106張渝歌『ブラック・ノイズ 荒聞』
台湾の作品も最近よく目にするようになりました。
ドラマ化が進んでいるようですが、恐らく文章で読むより映像で見た方が楽しめるエンタメ・ホラーだと思います。
たまにはこんな作品もいいかなということでご紹介します。
「まだギリ六月なのに、なんか暑くね?」
「図書室から一歩出たら、廊下が茹で上がっているような湿気と熱ですね……」
そんなこんなで、暑い暑いと盛んに叫んではみたものの、一言「暑い」という度に暑さが増していくような感じがしていて、大変よろしくない。
「この調子じゃ、八月九月と進んでいく度に暑さが増していくのではないですかね栞先生?」
「まあ、このまま進んで冬になれば気温が百度越えるみたいな使い古されたジョークを誘われるのも何ですが、なんだか九月になってもあまり気温が下がらないみたいな予想もあるようですね……」
「暑いよー! 何とかして! 服脱いでも限界あるでしょ!」
「そうですね……。下着まで全部脱いだ所で、皮膚まで剥がすことは出来ないですからね……冬の寒さに耐えるのは着込めば何とかなっても、暑さに耐えるには限界はありますよね……」
図書室の空調も電力逼迫だかなんだかで、切られてはいないものの温度はいつもより高めに設定してあり、鉄筋コンクリートの校舎は熱を溜め込むので、非常に暑い訳です。
「なんかこう……古典的だけれど怖い話でもして涼をとるとかなんかそういう裏技ないの? もう稲川淳二の動画見過ぎて、暗唱できるわ! ジブリじゃないんだからさ、もう!」
栞が薄らと汗で光る額をこちらに向けて、なんだか胡乱な目で「そぉぉぉですねぇー」とボンヤリ呟く。
ああ、そうだった。栞は暑さに極端に弱いんだった……。
「私はあんまりエンタメ作品読まないんですけれど、台湾で大ヒットしたサスペンス・ホラーっていうのならありますよ」
「台湾のホラー? 何それ珍しい」
「そうですね。最近マイナー言語の文学が流行っているので、その流れで呉明益をはじめとした台湾文学も結構日本に紹介されているんですが、結構鳴り物入りで紹介された作品がありますよ」
「へぇ! エンタメね、サスペンス・ホラー! いいじゃないですか!」
「ちょっと前に読み終わったのですけれど、詩織さん読んでみます?」
「どれどれどれよ」
「張渝歌『ブラック・ノイズ 荒聞』です。二〇一八年に発表されて大ヒットしたそうですよ」
「大ヒットいいじゃない! そういうの教えてよ!」
栞が鞄の中から緑色のジャングルみたいなイラストの描かれた本を取り出す。
帯には『リング』と『哭声/コクソン』を融合させた作品と地元メディアが絶賛なんて書いてある。
どっちもホラー映画でわたしも見たことあった。
なるほど、あれは結構面白かった記憶がある。
「私も『リング』の原作は読んだことないですけれど、小さい頃に映画見て怖かった記憶はありますね。怖かった記憶があるということは、出来がよかったって事なんでしょうけれど、続編は数重ねるに従って、なんだかネタ映画見たいな扱いになっているような気がしますけれど、まあいいでしょう。私だって夏場になればテレビでホラー映画ぐらいは見ますよ」
「ふぅん。で、どんな話なんよ?」
「帯に書いてある通りなんですが、日本統治時代の台湾にいたミナコという女の子の悪霊が出てきますよ……みたいな内容ですね。ここらへんはミステリー要素が非常に強いのであえて触れないでおきますが、中々複雑な構造をとっていて、怖いかどうかは別として謎解き要素は詩織さんなんかは楽しめるんじゃないですかね」
「あら? 歯にものが挟まったような言い方じゃないの」
「いえいえ。私はホラーの謎解き要素ってそんなに重視しないんですよね。どちらかというと理不尽な暴力に曝される。そしてそれをなんとか凌ぎきるみたいなギリギリのライン攻めたような作品が好きなので、謎解き要素はあった方がいいけれど、そこまで重視している訳ではないんですね。ここら辺は単純に趣味志向の話なので、あまり気にしないでください」
「えー。じゃあ面白くなかったの?」
「いえいえ、この作品の面白さは、台湾と戦時中の日本統治時代にあった事件。それから台湾原住民族のそれぞれの信仰や迷信が複雑に絡まったエスニックな所にあると思うのですよ。というか日本の読者からするとそこが一番美味しくいただける所だと思います」
「ほへーん。迷信ね?」
