123エベリオ・ロセーロ『顔のない軍隊』
エベリオ・ロセーロは本当に凄い作家ですが今ひとつ日本では知名度無いようなきもするので取り上げてみました。
比較的コンパクトにまとめました。
「栞ー見てみてーこれかわいいー!」
「なんですか藪から棒に。また動物もふもふ動画ですか?」
「違う違う! 芸術の秋ですよ。おじさんが展覧会の画集くれたんよ」
「画集ですか? 詩織さんが興味示すなんて珍しい……」
「いやあ、そろそろ秋も見えてきたでしょ? なんか最近は秋になった瞬間に冬になってる気がするけれど、短い秋に文化的な活動しましょうというね、そういうあれですよ!」
「まあいいことだとは思いますけれど、どんな画集もらったんです?」
「えへへ、七月の頭までやってたらしいんだけれど「ボテロ展ーふくよかな魔法ー」っていうやつ! なんか名前の通りぼってりとした絵を描いてて、なんかカワイイの!」
「へぇーいいですね! 実は私もいきたかったんですけれど、どうにもこうにもいけなかったんですよね。詩織さんも興味あるならたまには美術館巡りとか一緒に行ってみたいですね!」
「おっ! 美術館デートですか? いいですなあ!」
「んまっ! デート!」
わたしは鞄から普段手にしたことのない大きいサイズの本を取り出して開いた。
栞も興味深げに覗いてくるので二人して肩を寄せ合って眺める。
「なんか今年で九〇歳らしいんだけれど、まだ現役で絵を描いているんだってね。ぷくぷくしてカワイイ!」
「いいですね、福々しくて。フェルナンド・ボテロはこういう絵を描いてますけれど、ルネサンス期のイタリア絵画の研究をよくしていて、歴史的名画のパロティとかも多いんですよね。ほらこれとか」
「あっ! これ「モナリザ」か。他にも思い出せないけれどなんとなく見たことあるような構図の絵あるわ」
「私はフェルナンド・ボテロというともっと血腥い絵を描いている作家というイメージがあったんですけれど、基本的にはほのぼのとした絵で構成されている展覧会だったみたいですね」
「えっ! こんなふわふわぷよぷよの絵を描いている人がなんか残酷シーンみたいなの描いてるん?」
「ちょっとまっててくださいね」
そういって、栞は勝手知ったる人の家といった感じで、管理者以外立ち入り禁止の司書室に何の気兼ねもせずに入っていくと、一冊の本を胸に抱えて戻ってきた。
「この本の表紙もボテロの絵ですよ!」
そういって栞が見せてきた本の表紙は、たしかにぷくぷくした人が描かれていたけれど、家の中でパーティーでもやっていたかのようにギターかなんかを抱えている人や、踊っている人たちに向かって、鉄砲を持ったギャングみたいな連中が、ドアから押し入ってバンバン撃っている絵だった。
鉄砲の弾が連続して描かれていたり、どことなくコミカルな描写もあるんだけれど、確かに平和が突然破られたといった感じの悲惨で血まみれな絵だった。
「ボテロはコロンビアの画家なんですが、五〇年以上反政府軍や共産主義ゲリラと政府軍が戦っていたり、メデジン・カルテルという南米でも有数の麻薬カルテルがあったりして、最近までかなり政情不安だったんですよね。街角を曲がるごとに死体がそのままにされているなんて話まであったそうです。以前の大統領が、反社会的勢力を力で潰していって、その後和平交渉で共産主義ゲリラを武装解除した後は、コーヒーと花の輸出が一気に広まって「花の国」なんて呼ばれていたようですよ」
「こわー……ってかようですよって過去形?」
「はい。元左翼ゲリラで政府との和平交渉を見直ししたいという候補が大統領になりまして、一部ではまた左翼ゲリラが活動を開始しているような動きがあったり、ラテンアメリカの中では一番親米政権だったのが、左派ということで米国との関係が微妙になりつつあるとかきな臭い話は上がっていますが、他の国に比べるとそれでもまだ暴力的手段に打って出る組織は少ないらしくて、今のところは先は読めないけれど落ち着いているみたいです」
「怖っ! ところでなんでこんなマニアックそうな本高校の図書室にあったの? いつもおなじみの岩波文庫とかじゃなくてさ……」
「これは単純に比較的短めにまとまっていて、詩織さんにもお勧めしたいなという本を司書室に何冊かストックしてあるので、たまたまボテロの話が出たので思い出して持ってきたというわけです」
「わけですって……」
「ま、そんなお国なのでボテロ展の情報調べるまでは、私はてっきりこの本みたいな血腥い絵ばかり描いている人なのかなと思い込んでいたんですけれど、割とポップで楽しい絵が多いんですね」
「ああ、うん。なんかカワイイ感じがちょっと消し飛んだけれど、わたしは好きよ。ボテロって人の絵」
「まあそんなカワイイ絵を描く人も血腥い現実を描かざるを得なかったということで出てきた本がガルシア=マルケスの再来とまでいわれたコロンビアの作家のエベリオ・ロセーロでーす。で、国内だけではなくて海外でも色んな賞に輝いたのがこの『顔のない軍隊』なんですねー。中編小説なので読みやすいですよ! 密度も濃いですし」
「しかし、何からでも本の話題に結びつけるのな……まあ今更だけれど……。ガルシア=マルケスってあれでしょ? なんか神話っぽい話かく人」
「ですです。マジックリアリズム完成させた人ですね。ノーベル賞もとっている私が最も好きな作家の一人です」
「じゃあこの『顔のない軍隊』って本もそんな感じで神話というかファンタジーチックなお話なん?」
