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償い・決別

結構場面が変わります。ご了承ください




保有者ホルダーから……パンドラが……?」



 耳を疑うような真実をおうむ返しする将斗と琴禰はそこでようやく向かい合った。



「……保有者ホルダーがなぜ産まれるか知ってる? 私みたいなオリジナルを除いて、ナノマシン技術で産まれるの」



 食べ物も生活サイクルも、なにもかも管理され、そして研究員からは化け物呼ばわりされながら研究サンプルとして扱われる日々。


 人権が存在しない世界



「じゃあ………」



 俺の、兄貴の、千晶のパンドラは……



「おかしな話じゃないわ」



 試験管を見上げながら琴禰は返した。



「歴史には必ず死が隣接した。有名な医師・科学者の発見も誰かの死体があったから成り得たもの。


 なにかを得るために死という概念があるのだから」



 目眩をおこしそうになる将斗の両脇を双子が支える。



「何のために………」

「パンドラ・保有者ホルダー・ナノマシン………


 すべてはゼロ・ユートピアのため」



 紫音が口にした、謎のキーワードだ。



「それはパンドラの成れの果て。

 袋になにかを詰め込みすぎればそれは必ず破綻する。

 それと然り。ただの袋と違うとすれば、莫大なエネルギーを抑えきれずに弾けとぶこと。


 パンドラは今も世界中で互いを喰らっている」



 事務的な口調を一瞬だけ解くも琴禰は続ける。



「パンドラは1つで核弾頭以上の力を誇るエネルギーの塊。そんなのがいくつも、世界各地で起きたら………


 結果なんてわかるでしょう?


 生き延びるには認められた人物だけが提供された安住の地に逃げるしかない。


 だから私は……使徒の指示に従って、私と貴方が安心して暮らせるように動いてきたの」



 仮に核戦争が起こることを見越し、生き延びるためのシェルターがあったとする。シェルターに入れるのは核戦争の勃発者がパスを渡した人物のみ。



   貴方なら……どうする?



「将斗……使徒は、私の家族を安住の土地へつれてく権利も用意してるの。

 私と一緒になれば生きることができる。


 私の生きる希望の貴方に、死んでほしくない」



 琴禰は両手を広げ、将斗へと歩み寄ってきた。


 一歩、また一歩進むにつれ問答が繰り広げられる。



「……そのゼロ・ユートピアは必ず起きると保証できるのか?」

「……O2の書いたとされる文書があるの。随分古いものなのに、最近までの事件全て予想されてたのよ?

 ……逆に信じないほうが無理」



 マルフタ文書の存在に将斗は目を鋭くした。

 使徒とやらについてまでは詳しくわからない。だが文書を琴禰が読んだということはO2の魔の手はこんな身近にまで及んでいたということなのか。



「私は何も望まない。今の地位も価値が無いのだから……私はただ、将斗と一緒にいて、普通に生きていきたいだけ」

「それが普通と呼べるのか?」

「どう思うかは個人次第。私には将斗と一緒に家族でいられたら……それが普通の幸せなのだから」

「俺と一緒に生き残れたとしても……」



 将斗は真冬と雪見に目をやった。



「2人はどうなる」



 琴禰の両手が背中に回され、はだけた胸元に彼女の頭が押し当てられた。

 シャンプーのような香りが仄かに漂ってきて、鼻をくすぐる。

 頭にボンヤリともやがかかってきた。



「2人は私の駒でしかないわ。

 ……裏切った罰として、私達が生き残るための手段カードとして使う……今の私には将斗がいればそれでいいの」



 甘えた声で胸に頬を擦り付けてくる。回された手はもう二度と手放さないとばかりにシャツの後ろを力強く握り、密着した身体からは琴禰の高鳴る鼓動が伝わってきた。



 好きな人を守ろうと、気持ちを伝えようと必死で。



「……お願い……私と生きて……」



 今も、こうして告白し続けてくる。




「将斗……好きです……愛してます」




 シャツがさらに剥がされ、琴禰と密着している肌の面積が一気に広がる。



(真冬や雪見が見てんだぞ……?!!)



