133ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』
年内に更新するつもりだったのですが、体調振るわずダメでした。
罵ってください。
本年もよろしくお願いいたします。
「あけおめー」
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
初詣に来て、いきなりガッツリとした新年の挨拶をされてしまうと軽い気持ちできたわたしの歩調が狂ってしまう。
「栞。もっと軽い感じでいいじゃんー。あけおめーでことよろーでさぁ」
「んま! 新年の挨拶ぐらいしっかりしないと駄目ですよ!」
お堅いなあーと思いつつも栞らしいなとおもいなんとなく笑ってしまう。
「んもー。笑い事じゃないですよ!」
「マジメか!」
あ、栞はいつでもマジメだったわ……。
「あ、そうだ。マジメで思い出したけれど、栞に冬休みに読んでおくといい面白ブック貸してっていって貸して貰った本マジメにちゃんと全部読んだよ! エラい? エラい?」
「おーよしよし、偉いですねぇ」
「でしょでしょ?」
そういって頭を栞の方に突き出すと、ミトンの手袋をしたままバッチリセットした髪をなでなでしてくれるので「うぇへへ」といって笑った。
栞もなんだかつられて笑っているのでよしとしよう。
「でもアレ分厚すぎだよ! あんまり見る番組もなかったから珍しくずーっと読んでたけれどメッチャ時間掛かったわ!」
「でも面白かったでしょ?」
「うん、まあ面白かったと思う。なんか歴史的な話は正直難しくてよく分からないところもあったけれど」
「そうですねぇー。トルヒーヨ政権の事なんて世界史でもまあまず触れないでしょうし、カリブ海諸国の歴史とか文化に興味持っていないと普通知らないですよね。トントンマクートとかいわれてても普通の人は知らないでしょうしね」
「なにそれ? 本の中に出てきたっけ?」
「いえ、袋を持ったサンタさんみたいな妖怪で棒きれで殴って連れ去ることから、秘密警察の隠語になったというそんな感じのアレです」
「そんな感じのアレかあー」
「まあそんなことより是非感想聞かせてくださいよ! ジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』について」
「えーとね、新潮クレスト・ブックだっけこのレーベル? なんか知ってる人が手堅い玉投げてくるシリーズだっていってたけれど確かにそんな監視だったかなあ。でも字がちょっと小さくて割とギッチリ詰まってたから疲れちゃった」
「あー確かに文字は小さめですよね。私も眼鏡かけててなんとなくピント合わないときなんかは読むの疲れますね。でもいい本がそろってるのは本当ですよ! まあ高校生の私たちにはちょっとお高い買い物になっちゃいますが」
「うん。読むのは疲れたけれど面白かったよ。ドミニカなんて国名前ぐらいしか知らないけれど、そこの文化とかさ、オスカーくんの滅茶苦茶なオタク知識とかよかった。でも注釈滅茶苦茶多い上に長くない?」
「そうですねえ。ボルヘスなんかもやっているんですけれど、ジュノ・ディアスは更に一歩進めて注釈の中でストーリーを先に進めたりしているのでかなり独特ですよね。もう一冊お貸しした『こうしてお前は彼女にフラれる』は読みました?」
「あー、半分ぐらい? こっちの方が読みやすいかな……」
「そうですね。最初の『オスカー・ワオ』に比べると大分落ち着いた感じの作風になっていますからね。私もどちらかというと『フラれる』の方が好きかなあと思っています」
「ふぅん。じゃあ冬休み終わる前になんとか頑張って読むかあー」
「まあその前に『オスカー・ワオ』は最後まで読んだんですよね? どうでした通してみて?」
栞がわたしの顔を覗き込んでくる。
吐息が鼻に掛かり、顔が滅茶苦茶近い近い。
鼻と鼻でキスしそうになる。
「近い近い!」
慌てて仰け反ると栞は恥ずかしそうに「眼鏡が曇っちゃって近くに寄らないと何も見えなくなっちゃうもので……」といった。
「まあ栞の距離感バグっているのはいつもの事だからいいけれど……。まあね『オスカー・ワオ』だけれど凄いよね作者のオタク知識さ。アメコミとかだけじゃなくて日本のアニメ、漫画の話もうわーっと出てくるの驚いた。多分わたしより日本のアニメ、漫画読んでいると思う」
「ですよね。オスカーくんの人生を決定づける凄い知識量ですよね。最初の章はオスカーの子供の頃から学生に至るまでのドン底オタク人生で、次が姉のこれまた母親から罵倒され続ける無茶苦茶人生で、次がトルヒーヨ政権で起きた悲劇。私はトルヒーヨ政権のところが一番楽しめましたけれど、これはラテンアメリカ文学の独裁者小説が好きだからというのもありますね。そして次に祖母と母親の話があって、最後はオスカーの友人のユニオール視点でオスカーの人生の最後の日々が語られますね。もう半分読んでいるということですからご存知だと思いますけれど『フラれる』の主人公は基本的に浮気者のユニオールの視点ですね。まあネタバレになっても仕方ないので『オスカー・ワオ』に話を戻しましょうか。詩織さんはどこが面白かったですか?」
