第31話 恐怖のミホリー先生
スイカによるパニックから1週間と数日が経った。学園生活も3週目に入ったことで、1年生の間には明らかにたるんだ空気が漂い始めていた。
1年生の半分を占める、中等部やそれ以前からの生徒らはもちろん、もう半分の、高等部から学園にやって来た生徒らの中にも、悪い意味での慣れが出始めていた。特に授業中の私語と居眠りが目立っており、隣の教室から先生の注意する声が聞こえてくることもあった。この学園は優秀な生徒の集まる学園だと聞いていたが、結局緩む生徒は緩むし、真面目な生徒は真面目だし、そんなところは普通の高校と何ら変わりないのだった。
ただ俺たちのクラス、1―Cだけは違っていた。みんな授業中もお行儀がよく、私語や居眠りは一切なかった。俺はほとんど気を失っていたのだが、目がカッと開いたまま硬直しているだけなので、その失神がバレることもなかった。
なぜこのクラスだけが緩むことなくいられるのか。それはひとえにミホリー先生に怒られるのが怖すぎるからであった。
先週あるクラスメイトが授業中に居眠りをし、そのことがミホリー先生の耳に届いた。すると3時限目が終わり、休み時間が始まるタイミングで、鬼すら可愛くみえるような、恐ろしい形相をしたミホリー先生が教室に現れた。先生の怒りによって教室はガタガタと振動し、空気がピンと張り詰めた。休み時間に浮かれようとしていたクラスメイトたちは、一瞬にして過度の緊張感に襲われ、サイカやルルップ、メイでさえ、冷や汗をかいて息をのんだ。俺のみ意識がわずかしかないゆえ、一切の動揺を見せないのだった。ミホリー先生の後ろには、「文学」のカノン先生が立っていた。
「ハッピー・O・リッチさん。カノン先生からあなたが授業中に居眠りをしていたという報告を受けました。少しこちらへ来てください」
「ハッピーさん、ゆるしておくんなし。かわいそうやけど報告せんとバレてしもうたら、わちきがミホリー先生にえらい怒られちまいんす」
「さあ、ハッピーさん。来なさい」
ハッピー・O・リッチはハーピーだった。先生の威圧に恐れおののき取り乱してしまった彼女は、両肘から羽を出し、窓の外へと逃げ出そうとした。ちなみに1―Cの教室は2Fにある。
「反省もしていないようですね。これは指導が必要です。コチール」
先生の「コチール」は瞬時にハッピーの羽を凍結させ、飛行を不可能にした。そのまま先生に捕まり連れていかれたハッピーは、4限が始まる前に戻って来たのだが、全身の汗と震えが止まらず、顔もやつれ、生気が失われた状態だった。
「ハッピーちゃん!?大丈夫かいな!?先生に何されたん!?」
「言え……言えない……私は何も言えない……私は何も見てないし……何も聞いていない………」
「限界すぎやろ!」
メイはしゃがれた声のハッピーに「フチーユ」をかけ、回復を試みたが、あまり効果は現れなかった。4限「歴史」の授業の間にハッピーはずいぶんよくなったみたいだが、それ以降1―Cのクラスメイトに居眠りしようなどと考えるものはいなくなった。たとえ睡魔に襲われるときがあったとしても、あのハッピーの様子を思い出すと、目が冴てくるのだった。
「1年生全体が学園生活に慣れてきたことで、最近他のクラスでは私語や居眠り、遅刻が増えてきています。このクラスは大変優秀でそういった問題は見られないのですが、皆さんも気をつけるように」
朝のホームルーム、ミホリー先生の話をクラス全員が真剣に聞いていた。俺のみ机の上で、今日は金色のランプに閉じこもっていた。
「このたるみ始める時期に、ラン・フォンテーヌ学園高等部では毎年ある行事を開催しています。皆さん心してかかるように」
「先生、その行事とは何でしょうか」
「サイカさん。いい質問です」
世界一ふつうの質問だと思ったが、サイカは褒められていた。
「ある行事とは………」
クラスの空気がピンと張り詰める。この精神的にたるんでしまう時期に、高等部1年生が毎年行っている行事とは………
「カレー作りです」
ドンガラガッシャーン!!!!!
何かの訓練だとか厳しいものを予想し身構えていた1―Cは、一斉にコケた。カレー作りって、ごっつ楽しそうやないかい!
「何をコケているのですか。席に着いてください。はい。着きましたね。話を続けます。カレー作りは今週末の土曜日に行います。ただ皆さんにはそれまでに様々な準備をしてもらうこととなります。詳しくはこの後の1限で『生物』のカリーナ先生に説明していただきます」
キーン、コーン、カーン、コーン
そして「カレー作り」に対するクラスのざわめきが覚めやらぬまま、1限「生物」の授業が始まった。
「席に着けー。よし、では『生物』を始める。お前らミホリー先生に『カレー作り』のことは聞いたか」
生物担当カリーナ・ワイルド先生の属性は狩人だった。彼女は焼けた褐色の肌と端正な全身の筋肉に、内なる野性が押さえ込まれているようで、でもその抑制が察知されない余裕を常に湛えている、渋くてかっこいい女性だった。剛健かつ品のあるボディの上には、小さな顔に、薄い金色の長い髪が細く1つにくくられており、虹彩の青は、一切の不純物の入り混じることを是としない、宝石だった。
「『カレー作り』に向けて、お前らには食料の調達をしてもらう。このクラスは30人いるな。『野菜班』12人、『スパイス』班13人、そして『肉班』5人に分かれてもらいたい」
「先生、それぞれの班の役割を、具体的に教えていただけないでしょうか」
教室最前列の真ん中、サイカの隣に座っている、丸い眼鏡をかけた黒髪おさげの女子高生が、先生に質問した。
「そうだな。それぞれの班について説明しよう」
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まず今日は水曜日で、「カレー作り」の開催が土曜日であることを確認したい。
「野菜班」 12人
明日木曜日の「生物」の授業で、学園所有の農場に行き、「シン・タマネギ」「陽キャロット」「伯爵いも」の3種類の野菜を収穫してもらいたい。
「スパイス班」 13人
明後日金曜日の「生物」の授業で、調合師の先生にも協力いただき、スパイスを生成・調合していく。
「肉班」 5人
明後日金曜日の放課後から土曜日の朝にかけて、学園の外へ「ビッグピッグ」の狩猟に出かける。1泊のキャンプをすることになり、スケジュール的にかなりハードなものになるだろうが、そこは了承してくれ。
なお自分が所属していない班が活動をする時間帯は休みとする。寮に帰るなり教室で自習するなり好きに過ごしてくれ。
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「まず『肉班』の5人を先に決める。この班だけは危険が伴うため、ある程度戦闘能力のある者だけを参加可能としたい。このクラスに戦闘のできる者はいるか」
するとクラス全体の視線は、サイカ・メイ・ルルップ、そしてルルップの隣の机に置かれた、魔法のランプへ集まるのだった。