 羞恥心や熱から逃れようと身をよじる。しかし同時に、自分も服を脱ごうとする琴禰の耳が赤くなっているのを見て、「本当に拒んでいいのか?」と欲に溺れた自分が頭の中で囁いた。


 どこまでも一途で、将斗の事となると周りが見えなくなるくら い必死な彼女の、必死の告白。


 頭の靄が更に濃くなる。


 ここまで一生懸命な子なんだ。受け入れた方が良いと。


 ボンヤリした意識が、そんな事を告げてくる。


 琴禰だって守りたかった存在だ。そんな大切な人が、こうも求めてくれるのを、悪い気は……



 ――罰を受けなくてはならないのです――



 雪見の声が甦る。



 ――私は2人を友達だと思ってたけど――



 琴禰が初めて将斗に双子を紹介した時の言葉が。



 ――琴禰様の願いを1つでも多く叶えたい……――



 将斗に琴禰の気持ちを代弁した雪見の気持ちが。



 以前、看病してあげたとき紫音が見せてくれた笑顔が。



 鈴のように綺麗な音色を奏でて甦る。思い出す。



 手錠をされているので身動きは出来ない。だから緊張で震えそうになるのを懸命に堪えて将斗は目を閉じる。



「……将斗」



 琴禰の顔が将斗を見上げる。今にも唇が触れあいそうな距離だ。



 「……ごめんな……俺……お前についていけねーよ」



 冷たい空気は、室内温度が低いからだろうか。

 それとも琴禰の表情を目の当たりにしたからだろうか。



「どうして……」

「俺が知ってるお前は真冬達や、俺の家族や仲間を傷つけたりはしない」


「傷つけたって……! 私達には不要だから……!!」


「不要だとかそんな問題じゃない……俺が守りたい人は、今のお前じゃない……!」

「守らなくていいんだよ将斗は……私が守るんだから……!」

「俺が守りたい人がいるんだよ!! お前とは関係ない!!」



 将斗の心に残ってた琴禰という少女は。

 人を傷つけたり、自分の大切な人に銃口を向けたりなんかしない。


 彼女にとって友達で大切な人で家族であった真冬・雪見を道具扱いなんてしない!



「俺の知ってるお前は、2人を大切にしてた筈だろっ!!」



 誰かが息をのむような音をたてた。だがそれは少なくとも、目の前の琴禰のものではない。

 琴禰はこの室温に比例するかのごとく顔から徐々に表情を失っていったのだ。


 将斗の身体から腕が離され、驚愕とも唖然とも取れる表情で将斗を見る。2人の間は丁度1歩分開いている。



「その守りたい人って……ご家族だけじゃなくて、日下部紫音もいるの?」

「………」



 答えない将斗とのにらみ合いが続く。



「私といた方が確実なのに……あの子を選ぶの?」



 真冬と雪見が身構える気配を感じた。



「っ?!!」



 双子に気を取られ、自身の身体の異変に気づくのが遅れた。

 全身を這う、異様なまでの不快感。圧迫される心臓。呼吸を許さない気管支。


 琴禰の能力。ナノマシンへの攻撃の予兆だ。



「駄目ですっ!! 琴禰様!!」

「そんなことをしたら将斗がっ!!」



 手錠のせいで身動きが取れず、ただ胸からの苦しみにもがく将斗を庇うかのように双子があわてて止めようとする。


 しかし琴禰の甲高い声はそれを遮る。



「止めないでよ!! 私を裏切ったくせにっ!!!」

「だからってここで殺したら……!」

「殺さないわ。2人なんかと違って将斗はまだ知らないだけだもの!!」



 膝をついてその場に倒れる。呼吸もままならず、酸欠を起こして目の前の世界はぼやけ始めていた。


 焦ったようすの雪見と真冬。

 そして輪郭ははっきりとはないが、琴禰からは悲しみに光る何かが見えたような気がした。



「大丈夫だよ将斗……この後十分に思い知らせてあげるから……!! あの女を殺して、将斗には私しかいないことも……! もう私を裏切る人なんて誰もいないんだから……!!!」



