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109アゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』〈双子シリーズ三部作〉

アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作の第二作目である『ふたりの証拠』です。

超がつく有名作品ですが、第一作の『悪童日記』しか読んでいない方も多いのではないかと思い、ネタバレになるような描写はせずに書きましたので、これから読んでみようと思った方でも安心してご覧ください。

ネタバレすると面白さが本当になくなってしまうので、是非何の情報も入れずにお読み頂ければと思います。

「たのもー!」


「何ですか藪から棒に」


 意気揚々と図書室にたどり着くなり、栞の隣にでんと座ってカバンに忍ばせてあった本を取り出し、栞の眼前にずいと押しつける。


「ちかい! 近いです!」


「どうよ栞センセ! 一日で読み終わったったわー!」


「えーと……ああ『ふたりの証拠』ですか! 詩織さんが一日で読み終わらせるなんて珍しい……本当に凄い珍しい……」


 なんかややディスられている気もしたけれど、まあそれは気にしないことにした。

 そんなことより今はこの本について色々と話がしたい欲が湧いているのである。


「まあアレですよ。詩織さんにかかれば本の一冊や二冊ぺぺぺーってすぐ読み終わっちゃうものなんですよ。でうでーどうでー!」


「まあそうですね。アゴタ・クリストフは物凄く面白い話を簡潔且つコンパクトに纏める天才ですからね……。物語の展開がとにかく早いのも特徴なので、増やして書く気になったらこの三倍ぐらいの量とかにもなっちゃうと思うんですが、登場人物の心情や内実なんかが一切描写されない上に、事件があっても全く引っ張らないので、とにかく簡潔なんですよね。そこら辺は母語であるハンガリー語ではなくて、終生慣れなかった〈敵語〉であるフランス語を用いて書いていたからというのもあるんでしょうけれど……まあ私の話はどうでもいいので、是非詩織さんの感想とかお勧めポイントとかあったら教えてくださいよ!」


「えー……栞にオススメポイントとか内容とかについて語って、なんか間違ってたら心の奥底で嘲笑されてそうな気がするからなあ……」


「んま!」


 わたしは手を振りながら「冗談、じょーだん! そんなことないって分かってるけど、なんか間違ったこといってたら恥ずかしいかなみたいな所は若干ある」といって本を机の上に置く。


「いいんですよ! 別に間違って読んじゃったとしても、それはそれで自分なりの読書体験なんですから。間違って読んでそれで批判とかするなら問題はあるかも知れないですが、別に誤読があったって、それはそれで自分の読みなんですし、別段恥に思うこともないんですから!」


「しょうなのぉ?」


「しょうですぅー」


 わたしは背筋を伸ばして「では早速読んだ感想を言いたいと思います。対戦よろしくお願いします」といって頭を下げた。

 栞は「うん……はい?」と、なんだかよく分からないといった感じで返事をしたけれど、まあそこら辺は一々引っかかると何も進まなくなること必至なので、無視して進める。


「まあ、まず驚いたのが『悪童日記』の続きだって事は教えて貰っていた上で読み始めたんだけれどさ、こういう場合って、絶対年代ジャンプすると思うじゃん! 二人が別れて数年後みたいなさ。所がどっこい『悪童日記』のラストからシームレスに話進むのに驚いたワケよ。栞はわたしに『読んだ方が楽しめる』っていってくれたけれど、確かにこれって、分冊になっているだけで、分厚い本だったら、第一章が終わって、第二部が始まるぐらいの感じだよねって思いました。はい」


「そうですね。私もそこはちょっと驚いたんですよ。二人の話が本当に『悪童日記』から直接繋がってて、そこから先の話がずっと続いていくのは意外でしたねー」


 わたしは、うんうんと頷きながら本をめくる「この『ふたりの証拠』で驚いたのは『悪童日記』と構成が全然違うのもビックリしたかな。たしか『悪童日記』って六〇以上の断片から出来ているんだっけ? こっちは八章ぐらいにしか別れてなかったよね。なんかいきなり普通の小説の形式になったみたいで、そこも凄く意外性を感じた」といって栞の方を向き直る。


「そうなんですよね。手を抱え品を変えって感じで色々と挑戦しているんですよね。来日したときのインタビューで『自分のコピーを作るだけなら意味がない』ってことをいってたそうなんですが、まさしくそれですよね。作家としての矜持というか、常に新しいことに向き合っているというか。とにかく自分の中にある手札を惜しげもなく開陳しているような所が凄いと思います!」


「んね。それから双子と街の人たちの名前が普通に出てきたのもビックリした。クラウスとリュカってあれだけ名前完全に伏せていた『悪童日記』からは想像も出来ないほど普通に名前出てきたのには驚きましたよワタシは」


「私も詳しくは知らないんですけれど『Mother3』というゲームの主人公達の名前が、クラウスとリュカで、ここから取られているそうですね。何分昔のゲームですし、私自身ゲームあんまりやったことないので聞きかじりではあるのですが……」


「へー。色んな所に影響力あるのね。まあそれでね、また凄いなと思ったのが『悪童日記』で栞がいってたあらゆる悪徳が詰まっているみたいな話していたけれど、こっちはもちろん悪いことを平気でやるのもその通りなんだけれど、それ以上に三百六十度全方向から不幸が襲ってくる感じがスゴい! しかもある程度それに耐えたり我慢したりする描写は当然あるんだけれど、基本的にお話の流れの中で、どれだけ苦しんでいたかとか流れないで、すぐ次の話題に進んじゃうのもなんかスゴイと思った」


