118エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』
今月もう一回更新するというお約束はなんとか果たしました。
九月も引き続き雑事が続くため更新頻度は低いとは思いますが、年間52回以上更新はなんとか死守しようと思いますので、お付き合い胃だ抱ければと思います。
「にゃんちゃんにゃんにゃんネコチャーン……」
「んまっ! 面妖な!」
「メンヨウな!? ってメンヨウってどういう意味なんです?」
栞はわたしの質問を無視して、わたしの手元のスマートフォンを覗き込んできた。
「いやん。プライバシーが……」
「何いってるんですか。図書室で携帯電話ばっかり弄ってて……不敬ですよ!」
「んまっ! 不敬!?」
栞のチクチク言葉に痛く傷ついたものの、そこら辺はスルーして「何見てたんですか?」と聞いてくるので、素直に画面を見せる。
「もふもふーネコチャン動画ー!」
「ネコチャン動画ー! じゃないですよ。まあ音出しているわけではないですから、注意するにとどめておきますけれども……」
「まあいいじゃないですかって、ちょっとかわいい動物動画で癒やされたいお年頃じゃないですかってね」
「そういえば詩織さんのお宅って猫とか飼ってるんですか? 今まで気にしたことも無かったですけれども」
「いやあ、飼えないから動画で満足しているのよ。小学生の頃とか犬飼いたいとか猫飼いたいーっていってたけれど、どうせ世話できないんだから駄目っていわれてさあー。どうせ世話できないっていわれてわたしはこう思ったのよね、『まあ確かにその通りだわ』ってね……」
「そこは絶対に最後まで面倒見切るとかいうところじゃないんですか……?」
「いや、なんか犬の散歩とか人類が起きていていい時間じゃない混迷とした早朝にやるわけでしょ? 無理無理ってなったし、猫にしてもトイレの躾とか、なんかワクチン打ったり? とかなんかやること色々ありすぎるみたいなのはちょっと調べただけで死ぬほど分かったから、これは自分では無理だなーってなったワケよ。賢明でしょ?」
「まあそうですね……最初から世話するのが難しいと分かっているのに何の考えもなく、かわいいからという理由で手を出すなんてことにならなかったのは賢明ですかね」
「そういや、あんまり気にしたことなかったから気づかなかったけれど、栞の家でペット見かけたことないけど、やっぱり飼ってないの?」
「うーん。動物にあまり興味が無いというのもあるんですけれども、やっぱりお世話にかかる手間考えると自分には荷が勝ちすぎるというか、母が猫とかなんか不気味だから嫌いっていっているのもあるんですが、動物は飼っていないですね。父は仕事引退したら大きい犬飼いたいなんて話していましたけれど、母は反対するでしょうから多分この先も動物飼うって事はないと思いますね。小学生の頃は虫とか金魚飼ってましたけれど、今になってみると虫触るのなんとなく気持ち悪いし、金魚もいつの間にかいなくなっちゃってましたねー、金魚すくいの金魚でもうまく育てると二〇年ぐらい生きるみたいですけど」
「ほぁーん。ネコチャン嫌いな人類っているんだ。アレルギーの人とかなら分かるけれども、あんなにもふもふーなのに不思議」
「動物は飼ってないですけれど、ホームセンターとかで多肉植物とか食虫植物とか処分価格になった頃に購入して育ててはいますよ! そんなに本格的にっているわけじゃないですけれどプラント・ラバーってやつですかね。育ててみると意外なほど立派に育って結構達成感ありますね!」
「ふーん植物かぁ。わたしが個人で育ててたのって夏休みにやる朝顔ぐらいかなあ……親が庭でトマトとか育ててるけれど、観葉植物とかは全然縁がないなあ」
「まあ人それぞれですからね、そこら辺の趣味は。でも植物に比べると動物は飼うハードル高いですよね。死んだりした時のこと考えるとつらいですし」
「それそれ。人間いつ死ぬか分からないっていっても、順当にいけば人間の方が長生きするしね。昔クラスで犬が死んじゃったって朝から帰るまでずっと泣いてた子もいたしなあー」
「お辛いですね……でもオウムとかだと種類によるけれど人間より長生きするのもいるみたいで高齢になってから世話のことが心配になる人とかもいるみたいですね、生き物の生き死にだけはなんともしがたいですよ」
「そうねぇ、だからまあ時々ネコチャン動画とか見てそれで満足しているんだけれど、栞はあんまり興味ないの? ネコチャーンとか」