 憎しみ。怒り。


 そんな負の感情がよく似合う声。



「将斗がいけないんだよ……私には将斗しかいないのに………」



 しかしそこに一抹の哀しみが見え隠れしているような気がしたとき、将斗の意識は暗い海の底に沈められた。



 ◇



「そう……じゃあそれがこちらの日下部紫音あなたの選択……なのですね」

『……やっぱり無茶でしょうか?』

「リスキーにも程がある」



 紫音と電話をしながら小夜はただ言葉だけを並べて行く。



「第一に作戦でもなんでもない。ただの真っ向勝負。仲間が傷付いてる今、それをやると不利なのはどっちかわかるはず」

『……ええ』

「次に紫音自身が危険に身をさらすことになる。能力でいえば向こうのが攻撃に向いているのだし」

『ですよね……』

「なにより………『貴女』は非合理的なところが強すぎる。そんなことをして何が解決するのか……」

『何が、なんてそんなの私にもわかりません』



 電話の向こうからはおかしく吹き出すような声が。



『私には大切な人達と過ごすために精一杯足掻く。それしか出来ないんです』

「…………では私からはこれ以上は言いません」

『本当にありがとう。小夜…………』



 小夜は返事もせず電話を切ると、ブレーメンの甲板デッキを降りた。



「精一杯足掻く……貴女らしいね。日下部紫音」



 ◇



「無理に動かないでください。琴禰様は加減はされたみたいですが、内出血が起きてもおかしくはないのですから」

「っ……やっぱりあれ、痛いな………」



 将斗に痛み止めを飲ませているのは雪見だった。



「将斗があんな無謀な挑発をするから」

「……あんなことを言われて悔しくないのかよ」



 雪見の手が止まる。琴禰からは双子が何者かによって造られたと聞いていた。



「最初は騙していたかもしれないが、お前達は琴禰が好きなんだろ。だから今まで…」

「もう……取り返しのつかないところまで来たんですよ」

「取り返しって………」

「言葉通りの意味なのです」



 将斗は仰向けの状態から頭だけずらして雪見を見た。



「なんで……」

「将斗。造られた保有者ホルダーの寿命が短いのはご存知ですか?

 薬で延命も出来ますし、造られた保有者ホルダーでも一部は違うそうですが……多くはあまり寿命が長くないのが特徴です」

「あ……お前……」



 ナノマシンで構築された肉体。

 まさか……



「ええ。真冬は運良く体質に恵まれましたが……私は普通の保有者ホルダーとしての寿命しか得られませんでした」



 顔からサーッと血が引く。

 目の前で普通に話せる彼女が短命なんて信じられなかった。



「将斗……私は以前に、遠くへ行くと話しましたよね」

「あれって……」

「ええ、私はもうあまり長くはない。だから琴禰様に罪を……最期の命を使うつもりです」



 死への恐れはない。

 あるのはただの悲しい思いだけなのか。

 雪見の目は潤んでこそいたものの恐怖で震え上がってる様子は見られなかった。



「だからって……恐くはないのか」

「貴方が琴禰様の夫として生涯を添い遂げるのであれば私はこの上なく幸せですから」



 琴禰を頼むと将斗に言ってきた雪見。


 自分の命が短いがために、あんなお節介を……?



「私達は造られた命ですが……琴禰様をお慕いする気持ちに嘘偽りはありません。

 将斗………」


 

 部屋を出て行こうとする雪見。


 それでいいのかと将斗は視線で訴えるが、雪見の決意は固く、振り向き様に



「琴禰様を……お願いします」



 そう言って微笑むのだった。



 ◇



「お願いします」



 一糸纏わぬ姿に長いタオルを巻き付け、雪見は双子の片割れへとお願いする。それを見つめる片割れの顔は苦々しくも決意を固めたかのようだった。



「……本当にいいのかよ。今で」

「いいのです……私にはこれしか償う手段はない」



 試験管の扉が開かれる。雪見はそこへと足を踏み入れた。


 タオルが床に落ちて、雪見の身体が露になる。両足と片腕、そして胸元は機械で出来ていた。


 液体を満たす液体に身を投じ、目を閉じる。

 試験管の液体の色が変わり始めた。やや緑がかったその液体の中の雪見と、試験管の向こうの真冬に話し合う術はない。


 だが、会話は成立していた。



「なんでお前も俺と同じ新融種ドールでないのか、短命でなくちゃならないのか、今でも納得できない………」


(私達は琴禰様に尽くすための存在として生を宿したのだから当然でしょう)


「俺達が人間として産まれてたら、って考えない日はなかった」


(人間でも保有者ホルダーでも、終わりはあります)


「お前は幸せだったのか?」


(……命の制限時間がわかるからこそ、私は生き甲斐を持つことができたのですよ)


「その生き甲斐が、たとえ切り捨てられる運命でもか」


(造られた命である私達が、琴禰様にあんなに執着するようになった……心を持った。そのことがどれだけ幸せなことか、私にはわかります)


「琴禰様は今のままじゃ独りだ」


(そうならないよう、貴方に託すのですよ。

 貴方は後悔しているのですか)



