108アゴタ・クリストフ『悪童日記』〈双子シリーズ三部作〉
予定ではもっと早く投下する予定でしたが、体調不良のためダメでした。
アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作の『ふたりの証拠』『第三の嘘』と続けて更新する予定です。
ネタバレすると面白さが本当に削がれるのでどうやって書こうかと悩んでいますが、作品自体は非常に面白いので是非読んで頂きたいです。
ここ数日雨がしとしとと降っており、気温は抑えめながらもどうしても不快指数的なものが上がっていたので、何か首回りにねっとりとした空気がまとわりついているような感じがしてあまり気持ちの良いものではない。
そして、先週定期テストが終わったので、休みの間に栞からお勧めされた本を読んでおいたから、早速感想を言おうと思って図書室の戸を引く。
「もいやんぷー」
「ぬまぁ……って詩織さんにいわれたからいってますけれど、何ですかこの挨拶……?」
「えーなんかいいじゃん! 可愛くてさぁ」
「カワイイ……ですかね?」
なんだか納得していない栞のことは無視して話を続ける。
「いやあ読んだよ! 読みましたよ! これ『悪童日記』! なんていうか悪童が過ぎるでしょ!」
栞はパァっと明るい顔をして「珍しく一気に読んで貰えたみたいですね! 気に入って貰えましたか!」というので「うん。メッチャハマった!」とわたしの声も弾む。
「私も『悪童日記』読んだの中学生になったばかりの頃だったのですが、今度出る明治書院の『精選 文学国語』という教科書に掲載されるようなので、久しぶりに読んだのですが、ラストはハッキリと覚えていたんですけれど、途中の話の流れは結構忘れちゃっていたので楽しく読めましたね。何というか凄い話ですよねー!」
「そうそう。悪童が過ぎるというか、もうあちこちで悪いことが悪いタイミングで起きてビックリするよね。ってか教科書に載せていいのこの話?」
「何でも監修していた先生の一人が、高校生相手にやる授業で『悪童日記』やると鉄板でウケるからという理由でねじ込んだそうなのですが、確かに分かりますねぇ。とにかく続きが気になりますもんね『悪童日記』は」
わたしはカバンから取り出した『悪童日記』を栞に返しながら「これって三部作って聞いたけれど、メッチャ綺麗に終わってない? 大丈夫なの? 続き読んでガッカリしたりしないかしらん?」と尋ねる。
「私も昔『悪童日記』読んだときに、続きがあるの気付かなかったので読んでいなかったのですが、この前詩織さんにお勧めする前に読んだのですよね。でも確かに上手く話が纏まっているのは間違いないんですよ。で、『悪童日記』は続きは読まない方がいいっていう方もいるぐらい何ですけれど、どんな結末が待っているにせよ、私は続きがある限りは読みたいと思うんですよね」
栞は『悪童日記』を撫でながら「本を買うことは、物語を読むと言うこと以上に体験を買う事といえると思うのですよね。映画にしても音楽にしても、エンタメ的消費というのは一つの側面であって、結局の所、自分が体験したことのない事に触れる機会に接する権利を買うというのが本質だと思うんです」そういって机の上に本を置く。
「アゴタ・クリストフはハンガリー動乱の時にスイスへと亡命した作家ですが、その後の民主化した時代には何度も郷里を訪れているので、亡命作家と言うよりは難民作家と呼ばれることが多いのですけれど、スイスって言語がドイツ語、英語、フランス語なんかを喋る人が多い多言語の国なんですよね。アゴタ・クリストフはたまたまフランス語を喋る地域に逃げたのですが、終生正しいフランス語が書けず読めず、物語をフランス語で書くにあたっては、辞書が手放せず、亡命後に生まれ育った子供達にフランス語を教えて貰いつつ作品を完成させていたそうです。母語ではないフランス語については最後まで敵性語だと語っていたというので、フランス語に対する馴染めなさと言うのはかなりのものだったようですね」
「でもさ、結局フランス語で書いて、それ出版社に送ったら出版されて、世界中に広まったんでしょ? すごくない?」
「そうですね。『悪童日記』もそれから後の第二作と三作目の話もそうなのですが、アゴタ・クリストフの実体験をあるていど元にしているそうです。ただ『悪童日記』を読んでみたら分かるとおり、あらゆる悪徳を何の躊躇いもなく行うという事をしていた訳では当然なくって、精々猫を吊して虐めたり、パンを盗んだりぐらいだったそうなんですが、戦時下の子供時代としては、そういう光景も確かに普通なのかも知れないですね」
