129フョードル・ドストエフスキー『ステバンチコヴォ村とその住人たち』
暫くぶりです。
本当はもっと早く更新する予定でしたが申し訳ありませんでした。
ちょっと変わった感じで書いてみましたので吉と出るか凶と出るか分かりませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。
「ブンガク少女になるために、有名作家でかるーく読めて短くて面白いヤツおススメしてください」
「んま!」
栞はそれまで読んでいた本から目を上げて、とんでもない阿呆を見る目でこちらの瞳をズキュンとその視線で打ち抜いてくる。
「まずその文学少女の定義がよく分かりませんが、そんなのになってどうするんですか?」
「えー、なんか知的で線が細くて、どことなくアンニュイな感じがして、刺さる人には刺さるモテ要素じゃない?」
「んま! 文学作品にしろ娯楽作品にしろファッションで読むもんじゃないですよ!」
「いやさ、わたしがいっている知的で線が細くて一部の人間に刺さるブンガク少女って栞のこといっているんだけれど……」
「んま! んま! んま!」
「三回も!? まああれよ、栞って多分狙っている男連中結構いると思うよー。わたしが男だったらガチで狙いにいくね、もうマジで!」
「んま!」
さっきから「んま!」を連発しながら驚愕の表情を浮かべている。
「うーんわたしが男だったら放っておかないね! 絶対にものにしてあんなコトやこんなコトしちゃうね! でも栞はガード堅そうだから、わたし女でよかったかも。ほら女同士ならこうやって、栞のこともみくちゃにしても、うへへ……」
「んなっ! やめてください! セクハラです! お尻触らないでください!」
「いやあ、ふふふ……栞のお尻はぷりぷりっとしてエロいなあってずっと前から思っていたんだよね……ふふ、黒ストッキングもさらさらしてていつまでも触っていられるー」
そういって栞の膝に頭を乗っけて、さわさわと撫でながら次第に脚の付け根の方に手を伸ばしていくと、暖房のせいか少し湿った感じがして……もう、もうね……!
「駄目ですってば!」
栞が腰を浮かすと、テーブルに頭を強かにぶつけ、ガツンと割と派手な音がした。
わたしは椅子から転げ落ちて、声も出せず悶絶した。
「あわわ、大丈夫ですか詩織さん!」
「頭の骨が砕けたかも知れない……撫でて……」
「おーよしよし……痛いの痛いの飛んでけー!」
しゃがんだ栞の膝に頭を置いて、お腹の方にむさぼりつくようにきゅっと顔を当てると、スカートの奥の匂いをくんかくんかと嗅ぎながら次第に顔の周りが湿っていくのを感じた。
湿り気が増してくると、えっちなかおりがしてきてえっちな気分になる。
「ほら、もういいですか! なんなんですか今日は!」
「もう少し! もう少しだけこのまま! 先っちょだけだから!」
「なんの先端ですか! はいはい、もう大丈夫ですから離れてください! はい、どさくさに紛れて胸を触らないでください!」
「チェッ! ケチなんだから……」
「図書室では静かにするものですよ……」
正論で殴られたので、口をとがらせてつまらないなあと呟いた。
「まあ話を戻しますと、何かトロフィーになるような文学作品読んでみたいって事ですか?」
「ん……? ああ、そうそう。なんか有名な人のムズカシイブンガクの人でなんか短編でもいいから、読んだことあるぜ! って自慢できそうなのがいいです」
「まあ短編ではないですが、あの大文豪の知られざる傑作……みたいなのはどうですか?」
「ああ、知られざる傑作ね! はいはい。玄人好みしていいと思います! で、だれ?」
「じゃじゃーん! ドストエフスキー初期の傑作長編ですー!」
「んまっ! でた! ドスト&エフスキー! あとじゃじゃーんて」
わたしは先ほどぶつけて腫れてきた頭に手を当てて驚愕の叫び声を上げた。
「ドストとエフスキーでは切りませんよ」
「でもあれでしょ? 『罪&罰』とかなんか超難しくて重苦しくて、ロシアの冬ーみたいな話なんでしょ?」
「私は『罪と罰』を&で繋ぐ人初めて見ましたよ……」
「ふふっ……奪っちゃったね、栞の「はじめて」をよ……」
「なにいってんですか。まあ『罪と罰』も面白い作品で、ドストエフスキーの五大長編というのに数えられていますが、この作品はそれよりもっと前に書かれた「読まれない傑作」といわれる作品です」
「読まれない傑作ってなんなのその矛盾したような感じの作品は……」
「ドストエフスキーが政治犯としてシベリア送りされ、ロシアに戻ってきたときに書き、文壇に戻るために書き上げ「僕の作品の中で最良のもの」と自信満々に書き上げた傑作長編『ステバンチコヴォ村とその住人たち』です!」
「えー短編じゃないの?」
「まあまあそう言わずに。五〇〇ページぐらいありますがチャプターが細かく区切ってあって一章が三〇ページかそこらなんでサクサク読めますよ。そして何より重苦しくて難解というイメージが強いドストエフスキーの作品の中にあっては大変変わり種のドタバタお馬鹿話です!」
「本当にドタバタお馬鹿話なんか書いてたのぉー?」