栞は眼鏡の奥底で目をぐるぐる回しながら「うーん……生き物は嫌いではないですけれど、正直そんなに興味があるわけでもないんで、たまーにネット見てて出てくるほのぼの動画みたいなの目にすることがあるぐらいで、自分から積極的に情報求めにいかないですねー」
「ネコチャンかわいいのになあ、嫌いな人類とかも存在するとかあまり考えたこともなかったなあー」
栞はパチンと手を叩くと、なんか思い出したといったかんじで「そうだそうだ」といって鞄から本を取り出した。
「これかなり興味深かったんで、詩織さんも興味あるかなと思って持ってきたんですけれど読んでみますか?」
「えー本? まあいいけれどさあ……」
なんとなく気乗りしないなという空気を漂わせつつ本を受け取る。
「まだ出たばっかりの本ですから、話題にノルなら今ですよ!」
「えーと何? エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』何これ?」
正直タイトルが不穏すぎるのだが、いつものなんか難しい小説とかではないらしい。
「物語小説の本ばかり読んでいてもなんとなく自分の中で栄養バランス悪いかなーと思ってたんですけれど、タイトル見てついつい衝動買いしてしまいました」
「ふぅん? 歴史本なの?」
「うーん、まあ教養分野になるんですかね? 中身は古くて細かい資料を大量に集めて書かれた娯楽教養みたいな感じでススイと読めちゃいました!」
わたしはやや疑いながら「栞がそういうなら、まあちょっと読んでみてもいいけれどー」ともったいつけてみた。
「内容はタイトル通りなんですけれど、古今東西の九八個の変なスポーツを集めた小話賞みたいな感じですね。ぱぱっと読んだ方が早いですけれど……」
「解説よろしく……」
「えーと……全部というわけじゃないんですが、動物を虐待するスポーツのお話が多いですね。狩りの話も載っていて、ちょっと驚いたのは一〇世紀とかそのぐらいにスポーツとして狩りが流行りすぎて、イングランドからクマが絶滅したりとか、もっと後の時代には有害鳥獣駆除でオオカミも絶滅してるとか、結構意外な話がありますね。二つ三つ一緒に見てみましょうか」
「へい、おねげーしやす」
「動物を使った競技や見世物ってブラッド・スポーツとかいうらしいんですが、まあ分かりやすいところでいうと闘牛とか闘鶏とかそういうやつですね。その中でも特に残酷な話が多くて、タイトルの「キツネ潰し」ですが、これもなかなか血に塗れたお話です」
そういってわたしの手から本を取り戻してパラパラめくる。
その手が止まったところにはなんか昔の人が書いた挿絵が入っていた。
「キツネって悪賢くて邪悪な生き物みたいな認識があって、キツネだけではないのですが、こうこの挿絵のように長い布を持って両端に人が立って、競技場に放たれたキツネをはじめする動物が布の上に上がった瞬間両端から思いっきり引っ張って、胴上げみたいな要領で天高く放り上げるとかいう、動物愛護団体が聞いたら気絶しそうなお祭りというか、競技しているんですね。何度も何度も天高く放りあげられて、地面に衝突すると大体頭が割れて死んでしまうそうなのですが、いろいろな仮装なんかしてお祭り騒ぎの競技の後は、血の海になった会場で宴会したり楽しく談笑したりしていたらしいですねー、クレイジーです」
「何それ怖い……」
「まあ欧米全体で大体一九世紀の中頃までにはどの国でも動物愛護団体が立ち上がって個々に掲載されているブラッド・スポーツの類いは下火になっていくというのがちょっと興味深いのですが、ここら辺は人権思想の確率とかなんかとも関連あるのかもしれないですね」
「その……動物ぐちゃっと潰して楽しかったの……?」
「当時の人の日記なんかも結構載っているんですが、大抵は最初の頃はみんな楽しんでた愉快愉快ってなったあと、時代が下るにつれてだんだん不愉快で穢らわしいとか、牧師や神父なんかの聖職者の人がやめさせようとして出てくるというのが王道のパターンです。まあ単純にだんだん飽きられてきたって事もままあったようですが……」
「ドン引きてすわ……現代に生まれててよかった」
「比較的最近の話だと、二〇世紀入ってからのアメリカの話で、ハーバード大学の学生が、自分の母校に敬意を表するため金魚生きたまま飲み込むとかいう見世物やった人がいたようです」
「金魚一気飲み!?」
「はい。昔の大道芸でポンプ人間とかいうのがあったそうで、金魚飲み込んだ後に、生きたまま吐き出すとかあったみたいですが、この人は金魚飲み込んだ後にフライドポテトで押し込んだらしいですね……このページです。写真も載ってますね」