 まさか、と真冬は鼻で笑う。



「造られて命令されるだけだった命だ。それを変えてくれた琴禰様のためならたとえ地獄に落ちても後悔はしない。その点はお前と同じさ」



 双子の手は試験管のガラスの壁を隔てて重なり合う。



「……それに……俺も琴禰様には命つきるまで償うつもりだ」


(真冬……)



 雪見の目が薄く開いて、また閉じる。



(私達に心をくれた琴禰様に、そして私の選択を受け入れてくれた貴方に感謝します)


「将斗と琴禰様のことは任せろよ……


 ……俺もすぐ行く。だから……」



 答えない雪見に向かって、真冬は語りかけた。



「またな……姉ちゃん」




 ◇




 トラックの荷台に揺られながら紫音は目の前の兄妹と話をしていた。

 干渉で琴禰の居場所はわかっていた。意外と近くで、余市の山間部にある地区だ。



「今の君は……紫音ちゃんなんだよね」


 

 昴の念を押すような質問に紫音はにっこりと返す。



「ええ……心配をおかけしてごめんなさい」

「でもいいの? 紫音ちゃん」



 千晶は身体の大事を取って積み荷をベッド代わりに横になっている。



「心配ないよ、千晶ちゃん……将斗は闘える。私はそう信じてるから」



 千晶はまだ不安そうだ。



「でも……」

「ありがとう、心配してくれて。

 でも私も、将斗に闘いを押し付ける身勝手な人なの」



 千晶は兄に人を身勝手と嘆いていた。それを紫音は真っ向から肯定する。

 兄2人の身勝手さも、自身の身勝手さも。それらを受け入れている。



「……身勝手……か……」

「やっぱり身勝手だと信用できない?」



 千晶は隣の相棒を見て笑って見せる。



「自分の幸せ目的でこんな無茶な作戦に挑むんだから、私も身勝手の仲間入りだよ」



 千晶の声に呼応するかのごとく、まだ頭部の修理を終えてない白夜は瞳を光らせた。


 横たわる千晶の脇に座っていた昴が微笑みかける。



「決まったみたいだね。ならあとは、将斗の返事を聞こう」




 ◇



 鎖をどうにかしようと足掻くも、手足を繋がれた将斗には逃れる術がない。

 片手が使えるかピンがあればまた別だが………



「無駄だ。どのみち逃げ道はないんだよ」



 扉が開く音と共に真冬が入ってきた。



「真冬……」

「諦めて琴禰様と…」

「お前はそれでいいのか」



 真冬は眉ひとつ動かさず将斗を見下ろした。



「駒扱いしかされない。あいつを慕ってたお前や雪見はいいのかよ」

「……お前はなにもわかってないんだよ」



 刀のように鋭利な目には何を考えてるのかわからないくらい、さまざまな感情が渦巻いている。



「俺と雪見はあの人を騙してきた。一緒にいながらも裏切ってきたんだ。もうこれしか残ってない」

「裏切ってきたって……お前と雪見の出生だろ?だがそれはお前達のせいじゃ……」

「お前は大切な誰かに裏切られたことがあるのか?」



 その言葉は切れ味を増していた。



「独りじゃないと思ってた琴禰様がまた孤独に突き落とされて、泣き続けた姿をお前は知ってるのかよ」

「……それでも添い遂げるのがお前達には出来たんじゃないのか?」

「なぜそこまで拒む。お前のためにすべてを捨ててきたんだぞ……」



 真冬が詰め寄ってきた。琴禰のためとなると雪見同様真面目になるらしい。そういったところはやはり双子か。



「家族を見捨てることを強要されてどう受け入れろと言うんだ」

「家族とはいっても日下部紫音は別だろう」

「そんなんだから、ついてくわけにはいかねえんだ」

「わからないな……なぜそこまであの子に拘る。琴禰様よりも魅力的とは思えないが……」

「問題は魅力の有無じゃない」

「ならなぜ琴禰様を受け入れない!!」



 息をあらげ、今にも掴みかかってきそうな真冬に将斗は言い放った。



「お前達こそ、何で琴禰を叱り飛ばさねえんだよ。言いなりになってばかりでなんで1人にさせるんだよ!!」



 真冬の表情に変化が見られた。衝撃を受けたかのように顔中の筋肉を引きつらせ、将斗を食い入るかのように見る。



「黙れよ……!!」



 地団駄を踏んだ足は床に、大きな亀裂を作る。屋敷中が揺れそうな衝撃が走った。

