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102ピラール・キンタナ『雌犬』

みんな大好き国書刊行会の大プッシュする近刊のピラール・キンタナ『雌犬』です。

面白いですよ。

高いけれど。

そんなこんなで、宣伝でも「映画を見るのと同じぐらいの時間と値段で楽しめるよ!」と推しているので、図書館にでも入っていれば是非御一読を。

 梅雨入りしたということで、暑さは一段落したもののなんだかジメジメとして鬱陶しいし、登下校するのにも雨に降られることが多くなって、朝から元々ないやる気がグンと減る。

 授業中もなんだかジメッとして、暑いんだか寒いんだかよく分からない空模様なので、カーディガンを脱いだり着たり忙しい。

 五月頃にはもう着ることはないだろうと封印したカーディガンを、また地獄の底から引っ張り出すだけでもなんだか一仕事だったのに、着ていても着ていなくても何となく不快なままなのはなんとも言いがたい怒りが沸いてくる。

 そんな鬱々とした授業が終わり図書室に向かう最中にも、カーディガンを脱ぐか着るかまよったまま、荷物になるのも面倒くさくなって、若干蒸し蒸しするなと思いつつ、季節感よく分から風体で華麗に着こなしている。

 図書室で先に本を読んでいる栞の隣に無言で座る。

 栞もなんだか本に集中していてこちらに特に気を向ける様子もないので、何となく悪戯したくなって、そのほっそりとした太股をパチーンと叩く。

 そりゃもうメロスが音高く殴れといったように良い感じの音を立ててパチーンと叩いた。

 『走れメロス』のネタが出てくる辺りわたしの文学的素養というか、インテリジェンスが垣間見られると思いねぇ。

 栞は「ふぁーっ!?」と間抜けな声を上げて椅子からまろびつ転げる。

 わたしはそれを見て「ふぁふぁふぁ! 油断したな!」というと眼鏡を大胆に鼻から転げ落とさせて「何がふぁふぁふぁですか!」と珍しく本気で怒ってくるので、それをみて逆になんか燃えてきて「いーじゃん太股の一つや二つ! 減るもんじゃなしに!」といってまた笑った。

「減ります! 減るものなんです!」


 と、憤りの声を上げつつも諦めたように、ふぅと一息ついて椅子に座り直す。


「栞さあー。こんな蒸し蒸しするのに黒スト穿いてて、肌にぺたーんってならない? わたしストッキング滅多に穿かないからよく分からないんだけれど……黒ストとかエロなん?」


 と聞くと「別にエロではないです!」とぷんすこと怒って手を振り上げる。

 わたしは、大げさにそれを避けるポーズをとりながら「ごめんごめん! でも栞の太股なんかしっとりとしてさらさらで触り心地よかったから、もうちょっとだけ舐めるように撫でても良い?」と聞くと「えっち!」と一言だけいってプンと顔を背ける。


 わたしは「ごめんごめん、栞ちゃーん」といってまた太股に手を伸ばしたけれど、ピシャッとたたき落とされてしまった。


「えろす!」


 割と最悪な感じの一言でバッサリと切り捨てられた。


「まあまあ、ごめんってば! ごめん! わたしったら湿気で脳味噌にカビ生えちゃったのかもなあー、ごめんってばぁー」


 といって手を合わせて謝ると「女の子同士でもセクハラは成立するんですからね!」といって叱られた。


「まあまあ、どうどう」


 そういって落ち着かせると栞の読んでいる本に水を向けた。

 本の話に話題を逸らせば大抵栞のご機嫌が取れるという安易な下心があったけれど、まあ上手くいったようで、本をパタンと閉じると、わたしの鼻先に本の表紙をぐっと押し当ててくる。


「近い近い! 栞さん近いです!」


「本のタイトルをいってください!」


「えー……えっと……」


 といって掛けたこともない眼鏡を掛け直す、エア眼鏡を披露し……あ、栞の真似です。はい。

 タイトルを読む。タイトルは……。


「えーと『雌犬』?」


「英語訳だと『ザ・ビッチ』です! 詩織さんの事です!」


 ツーンとした口調で栞はそういう。


「あれ? 聞いた話だけれど英語でビッチって、日本人が思っているより大分重い感じの表現とかなんとか……」


「今の詩織さんにお似合いです!」


 そういって、わたしの手元に本をスベらせてくる。


「ピラール・キンタナの『雌犬』です。最近出たばっかりですね。コロンビアの女流作家で三十九歳以下の傑出したラテンアメリカの作家三十九人に三十九の時に選出された程の実力派です。コロンビアというとガブリエル・ガルシア=マルケスが何をおいても一番の作家として出てきますが、キンタナは現代を生きるコロンビア文学の旗手ですね」


「はぁー女流作家ねぇ」


 そういってパラパラとめくると文章の密度自体はそんなでもないし、わたしの好きな薄い本だってので、栞のご機嫌とるためにも読んでみるかと思った。


「こういうジメジメとした天気の時に読むには丁度いい本ですね。読むのにもちゃんと集中すれば二時間もかからないと思いますので、映画一本見るつもりで読むと良いと思います」


 気を取り直したのか、ちょっとだけ怒りを収めてくれたようだ。


「うーん。あのなんだっけか? 魔術的……えーと……」


「魔術的リアリズムですか? そういうのとは全然違うリアリティのある話ですね」


「ふーん? どんな話なの?」


「まあ短い話なのでサクッと読んでいただければ早いんですが、一言で言うとそうですね……」


「はいはい」


「子供に恵まれなかった女性が、子供の代わりに育てた雌犬を殺すまで……です」


「あら。マジで一言……ってネタバレなのそれ?」


 栞は「はい」といいながら何かのおもちゃみたいにコクコクと頷く。


「でも、その結末を知ってていても中々衝撃を受ける話ですね。主人公はキンタナの過去の話がベースになっていて、田舎の港町で貧困に喘ぎながらも何とか生活している女性なんですが、子供が欲しかったのに女が乾く歳と言われる四〇までに子供が出来なかったんですね。で、あるとき犬を貰ってきて、その犬に自分が娘を産んだら付けようと思っていた名前を与えます。熱帯の密林の中でジメジメと雨が降り、海風にあらゆるものが荒らされていく風景描写は凄いですね」


