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128マイケル・ファラデー『ロウソクの科学』

ちょっと趣向を変えましてポピュラー・サイエンスの走りである『ロウソクの科学』をテーマに据えてみました。


「しおりえもーん!!!」


「なんですか、なんですか、なんですか!」


「そんな三回も確認しなくていいじゃないのよ……」


 図書室に入ると同時に、いつもの窓際の定位置に座っている栞の姿を確認した所で叫んでいたのであるよ。


「やばい、超やばい!」


「なんですか。またテストの話ですか? 最近は平均の上ぐらいコンスタントにとれるようになってきているじゃないですか……」


「いやあ、それがさ。化学と物理の点数が今回あんまりよくなくて、赤点は回避しただけれど、補修の会に顔出さないといけなくなる可能性が……」


「いいじゃないですか。折角の機会なんだし、しっかりと少人数で勉強教わってくればいいじゃないですか。そもそも高校は義務教育じゃなくて、大学と一緒で自分から勉強したい人が来る所なんですから……」


「うわ、出ました正論……セイロン・ティーかよ……」


「はい?」


「あ、ごめんなさい。忘れてください」


 そういって、栞の隣に座ると頭の後ろで手を組んで、唇を尖らせながら、現代の教育に対して、若者代表からの鋭い指摘を出すことにした。


「いや、いやね? 勉強はいいんですよ。うん。将来に役立つハズなのはなんとなく分かる。分かるし栞大先生に教わって少しずつ成績が伸びてきて、大学受験も志望校上狙ってみようかなとか、栞と一緒の所行けたらいいなって思ったりもしてますよあたしゃ……でもね? でもでもね? 化学も物理学もマジでなんか興味湧かないというか、面白さが分からないから、苦痛というほどではないんだけれど、授業聞いててもなんとなく右から左へ流れていくだけで、脳味噌に定着しないというか……栞にマンツーマンで教えて貰っている時の方がいいというか……ね? わかれ! 分かってくれ!」


「んま! 要するに科学分野の勉強に興味が持てないとか、小学校から勉強し続けていたのに、この年になっていきなり、やっぱり興味ないよ! ってなったんですか?」


 わたしは窓の外に視線を投げやると、ふぅとアンニュイなため息をつき遠い眼差しをぽっかりと浮かんだ秋の空の雲へと結んだ。


「まあ、ね。色々とあるのよ人生は……」


「……まあいいですけれども。でも私だって理系の分野苦手ですよ? 授業はしっかりとって復習するだけでも大分違うと思うんですけれど、そういう普段の積み重ねが……」


 パチンと手を叩き「はい、そこまで! 正論で人を殴るのは駄目! なぜならわたしが思いのほか傷つくから!」といって話を打ち切った。


「いやあ、勉強しなくちゃなっていうのはあるんですよ、ええ本当に! でも興味が持てないなあっていうのはやっぱりどうしようもなくって……」


 栞は腕を組んでうーんと唸りつつ、首を左右にかっくんかっくんとリズミカルに揺さぶる。お下げがふりふりしてかわいい……。


「そうですね……。この前入った本があるんですけれどちょっと見てみませんか? あ、勉強の時間圧迫するほどの本でもないですよ。凄く薄い本です」


 腕を組みつつ首をかくかくしながら栞が提案してくるので、わたしも栞の首かくかくに合わせて頭を振りつつ「じゃあお願いしますぅ」といった。


 栞はささっと席を立つと、ぱっと本をとって戻ってきた。

 よく本の場所覚えているなあとぼんやりと思いつつ、首をかっくんかっくんと動かしていた。


「何してるんですか。首の骨が折れて死にますよ」


「えっ! わたし死ぬの?」


「いつかは……」


「そうか……いつかは死ぬのか……じゃあ今勉強してもその成果は無に還るのか……だったらなんで勉強をする意味が……」


 と、哲学的な問いに達したところで。


「はい、小学生みたいなこと言わない。この本でも読んでみてください!」


 小学生並といわれて若干傷つきながらも、逆らうと怖いので首を振るのをやめて栞の取り出した本に手を伸ばす。


「マイケル・ファラデー『ロウソクの科学』です」


「ファラデーってなんか聞いたことあるな……だれだったけか?」


「電磁気学の父であるジェームス・クラーク・マクスウェルの前の段階で、電磁誘導の法則を発見したり、化学分野ではベンゼンを発見したりした人ですよ。イオンとか電極って言葉を定着させた人でもありますね。触りぐらいは化学か物理でやったはずですよ」


