131リチャード・パワーズ『惑う星』
更新宣言していた者のネットワークの不調で遅れました。
ウソついてしまい申し訳ないです。
なんとか流星群を見るため栞の家にお泊まりをすることになった。
家の裏手に山を背負っているので、そこまででかければ、暗い中で観察できるというようなことをいったけれど、寒いし女の子二人で日付またいで、住宅地の中とはいえ暗い山でぼんやり星ながめているのも危ないだろうということで栞の部屋にお泊まりとなった。
「あれ思い出すね、昔流行ってた曲」
「どんな曲です?」
「見えないものを見ようとして、望遠鏡を……埋めてやった?」
「なんで望遠鏡埋めるんですか……?」
「うろ覚え過ぎる……」
そんな馬鹿話をしながらベランダから空をながめていると、シュッシュッと思い出したようなタイミングで流れ星が見える。
「流れ星が消える前に三回願い事をすると、願い事が叶うっていうじゃないですか。詩織さんはなにかお願い考えてありますか?」
ふふーん、流石栞は乙女チックだなあと思い、シュッっと流れ星が流れたタイミングで、我ながらなかなかのスピードでこういった。
「金金金!」
「詩織さん……」
栞はなんだか悲しそうな目をしながらこちらの目を覗いてくるのだが気にしないことにした。
「いや、まああれね。こんな星の綺麗な夜に読むのにちょうどいい本とかなんかあるんでしょ?」
と、話をそらした。
そんなピンポイントな本あるもんかねという感じでいったのだけれど「ああ、いい本がありますよ」といわれたので「あるんかい!」と思わず突っ込んでしまった。
「詩織さんが聞いてきたんじゃないですか……」
と、なんだか不満そうにいいながらダッフルコートから手を出して、はぁーっと手に息を当てて暖めると「ちょっとお待ちを」といって部屋の中に戻っていった。
栞は、暗い中で全く見えない真っ黒な本を持ってきた。
「リチャード・パワーズ『惑う星』です」
「惑う星って「惑星」的なアレ?」
「的なアレです」
「暗くてよく見えないけれど、そんなにいい感じの本なの?」
「そうですねぇ……詩織さんはダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』って本はご存じですか?」
「ああ、タイトルぐらいは知っている。あれでしょ? 昔ドラマでもやってたヤツ」
「やってたヤツです。あれは何年かごとに日本人キャストでリメイク版ドラマ定期的にやっていますねー」
「えーと、たしか天才ネズミと手術で天才になった少年が出てくるんだけれど、段々手術の効果が切れていって……みたいな話だっけ?」
「そうですね。そのぐらいのストーリー覚えていれば充分かな。この『惑う星』は二十一世紀の『アルジャーノン』なんて呼ばれていて、ストーリーラインはとても似ているし、中でも『アルジャーノン』の話題が出てくるんですが、ネイチャー・ライティングという系譜に乗っかっている作品ですね。自然について書くお話程度に思っていただければいいですかね。例えば呉名益の『雨の島』なんて以前一緒に読みましたけれど、あんな感じです。パワーズの書いた『オーバーストーリー』というアメリカの原始林を守る人々の話の台湾版の帯は呉名益が書いているそうです」
「ほへーん。大自然アルジャーノンみたいななん?」
「まあ『アルジャーノン』の筋書き知っているなら、ある程度オチは予想できちゃうと思うんですが、そこには触れずに大体の内容をお話しすると、キレやすくて問題行動ばかり起こしている主人公の息子が、脳の機能を整える様なイメージの機械で落ち着きを取り戻し、凄く知的になっていく話なんですね。事故で亡くなった母親の記憶を脳内に送り込んだりとSF的な要素も強いんですが、基本的には自然環境や全ての動物に対して偏愛をする少年なんです。日々絶滅の危機にある動物たちを思い、救わなくてはと一人でデモ活動をしたり、脳の機能がアップデートされた後は、ネット経由で有名になってしまい、その力を使って動物愛護や自然保護を訴えたりするんですが、まあその後は『アルジャーノン』の筋書きから想像してみてください」