「日本語に台湾語に中国語に現地住民の言葉に……と色々出てきて、正直読みづらい部分があることは否めないのですが、翻訳者の方もそこはかなり苦労したようです。でも冒頭は中々惹かれる展開ではありますよ。主人公のタクシードライバーが、ドライバー仲間が集まる駐車場に放置されたタクシーを、まあ車上荒らしのように探る訳ですが、そこにカセットテープがあって、そこから日本語と台湾語が混ざった不思議な音声で、ミナコという名前が出てくるのですね。そこから始まるミステリーという訳なんですが、この作品は色んな視点で書かれているので、主人公的な人たちが何人も出てくるのですが、基本的に凄い生活が荒廃している人たちばかりで、タクシードライバーは貧困に喘いで、奥さんに暴力を振るうし、奥さんのお姉さんは大企業の二代目と結婚してお金には困っていないけれど、夫婦間によからぬ気配があるし、精神科に入院している台湾原住民の女性は、親に売られた少女売春の被害者だったりと、まあ中々荒れています。ホラー作品って基本的に何か人間関係に足りないものがあって、満たされない人たちの良からぬ部分から何かが忍び込むみたいな所があると思うのですが、人間関係の悪さは中々どうにいってますね」
「なんか重くね?」
「まあまあ、そういう重さは話が進むにつれて、色々と後々の展開に発展していく導火線になっているのですけれど、それよりも台湾の多層的文化方面に注目した方が楽しめると思います。台湾というと日本人にも人気の観光地ですけど、知らない文化や、先ほど言ったとおりに、色々な文化がごちゃ混ぜになっていて、そういったエスニックな部分が楽しみの目玉の部分だと思うんですよ!」
「ふーん。そんなに変わった感じなの?」
栞は真っ白いハンカチをポケットから取り出して、額を拭きながら「ええ、そうなんですよ」といって、ついでに眼鏡もふきふきする。
眼鏡をかけ直して、本をパラパラとめくりながら「文化だけじゃなくて、台湾の自然環境のダイナミズムみたいなものも描写されていて、そこら辺は楽しみの一つだと思いますねー」という。
「で、怖いんですかね、それ?」
んーと唸りながら宙に視線を漂わせると「まあそうですね、視覚的には非常に派手なタイプのホラー作品ですね。個人的には不穏な事が常に水面下を泳いでいるようなタイプの作品が好きなんですが、文化の差もあるのかも知れませんが、スンゴイ派手派手な超常現象が起きますね。私個人としては貴志祐介作品のような、例えば『悪の教典』とか『黒い家』なんて作品は詩織さんももしかしたら映画は見ているかもですが、人間のドス黒い悪意みたいな気持ち悪さの方が好きですけれど、幽霊だの悪霊だの超常現象が出てきた方が面白いという人には良いと思います。それはそうとしてドラマ化が進んでいるようですが、実際映像映えはすると思いますね」と言って本を閉じる。
「わたしは幽霊も好きだし、悪霊とかそういうのも割と楽しめる方かなー」
「そういう向きには楽しめると思いますよ! 先ほども言ったとおり、あくまで好みの問題ですからねー」
「わたしは派手派手に超常現象が起きた方が、非日常感というか、異世界にトリップしたみたいな感じがして好きだなあ。悪霊とか妖怪とか、なんか民俗学とかそういうの? 結構好きよ? あのほら『エクソシスト』とかあるじゃん。首がぐぐぐーってねじ切れるぐらい回ったりしたりとかそういう感じのさ、派手なのが分かりやすくていいかなあ」
栞はニヤッと笑うと「それなら是非お試しアレですよ!」といって、机の上をスベらせて本をこちらにやる。
「まあ確かに民俗学に興味がある人は台湾の土着信仰みたいな部分も凄い楽しめると思いますねーそれに舞台も十一月で、南国台湾だけれど凄い寒そうな描写とかも出てきますしね!」
「まあそれで涼しくなれば世話ないんだけれどなあ……」
「まあ、気分の問題と言う所も少なからずある……と、思いたいけれど暑いのはどうしようもないですからね……」
そういって熱い吐息を、ホーッと吐くと手元の携帯電話をススッとスベらせポツリと「三十八度……」と呟いた。
「やめて栞……数字は聞きたくない……」
「ごめんなさい……まあ聞きたくない、声が聞こえるみたいなテーマの作品ですから、そこはまあ一つ……」
「幽霊も熱中症を気にする時代か……」
そんなボンヤリと脳味噌が茹だった会話をして、二人して目を合わせて、力なく笑った。
「本当に怖いのは幽霊じゃなくて熱中症か……」
「まあそれは真実なのかも知れないですが……なんだか夢も希望もないような」
「悪霊が夢や希望を抱くのもなんか変な話ねぇ」
やっぱり二人とも頭の調子がどこかおかしいらしい。
栞は無言で立ち上がると、てくてくと歩いて行ってエアコンの気温をガッと下げ、また無言で戻ってきた……。
なんか栞さん、幽霊よりコエーなと思った……。
今月あと二回更新という目標を立てていたものの、一回だけしか更新できなかったわけです。
恥。
色々とネタは考えていたのですが、うまく結実しなかった感じです。
恥。
七月は少し時間をとって、お厚い大作小説なんかに取りかかってみたいと思います。
面白そうな本は買ってあるのですが、積んでしまっていてよくありません。
積ん読というのは日本独特の用語だそうです……。
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ではまた七月に。
あと読む方おられるか分かりませんが、七月から活動報告もたまに何か書いていこうと思いますので、気が向いたらよろしくお願いいたします。