104アブドゥルラザク・グルナ『パラダイス』
昨年11月のノーベル文学賞受賞から8ヶ月ぐらいが経ったでしょうか。
早い場合なら話題作だとわりあいこのぐらいのタイミングで英語のようなメジャー言語なら日本語訳でててもいいはずなのですが、まだ日本語で読めないという意味で、今のところプレミアム感有りそうな感じの題材です。
アブドゥルラザク・グルナって名前ですがインパクト有るけれど何度聞いても覚えられない!
そして同時代女性作家とか台湾の大ヒットエンタメとかを題材にして、早めに更新すると申しましたが嘘になりましたごめんなさい。
※ちょっと付け足し
何でも6月24日は世間的に見てUFOの日というヤツらしく、ライトノベルの『イリヤの空、UFOの夏』という作品が盛り上がるとかで、イラスト描いてくれた方に滅茶苦茶プッシュされて四年ほど前に購入したのですが、1巻七割ぐらい読んで止まってしまっていたので、また再挑戦してみようかと思うので、来年までに読み終わっていたら初のラノベ題材で書いてみたいと思います。
「うぃーっと! 詩織さんがやってきましたよーっと」
などと酔っ払った昭和のおじさんのようなことをいいながら、図書室に入ると、なんだか良い感じで冷え冷えに冷えている。
なんだか空気が重く感じるほどに湿って暑いのでこれは嬉しい。
電力不足とはいうものの、なんか他のクラスだか学年で暑さに負けてぶっ倒れた人がいたらしくて、節電に口うるさい先生も流石にトーンを落としたらしくて、結構ガッツリ冷房効かせてもあまりあーだこーだいわれなくなったのは嬉しい。
普段涼しそうな顔している栞も、暑さだけは本当にキライらしくて、わたしがギリ我慢できるかどうかと悩む温度でもぐったり萎れるので、これだけキンキンに冷えているのは栞が温度設定したからに違いない。
栞はいつも通り本に視線を落としていると思いきや、なんか勉強しているようだった。
「おや、栞センセ。図書室は読書を楽しむ場所だから、勉強するなら家でっていってたのに珍しいことですな!」
なんて声を掛けると、こめかみを拳でグリグリとやりながら顔を上げて「あら詩織さん。まあ勉強といえば勉強なんですが、一応読書をたしなんでいる所です……」等と仰った。
「いやあ、生まれて初めて海外の本の原書に手を出してみたのですが、これが結構ムズカシイのです!」
「海外! 原書! 海外の本、元々の国の言葉で読む人、生まれて初めて見た……」
「いやぁ比較的分かりやすくて、あまり凝った文章でもないからという話を伺いまして、英語の勉強にと思って取り組んでみたんですが、分かる所と分からない所と結構あって、自分の英語力のなさに無力感を感じていた所です……」
そういって、本の横に二、三冊積んである英和辞典の上に、パタンと閉じた辞書をもう一冊積み上げる。
「そんな、栞センセってば日本語訳で読めばいいじゃないですかぁー」
「それがですね、まだ日本語訳が一冊も出てないんですよ、この作家は……」
「なにそれ? そんなドマイナーな作者の本なんて面白いの?」
「ドマイナーといえばまあ日本ではそうなんですが、この人は九十四年にブッカー賞取っている上に二〇二一年のノーベル文学賞とった人なんですよ……」
ノーベル文学賞の発表は確か自分も栞の影響を受けてネットで見たような記憶がある。
元々文学なんてそんな知らないから、村上春樹がとるかなぁーという感じで見てたら、ネット配信のコメント欄に「日本人の人へ、村上春樹ではありません」って外人さんなのコメントが流れてきたのを覚えている。
ついでに、ネット・ニュースでも「誰?」ってコメントに溢れてたのを思い出した。
「ノーベル賞とる様な人の本でも編訳されてないなんて事あるのかあ……」
「あるんですぅ……。まあむかーしの受賞者なんかだと翻訳一度だけされて絶版なんて事あるんですが、ブッカー賞まで取っている現代の作家の本で翻訳されていないってのはちょっと意外でした」
そういって伸びをすると、ふぅーっと息を吐き出し「ンギギ」と唸っていた。
「で、なんて人なん?」
「アブドゥルラザク・グルナです。英文学の専門家の人たちの間でも、結構誰だってなったぐらいには本邦では知られてない作家ですねー。ブッカー賞ってイギリスの文学賞の中では最高の賞なんですけれど、カズオ・イシグロなんかも受賞していて、ノーベル賞受賞者の間でもブッカー賞受賞者って結構いるぐらいには権威のある賞何ですよねー。だけとあんまり知られていない……と」
「アブドラ……? イギリス人なのそれ?」
「はい。タンザニアのザンジバル島出身の作家で、イギリスへ移民して英語で著作しているという、ノーベル委員会が好きな、越境性を持った作家ですね。さっきあげたカズオ・イシグロと全く同じタイプの作家ですよ」
そして、これといって見せてくれた本は、黒人の少年が走り出しているような表紙のペーパーバックだった。
タイトルは流石に私でも読めた『PARADISE』である楽園? なのかな?