「そうだよね……あの本のまんまの事していたらそりゃ捕まるし、死刑になってもおかしくないよね……でもさ、また話は戻るけれど、本当にこの後続き読んでも大丈夫なん? なんだか綺麗に完結した話題作の続編って大体ガッカリするようなイメージあるんだけれどさあ……」
栞はいつも通り下唇に指を当てて、うーんといいながら宙に視線を漂わせる「例えば、綺麗に完結しているのに続きどうするの? ってなった作品だと詩織さんにいまお貸ししている『三体』の第二部なんかが物凄く綺麗に終わっているんですが、第三部もしっかりと面白かったりします。単純なエンタメ作品と比べるのもちょっと難しい部分はありますが、実際の所さっきも言ったとおり『悪童日記』の続きを読むことによって余韻が壊されるかもという人もいますし、それも分かります。でもやはり、それがどうなるのか知りたいという好奇心っていうのは誰にも押さえつけられない喜びの一つだと思うのですよね。だから私は最後まで読みましたし、最後まで読んで良かったと思っています」
「まあ栞がそこまで言うんだったら実際面白いんだろうけれど、これだけの傑作の続きなのにパワーダウンとかしないのかな?」
「それがこの作家の凄い所何ですよね。『悪童日記』は六〇以上の断片からなっている、ぼくたちの日記を読むという体裁で話が進んでいく訳ですが、第二作の『ふたりの証拠』では一般的な本と同じく、もっと大きい単位で章分けがされています。日記を読むと言うよりは、作品を読むという感じですね。そしてタイトルも最後まで読むとなるほどと膝を打つこと間違いなし何ですが、手を変え品を変えという感じで話が進んでいくので、飽きるということがありません。何より最後まで読んだときの驚きというのは、正に体験を買うという行為そのものの本質があると思います。だから私は、人には無理にお勧めしませんが、読むことで楽しみが減ってしまうかどうかということに対しては、間違いなく『心配はない』と答えますね」
わたしも栞みたいに指を下唇に当てて、うーんと唸りながら「そっかあー。そんなにオススメなら読んでみたいかもなあー」というと、栞は自分のカバンの中から『ふたりの証拠』を取り出す。
「多分続きが気になるはずと思って持ってきていました。第三作目は『第三の嘘』という作品なんですけれど、一緒に持って行きますか?」
「うーん。そうねー。まあ本当に『悪童日記』並みに面白いんだったらわたしも一日か二日で読んじゃうと思うけれど、そんなに強烈な読書体験しちゃって、二人の悪に染まらないか凄く心配だわー」
栞は、ふふっと笑うと「それは心配のしすぎですよ。それに最後まで読んだとき、アゴタ・クリストフという作家の底の知れなさが味わえると思いますよ!」そういって二冊の本をわたしに差し出す。
「でもあれよね。『悪童日記』の二人組って本当に謎が多いよね。この本で出てくるキャラって一人も名前が着いているキャラいなかったよね」
「そうですね。それに一人称複数形の『ぼくら』という自称で最後まで書かれていて成功している作品って他に思いつかないですね。何にしても特異な本だと思います」
「そっかそっか。わたしも栞と体験を共有する事? したいから読んでみるよ! 何というか踏ん切り着いたし、悪童二人組のこの後の人生とかも気になるし、どんな結末になるにしても楽しむことが出来ると思う!」
「いいことだと思います! 私も度々いっていますが、本を読んだ感想を一緒に対面でいいあえる人がいるということほど幸せな事って中々ないと思うんですよね。『悪童日記』が辺りの秘密の体験の共有であるとしたら、私たちの体験の共有っていうのも中々得がたい体験だと思うのですよね」
「じゃあ読みましょう!」
わたしがそういって本を受け取ると、栞はとても、とても嬉しそうにしていた。
と、いうわけでアゴタ・クリストフ『悪童日記』でした。
比較的読まれた方も多いとは思うのですが、三部作なのは知らなかったなんて人も意外と多いようですので、私個人としては、もったいぶらずに続きを読まれることをお勧めいたします。
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