なんだか楽しいパーティー会場みたいな所の写真が載っていた。
「なんか昔は白魚の躍り食いだったっけ? メダカみたいな小さい魚生きたまま飲み込むとかいう料理というか。なんというか食べ方あったとか昔の漫画読んでたら見たことあるけど、金魚はさすがに食べる対象じゃなかったんだよね……?」
「ええ。だからこそパフォーマンスとして成り立ったようですよ。これは本に載っている話ではないですが、江戸時代に日本で大食い競争とかが大盛り上がりしたときに、大きなウナギ生きたまま飲み込んだ人とかもいたらしいですねぇ」
「気持ち悪っ! 蒲焼きにした方が絶対おいしいって!」
「まあこの人は一晩苦しんだ後亡くなったそうですが……」
なんだか栞は素っ気なくいうので怖くなってきた。
「江戸っ子はさぁ……」
「まあ金魚の話に戻しますと、お前らの大学よりウチの大学の方が素晴らしいし、愛校精神にも富んでいるぞ! という見栄の張り合いが始まって、全米各地の大学でどんどん金魚を飲み込む人が出てきます。当然話はエスカレートしていきますので、最初の人は一匹飲んであっぷあっぷだったのが、五匹、一〇匹と増えていきます。さっき詩織さんがいっていた白魚の躍り食いも最近では残酷だというよりは、寄生虫の危険性があるという理由で見かけなくなってきたようですが、大学の関係者が寄生虫の感染もだし、貧血で酷い目に遭うと禁止したんですが、この世で一番馬鹿な生き物は男子小学生と男子大学生なので、最終的には二一〇匹飲んだというところまで話が膨らみ、英国王ジョージ六世が禁止したということで収まったらしいです。まあルーズヴェルト大統領がその何年か前に訪米した国王にその実演見せたら、誠に誉れ高いと絶賛してたらしいですけれど……未確認情報では三〇〇匹という数に達したそうですが、これは人間の限界超えているので眉唾みたいです、本当に馬鹿ですね」
「ほらさ、スーパーの鮮魚コーナーでお魚食べると頭がよくなるっていってるじゃない? どう考えても頭悪い人しか出てこない……」
「その指摘はされてますね……。あとネイティブ・アメリカンの子供は泳ぎが上手くなるという迷信で金魚の丸飲みするという風習はあったようですが、馬鹿馬鹿しい競技と比べるとかわいい話ではありますね」
「ドン引きですわ……」
「あと、もう一つだけあげるとですね、えーとこれですね。この「猫焼き」というのもかなり振るっていますね。猫は魔力を持った動物だからという理由で、キリスト教のお祭りの時に、村に処刑台つくって、そこに猫を詰め込んだ袋ぶら下げて火刑にするんですね。最後に村人達は黒焦げの猫の破片を幸運の印として持ち帰ったそうですし、太陽王ルイ十四世なんかも祭りに参加してたそうです。まあ一八世紀中頃には禁止されたそうですが、雄鶏とか豚、熊の次ぐらいに猫は色々な所で犠牲になっていたようです」
「わたしネコチャン動画見て癒やされたかっただけなのに、なんで猫生きたまま燃やす話してるの……」
「……ごめんなさい」
珍しく栞がガチ凹みしたので、ドン引きしたものの許した。
あと本は借りて読んだ後、クラスの連中にちょっと自慢しながらブラッド・スポーツの話をしたら、今度はわたしがドン引きされた。
正直調子にのってました……ごめんなさい。
そしていつの間にか九月の足音は聞こえていて、暑くてどうしようもない日が続いた夏は終わりを迎えようとしていた。
残りの残暑乗り切るために、わたしはもふもふの動画を集めることにした。
ネコチャンカワイイニャン……。
本文上では、ブラッド・スポーツの話ばかりになっていますが、タイトルの通り間抜けで一回だけやったけれどルールが分からなくて盛り上がらなくて終わったり、危険すぎて怪我人続出したため無くなったスポーツ。
あるいは今でも普通に続けられているスポーツや、危険ではないけれどなんだか地味で盛り上がらなかった話など日本や中国の話なんかも少し出てくる大変幅広い内容となっています。
ドン引きしつつも示唆に富む内容ですので、普段のややもすれば堅苦しい感じのするブンガクっぽい本とは大分毛色が違うので、興味があれば是非御一読ください。
知的好奇心が満たされることは間違いありません。
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次もあまり遅くならないうちに更新したいとは思っておりますが、気長にお付き合い頂ければと思います。
ではでは。