 室内で微かに生まれた亀裂。それは将斗を繋ぐ鎖よ1本を衝撃の弾みで外す。

 だが、真冬はそれに気付かず将斗の胸ぐらをつかむ。


「ゼロ・ユートピアは間違いなく起きる! そうなれば何もかもを失うんだ!! だから……」

「それが間違ってんだろ!! それしか見えてないからお前達は何もしてこなかったんだろ!! 雪見だって、寿命を言い訳にして!!」

雪見あいつの……気持ちも知らないで!!」



 きっと将斗に手をあげるつもりだったのだろう。胸ぐらをつかむ手に力が込められる。



『将斗の意思は決まったみたいだね』



 急に機械越しの音声が屋敷に鳴り響いた。誰の声か。将斗にはすぐわかる。




『彼女についてく気なら見込みはなかったけど……

 君に帰る意志があるなら、僕らはいくらでも協力するよ。


      将斗       』




 刹那、部屋の壁が吹き飛ばされ爆風が真冬を入り口へと追いやる。

 無数の弾丸が真冬へとふりかかり、彼はそれを防ぐ事しかできなくなった。

 将斗の脇元にナイフが突き立てられる。赤い柄。

 兄のATCの対甲ブレードだ。


 片手が使える今、将斗はそれを取ることが出来る。


 鎖が切れ、自由になった身体をパーシヴァルが片手で抱える。俵を持ち上げるような抱え方に胸を圧迫され、「ぉえっ」と変な声を出してしまった。


 爆音を聞き付けて琴禰が部屋に駆けつけてきた。



「琴禰様! 下がってくれ!!」

「駄目よ、将斗が!!」



 悲痛な声に将斗は振り向こうとするも姿勢からしてそれは叶わない。物音から真冬を押し退けようとしているのだろうか。



(琴禰………)


「将斗……貴方まで私を裏切るの……?」



 涙まじりの訴えに胸が締め付けられそうになる。弟の心境を悟ってか昴が尋ねた。



『……どっちに転んでも後には引けないよ』

「……ああ。わかってる。兄貴」

『君は彼女と闘えるのかい?』



 前までなら頷くことは出来なかった。

 迷い、判断を先伸ばしにしてきた。

 彼女も守りたい存在だったから。

 だが彼女は目的のためなら皆を傷付け、見捨てようとしている。

 現に千晶も昴も紫音さえも傷付けてきた。



「……当たり前だ」



 そう伝えると昴が笑ったような気がした。



『良く言ってくれた』

「逃がすかよ……!!」



 真冬が刀を抜いて飛びかかってきた。しかし片手はまだ修復が終わってないからか昴が持つヘカートの銃身で防ぐことができる。

 脅威は真冬だけではない。琴禰の視界に自分達が写る限り、能力のリスクは付きまとってくるだろう。



 ギャアアアアンッッ!!


「っ?!!」



 モーター音を響かせ真冬と昴の前に白銀のATCが割り込んできた。



「千晶っ!!」

『昴兄ぃ、前は私が』

『よしきた』



 昴達の前をキープしながら真冬に斬りかかる。琴禰が白夜を睨むも、白夜の動きが止まることはなかった。



「効かない……なんで……?!」

『悪いけどそのATCに今、妹は乗ってないんだ』



 遠隔操作。自律型ATCである白夜の特性だ。白夜が昴達の前にいる限り琴禰の視界は遮られる。

 とはいえ、千晶が乗ってるわけでもないので普段のような動きは再現できないが。

 千晶が乗ってない以上白夜はパンドラを使えないし、昴も傷に障るのでこの場では期待出来ないのだが。


 まともに闘えるのは……


 昴が耳打ちしてくる。それを聞いて将斗は声を張り上げた。



「琴禰、真冬! 2時間後だ。2時間後、この町のK峠に俺は来る!!

 だから……」



 パーシヴァルがホバリングを始め、白夜は真冬達と向かい合ったまま後退を始める。



「そこで……全部終わりにしよう!!」



 将斗の奪還は成功。昴と千晶も無事に帰ってくることができた。


 真冬と琴禰を取り残して。



 ただ呆然と、ATCが去っていった方角を見つめる琴禰。その様子を真冬は悲しそうに見ていた。


将斗を無事奪還できました。将斗の心は琴禰から離れてしまいます。

真冬や雪見を捨てる意思を持った琴禰は外道に見えるかもしれませんが、誰かをただ守りたい意思は将斗達と通じるところがあります。

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