんとかなりますけれど……」
わたしの生足をぼんやりと眺めながら栞が呆れたようにいう。
スカートも校則ギリギリまで上げていたので、見ていてさぞかし寒かろうと思うのだけれど、わたしとしては譲れない線だった……あれ? なんで寒さ我慢してまで譲れないとかいってるんだろうと、ふと頭に浮かんだけれど考えないことにした。
「今日はそんなに積もらなかったけれど、本格的に積もったら死にますよ?」
「え? わたし死ぬの……?」
「はい。確実に死にます」
「そんな……」
「死にます……」
そこまでしてわたしを死に追いやりたいのかと思ったのだけれど、あまりそこについては考えないことにし、話題を変えることにした。
「そういえば雪が積もった真夜中に外歩くと凄い静かだよね、わたしあれが好きで昔ドカ雪が降ったときに家の周り散歩したことあったなあ」
「ああ、雪が防音効果あるので静かになるんですよね。本当かどうかは知りませんけれど忠臣蔵で大石内蔵助が雪の夜に吉良邸に押し入ったのも、雪の防音効果を狙って機会をうかがっていたなんて話もあったようですね」
「へー忠臣蔵って四十七人で敵討ちした話でしょ? 昔は毎年年末にドラマやってたらしいけれど見たことないなあー」
「あれも昔のテレビはお金があったので四十七士の役者さん集めた上で長期のロケをやるだけの資金も体力もあったのが、そういうテレビメディアの力が弱くなってきたり、視聴者の好みの変化なんかで見る人が減ったりとでなかなか作られなくなってきたらしいですね」
「おさびしー」
「まあ今伝わっている話も大分判官贔屓で話し盛られているようで、仮名手本忠臣蔵のスポンサーになった商人が、四十七士に武器を売ったかどで拷問攻めに遭ったけれど、決して口を割らなかったとか嘘エピソードありましたね。まああとは吉良上野介が一方的に悪者扱いされているけれど、実際は浅野内匠頭が一方的に慣習を破っていて吉良上野介の不興を買ったりとか、そもそも刃傷沙汰起こすのが即日死罪になるぐらいのタブーなのにやっちゃう辺り精神的に問題を抱えていたらしいと推察されていて、実際赤穂藩の人たちは浅野内匠頭の訃報をきいて赤飯炊いたなんて記録も残ってるらしいですね」
「うわ……吉良かわいそ……あ、もしかして栞今『忠臣蔵』とか読んでいるんでしょ? もしくはその研究本とかそんなヤツ」
既に栞の家とわたしの家との分かれ道に来ていたときに、この寒さの中新しく話題を振るのは死に等しい我慢を強いられるのだけれど、なんとなく話題を振ってしまった。
栞もなんだかもじもじとして、寒さと戦っているようだった。
「うーん。近いといえば近いですかね。私が先ほど読み終わったのはこれですよ」
そう言って鞄の中から薄い本を取り出した。
「じゃじゃーん! みんな大好きボルヘスの処女作品集『汚辱の世界史』でーす!」
「じゃじゃーんて……」
わたしの突っ込みは無視して語り始める。
「この本はボルヘスの処女作品集なんですが、手慰みに書いたような感じで、いい意味で力が抜けてノビノビと書いていますね。内容は世界中の悪人列伝になっていて、西部開拓時代のビリー・ザ・キッドとか中国の鄭婦人という女海賊や洋の東西を問わず、実在した悪人達の伝記になっています。実際の所話は結構盛られているというか面白く書き換えられている部分が多くて、全部額面通りには受け入れられないんですが、これに日本代表として吉良上野介が含まれているんですよね。二十世紀初頭にアルゼンチンで忠臣蔵が読めたというのも凄い話だなと思うんですが、当時の学説通りのお話の組み立てになっているので、最初にお話ししたような吉良上野介が一方的に悪く書かれているような内容になっているんですけれど、実際の所今ボルヘスが生きていて、このお話を書くとしても同じような構成になっていたかなとは思います」
「ほほーん。忠臣蔵もワールドワイドだねえ」