「タンザニアってアフリカだっけ? ザンジバルって何か聞いたことあるなぁ」
「えーとイギリスのロック・バンドで〈Queen〉っているじゃないですか。あのボーカルのフレディ・マーキュリーがザンジバル失神ですね。まああとは出身者ではないですが、世界史的にいうとサイイド・サイードがザンジバル統治とかしてましたねー」
「んま! 栞の口からフレディ・マーキュリーが出てくるとは思わなかったわ!」
「まあ映画の〈ボヘミアン・ラプソディー〉見たから知っている程度なんですけれど、詩織さんはお詳しいんですかね?」
「いやあ、わたしも映画とちょっとだけテレビで昔のコンサートみてちょっとだけハマったぐらいだからそんな詳しくない……でもあの映画凄いよね。知ってる曲ばっかり」
「そうそう。私でも知ってる曲が出てきて凄いなぁと思いましたね。で、話を元に戻しましょう」
「へい」
「まあ私の理解できた範囲なんで、ちょっと怪しいですが、ざっくりと設定見てみましょうか」
そういうと栞はノートを取り出す。でた、読書ノート! 多分わたしが一生書くことない奴!
「えーと時代は十九世紀後半から二十世紀前半の頃のタンザニアはザンジバルで、似たような設定の作品だとコンゴが舞台のコンラッドの『闇の奥』とかナイジェリアのアチェベの『崩れゆく絆』とかと同じですね。主人公ホテル経営者の息子のユスフ君です。あるとき唐突に父親から、お前は旅が好きだろ? だったらすぐいけほらいけ……といわれて、裕福な商人のアジズおじさんのキャラバンに加わります。まあどういうことかというとどうも奴隷として売られてしまったわけなんですね。そこに先輩となる少年のカリル君がいて、まあ一緒に働くわけでありんす」
「ありんす!?」
「でまあスルタンですね。支配者ぐらいの意味合いですか。その人が支配するタンザニア内部の奥地に隊商を組んで行く訳です。ここで結構脱落者が出たりする死の行進みたいな結構厳しい道のりなんですね。そうそう、彼らはイスラム教徒なんですが、フレディ・マーキュリーはゾロアスター教徒で、この支配から逃げるためにイギリスに移民したんでしたっけ。おっと脇道に逸れましたね……ワールドワイドな舞台なんですが、タンザニアはスワヒリ語話者が多いみたいですね。ここら辺支配していたのがオマーン人達で、アラブの商人達やインド人とかまあ人種の坩堝というか混沌としている場所です。まあ寄り道ついでにですがここら辺の人たちはオーストロネシア語族というそうなんですが、漢族ではない台湾の原住民族もオーストロネシア語族に属していて、この人達は昔マダガスカルまでに達していたらしくて……そういう繋がりがあるようです。昔の人凄いですね。大陸伝いにインド経由で移動していたようです」
「ほへー。単純にすげー」
「で、元に戻しましょう。時代的には帝国主義の時代なのでイギリス人やフランス人。それにドイツ人なんかもいて、宣教師も来ているという実に混沌とした世界です。彼らからすると原住民族は野蛮人なんですね。で、まあキャラバンの隊長がモハメッド・アブダラという名前からしてバリバリのムスリムなんですが、あだ名はデーモンとかいわれてて、野蛮人達を無茶苦茶差別するんですよ。で、原住民族は一夫多妻制なんですが、このモハメッドさんは彼らの風習として、ライオンを狩ってその……おちん……ペニスをですね、ペニスを食べた数だけ妻を得られるというシステムだというのですが、ここらへん差別フィルターが凄いので事実かどうかはちょっと分かりません。で、これだけでもヤヤコシイのにキリスト教の宣教師がやってきて、一夫多妻制は悪であると語ったり、文明の利器を広めていったりするわけです。ヤヤコシイ」
「おペニス……ヤヤコシイ……」
「で、ユスフ君ですが、スルタンの土地で庭園に滝が流れている光景を見て、ここが天国か! となるのですが、インド人から、そんなもんインドにあるよといわれて、天国はインドにあったのかとなったりするわけですよ。それからサイドストーリーですがユスフ君かなりの美少年なようで、ビューティフル・ボーイって呼ばれているんですが、おばさま達にやたらとモテて、またヤヤヤコシイことになったりするのですねぇー」
「混沌としているなあぁーで、で、最後はどうなるのよ!?」
腕を組んで「うーん。ぬぬぬぬぬぬ」とあんまり見ないようなうめき声を上げてノートを覗き込む。
