132フアン・プバロ・ビジャロボス『犬売ります』
最近読んだ中ではほどよく狂っていた小説です。
お楽しみ頂ければと思います。
今年も残すところ後僅かとなり、図書室が空いているのも年内最終日となった。
幸い積もることはなかったけれど、朝方雪がちらついていてどうなることかと気をもんでいたが、すぐに止んでしまったのでよかったよかった。
ダルマストーブで背中をあぶりながらわたしは、動物の動画なんか見ていた。
「わんちゃんわんちゃんもふもふ、にゃんにゃん」
「わんちゃんにゃんにゃん!?」
「あ、気にしないでください」
「はい……はい?」
栞が訝しげにわたしのことをジトッとした視線で見てくる。
栞の視線が冷たくても、背中はストーブで温まっているので耐えられる。
「しかし、また図書室で動画なんか見てて……駄目ですよそう言うのは」
「えーいいじゃん。音出してないんだしさぁ」
「そういう問題ではありません」
栞のアタリが厳しい。
「それよりもなんかさあ、クリスマスらしいなんかそういう本とかわんちゃんの心温まる本とかないの?」
栞はポンと手を叩き「犬、犬の本ならちょうど読み終わったのがありますよ!」というので期待度が上がる。
「クリスマスの代表的な本といえば『クリスマス・キャロル』とかありますけれど犬の本ならこれですよこれ! フアン・パブロ・ビジャロボス『犬売ります』ですよ!」
「へーどんな話なの? 人間と動物の絆の感動巨編みたいなの?」
「うーん、そうですね。長年主人公一家が犬を飼い続けているんですが、子供の頃から中年に至るまでに三匹の犬を飼い変えるのですけれど、その犬がいた時期がそのまま家族の年表になっているような感じの話ですね。主人公は登場時点ではすでに七八のおじいさんなんですけれど」
「へー犬と家族の歴史かあ、どんなのよどんなのよ」
「うーんそうですね……」
そういって人差し指を下口昼につけて一瞬考え込んだ後栞はいたずらっぽく「たまにはタイトルから詩織さんが内容想像して見せてくださいよ」なんて恐ろしいことをいう。
「えーそんなの分からないよ!」
「まあまあヒントは出しますよ。ちょっと話は変わるんですがこの前アリストテレスの『詩学』っていう本読んだんですね。まあこれが世界最古の体系だった創作理論の本だといわれていて今でも影響力あるんですけれども。それ読んでみてたまには読むだけじゃなくてこうアウトプットするのも重要かななんて思ったんですね。人間の脳はインプット四割のアウトプット六割っていうのが一番活性化するなんて、今ひとつ根拠は不明だけれどなんとなくそれっぽい話も聞いたことあるんで、ちょっと詩織さんで実験してみようかなと」
「かなと……じゃないよ! わたしにお話作る才能なんてないんだしさあ……」
「まあいいじゃないですか。妄想を吐き出すお遊びですよ。正解なんてないんだしちょっとした雑談ですよ」
「うーん……じゃあしょうがないなあ……たまには栞のお遊びに付き合うかあ……でも笑ったら駄目だよ、マジで。泣くから」
「いえいえ。笑いませんよ」
「じゃあ最低限どんな内容なのか時代とかは教えてよ」
「作品自体の時代は十年ぐらい前ですね。現代の話と思っていただければ大丈夫です。主人公は七八のおじいさん。場所はメキシコです。こんなもんでどうですか? 逆に設定色々言っちゃった方が縛りになっちゃうと思うのでこんな所で妄想膨らましてみてくださいな」
気軽にいってくれるなあと思いながら、腕を組んで、うんうん唸ってみた。
「そうね、メキシコに住む主人公の老人は自分が生まれたときに貰われてきた犬と共に成長するの。途中で貧乏な暮らしをしていた主人公は悪ガキとかに虐められたりするんだけれど犬と一緒に立ち向かっていって段々と周りと打ち解けていくの。で、あるときメキシコだから多分麻薬戦争みたいなのやってて、それに巻き込まれそうになるんだけれど何らかの方法で犬が身代わりになって、薬の売人に落ちぶれかけた主人公を助けるのよ。で、犬は死んじゃうわけ。で、真っ当な道に戻った少年は犬のことが忘れられなくて、あるとき市場で死にそうになっていた犬を拾ってきて育てるのよ。少年は一生懸命勉強して大学とかに行くんだけれど、そこでまたなんか悪い出来事に見舞われてお金が必要になって、そこで気の迷いから『犬売ります』っていってなんかたまたま珍しい犬だったのが判明して金持ちに買われていくんだけれど、なんやかんやあって犬は自分の所に戻ってくるのね。で、また時代が進んで犬は寿命を迎えるの。仕事についていてた主人公はまた新しい犬と共に暮らしていて何不自由ない生活をしているんだけれど、またなんか奇妙な事件があって犬を売らなければならなくなりそうになるのよ。でもまあなんやかやあって、犬との絆を取り戻し、主人公は仕事で成功して、七八になった今、昔の犬たちの思い出を回想して、静かに息を引き取るの……って感じでどうた!」
栞が「おー」といいながらパチパチてを叩いて嬉しそうに笑う。
「まあなんやかやがあってが多いですけれど、即興でそれだけ話し膨らませられるのは上出来なんじゃないですかね? 私も偉そうにいえるわけではないんですけれど、今まで特に創作とかやったことない人にしては凄いんじゃないんでしょうか。すごくいいと思います!」
わたしは適当に並べた話が意外と栞に褒められたので、でへへーといいながらてれりこてれりこと照れてしまい、頭の後ろで両腕を組んで思いっきりのけぞった。