「いやいや、いわれてみたら思い出した。うん、ファラデーいたね。何やった人かは忘れてたけれど、わたしでも名前覚えている。でも『ロウソクの科学』ってなに? ロウソクにそんな科学するほどのなんかがあるわけ?」


 栞はにんまりと笑うと、そこなんですよねぇといいながら、本を持つわたしの手元に視線を投げつつ頭を寄せてきた。

 あっなんか桃みたいないい匂いする……。


「この本昔に何度か話題になったことがあって、ノーベル賞とった科学者が、子供の頃に影響を受けて道を選ぶことになった一冊っていう事をインタビューでいっていて、大変話題になりました。それだけ魅力的な本っつてわけですね」


「ほーん……そんなにロウソクが凄いって話なの?」


「まあ薄いんで中はざっとご自分で目を通して欲しいんですけれど、一本のロウソクから始まって、大気の組成の話や、電気分解して得られた気体の話や、化学的な視点や物理学的な視点から切り取って語っているんですよね。一本のロウソクでそこまで話し広げる!? ってなること請け合いです」


「ほへーん。そんなにロウソク一本でやることあるんだ……」


「ファラデーは最初、本の装丁屋の丁稚奉公だったんですが、お客の持ってきた本の束を隅々まで読み込む勉強熱心な少年で、装丁屋の旦那さんも、汚さなければ読んでいいよといったスタンスで見守っていたんですね。装丁屋っていうのは当時の本は紙の束の状態で買ってきて、それにお好みの表紙をつけて貰うというのが通常の流れだったのですが、ファラデーはその表紙をつける職人見習いだったんですね」


「へー科学全然関係なかった人なんだ」


「で、勉強熱心だったので、当時のイギリスでは科学ブームみたいなものが起こっていて裕福な市民が、自宅で化学実験するのを有料で子供に見せていたりしたんですね。で、ファラデーも当時珍しかった女性のサイエンスライターの走りの人が書いて特にアメリカで女性市民の子女の教科書にまでなった、子供向けの科学啓蒙書のようなものを読み込んでいたので、この科学実験会みたいな集まりのチケットをもらって見に行ったのですが、ファラデーの熱心さを感じ取った人が、本物を見てこいと、科学者がやっている実験会のチケットをくれて、そこで感動して、装丁屋の奉公の期限明けに、装丁屋の道を捨ててその時の講義をしていたハンフリー・デービーという名物教授に助手にして欲しいと講義録を清書したものと一緒に送るんですが、ポストがないと一度は断られるんですよね。でもその後しばらくしてポストが空いたけどどうすると聞かれて飛びつくわけですよ、そして色々と苦労した末に一流の科学者になるわけですね」


「ほへーん。大出世じゃん!」


「大出世です。まあ当時はまだ科学者という単語のサイエンティストという言葉ができたばかりで、ファラデー自身もフィロソファーという自然哲学者と名乗っていたのですが、まあ職業科学者の出始めの頃ですよね。そうしてデービーの公開講座の助手をしていたのが月日が経って自分が教える番になったわけです」


「順当に進みすぎている……なんかあるんでしょ落とし穴がドーンと……」


「まあ何もなかったというわけではないですが、そんなに大きな事もなく真っ当に出世し続けていきます。で、その公開講座で取り上げられたのがロウソクの実験だったんですねー」


「あーなるほど。市民向けの公開講座の講義録なんだ」


「ええ。細かい話はすっ飛ばしますけれど、ファラデー自身何回もクリスマス講座というのをやっていて、ロウソクの科学も昔取り上げていたものなんですが、その年担当する先生が体調不良を理由に引退してしまって、当時自身もかなり高齢だったファラデーが仕方なしにやることになってしまい。だったら自分が好きで昔やったことがあるから準備も手間取らないロウソクについてやろうとなって、人生最後の公開講義になったのが『ロウソクの科学』なんですね」


