ep4 閃光
エリシアの剣が、淡く光を放っていた。
闇を断ち割るようなその輝きに、俺は思わず目を見開いた。
その刹那、影の動きが止まる。
剣から放たれる光が、周囲の黒を押し返していく。
たった一瞬だけ、世界がほんの少し――明るさを取り戻したように錯覚した。
「この世界に干渉するつもりか……」
影の声が、唸るように低く響く。
言葉とともに、一歩、後ろへ退いた。
まるでエリシアの力を測るかのように。
赤い瞳が揺れている。
それが観察なのか、警戒なのか、あるいは……もっと別の意図なのかはわからない。
ただ一つ、確かに感じたのは――
あれは、彼女を“見ている”。
だが、エリシアは微動だにしなかった。
鋭い視線で影を見据え、しなやかな動作でレイピアを構え直す。
その姿は、アニメや映画でしか見たことのない、洗練された戦士の動きそのものだった。
風が彼女の金色の髪をなびかせる。
その瞬間、彼女自身が光をまとっているかのように見えた。
影の気配が、微かに変化した。
全身の毛穴が逆立つような緊張が、皮膚を突き刺してくる。
そして、次の瞬間――
影が動いた。
腕が、黒い霧のように変形して一気に伸びる。
その先端は鋭い爪となり、獣が獲物を仕留めるような勢いで、真っ直ぐに彼女を狙って振り下ろされた。
「速い……!」
気づけば、俺はそう口にしていた。
でも――
エリシアは、まったく動揺を見せなかった。
左足を軸に、体を半歩だけくるりと回す。
その動きは、風のように軽やかで、まるで攻撃の軌道を読んでいたかのようだった。
漆黒の爪が地面に叩きつけられ、アスファルトが抉られる。
砕けた破片が弾け飛び、空気を震わせた。
エリシアは間合いを詰めると、レイピアを鋭く振るう。
その細身の刃が闇を裂き、閃光が走る。
剣先は、たしかに影の表面を捉えたように見えた。
だが、影の輪郭が曖昧に揺れ、寸前でそれを躱す。
「フン……なかなかの反応だ」
影が低く呟く。
それが嘲笑なのか賞賛なのか、判断できなかった。
赤い瞳が一瞬、光を強く帯びた。
直後、影の腕が再び変形し、今度は鋭い刃のように弧を描いてエリシアに迫る。
エリシアは即座に、レイピアを横に払い受け止めた。
金属と闇がぶつかり合い、重い衝撃音が響く。
その衝撃で生まれたエネルギーの波が、爆風のように広がった。
空に舞った瓦礫が、銃弾のように俺の方へ飛んでくる。
「……っ!」
反射的に身をすくめた。
でも、わかっていた。避けきれない。
その瞬間――
エリシアの視線が、鋭く動いた。
風のように軽やかな動きで、彼女の体が俺と瓦礫の間に割り込む。
銀の鎧が陽光を反射し、レイピアが一閃された。
「はぁっ!!」
カンッ! カンッ! カンッ!
金属音が連続して鳴り響く。
飛来した破片が、次々と弾き落とされていく。
その背中に、俺は息を呑んだ。
目を疑うような精度で――
塵のように小さな石片までも、エリシアは確実に斬り払っていた。
彼女の動きは、まるで舞を踊っているかのように優雅で美しかった。
そしてそのまま、レイピアを正面に構えて静止する。
「レオ、無事か?」
彼女は、振り返らなかった。
影から目を離すことなく、しかし確かに俺へと声をかけていた。
その声には、驚くほどの落ち着きと――
そして、どこか“信頼”が込められているように思えた。
……でも。
(待てよ……なんでこの人、俺の名前を知ってるんだ?)
頭の奥に、冷たい違和感が走った。
震える膝を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
けれど、意識は別の場所へ向かっていた。
初対面のはずなのに。
まるで俺のことを、最初から知っていたみたいに――自然に名前を呼んできた。
(どこかで会ったことがある……? いや、覚えてないだけか?)
(たまたま聞こえた名前を覚えてた? ……違う)
違う。
そうじゃない。
エリシアの声には、一切の迷いがなかった。
まるで当然のように。俺の名前を知っているのが“前提”であるかのように。
(まさか……事前に調べてた?)
(……いやいや、ストーカーじゃあるまいし)
バカな妄想を振り払うように、頭を軽く振る。
(違う。今はそんなことを考えてる場合じゃない)
そう、自分に言い聞かせる。
目の前にいる“それ”は、
どう考えても、この世界の理に属していない存在だ。
黒い靄のような身体。
空気を歪ませるように揺らめき、実体があるのかさえ曖昧で。
その中心にある赤い瞳だけが、すべてを見透かしているように輝いていた。
(現実じゃない……)
(でも、これが現実なんだ)
そんな非常識な空間の中で、
俺の目の前に現れて――そして俺を守ったエリシア。
彼女は、いったい何者なんだ。
金色の髪をなびかせ、銀の鎧をまとい、輝く剣を手に立つその姿は、
まるで――物語の中の英雄みたいだった。
東京の、この現実の中で。
あまりにも浮いていて、けれど、強く、美しく、そして――かわいかった。
でもここは、アニメの中じゃない。
ゲームの中でもない。
これは、俺の日常だったはずの――現実だ。
「レオ、今は考えてる暇はない」
エリシアの声が、鋭く響いた。
思考の波を断ち切るように。
そして、次の戦いが始まることを――俺に、告げていた。