「へー。確かに今の時期にぴったりかも……あーでも本の中でまでジメジメしたくないかも……」


 栞は「うふっ」と笑うと「大丈夫です。描写は湿っているのに文章はドライ。乾ききった文体で様々な事件を硬くリアリスティックに描写していきます。キンタナの過去の話がベースとなっているといいましたが、この実際に住んでいて暴力夫と過ごしていた場所での生活がどれだけ過酷だったか分かりますね。現実のキンタナはこの旦那から逃げた後十歳も年下の男性に出会い四十三の時に子供を授かっています」


「へーそりゃお目出度い」


「まあそんなこんなの港町の生活を静かに劇的に切り取った話ですね。キンタナはメスティソの血が入っているのですがね、裕福なだけど生後九ヶ月の時に離婚してしまった父の元、医者とか心理学者なんかの社会的地位のある仕事につくよう教育されるんですが、地元の名門女子校なんかはフェミニズムを掲げているものの、実際は女性に大人しさや貞淑さを求める学校で、活発に活動するのが好きだったキンタナは抑圧されたまま大学に入り、そのまま父の意向とは全く違う、書く仕事に就きたいと、テレビの台本や広告のコピーライトをする仕事に就きます。書く仕事ではあったけれど、五十七までの定年までこの仕事をしている事を考えたらゾッとするとなって、世界各地を回り期間労働者なんかやりつつ、本を書くんですね。で、この物語のモデルになったジャングルでの貧しい結婚生活では、パソコンに向かって何か書いていると旦那に殴られるとかそういったことが重なって飛び出るのですけれど、まあ出す本は全部高評価で、特にこの『雌犬』は国内のみならず海外でも様々な賞に輝く訳ですね。そうして今は精力的に作家活動をしているという訳ですが、ここら辺は本編読んだ後に後書きの解説を読むと理解度がぐーんと高まると思います」


「ほへー。なかなか壮絶な生活してるのねー」


「はい。帯にも書いてありますが、愛憎劇と書いてトロピカル・ゴシックなんて呼ばれていますが、まあジャングルの生活の中で味わう死生観は日本のものとは全く違いますね……と、いう訳で後は読んでのお楽しみ……です!」


 わたしは栞に散々悪戯した負い目もありつつも、活躍する女性というのもかっこよいよいと思ったので、素直に読むことにした。わたしの好きな薄い本だし……あ、これいうの二回目だった……。

 そうして大人しく本に視線を落とすと栞は満足げに笑みを浮かべているのが視線の端に捉えられた。

 そのまま集中し始めると、突然ぴしゃーん! という音が図書室に響き渡る。


「あっ! いったーい!」


 栞が突然わたしの太股をぺしーんと叩いてきたのだった。


「仕返しです! 私の事ばかり弄んだ罰です! それにムチムチした太股に校則違反ギリギリの丈の短いスカート! 誘ってるんですか! 教育的指導です! はいっ!」


 そういうとまたぴしゃーんと太股をメロスだかエロスだかのように音高く叩いてきた。


「図書室では静かに! 静かに!」


 そういって叩かれた所がしっとりと赤らんできたのを見て「栞ステイ! ステイ!」といって宥めた。栞は「詩織さんが悪いんですよ!」と悪戯っぽく笑ってまた手を振り上げた。


「わーっ!」


 といって身を反らしたけれど、次の一撃は来なかった。


「こういうことですよ! 己の欲さざる所は人に施すなと孔子様もおっしゃっているでしょう! 反省してください!」


「ごめんってば……わたしはまあ栞に太股触られてもまあ……っていうかさっきムチムチしているとかいわなかった? わたしの脚そんなに太い!?」


「エロスです!」


 そういわれたので、ぐぬーっとなったけれど、何か言い返すとまた怒られそうなので黙っていた。

 また窓の外の雨は強くなっていて、わたしたちが乾く歳になるまでにはまだ暫くかかりそうだと思った。

今回の目標は、作品を紹介しつつ、あまり長い台詞は使わないようにして、かつイチャイチャさせたい。

というようなことを目標としていましたが、やっぱり台詞は長くなりイチャイチャしているんだかしていないんだか分からない感じになってしまいましたが、紹介した本の方に興味を持って頂ければまあいいかなというところです。


毎回のことでなんですが、ご意見ご感想や、突っ込み、取り上げろという本があればお気軽にご感想頂ければ大変励みになります。

書き込みは面倒くさいけれどまあ良かったんじゃないの?

という向きの方は「いいね」推して頂けるとフフッとなるのでよろしくお願いいたします。


またこういうこと書くのもなんだかとは思ったのですが、ひっそりと宣伝いたしますと、コミケ100当選しておりました。

2022年8月13日(土)東地区"ペ"ブロック29bで書評集みたいな物お出ししておりますので、ご興味有りましたら足をお運び頂けると幸いです。

こんなことしているやつもいるのかぁーという、珍しい動物を見に来るような感じでお運び頂ければと思います。

では次はもうちょっと時間かかるかもしれませんが、また近刊の女性作家を取り上げたいと思っておりますので、その際にはまた御一読頂ければ幸いです。

ではあまり遅くならないうちに更新したいと思います。

ではでは。

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