表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/187

126ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』

お久しぶりです。

昨日投稿する予定でしたが、体調面で色々とありちょっと嘘をついてしまいました。

とりあえずそんなこんなで更新しましたのでよろしくお願いいたします。

「長い……長い旅が終わった……」


「んまっ!」


 いつも栞がいっている台詞を利用させていただき、このピンク色の鈍器の様な本を閉じた。

「まあ確かに五〇〇ページ以上はありますけれど、分厚い本界では薄い方ですよ」


「なんだよその界隈! それはそうとしてこんな分厚い本普通の人が一気に読もうとしたら致死量だよ致死量!」


「別に本読んで死んだ人はいないですから……多分」


「いやあ長かったわー! 多分今年、いや人生で読んだ本の中で一番分厚かったかも?」


「んー、さすがにそれはないんじゃないかと思いますけれど、まあ分厚いといって差し支えない本ではありますよね。正直詩織さんがちゃんと最後まで読んでくれるとは八わ……半分……ぐらい思っていませんでしたよ」


 なんか歯に物が引っかかる言い方だったけれど、まあわたしも自分が五〇〇ページ以上もある本を読み切れるとは思ってもみなかったので、ちょっと自信満々なところはある。

 あるにはある。

 栞に本を返すと、太ったおっさんのイラストが描かれた、ショッキングピンク一色というインパクトのある本の表紙を大切そうに撫でている。

 栞がよくやる仕草なんだけれど、わたしはこの仕草を見ているとなんとなく嬉しくなる。

 なんでだかはよく分からないけれど、とても好もしい気がするのだ。


「ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』ハチャメチャなんですが、とてつもなく面白い本ですね。このインパクトある表紙ですけれど、アメリカ本国版の表紙はカラーでこのおじさんが描いてあって、あんまりにもその見た目が内容にマッチしているのでそのまま頂いてきてデザイン起こしたんでしょうね。主人公のイグネイシャス・ジャック・ライリーの姿はもうこの見た目以外では想像できないですね」


「ああ、そうそう。ヴィジュアルはもう完璧だよねその表紙。帯のコピーもいいよね。「あれは"子供"じゃありません。体が超でかい変態です」っていうの。正直イグネイシャスがしょっちゅう口にしていた、中世の哲学? とか文学作品? みたいなのは全然分からなかったけれど、ギャグが滅茶苦茶な密度で詰まっていてぐいぐい読まされたよ」


「ぐいぐい読めた割には三ヶ月ぐらい掛かってましたが……まあ人の読書スピードも楽しみ方も人それぞれですからね、まあじっくり味わっていただけたなら本望ですよ」


「でもキャラがみんな濃いよね、六十年代のアメリカで哲学の大学院とかまでいったのにずーっと無職している主人公とか、死にそうなのに会社やめさせて貰えないおばあさんとか、ホモとかレズとか、最低賃金以下で働かされている黒人とかマイノリティ寄りの人がばばーって出てくるの。割とみんなそういう人たちのこと嫌ったりしているのにイグネイシャスは人種や信条では人を区別しないとかかなりフラットなこといってて、先進的だなあとか思いました。はい」


「うーん。目の付け所はいいと思いますよ! 結局完全におかしい世界観を持っている人ではあるんですが、彼の判断は自分の美学みたいな物しか物差しを持っていないんですよね。とはいってもそれはそれで怪しい感じのブレブレの主張をするんですが。あとギャグの詰め方が王小波の「三十而立」みたいに凄い密度なんですよね。五〇〇ページが全部で十四章に分かれていて、それが特殊なところ抜かすと基本は第五節に分かれているんで、毎回変わった視点から覗かれるユーモア短編をぐいぐいと頭の中にねじ込まれているような感覚で、先を急がされるんですよね。これってカルヴィーノが『アメリカ講義』の中でいっていた二十世紀以降の小説の目指すべき姿に凄いマッチしていると思うんですよね。そして長編ではあるんですが、構造は連作短編に近いので、短編ってとにかく密度が重要なんで、このペースの配分で読んでいくと、全速力でマラソン走らされているような疲れはあるんですが、それもなかなか心地いいという珍しい体験ができますね」


「栞先生の評価はお高いですなあー。まあわたしが挫折しないで読み切れたぐらいだから、人を殴り殺せる分厚さの割には敷居って結構低いのかなって思うし、なんかそんなにブンガクーって感じでもなかったから、普通に楽しめたよわたしも」


「いい読書体験ができましたね!」


「うん。出てくる登場人物が多いんだけど、わたしってそういうときあんまり把握しないで面倒だからなんとなく読んじゃうんだけれど、みんな味付けが濃いからしっかり読めたわ。うん、楽しんだといっていいと思います」


「よろしい」


 栞は満足げにそう言って鼻を鳴らした。


「おさらいすると、一九六〇年代のニューオリンズで、高学歴ド変態の頭のおかしいイグネイシャスとお母さんが住んでいて、その人達の周囲の事件ですが、あるとき出かけた先で警察沙汰になったイグネイシャス親子がいかがわしいバーに立ち寄り、そこでビールを飲んだ母親が飲酒運転した上で、事故を起こして人の家を大破させたところから、イグネイシャスももう働かざるを得ず……というはじまりで、いろいろな立場のマイノリティーや社会的に成功した人達がでてはイグネイシャスに迷惑をかけられまくり、イグネイシャスはそれを気にもせずゲップをしながら、全てを人のせいにするという、多分いまのライトノベルとかでやったら嫌われるタイプの主人公ですね。ジャンプの編集長をしていたことで有名な鳥島さんが漫画家にいっていたのが「友達になりたくなるような主人公にしろ」だったそうですが、まあイグネイシャスと友達になりたい人はまずいないでしょうね」