「うーん。オスカーがとにかくフラれまくる所とかオタク知識で自分に籠もり続けるところとかも面白かったんだけれど、最後の最後で勝ち逃げするみたいな終わり方がよかったかな。タイトルで『短く凄まじい人生』なんていっているぐらいだからネタバレも何も死んじゃうことは予想できたけどさ。万年ドーテ……」
「むっ!」
栞がミトンの手袋をわたしの口にむいっと押しつけてくる。
わたしの吐息が横から漏れて白いガスが吹き出るみたいにぶわっと目の前に広がる。
「おんまり女の子が大きい声でそういうこというのはよくないと思います!」
「あっはい……」
「で、アレですよね。最後のところが気に入っているというのは娼婦と恋に落ちたけれど滅茶苦茶な暴力晒される一連の流れが気に入った……みたいな感じですか?」
「そうそう。始まり方からするとお馬鹿な話がずーっと続くのかなと思っていたけれど、急にお姉さんの話から重くなっていってその後笑い話風にかかれているというかユーモア混じりにかいているけれどドンドン話が重くなっていっちゃうのよね。で、アメコミの登場キャラみたいな連中に連れられてボコボコどころか死ぬ寸前までぐちゃぐちゃにされて、それでも娼婦の女に惚れちゃってつきまとい続けて最後にやられちゃうっていうのはよく分からなかったけれど。恋は盲目ってヤツなのかしらんねぇ……あっいまの恋は盲目って台詞乙女っぽくない?」
「詩織さん……」
栞が曇った眼鏡を拭きながら心底呆れたようにこちらを見てくるので、ちょっと腹が立ったから拭いて顔に戻した眼鏡にぐいっと顔を近づけて「はぁーっ」と息を吹きかけて再び真っ白に曇らせてやった。
「うわああ。見えない前が見えない」
ミトンの手袋をした両手を前に突き出してアワアワと交差させている。
それを見ながらわたしはヘラヘラと笑っていた。
「今のは栞が悪いなあー」
「納得いきません! 審議が必要です!」
「まあまあ、どうどう。でさ、最後にユニオールに残した手紙でオスカーが、一発逆転ホームラン打ってた事が分かるシーンが、凄いくだらなくて、下世話な話なんだけれど。なんか妙に清々しくて、なんかカッケーってなったかなあ。だから最初の出だしの所とラストのオチの辺りが好きかな。オスカーの死後に一家にあった話とかそういうエピローグ的なところも含めてさ。うん。なんか凄く難しい感じもしたけれどエンタメもしっかりしていて、分厚くて文字も小さかったけれど、わたしは好きかな『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』で、持ってきたから返すね」
わたしはコートの内側の広いポケットに入れていた本を渡すと栞は頬ずりしながら「ほんのりとしたぬくもり」といって頬ずりしていた。
「何してるんですの?」
「いや、寒かったんでつい……」
そうこうしているうちに、先ほどからチラついていた雪がちょっと強くなってきた。
積もるほどではないにせよ、顔とかに雪の粒が当たると痛い。
「じゃさ。さっさと初詣していつもの喫茶店行こうか!」
「はい! あ、でもあの喫茶店福袋でコーヒー豆売ってたから凄い混んでましたよ。私の家に来ませんか?」
「いいアイデアだと思います」
「それに『フラれた』の話なんかもネタバレにならない程度にしたいですね。あの二冊以外で日本で出版されているジュノ・ディアス作品はあと絵本だけなんで実質コンプリートですよ!」
「なにそれ! そういう情報先に頂戴よ! そしたら頑張って『フラれた』の方も読み切ってきたのになあー」
「本当ですかぁー?」
「本当ですぅー!」
わたしたちはお互いの脇を突っつき合いながらキャッキャとして近所の神社に向かっていった。
今年はマジメに本を読んでみるかなあーとぼんやりと思っていたけれど、それはこの栞の笑顔を見るために他ならないのだなとも心のどこかで考えていたからなのかも知れない。
今年は昨年の年52回、週一ペースという更新目標からもう少しだけ目標を延ばして、6日に一回ペースの年60回ペースで更新できたらなと考えていますので、お付き合い頂ければ何よりです。
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多分次はすぐに更新できると思いますのでよろしくお願いいたします。
何度もこの宣言裏切っている気がしますが多分大丈夫……かと……。