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107V・S・ナイポール『神秘な指圧師』

越境する作家であるナイポールのデビュー作である『神秘な指圧師』です。

読みやすくて面白い作品です。

 ここ数日の暑さは常軌を逸している。

 栞曰く「カラチより暑いってどういうことですか!」と珍しくイライラしていたけれど、カラチがどこなのか分からないのでなんともいえなかった。

 とりあえず辛そうな名前をしているので暑い所なのだろうと言うことだけは何となく分かった。


「まあね、わたしも暑いのはダメだけれど、栞はちょっと暑いのに弱すぎるわ」


「うーん、それでも三十度後半が続くと、三十二度ぐらいでもわりと涼しく感じてしまうぐらいには慣れたと思うのですが、慣れなくていいことに慣れるというのもなんなんですかね?」


「なんなんだろうね……。あっそうそう! 読みましたよ『三体』の第一巻! 分厚いと思ったけれど、最初の文革のシーンだけ辛かったけれど、後半はなんか凄いエンタメしてて楽しかったです、はい」


「その後に、第二部と第三部があって、両方とも上下巻構成ですけれど、続けてお渡ししましょうか?」


「むぐぅ……長いなあ……」


「因みに先日『三体X 観想之宙』というスピンオフが出ました……」


「んま!」


「でも三四〇頁ぐらいなんで、休みの日一日使えば読めるぐらいの厚さですね!」


「無理無理無理、カタツムリ!」


「なんですかそれ」


 とにかく、何とか続きを読もうかと闘士を燃やそうとしていたものの、更にスピンオフまであると聞かされたら、気が挫かれてしまった。


「いや……別に本当に一日で読む必要はないですから。でも途中まで読むと、続きが気になって一気に読んでしまえるタイプの作品ではあると思いますよ! 私もエンタメとかSFとかそんなに明るい訳ではないですけれど、なかなか読ませる展開で楽しかったですね」


「しょうなのぉ?」


「しょうなのぉー」


 二人してバカみたいな顔をして見つめ合ってしまったので、どちらからともいうことなく吹き出してしまった。


「ああ、そうそう。『三体』ではないですけれど、なかなかの面白ブックがあったのでお勧めしますよ!」


「えー分厚いのとか、お堅いのは嫌だなあー」


「まあまあ、とりあえずこの表紙を見てください! ジャジャーン!」


「ジャジャーンて」


 ニコニコ顔の栞が取り出した本は、一目見てそれと分かる怪しい笑顔をしたインド人が本を持っていて、やたらとトロピカッている……トロピカってるってなんだろう?

 まあそんな感じで椰子の木とか本とかが描いてある胡散臭い表紙であった。

 タイトルがまたキテいる。


「『神秘な指圧師』ぃー? なにそれ? なんかとにかく怪しい以外の感想が浮かんでこないんだけれど……」


 栞はニコニコ顔をキラキラ顔に変じて、ぐいと近寄ってくる。

 顔がちかい顔が近い……。


「そうなんですよ! 全部が全部胡散臭いものだけで構成されているのですよね! 大体タイトルもなんだコレとしかいいようないですが、まあ面白いです」


「なんか怪しい宗教の話なん?」


 栞は眼鏡をクイと持ち上げると「まあそういう一面もあります……」といった。


「とはいってもですね、この作者のV・S・ナイポールはノーベル賞に輝いた超一流の作家ではあるのですよ、わりと最近までご存命でしたし、なかなかこれはイカした本ですよ!」


「イカしたって……」


「まあまあ聞いてくださいよ。主人公がこの表紙のインド人なんですが、語り部はまた別にいて、最初ちょっとだけ躓くかも知れないですけれど、設定がまず面白いです。場所はナイポールの地元のトリニダード・ドバゴ! 名前は聞いたことあるかも知れないけれど、どこにあるのかは今ひとつよく分からない所ですが、英国領ですね。ナイポール自身の体験をいくらかいくらか反映させているらしいですが、ガネーシュという、一九三〇年代に子供時代を過ごしたインド人としてはそこそこの高等教育を受けていて、最初教師をするけれど、色々あって辞めて、その後指圧師になって、その後神秘家なんてよく分からない職業を名乗り、本を書いてはヒットさせ、最終的に議員先生になって、爵位までいただくという、胡散臭いサクセスストーリーなんですが、まあ色々と言っていることがおかしいのです」


「やっぱりおかしいのか……」


「漫画というか映画で『三丁目の夕日』ってあるじゃないですか。在りし日の昭和を思う、古き良き時代みたいな……。あれに対してこちらは古き悪しき時代としか言いようのないどうしようもない時代なんですね。インド人社会で、結婚したら旦那はまず奥さんのことを殴らないといけない。そうすれば奥さんは井戸端会議でみんなとその殴られた話を共有できる一人前の妻になるなんて話が出たりします」


「んま! 最悪じゃん!」


「最悪です……ですが、どうもこの作者の言うことは全面的には信用できないんですよね。とにかく話しているないようが適当の上に適当重ねたような超テキトーな語りです。もうここでやられますね」


