121ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』
ご時世的なお話です。
「はあー世の中暗い話題ばっかりだわ……」
「どうしたんですか急に?」
目を落としていた本から栞はこちらに向き直ると、唐突なという表情を浮かべている。
「いやね、世の中暗いニュースばっかりだし、ネットニュースとか見てたらコメント欄で叩き合いしているし。そういうの見ると心が荒むのに、なんかよく分からないけれどそんな誹謗中傷とかの汚い物のぶつけ合いとか目が離せなくなっちゃって、厭だあと思いながらも気がつけば一時間とか平気で経ってたりするし、基本面白動画とかくだらない笑えるニュースとか、そういうのばかり見ていたいなあって……」
栞は「うーん」と唸りながら、考え込んで「そうてすねぇ。インターネット中毒みたいな物は昔からありますし、どういう絡繰りなのか分からないけれど、厭な物見ちゃったら何も言わずにさっさとサイト閉じればいいんだろうけれども、なんとなく見ちゃうというのは分からなくもないですね。私はその時間分本読んだり、美術館に足を運んだり、家でできることなら映画見たりとかしてた方が有意義だと思うようにして、パッと立ち去る事は意識しています。それとは別に時事問題はある程度抑えておいた方がいいとも思いますけれど、バランスは難しいですね」などという。
「わたしはもっとこう……なんかかわいい動物動画とか見てたりしたいんだけれど、まあ確かに栞に勧めてもらった本読んだりした方が有意義なのは、それはそう」
そういって頭の後ろで手を組んで、うーんと背中を思いっきり反らすと、背骨がバキバキといいだした。
「じゃあさ、なんかすぐ読めて面白い話題の一冊みたいなのってなんかない? 今なら詩織さんがマジメに読むというキャンペーン付きですよ?」
わたしの無茶ぶりに栞は苦笑しながらも、なにか考えてくれているようで、わたしと同じように腕を頭の後ろで組んで、うーんと背中を思いっきりそらして「むふー」と鼻から息を吐き出していた。
「そうですね……今話題の本というと……あー一冊ありますよ。詩織さんにお勧めの一冊が!」
「へぇーどんなん?」
「大分前に持ってきてたんですけれど、学校に置きっぱなしになっていましたね、ちょっとお待ちを」
そういって司書室に入っていくと、一冊の赤い本を携えて戻ってきた。
「私も大分長いこと積んだままになっていて、何ヶ月か前にようやく読み終わったんで、ネットで感想とかちょっと見てみたら、古い本なのに新しいレビューがたくさんついていて驚いた本です」
「なにそれ? なんかあったの?」
「ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』です」
「へぇータイトルに短いって入っているのいいねぇ! すぐ読めちゃう感じ?」
「いえ、別に短いの部分は本の文章量に掛かっているわけではないのですが、まあ確かに二時間も掛からないで読めるぐらいの内容ですね」
「ふーん。んで何が短くて恐ろしいなん?」
「まあ帯見てください「その国は小さい。あまりに小さく、一度に一人しか住めないほどに……」って書いてありますよね。この文句がふっと頭に浮かんだのが各切っ掛けになったそうなんですが。作者に何か抽象的な登場人部が全員抽象的な図形か何かで描かれる作品かけない? という話が持ち込まれてできあがった話なのですが、確かに変わった話ですね」
「ふーん。まあすぐ読めて面白いならわたしは歓迎だけれど、抽象的なキャラクターっていうとなんか凄い難しい感じなんじゃない?」
「いえ、内容自体は大人向けの童話といった感じで、軽く書かれているし、キャラクターも頭の中で想像するのが少しややこしいぐらいで、筋道としてはそんなに難しくないのですがテーマがなかなかご時世的な物反映しているので、今になってまた急に注目する人が増えてきたんですね」
「へぇー読むなら今のタイミングがよさげな感じなの?」
「簡単に設定のお話をしますと、すごーく小さくて、国民が一人しか住めない〈内ホーナー国〉と、それを取り囲むとても広大な〈外ホーナー国〉があって、〈内ホーナー国〉の人たちは一人だけが国内にいて、その他の六名だけの国民は〈外ホーナー国〉に設けられた〈一時滞在ゾーン〉という所に立って暮らしているんですね。で、〈内ホーナー国〉の人々……とはいっても全員不思議な名前がつけられた特に見た目に関しては記述のない器官や触手を生やしていたりして、しかも全員見た目が全く違う人間とはかけ離れたキャラクター達なのですが、〈内ホーナー国〉の人たちはみんなの楽しみである数学の証明問題をだしあってひっそりと過ごしているんですが〈一時滞在ゾーン〉によって〈外ホーナー国〉の土地が侵犯されているといって面白くない〈外ホーナー国〉の国民がいて、あるときフィルという男が昔〈内ホーナー国〉の女性に振られたことを根に持っていて、あるとき突然の落石で国土がさらに狭くなった〈内ホーナー国〉の住民が〈外ホーナー国〉にはみ出してしまい、それを見たフィルが、国土侵犯に対しては税金を取るべきだと主張して、徹底的に〈内ホーナー国〉の住民を攻撃するところから物語は始まります」
「SFなんそれ?」