「私に理解できたのはここまでで、それも合っているかどうか正直分からないのですよねぇ」
「ほぁーん……栞大センセでも最後まではいけなかったか……」
「センテンス毎に区切ると割と平易な文章だというのは理解できるのですが、纏めると混沌とした現場になってていて、ここら辺の越境性だとか少数派の坩堝だという部分がノーベル賞選考委員会のお好みにあったようなんじゃないかなと思うのですが、本当に今の所は私がかろうじて読み取れた……と思い込んでいるだけの部分なのであんまり信用しないでください……信頼できない語り手ですね……」
「なるほどにゃぁー」
「にゃぁーですね……」
腕を組んだまま難しげに「にゃぁーですね……」なんていうのでちょっと吹き出してしまった。
「んま! 笑うことないじゃないですか! 私も生まれて初めての原書への挑戦なんですから自信もないですよぉー……」
「いやーごめんごめん……英語の先生で誰か強そうな人に質問してみたら?」
それも「うーん」と唸りながら首を捻る。
「それが一番スマートな方法だとは思うのですが、勉強も兼ねてとあとは脳味噌に汗を流すような頭を使う読書体験ってたまには必要だと思うんですよね……分からないことはすぐに聞くって、実際の所重要なスキルではあるんですけれど、もうちょい一人で悩みたいなと……あっ! 詩織さんも一緒に悩みま……」
「せん」
ノータイムで答えたら栞がつまらなさそうなというかなんというかメチャクチャに渋い顔をする。
あー苦虫を噛みつぶしたようなってこういう表情なのか。
「うー……」
パシャ。
「えっ! なんで今写真撮ったんですか!?」
動揺する栞にスマートフォン向けつつ、もう一枚パシャりと撮影する。
「にゃっ!」
「えへへー面白い表情していたから、わたしの記憶のメモリーに刻んでおこうと思って……」
「記憶のメモリーってそんなサルサ・ソースみたいな……」
栞の例えが今ひとつよく分からなかったけれど、また渋い顔をする。
なんかイカにも頭を使った後の人という感じがするのでもう一度キャメラを向けると光の速さで手を押さえつけられた。
「記憶に刻むだけなら撮る必要ないじゃないですか!」
栞の抗議を笑いながら華麗に躱しつつ「消してください! 今私が見ている前で!」という声を無視してアハハーと笑ってスマートフォン様をひらひらと手を挙げて取られないようにする。
わたしのほうが栞より背が高いので、微妙に手が届かない。
そうして揉み合っている内に、空調ガンガン効いているのにハアハアとお互いに息が上がってくる。
暫くそうやった後にお互い冷静になって、いったん落ち着いた後に、わたし顔を紅潮させて息を荒げている栞の横に並んでもう一度パシャリと自撮りする。
「もう! また写真!」
「いやぁだってなんか着乱れしている栞ちょっとエッチだし記憶のメモリーに刻んでおこうと思ってさ」
といって笑うと栞は諦めた様子で熱い吐息を「ハァーッ」と大げさに吐き出す。
「もう分かりました。もういいですよもう……」
「まあ英語の本のお手伝いは出来ないけれど、がんばえーがんばえーって応援は出来るよ!」
栞はもうすっかり諦めた様子で「それでいいですよもう」といって、ブッと吹き出したので、二人して笑ってしまった。
と、いうわけで、色々と合っているのか合っていないんだかよくわからないストーリー紹介になりましたが、ブッカー賞とっているだけありまして、面白ブックだというのが大方の意見のようです。
なんかいつも通りまとまりのない話になりましたが、ベーベル賞受賞者という王道の作家の割には、邦訳がないという珍しい感じの本紹介になりましたが、とりあえずおとなしく座って邦訳を待ちたいと思います。
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あとそれは面倒くさいという向きの方は、よければ「いいね」していただけると、フフッてなるので、当方をフフってさせたい方はよろしくお願いいたします。
あとですね、毎回ご丁寧に誤字報告していただける方おられますが、本当にありがとうございます。
お前がよく見返して誤字出さないようにしろやと言われたらもう何も言い返せないのですが、助かっております。
今月はなんとかあと2,3回は更新したいです、うううううう!
いつも通り後書きがバカのように長くなったのでこの辺で!