「そうですねー。確かにお墓にいったり、夜の街を歩いたりみたいな悲しみに耐える描写はありますけれど、主人公はじめ、その他の人たちの内面の描写とか、心情とか一切書かれていないんですよね。日本の小説って心情を味わおうみたいな所が少なからずあるので、日本人作家の作品に親しんでいると結構な驚きというか、意外性はありますよね」


 栞が腕を組んでうんうんと頷くので、わたしも真似して腕を組んで、手を顎に当ててウンウンと唸る。


「で、ですよ。本当に出てくる人たちがみんなとにかく悪い方へ悪い方へと流れていくのが凄いんだけれど、なんかあんまり悲惨さはないんだよね。なんかこの独特のドライな感じの文体のせいかな? いや、悲惨さとか冷たさみたいなものはこれでもかと伝わってくるんだけれど、ハイ次の話! みたいに凄いスピードで話が流されていくから、余韻がないというかさ。かなり驚きの衝撃事件とかがあってもスイーっと流されちゃうみたいな。それから後になって分かった事とかがあっさりと流れているけれど、物凄い悪事を働いていたけれど何となくで流されちゃってたりするのは、時代のせいもあるんだろうね。街の有力者が後ろ盾になってくれているから、何となくうやむやにされたり、知らぬ存ぜぬになったりとかもあるみたいだし」


「そこら辺は、東欧の小説に少し共通するものがありますね。例えばノーベル賞とったヘルタ・ミュラーの小説を大分前に読んだと思うのですが、ラテンアメリカの独裁者小説とかとはまた違った冷たくてじっとりと湿った監視社会みたいな。それが主人公側についているし、そこまでじっとりと描写されていないとかで、かなり異質なんですけれども……」


「あと、そうそう。最愛の息子もあれよね。双子と同じで、凄い賢いんだけれど、身体障害のせいで滅茶苦茶ないじめに遭って、それでもクラスで一番賢いっていう、天才的な頭の切れ味みせた双子と同じく、知識や教養には恵まれているんだけれど、それが全く役に立ってないどころか、逆に弱点になっている所とか……それがあの結末になるんだろうけれどさ。愛とかそういう感情も一切表現されない代わりに、深い悲しみとかも描写が凄いあっさりだからとにかくドライなのが凄いと思った」


「詩織さんも中々語りますねぇー!」


 栞はなんだかやたらと嬉しそうに腕を組んだままうんうんと激しく頷いている。

 その様子を見て私もなんだか嬉しくなってついつい語りまくってしまった。


「でもさ、あの後のエピローグ読んだら、何が本当なのかさっぱり分からなくなっちゃったんだけれど、わたしなんか読み飛ばしてたかな? ってなっちゃったんだけれどどーいうことなの、あれ?」


 栞はまたニヤリと笑うと、カバンから青い本を取り出してわたしの眼前にデーンと掲げる。

「近い! 近い!」


「ジャジャーン! 『悪童日記』三部作の完結編である『第三の嘘』です! 『ふたりの証拠』まで読んじゃったなら、これを読まずにはいられないはずです!」


「完結編っていってるけれど、これ本当に完結するの? 確かに最後で年代ポーンととんで主人公の年齢も時代も一気に進んじゃったけどさぁ……本当に終わります?」


 栞は「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべると「読めば納得します! そしてここまで読んでしまったからには、詩織さんも読まずにいられなくなっているはずですよ!」といって私の手をとり、その上に本を置いて、両手でグッと包み込む。

 栞のては冷たくひんやりとしていて、それでいてわたしの手に細い指の感触が伝わり、しっとりとした感覚を与えてくる。

 わたしの手を取ったまま顔をぐっと近づけてくるので思わずドキドキとしてしまう。

 栞の呼気はいつもなんだか甘い感じがするので不思議だ。


「この『ふたりの証拠』というタイトルも凄い秀逸でしたけれど、最後の『第三の嘘』も読み終わったときになるほどって感心すること請け合いです……」


 わたしの手を引っ張りつつ、顔をさらに近づけて耳元でささやくように……いやささやいている。

 わたしは何となくビクッと身震いして、何か変な感情がわき上がってくるのを頭の片隅で察知していた。

 なるほど……これは『ふたりの証拠』ならぬ「ふたりの秘密」なのかもしれない。

 わたしもちょっとどっか頭がおかしくなっていたので栞のことを今すぐ押し倒してやろうかという考えが頭の中をぐるぐると駆け廻っていたけれど、何となくこの最後の一作を読み終わるまでは耐えようと思った。

 そして読み終わった暁には、ねっとりしっとりぬちゃぬちゃと……等とよからぬことが頭の中を駆け廻っている。

次回は『悪童日記』三部作の完結編『第三の嘘』を投稿したいと思います。

こちらもネタバレがあると面白くなくなってしまう仕掛けのあるタイプの作品なので、そこら辺はぼかしていきたいと思います。

恐らく明日投稿できると思います。


感想や、雑談に、こんな本面白いよという事あれば感想欄にでも投げて頂けると励みになります。

何か書くのは面倒だという方は「いいね」ボタン押して頂けると、私がフフッてなりますのでよろしくお願いいたします。

では多分また明日。

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