「へーわたしも超テキトーだけれど、その人はそんなになんだ……」


「そうですねぇー詩織さん並みに適当かも知れないです」


「えっそこは否定してくれないの……」


 栞は何も聞こえないというように話を続けていく。


「どこかしら郷愁というかノスタルジーのある作品って好きなんですが、とにかくいい加減な話なんですよね。それともっとおかしかったり突っ込みどころとして浮かんでくるのが、比喩表現なんかなんですが、文学の楽しみって、自分が知らない遠い所に連れて行ってくれるっていうのが一つあると思うのですよね。例えば『マンゴーのように浮かない顔をして』とかいう表現が出てくるんですが、マンゴーって浮かばない顔なの!? ってなりません?」


「なりますん」


「よろしい。それから登場人物の解説がまた適当で、主人公のおばさんがゲップばかりしているので〈げっぷ女史〉と名付けた後、すぐに〈大げっぷ女史〉にしたり、この〈大げっぷ女史〉が連れていた女性がみんなから〈キング・ジョージ〉と呼ばれていたので、なるほど、この女の名前はキング・ジョージに違いない。なんていったりする訳ですが、女性の名前でキング・ジョージなんてある訳ないんですよね。凄い適当。あと指圧師時代の話で、脚に大怪我をした語り部が『トリニダードにいる医者はろくな者が居ない』と母親が強弁して、連れてこられたら適当な薬出して、これで良くなるなんていって、当然良くならなかったりと、まあ酷い酷い」


「そこまで適当だと逆に気になってくるわ……」


「そんなに適当なんですねぇー。詩織さんが読んでもかなり楽しめると思うのですよ」


「でもお厚いんでしょー……と思ったけれど、そんなに分厚くもないし、文章密度ががっつりとあるわけでもないか……」


「まあ三〇〇ページぐらいなんですが、十二章に別れていて、それぞれ各章が二〇ページから五〇ページ弱なんで、一日に二章ずつ読むだけでも一週間かからずに無理なく読めちゃうんですねぇー!」


「んまぁお買い得!」


「テレフォンショッピングじゃないんですから!」


 栞が苦笑いしながら、本をコツコツと指で叩く。


「まあそうですね、これ解説まで読んでいただくとナイポールという人が、物凄く面倒くさい人だというのはよく分かるんですよね」


「へぇー……どんなん?」


「まあ自分で読んでくださいといいたい所ですが、まあネタバレにはならないと思うので言いますけれど、最初にナイポールの所に許可貰いに行ったら、こちらとあちらのエージェント同士でバチバチのやり合いになったそうで、ナイポール自身は英語圏ではもう有名作家でしたけれど、日本では当時まだノーベル賞も取っていないと言うことで、翻訳者が正直に『日本での知名度はそこまででもないのでこの条件で取引するのは難しい』といっておくったら、エージェントが滅茶苦茶に怒り狂って、作者にその手紙見せたら、交渉のプロでもないのに翻訳者なんかが首突っ込むなとお冠になってしまい、交渉決裂になりその後いつ出せるかどうかも分からない本を訳し続けるという地獄に陥ったとか……」


「面倒くさいおっさん……」


「まあそうですね。でもそれから大分経ってから日本に来たときに、直訴したら『あーそんなこともあったね。まあいいよ進めて』っていわれたそうなんで、このおじさんもテキトーではあるけれど、面倒くさい事も含めて人の良いおじさんではあったようですね」


「まあそうですなぁー難しい本じゃなければ読んでみますか! なんかトロピカってるし暑い日には丁度良いかもねー。折角だから一週間掛けて無理なく読んでみるよ」


「それから『三体』はどうします?」


「んー、むふふっ中々難しい質問ですなぁー!」


「まあそうですね。ゆっくり自分のペースで読んでも良いし、一気に時間の許す限り限界まで読んでも良いし、そもそも読まなくてもいいのが読書なんですから、まあ自分なりに楽しみ方見つけてください」


 読まなくてもいいという読書方法なんて言葉が栞の口から出てくるとは思わなかったけれど、わたしは知っている……。

 栞は面白い本があると、わたしに嬉々として勧めたがることと。

 そしてわたしが読みおわると本当に楽しそうにその感想を共有したがると言うことを……。 そうかぁ……読むかな本。

 そう思って窓の外に目をやると、窓の外の空気が蝋燭のようにトロトロと揺れていた。

 暑さを凌ぐのに家の外に出るのも何だし、涼しい所で読書に励むのもいいのかなぁ……と思った。

ナイポールはインドからの移民で、作品もインド人コミュニティーの事やヒンドゥー教の事などを中心に書かれています。

手に入りやすい作品としては岩波から出た(以前の訳は絶版)『ミゲル・ストリート』や『ある放浪者の半生』などがあります。

適当ばっかりぶっこいてる作家ですが、その言葉選びや推敲などは徹底的に行われていたようで、作者本人のことなどに触れると激怒されたといいます。

面白い作家で読みやすいのでご興味有れば是非。


ご感想や、突っ込み、その他雑談なんでもあれば書き込んで頂けると励みになります。

書き込む派面倒くさいけれどまあいいかなと思った方は「いいね」ボタン押して頂ければフフッてなりますのでよろしくお願いいたします。

折角有るのだから活用しようということで、活動報告の方になにか今読んでいる本なんか書いておきたいと思いますので気が向いた方はご覧になってください。

それでは比較的近いうちにまた。

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