「まああれよね、詩織さんもこれでいてなかなかの読書家なわけですから? このぐらいお茶の子さいさいなワケですよ。まあ将来小説家になってみるのもいいかななんて……アッツイ!」
ストーブに近寄りすぎたせいで、セーターの毛先がチリチリと縮れたようである。
焦げ臭い匂いがしたというわけではないけれど、背中を触ったら滅茶苦茶熱くなっていた。
「大丈夫ですか!?」
「うん……大丈夫……ぐう、調子に乗りすぎた……」
「でも詩織さんタイトルからよくお話思いつきましたね、いいと思います!」
「でしょでしょ? んで、実際はどういう話なの? ここまで来たからにはちゃんと本当のストーリー教えてよ」
栞は口元を手で隠すと、なんだか楽しそうに笑い本の表紙をなで始めた。
「実際の本は、割と頭おかしい系の話ですね」
「あれ? 犬と人間の絆の感動巨編のハズでは?」
「主人公は老年者向けの安マンションに運良く当選して入居してきた老人なんですが、ロビーではマンションを仕切っている女性が毎日マンションの人間を集めて読書会をしているんですね。で、なぜか主人公は小説を書いていると決めつけられて迷惑するんです。実際に主人公は小説なんか読んだことなくて、アドルノという哲学者の『美の理論』という本ぐらいしか読んでないんですね。主人公は子供の頃犬を飼っていたんですけれどこの犬が靴下を飲み込んで死んじゃうんですよ。馬鹿みたいに可愛がっていた母親は嘆き悲しみ、順調な会社勤めをしていたのに自分には絵の才能があると思い込んで仕事を辞めた父親が反対するのにもかかわらず、母親が犬の死んだ理由を突き止めるために肉屋に頼んで犬を裁いて貰うんです。そうしたら内臓に靴下が絡んでいるのが見つかったワケなんですが、肉屋は葬ってきますといってそのまま近所のタコスの屋台のおじさんに犬を売りつけるわけですね。翌日その屋台に母親と主人公は行くわけですが、なんか生煮えでコリコリしているとかそんな感想を抱くわけですよ。そして父親はその事件を切っ掛けに蒸発してしまうわけです」
「あれ? 感動巨編は?」
「で、現代に戻ってきて、読書会をするのにマンションのホールに大きな黒いラブラドールレトリバーが入ってきてみんなが困っているときに、主人公がストッキングに肉を詰めて食わせろというわけですよ、で、そうしたら上手いこと外の公園で犬は死んでしまうんですが、主人公はその立派な犬を肉屋に持って行って売りつけようとするんですが断られてしまうわけですね。でも昔はそこら中のタコス屋台で犬肉を使っていたような事が匂わせられるんです。主人公は父親が失踪した後母親が憎んでいた美術の道に入ろうと美大に入るわけなんですが、途中でやめさせられて、叔父がやっていたタコス屋台の手伝いをして、さらに叔父の死後引き継ぐわけなんですが、父親からはたまに手紙が来て自分が死んだら死体は美術のために使ってくれとか美術館に位牌を撒いてくれとか好き勝手いうんです。そんなこんなしているうちに母親は心臓に不調を抱えていると思い込んでどこも悪くないといわれたのに不服でセカンド・オピニオンを受けるためにメキシコ・シティー中央病院に主人公の姉を伴って行くわけですが、メキシコ大地震が起きて行方不明になってしまうのですね。で、その後話は現代と過去を行ったり来たりしながら左翼革命家の青年やモルモン教徒の青年、パパイヤみたいな形の頭をした小説家志望の警察官、腐った野菜専門の八百屋の女将、読書会グループ、凄い数のゴキブリなんかが入り乱れてもめ事を起こしまくるんですが、最後の最後で小説を書いていると疑われていて必死で否定していたのに、そのせいでもめ事に巻き込まれ続けてきた主人公はどうでるかというところで終わるという、結構なトンチキ話です」
「えーと……犬を売りますというのはペットを売るんじゃなくて……」
「犬肉売りますですね」
「わたしもふもふわんちゃん動画見ていただけなのに、これからどうしたらいいの……」
「えーと……すいません」
クリスマスを迎えたその日『犬売ります』というタイトルからお話を作ろうとした結果なんともいえない残念な雰囲気が流れてしまったので、最後の最後に年越しで何かこうリベンジしようという話になってその場はなんとなく収まった。
しかしプロの書く話はやっぱり発想からして違うので、小説家になれるんじゃないかしらウフフなんていっていた数分前の自分の尻を音高くひっぱたきたいという衝動に襲われたので、取り合えず身近にあったオケツであるところの栞のぷりっとしたオケツをパチーンと叩いたらいい感じの悲鳴を上げてくれたので私の中の何らかの衝動はひとまず落ち着いたわけである。
頭のおかしい本を読みたいと常々思っているわけですが、最近読んだ中ではかなりいいかんじの本でした。
そこまで頭から尻まで狂っているという感じではないですが、マイルドな狂い方で心地よく酔っ払えます。
年内にもう一度くらい更新できたらなと思っていますが、一応一週間に一度ペースで更新、年間52回更新は何とかクリアーできたので来年はもそっと更新できたらなと思っています。
雑談、ご感想何でもあればお気軽に感想欄に放り込んで頂ければ励みになります。
書き込みまでは面倒くさいという方おられれば「いいね」ボタン押して頂けるとフフッてなるのでよろしくお願いいたします。