「あ、でも最後にマーナ・ミンコフっていう女の人といい感じになるじゃない。あれ黒髪で三つ編みを肩に流して、黒縁眼鏡をかけているっていうビジュアル読んだとき、頭の中で見た目が栞で固定されちゃった!」


「んまっ! 淫乱!」


「いんらん!? まあ、怒られるだろうなとは思ったけれど、なんとなく最後に全部の人たちがいい感じに落ち着くのは正直凄いと思った」


 栞は唇に白くて細い指を当て「うーん」といって考えると、一言「そうですね。まあまあ大団円と言えなくもないですかね」といった。


「今の時代からすると、結構怒られそうな描写あったけれど、イグネイシャスの差別することのない姿勢だけは、マジであの時代で凄いなあと思ったよわたしは」


 栞は苦笑いしつつ「まあ、友達にはなりたくないですが、そこら辺は凄かったですね。黒人労働者を煽って会社で革命を起こそうとしたり、町中のホモを集めて政党を結成しようとしたり、まあまあいうことがその場その場で変わるんですけれど、ある意味一貫しているんですよね。そこは本当に凄いとおもいます」そういって本をパラパラとめくり出す。


「ジョン・ケネディ・トゥールはピンチョンと同じ一九三七年生まれなので生きていてもおかしくない年齢なのですが、一九六〇年代にスペイン語の先生をしながら書いたこの『愚か者同盟』のゲラをあちこちの出版社に送ったものの、全部リジェクトされて一九六九年に一人旅に出た際にその先で絶望して自殺してしまうんですよね。その後一九七〇年代に入って、トゥールの地元の大学に講義に来ていた売れっ子作家に母親が原稿を持ち込んだら、絶賛されて一気に出版まで話が進んで一九八〇年に出版されて、翌年のピュリツァー賞フィクション部門を射止めているんですから分からないものですよね」


 わたしはふと疑問に思った「そのピュリツァー賞ってなんか戦場カメラマンとかが受賞するようなヤツじゃないの?」と。


「ああ、いろいろ部門があってフィクション部門がちゃんとあるんですよね。詩織さんでも知っている主な受賞作だと、ヘミングウェイ『老人と海』それからコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』とかですかね。そうそうたる面子が集まっているんですよね。そういう意味では本当にもったいなかったです。アメリカでは古典的叔母かお笑い長編として親しまれていて、デヴィット・ボウイの選ぶ一〇〇冊っていうリストにも入っているようですね。色んな国で翻訳されてきたのになぜか日本で翻訳されるのがここまで遅れたのは、ユーモアやギャグに振りすぎていて、社会問題を取り上げたりとかそういうメッセージ性が薄かったからなんていわれてますけれど、カルト作品扱いであるみたいですね。作者はこれの前に『ネン・バイブル』という作品を十六で書いていて、映画化までされているようですね。生きていたらと思うととことん悔やまれますね」


「うーん、死んでから評価されるタイプの作品かあ-。読んでた感じは陽気なおじさんが書いたみたいなイメージだっけれど紆余曲折あるんだねぇ」


 しみじみつらくなってきたので、顎に手を当ててうんうんと分かっているんだか分かっていないんだかよく分からない様子ながらも同意した。


「まあそうですね、生きていたらというもしもを考えても仕方ないところですが、これだけの作品を書いている人ですから、やっぱりもっとできただろうなあという残念さはありますよね。これだけの登場人物が出てくる話を一つにまとめ上げるのは凄い剛腕ですよ。腕っ節が強くないとできません。そして全員にいい感じのオチを用意しているのも凄いですよ」


「あ、それは思った。うん。わたしこの本好きだわ!」


「じゃあ次の本から少しずつ分厚さをあげていきましょうか……」


「それはその……手加減していただけるとありがたい……かな?」


 栞はなんだかつまらなさそうにする。


「でも語りたい分厚い本って結構あるんですよ!? 私も全部を読み切ったわけではないですがドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とかパトリック・シャモワゾーの『カリブ海偽典』とかそれからほかには……」


「うーん……次は薄くてすぐ読めて面白い本おねがいいたしやす……」


「まあそうですね。次の本を読みたいという気持ちは大事にしたいと思うので、なにか面白そうな本を考えておきますね!」


 そういって「結局わたしに本読ませたいだけかい!」といって笑い合った。

 栞は「何度もいっていますけれど、大切な人と、大切な仲のよい人と面白い本の話をしたいから読書をしている部分もあるんですよ」と、そういって、先ほどまで自分の唇に当てていた人差し指をわたしの唇に当ててきた。

 柔らかくしっとりとした皮膚はひんやりとしていたが、その下に何か熱い物を感じて、わたしはなんというかなんというか……愚か者達の同盟に入っているのかなという気分になってきてしまった……。


この本について何を言えばいいかというと「超面白い!」その一言に尽きます。

今回ネタバレ的なことは書かなかったのですが、とにかくギャグの密度が凄いんですよね。

物語の密度と語りの早さがとにかく凄い!

是非読んで頂きたいのですが、税込みで4000円超えるので(古書も大分回ってきましたが)ご興味出ましたら図書館などでお求め頂けるといいかもしれません。


雑談や感想、何か気になったこと何でもございましたらお気軽にお話ふって頂ければ励みになります。

それは面倒だなあという方は、ポチッと「いいね」ボタン押して頂ければフフって成るのでよろしくお願いいたします。

最近文章書いてなかったのでなんだかリハビリ的な文章になってしまいましたが、本を手に取るきっかけと成って頂ければ嬉しいです。

ではまた今度はなんとか近いうちに……可能な限り、可能な限り……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