「ほおーん。大出世した後の伝説のラスト講座ってわけね?」


「わけですー。まあ小学校も卒業していない製本屋の丁稚奉公が十九世紀最大の科学者と呼ばれるようになったぐらいですからまあ大変なものですよ」


「そんなに……」


「細かい話始めると終わらなくなっちゃうんでここら辺にしておきますけれど、ロウソクという当時では日常品だったものからここまで話を膨らませることができるのかということと、大出世した立志伝中の人の話と思って読むと大変面白いし、科学ってこういう役に立つのかっていうことか分かったり、科学そのものに興味が出ると思いますよ!」


「なるほど……確かに薄い本だし読んでみるかあー、でも補修のテストの時間潰れないかな?」


「まあ二時間もあれば読み終わると思いますけれど、今お話ししたさわりの部分だけでも詩織さん結構興味持ってきたんじゃないですか?」


「まあ確かに小説の登場人物みたいな経歴だよね、ファラデーさん」


「あ、あと面白い話というと「茶碗の湯」という話もありますよ」


「茶碗のお湯がどうしたの?」


 なんだかロウソクだの茶碗だのと不思議とそこら辺のものの話がよく出てくる一日だ。


「夏目漱石の門下生で物理学者の寺田寅彦という人がいるんですね。専門分野は物理なんですが夏目漱石の元で俳句なんかを学んだりした人で、今でも時々当時の随筆や啓蒙書が引用されることのある人なんですけれど、寺田寅彦が「赤い鳥」という雑誌に一本なんか書いてくれといわれたときに書いたのが「茶碗の湯」なんですね」


「それとファラデーがなんの関係ありますのん?」


「ざっくりいうと、茶碗の中でお茶が対流して、湯気が上がっているのはこれから雨が降るときの大気のメカニズムと一緒だ! という話なんですが『ロウソクの科学』と似てますよね。当時海外でもファラデー自身は本にすることには乗り気ではなかったものの『ロウソクの科学』は分かりやすくて面白いということで広まっていて、特にアメリカでは爆発的に売れたので、寺田寅彦が読んでいてもおかしくはないのですが、そこら辺の確証っていうのはないらしくて、でもなんとなく夢のある話だなあと。横道ついでのお話ですが、現在アメリカ版の『ロウソクの科学』初版本は一杯あるのに本国のイギリス版って全国の図書館検索しても一〇冊ぐらいしかないそうで、もし見つかったら大発見のお宝本らしいですね。ほぼ同時期にでたダーウィンの『種の起源』なんかは結構残っているのに五百万以上するらしいのでそういう方向でもロマンはありますね……というお話でした」


「うーん。なるほど。お宝の方が気になるけれど「茶碗の湯」の話も面白いなあー。身近なところで結構サイエンスのネタってたまっているのねー」


「不思議な発見っていうのは常に身近なところに転がっているものなんですよ。私にだって詩織さんに知られていない秘密はありますし、詩織さんにだって私が知らないこと一杯あるんじゃないですかねぇー」


 それを聞いた瞬間がばりと栞に襲いかかり、頭を胸に沈めた。

 頭頂部からは相変わらず何かいい匂いがする。


「あはは、こいつぅーわたしの前で栞の秘密なんかは丸裸にしてやるのだー!」


「やめてください! 眼鏡が、眼鏡が落ちる!」


 そんなことを言い合いながら、ギリギリ今年いっぱいに残された小春日和を堪能しつつ、極力補修については頭の隅にやることにした。

 でもまあ栞が勧めてくれたお話だし、勉強にももっと興味持たないとなあと思うついでに栞のことをもっと知りたいと思ってお互いにキャッキャといいながら胸といわずお腹といわずもみしだき合ったのである。

 図書室は静かにとかなんとか胸の中で聞こえた気がしたけれど、まあ気にしない気にしない。

 日が落ちていくのが早くなってきたなあとぼんやり思った。

前回更新からすぐ更新するつもりがずるずると遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

年末に向けて加速できたらいいなと思っております。


何かつっこみや雑談、感想など何でもあれば感想欄にでも放り込んでいただけると励みになります。

何か書き込むのは面倒くさいという向きには「いいね」ボタン押してもらえるととフフッて成りますのでよろしくお願いいたします。


では次こそはまた近いうちに。

では!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「しおりえもーん!!!」 語呂が悪い、とつい思ってしまいました。(笑) でも、しおもん、しおえもん、しおりえもんと三段階で読んでいくと割と良いのでは?等とアホなことが浮かびました。(笑) …
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