「へー。なんか現代的な話だね。で、星を見る夜にちょうどいいっていうのはどういうことなんです?」
「主人公は宇宙生物学者で、宇宙にある惑星の環境シミュレーションを行っているんですね。そしてそのシミュレーションした惑星に息子を連れて行って、様々な環境で生きている地球外生命体の勃興をみてまわるんです。作品は長くても五ページぐらいの挿話で構成されていて、定期的に惑星描写が挟まれるという形ですね。読むのをやめる切りどころが分からなくってついつい読んじゃうタイプの本です」
「へーいいじゃん。そう言うの好きよわたし」
「パワーズ作品って分厚くて込み入った複雑な話が多いんですが、これはシンプルなスーリーラインで大変美しい物語です。三八〇ページほどありますが、一気に読めちゃいますよ」
「分厚い!」
「まあまあ最初の三〇ページぐらい見てみましょうよ。ハマりますよ」
「うーん。そこまで言うなら読んでみるかなあ……」
「この宇宙には銀河系って何個あるか分かりますか?」
唐突に話が変わる。
栞は空を見上げて白い息をはいている。
「うーん一千億個?」
適当にいってみた
「二兆個らしいです。星の数じゃなくて銀河系の数が」
「そんなに……」
「それから全ての野生動物と、飼われている動物の割合とかご存じですか?」
さっきから質問の意図がよく見えない。
「えー……野生動物が九十パーセントぐらい?」
「野生動物は二パーセントだけらしいです。あとは家畜なんかですね、特に鶏が押し上げているみたいですが」
「そんなに……」
「全部『惑う星』の受け売りですが、地球は美しいといいますけど、割と歪なところがあるんだよというのを知らせてくれる作品ですね。全ての環境保護に対する考え方に賛成するわけではないですがなかなか考えさせられる内容です」
「ふーん……知らない話って一杯あるんだね」
「だから本を読むんですよ」
栞はそう言うと、ダッフルコートから手を出して、ポケットに手を突っ込んでいるダウンに手を突っ込んできた。
ひんやりとした感覚と、細い指の感覚で、一瞬背中が冷えっとしたけれど、なんだかとても心地よい感じになってきたような気がした。
ポケットの中で指を絡ませあいながらお互いに笑い合っていると、指が段々と温まってきた。
「「惑う星」は今非常におすすめの一冊ですね。出たばっかりの本ですからまだ読んだという人もそんな一杯いるわけではないですし、私のお話みたいに余計な情報入れないで読むことができますよ!」
「余計な情報っていうけれど、わたしは栞のオススメ聞いてからじゃないとなんとなく読む気しないんだよなあー。特に分厚い本は自分からは絶対読まないし!」
そういって栞の顔を見たら眼鏡が真っ白に染まっていて、なんとなく吹き出してしまった。ポケットの中の手がかぁーと熱を帯びきた。
「栞はさあ。わたしにお星様への願い事聞いてきたけれど、栞は何をお願いしたの?」
そう言ってなんとなく聞いてみると、暗闇の中でも顔を赤らめるのがなんとなく分かってきた。
「そういうことは聞いちゃ駄目なんですよ! 破廉恥!」
「んま! 破廉恥て! 自分が先に聞いてきたんじゃない!」
そういって笑ったけれど、栞の様子を見ていたらなんとなくどんなことをお願いしていたのか分かったような気がした。
わたしは地球の未来とか、社会の環境問題とかには今ひとつ分からないことばかりだけれど、二兆個ある銀河の中で、更にその中の同じ惑星に生まれつくことができた栞と、この時間がもっと長く続けばいいのになあとぼんやりと考え続けていた。
「あ、星!」
栞はまた空を見上げ星をながめていた。
わたしもそらを見上げて「綺麗な夜だね」といった。
私のお願いはお金ではなくって多分栞と同じ何かになっていたと思う。
大変美しくはかない物語です。
リチャード・パワーズは分厚い本ばかりで、更に込み入った構成なので読み終わらせるのは中々ムズカシイのですが、この本はさらさらと読み終わります。
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ではまた近いうちに。