「書いてたんですぅー。まあ歴史的なところの解説すると時間がいくらあっても足りないのでササーッとながすと、若き頃のドストエフスキーは自由を標榜する文化人のサークルに所属していたんですが、当時帝政で反乱なども起こっていたロシアでは激しい検閲社会で、そのサークルにも政府のスパイが紛れ込んでいて、みんな捕まっちゃうんですね。で、死刑になるんですが、銃殺隊の目の前に並べられてあわやという時に、皇帝から恩赦が出て減刑されるんですが、これは皇帝側が恐怖を与えるために行った事件なんですね。で、シベリア送りになるんですが、そこで監獄に入れられつつも大量に本を読んで、文学的自力をつけるんですね。で、そのあと兵役について、それが開けたときに文壇に戻るために書いたのがこの作品なんですが、評価は散々で「彼の才能は涸れてしまった」とまでいわれるんですが、これは農奴開放政策などを書いた自由主義リアリズム全盛の時代において、なぜか農村のドタバタギャグやったという判断が完全に失敗に陥ってしまったということなんですね」
「うおう。そんな評価低いのに面白いの?」
「丸谷才一がいうには「重苦しいドストエフスキーじゃなくて腹を抱えて笑える作品が読みたい人にはいいよ!」と全集でいっていたのですが、確かにお馬鹿話なんですね」
「まあ、ギャグ作品ならちょっと読んでみようかなあ……」
「簡単に紹介すると、ステパンチコヴォ村という村の領主である底抜けに人がよい退役軍人の主人公のおじさんと、元道化だったのに学者気取りでいつの間にか村の隅々まで支配して無茶苦茶な支配をするフォマー・フォミッチというペテン師、そして語り手の三人の二日間にわたる物語なんですが、密度がまあ高くて、みんなどこかおかしい連中ばかりが出てくるお話です。フォマーの無茶苦茶な指示に唯々諾々と従う叔父をはじめとする村の人々とそれに反感を抱く語り手という構造なんですが、フォマーがもう本当にモラハラが凄くて、みんなを都会風に教育を与えて洗練させるとか言い出して、フランス語の勉強を矯正させたり、普通将軍なんかにしか使わない「閣下」と呼ぶことを矯正させたりするんですね。で、まあ最後はなんとなく爽やかな感じに終わって、なんとなく丸く収まるという話です」
「ほへー、そんな話なんだ。ってか反乱起こされなかったのそれ?」
「まあ多少の喧嘩はあるものの、みんなフォマーに心酔しちゃうんですよね、主人公は取り込まれないんですが、まあ色々ですそこら辺は。この作品面白いんですが、文壇の評価は先ほどいった通り非常に低くて「影響を受けた作家」もいないようだし、長さ的には長編なんですが、内容的には中編だろうなんていわれたりもしているんですねー。まあここまで言うとハードル下がったんじゃないかと思いますがどうですかね?」
「うんうん。あたいブンガク少女になるためにドストエフスキー攻略のトロフィーとるわ!」
「ドストエフスキーの集大成的なところは実際にあってシベリア・ノートというシベリアの住人から採集した独特の言い回しなんかをつかったり、抑留当時に読んでいたモリエールの『タルチュフ』という作品に影響を受けていたり、読んでいたという確証はないものの子供の頃から愛読していたバルザックの『ラブイユース』にもにているし、シベリアでずっと読んでいたディケンズの『デイヴィット・コパフィールド』にはガツンと影響を受けているらしいですね」
「なるほど。確かに集大成なわけだ」
「まあ他にも色々と影響受けたりとかなんとかしているみたいなのですが、特にディケンズの影響は大きいようです。そんなわけでこの一冊読むと他の十九世紀の文豪にもなんとなく触れられるというお得本です!」
「お得! よっしゃ読む! ドストエフスキーの長編読んだっていいまくる!」
「まあいったところで、そこそこドストエフスキー好きな人も知らないっていわれている作品なんでクラスの方に通じるかどうかは不明ですが……まあトロフィー感覚で作家を読んでいくのもどうかとは思いますが、切っ掛けとしては別にアリだと思うのでいいじゃないですかね? しかし詩織さんがドストエフスキーに遂に手を出すなんて私泣いちゃいそうです……」
そういって、栞は眼鏡を持ち上げると目尻に指を当てた。
「おーけーべいべー……わたしのために泣かないでおくれ……。そしてその涙なめてもいい?」
「んま!」
栞はまた驚愕の声を上げると、眼鏡をスチャッとかけ直した。
「駄目です、駄目のダメダメです! そういうのは愛し合う人々の間でやることなんです……愛し合う人がそういうことするのかはよく分かりませんが!」
「いいじゃん! わたしは栞のこと愛しちゃっているぜ……! 男だったらもうとっくにアタックしているけど女同士の方が気軽にスキンシップがとれて、お風呂とかも一緒に入れるから……」
「詩織さん!」
栞が珍しくプンスコ怒っている中でケラケラと笑いながら、本を受け取ると「ごめんごめん」と笑いながら、栞のぽかぽかと振るい下ろしてくる拳からみを交わし続けていたのだ。 栞に出会わなければ一生ドストエフスキーなど読む事なんてなかっただろう。
人の出会いというのは本当に不思議なものだと思った。
本の情報はかなり調べてあったので、もっと細かく書く事が出来はしたのですが、今回はブックガイド的なところより、ドタバタ劇部分にフォーカスしてみました。
機会があれば何か別なところで語るか、興味があるという方おられれば感想にでも投げてみてください。
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12月は週一ペース取り戻したいと思いますのでよろしくお願いいたします。
ちょっと色々と間開けすぎてしまいまして申し訳ありませんでした。