「このお話で面白いというかかなり話しをガッツリ作っているなあと思うのは、大石内蔵助が仇討ちの気概も持たない昼行灯として、放蕩の限りを尽くしている演技をしているときに、遊郭で飲み過ぎて、吐いて無様に外で伸びていたときに、薩摩藩から来ていた侍が、お前のような主人の仇もとらない男は情けないから死んでしまえばいいのにといったことを吐き捨てて、大石内蔵助の顔を思いっきり踏みにじるという話が挿入されているんですが、この男は一番最後に出てきて、四十七士が幕府から切腹を命じられ、全員腹を詰めた後にそのお墓の前で大号泣して、自分に見る目がなかった、許して欲しいといってそのままその場の勢いで自分も割腹して果てるという話があるんですね。この話が本当かどうかは分かりませんが勢いがよすぎてちょっと笑ってしまいますよね」
「確かにスピード感が凄いわその話……で、そこで吉良上野の話は終わりなの?」
「短編も短編で凄い短いですからねー。その薩摩藩士の墓が四十七士のお墓の近くに建てられましたというところで終わっています。他に詩織さんでも名前ぐらい聞いたことありそうな人だとビリー・ザ・キッドとかですかね。西部開拓時代の悪童といった感じの人で、特に理由もなく、それこそなんとなく邪魔だったとか酒場で騒いでいたからとかそんな理由で人をバンバン撃ち殺しまくっていて、メキシコ人は勘定に入れないで二十一人殺害したといっていたそうですが、最後には友人だった保安官のパット・ガレットに射殺されるんですが、酒場にその死体が二、三日晒されていてみんなの恐怖を誘ったうえで最後にはひげを剃られるなどした上で埋葬されたとか、他にも人殺し以外だと海難事故で死んだフランス語に堪能な裕福な男性がいてその母親が嘆き悲しんでいたときに、実は生きていましたと似ても似つかぬ太っちょでお人好しで愚鈍なフランス語が出来ない似ても似つかない容貌の男が、黒人詐欺師に言われるままに、胸の所に黒子が二つあるのが本人の証だなんていって取り入って、精神が滅茶苦茶だった婦人に信じ込ませて食い物にしたなんて滅茶苦茶な話もありますね。当然裁判になるわけですが、この黒人詐欺師は昔から馬車が怖くて怖くて仕方なかったので辻道に入るときは常に最大限に気を遣っていたけれど、結局馬車に轢かれて死んでしまうとか出来すぎた話があったりするので、作った感じの話は結構多いようです」
わたしは「なるほどなあー」といいつつ差し出されたその本をパラパラとめくってみると本当に薄いし、一話が短いので珍しく自分から読んでみようという気持ちになっていた。
「読み終わったならこれ借りていい?」
「もちろんですとも!」
そう言った後栞はブルリと大きく震え上がった。
「どうしたの? そこまで寒いのに気にせず長話振っちゃってごめん! 今日は早く帰ろうか」
「いえ、あの……その……」
「どしたん? はなしきこか?」
「いえ、ここからならば私の家より詩織さんの家の方が近いですよね」
「それはまあ……はい」
「……そうなんです」
「え? 何?」
「本のことになって長話しちゃったせいでちょっと漏れちゃいそうなんです!」
そう栞は恥ずかしそうに叫んだ。
その時びゅうと強い風が吹いてわたしもぶるりと震え上がった。
魅惑の生足に鳥肌がブツブツとたつ。
「栞の尿意が移った! ヤバい私も漏れそう!」
「おトイレ貸してください!」
「いいけれどわたしも漏れそうだから競争だよ!」
「……そんな」
「よへいドン!」
そうして二人して内股になりながらツンドラのごとき寒い道をよたよたとしながら走り出した。
これこそが「汚辱」なのかもしれない……。
大変遅くなりました(二回目)本当はもっと早く更新するつもりでしたが色々とかなさりダメでした!
それはそうと汚辱というか尾籠な話になってしまいましたが、ご容赦頂ければ幸いです。
雑談、感想、何でもあれば感想欄に放り込んで頂けると励みになります。
一言感想でもありがたいです。
書き込むのは面倒くさいという方は「いいね」ボタン押して頂けるとフフッてなるのでよろしくお願いいたします。
2月以降はちょっと長めの大ネタをやりたいと画策していますがちょっとどうなるか分からないですが、お付き合い頂ければと思います。
それではまた次回よろしくお願いいたします!