「いえ、リアル路線ですね。主人公は隣の奥さんのブラジル人妻が裸で日光浴をしているのを盗み見なんかしたりするイマヌエル・パソスという老人で、この人の目通して辺鄙で平和な村が左翼ゲリラ、政府軍、パラミリターレスと呼ばれる右派自警団が村に暴力を持ち込む過程を描いた作品です。登場人物はユーモラスな人が多くて、年老いた村医者だとか、自分は人殺しをしたことがあるとうそぶくエンパナーダという具入りのパンを売っている男、それからパソス老人のご近所さんや友人。街から村の悲惨なようすをリポートしに来たけれど、特に何もせず引き上げてしまう女性リポーターをはじめとするマスコミ。左派ゲリラにパラミリターレスに政府軍という、つまりどの立場とも一言で言えない「顔のない軍隊」達が登場します」
「結構複雑なん?」
「いえ、読んでいてそれほど混乱することはないと思います。ユーモラスな描写と悲惨な描写が同居していてなんともいえない味をだしているものの、メインのプロットは平和な村が破壊されて死に満ちていくという一本筋なので、難しい題材の割にはするする読めます」
「本当にぃ?」
「本当ですぅー。間違いなく面白い作品であることは保証しますよ!」
「暴力とヴァイオレンスが支配する村の様子ねえ……」
「何ですかその頭痛が痛いみたいな……」
栞の指摘を完全にスルーしつつ本をめくってみる。
作者解説まで合わせても二四〇ページはないので、まあ自分でも手が出せる範囲かなと思った。
「そんなに血塗れ残酷物語なんですの?」
「ええ、なんか気づいたらみんな殺されてます。ネタバレにならない程度にいうと、さっきまで話し込んでいた人が、次に会ったときには首を落とされた状態になってたり、パラミリターレスによって左派ゲリラだと決めつけられて拷問の末に殺されたり、死体が転がっていた所の鍋を覗いたら首が浮かんでいたり、最後はもう村中死体だらけのジェットコースター展開です。老いも若きも男も女も関係なしに死が襲ってきます。そんな中をパソス老人は少年兵や左派ゲリラや政府軍がドンパチしている村のなかを彷徨していくんですね。最後はなかなかショッキングなビジュアルで終わりますので、これは読んでからのお楽しみですかね。とにかく「顔のない軍隊」が村を蹂躙する破壊の話ですよ。そもそも冒頭からして、どの組織がやったのか分からないけれど、教会でお祈りしている時にダイナマイトが放り込まれて十四人死んだなんて話から始まるので、そもそもが不穏なんですが、キャラクター造形のユーモラスな感じに上手くだまされてしまいますね」
「なんか怖くない? そんなに戦争しまくっているの?」
「ボテロの話に戻すとイラク戦争以来の世界情勢や、コロンビアの凄まじい状況を嘆いて死や暴力に取り憑かれた作品を大量に作り出して、世に問うているんですよね。ボテロ展にも飾られているマリア像なんかも、ユーモラスさや独特の楽しげな福々しさはそのままに滝のように涙を流していてコロンビアを憂いている作品が展示されています。日本だと考えられない話ですが、一時期はそういった血塗れの絵を独特のユーモラスさを残しつつ延々と描き続け世界に訴えかけていたんですね」
「カワイイ感じの絵を描くおじいちゃんだとばかり思っていたらなんかお辛い過去がお出しされて来ちゃった……」
「今回の展覧会では幸せそうな絵がほとんとだったようですけれど、作家や画家なんかの人生に大きな影響を与えているんですね。エベリオ・ロセーロは最初こんな暴力的な話を書くつもりはなかったそうなんですが、あまりにも悲惨な内戦状態になれてしまい暴力に対して無関心になり、虐げられている弱者をみていたら、これは書かなくてはとなって執筆を始めたのですけれど、彼のスタイルは綿密なプロットを長い時間かけて練り上げ、そして一気呵成に書き上げた後、最初にあげた原稿を削りに削って半分ぐらいまで圧縮するという引き算の創作なんですね。これは修羅の道ですよ。確かにこの長さの作品にしては密度がおかしいんですが、そういったところから来ているんでしょうね」
そういうと栞は「是非是非ご一読を」といってニッコリ笑う。
なんか難しそうだなあと思いつつも栞セレクションでわたしのために持ってきてくれた本だから、まあいっちょ読むかという気持ちと、難しそうだなという気持ちがせめぎ合っていた。
んで、ふと気がついた。
「そういや司書室に本置いてあるっていってたけれど、何冊ぐらいあるの?」
「んーそうですねぇー」
と、人差し指をを顎に当てて考えながら、頭の中でカウントしているのか視線を虚空に漂わせると、一息の間がついた後に。
「まあ何冊でもいいじゃないですか! 楽しんでいきましょう!」
といって無邪気で朗らかに笑っていた。
内心、ヤベーかもと思いつつも、この笑顔が見たいという部分もあるんだよなあと思って『顔のない軍隊』の一ページ目を開いた。
エベリオ・ロセーロの執筆スタイルは早朝というか深夜の三時に起き出して、午前中はずっと執筆をして、午後はその直しにあてて、その他の時間は山の中を長距離サイクリングで体を鍛え五感を研ぎ澄ますという求道者というか修行僧のようなストロングスタイルの執筆活動を行っているようです。
凄すぎてなんの参考にもなりませんが、創作する上ではそのぐらいの気概を持ちたいと、趣味で書いている人間ではありますが、心構えは見習いたいものです。
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