「まあ童話テイストなので簡単なファンタジーですね。で、まあフィルが先頭に立って〈内ホーナー国〉の住民に徹底的な弾圧を始めるのですが、これに参った〈内ホーナー国〉の人々は〈外ホーナー国〉の大統領に嘆願書を出して、視察に来てもらう事になるのですが、大統領はもう年を取り過ぎていて、何度も同じ事を繰り返したり、思い出すことについて思い出さないといけないという非常に高齢で、いい方はなんですが完全に耄碌した状態なんですよね。で、フィルは上手く大統領を丸め込んで、勝手に〈国境安全維持特別調査官〉なんてものを名乗って、判断がつかない大統領から役職のお墨付きをもらいます」
「おっと。いきなりきな臭くなってきたぞ!」
「で、フィルはトントン拍子で大統領に謁見する機会を貰って、口先だけで大統領の職をうばっちゃうんですね。で、そのまま〈内ホーナー国〉の住民に対して徹底的な弾圧を加え、住民を部品ごとにバラバラにしてしまったりとやりたい放題をするわけですよ。これに元々前大統領に仕えていた秘書官達もフィルに仕える事は大変に名誉といった感じでいるし、国内をニュースを宣伝しながら歩き回っている記者達も、どんどんフィルの事を持ち上げていきます」
「なんとなくどこかで見たような構図……」
「まあ、あくまで童話なのでこの後色々と寓意に飛んだ展開になるのですが、そこら辺は読んでいただくとして、フィル達をはじめとした二つの国の住民達は、いきなりの展開で様々な運命をたどります」
「そこは読んでのお楽しみってことか……」
「ですね。で、まあここまでお話ししてなんとなく察していただけたのかとは思いますが、フィルというキャラクターはもう完全に独裁者なんですよね。それも他国の住民どころか自国の反対意見者に対しても容赦のない罰を下す、本物のワルなんです」
「あ、分かった! つまりヒトラーとかがモデルになっているってわけなのね!」
「まあそう簡単にヒトラーがモデルというわけでもなくて、作者によれば古今東西の様々な独裁者達の最大公約数を仮託しているということですね」
「へぇー色んな独裁者のいいとこ取りみたいな?」
栞はちょっと笑って「いいとこ取りというのも変な話ですけれど、コテコテの独裁者の誕生と弾圧と末路を兼ね備えた、独裁者の見本というのがフィルなんですね。タイトルの「恐ろしくて短い」はフィルの時代が恐ろしい物でかつ短く終わるという事をいっているんですよ」
「なるほど、でそのフィルが現代の世相を反映しているーみたいな感じで、リバイバルが起きているとかそんな感じ?」
栞は満足そうに頷くと「その通りです」といった。
「厭なニュースとかばっかり流れてくるけれど、作者の人はそういうの予想してたのねー」
「いえ、この本が書かれ始めたのは、アメリカの同時多発テロの前辺りで、最初独裁者のモデルとしてはヒトラーをはじめとしてルワンダやボスニアなんかの独裁者が頭にあったそうですが、書いている内に件の同時多発テロが起きたので、そのイメージも重なることになったようです」
「なんか、凄いタイミングで事件起きたねぇ」
「ソーンダーズは最初原稿を三〇〇ページぐらい書いてそこから半分以下に削ったということで、最初はキャラクター同士の関係性の描写が多かったり、ユーモラスなシーンもあったそうなんですけれど、バッサリと切ってしまい、シンプルでストーリーが明快な寓意に富んだ作品になっています」
「折角書いたのにそんなに削っちゃったんだ」
「ガルシア=マルケスも作家の価値は捨てた原稿の枚数の量によるなんていってますし、そういう書き方する作家も割といますよ。で、まあこの作者もいろいろな賞に輝いていて、日本語訳が出たのは二〇一一年の大晦日だったのですけれど、その時点で翻訳者によると、現代アメリカの小説家志望者達の間で最も文体が真似されている、憧れられている作家だそうですね」
「なんだ凄い人じゃん!」
「確かに読んでいて原文はどうなっているだろう? と思うような支離滅裂でくどくどしい独特の言い回しや、言葉遊びみたいなものがあって、よく考えられているなと思うのですが、お話自体は本当にさらっとしているのでまあ読んでみてください」
「了解ですぅー今日家帰ったら早速読んでみるわ」
「読んだ後、割と前に出た本なのにレビューが急に増えた理由とかも分かるぐらいには、現在の状況に酷似したところが見受けられて結構驚きますよ」
「時代は繰り返す的な?」
「的な……です」
まあ話題になっている本ですぐ読めるならわたしも楽しめるかと思い折角なので読んでみようと思い立った。
栞は最近、わたしに本を読ませるコツを次第に掴みつつあるようでなんだか怖くなってきた。
このまま憧れの文学少女になって、読書にふけるのも伊野かもしれないと思った。
なんにせよ、ぼんやりとネット中毒になっているよりは大分マシだろうとも思えたので、わたしには実際の所文学少女の素養があるなと思い至り、くっくっくっと笑い声を漏らしたら、栞に不気味なものを見る目で見られた。
違うんだ……わたしは文学少女なんだと目で訴えたが逆効果であった。
はい。馬鹿なこといわずに多少はマシな時間の使い方をしたいと思います……と反省した。
最近になって急に感想レビューを目にしはじめた本です。
そこまで大きなリバイバルブームというわけで花有りませんが、思い出したり口コミで読み始める人も結構いらっしゃるようです。
短くて分かりやすい大人の寓話です。
ご感想や突っ込みや雑談など何でもありましたらご感想欄に投げて頂ければ励みになります。
また文章書いてまで投稿するのは面倒くさいという向きの方は「いいね」ボタン押して頂ければフフッてなります。
ではそんなところで、またお会いしましょう。
では!