第30話 「F」の意味
砕けた氷が月の光を受け、キラキラ反射する。透明で白く、そして青い光が、雲ひとつない満点の星空を背景に広がっていく。氷の礫の間からは、靄の緑と爽やかなグリーンが、濃淡を作って学園中に降り注ぐ。その様々に混合した光の爆発が、花火のようで、地上から見上げる俺とメイの表情と感情を照らした。
「きれいやなぁ。花火なんか王宮のおばあちゃんが出してくれたのを見て以来やわぁ」
「でも今回の花火は、俺とメイとサイカとルルップ、4人で作り出した花火だよ」
それから、解き放たれた治癒の雨は、流星群のように学園中へ降り注ぎ、彷徨うスイカ人間の姿を、次々元に戻していく。「プロジェクトF」の主たる任務は成功し、土曜日の混乱は幕を閉じた。
「『プロジェクトF』の『F』ってなんなん?」
「それはFreezeとかFlyとか色々あって……あとは………」
「分かった!Fireworkや!最初から花火になんの狙っとったとか、アリサ粋やなぁ~!」
「うん。でもこの『F』で一番重要なのは…………」
ヒューーーーーー
ズドオオォォォォン!!!!!
遥か上空から、バーサーカーのルルップが急速に落下してきて、重い衝撃音を轟かせながら無事着地した。それはこのフォルムでの耐久力が尋常でないことを表す光景だった。まだ右手には、かなり大きいはずの熊手がガッシリと握られていたが、ルルップの身体の肥大化によって、相対的に普通のサイズに見えた。
「ねぇ……あれ……噂のやつじゃない……?」
「待って?私たちここにいたら危ない?」
化け物じみたルルップの姿に、観衆は恐れと侮蔑の表情を見せた。彼女のギラつかせた目は視線の先が定まっておらず、いからせた肩が周囲に威圧感を与えている。ここからが「プロジェクトF」におけるサブミッションの山場である。
サイカがルルップの後を追い、ふわり優しく地上へ降り立った。自我を失ったルルップが、周囲の人だかりに手を掛けてしまうと一巻の終わりなので、サイカはすかさず熊手を取り上げ、渾身の台詞を解き放つ。
「あなたが暴走するのは武器を持ってるときだけだから、こうやって取り上げてしまえば何の心配もないわ~!」
「なんかめっちゃわざとらしない?」
サイカは俺の考えた台本通り、俺の用意した完璧な台詞を言い放った。武器を失ったルルップは、みるみる小さく萎んでいく。それに合わせてサイカもまた、人の姿へ戻っていった。
鬼の形相をした狂戦士と、巨大なドラゴンがいたところには、ツインテールの可愛い少女と、銀髪のたなびく美しい少女が、仲良く手を繋ぎ立っていた。それからサイカは反対の手に持っていた、熊手をルルップに返した。熊手を返してもらったルルップに再度暴走する気配はなく、やはり相当思い込まないと熊手を武器だと認識できないようだった。熊手はルルップが持つのに、丁度良かった。
サイカが俺の台本通り、台詞を続けた。
「こうやって武器を取り上げてしまえば、暴走をすぐに止めることができるし、相当強く武器だと思い込まない限り、変身してしまうこともないから、彼女はかなり安全で、怖がる必要も避ける必要も全くないってことが、これでとてもよく分かったわ~!しかも彼女は優しくて、思いやりのある素敵な子だから、とっても安心だわ~!」
「完璧な台本だ」
「なんぼわざとらしいねん!!」
だが歓声は上がった。
前代未聞のスイカによるパニックは鎮まり、学園は再び平和な休日を取り戻した。スイカ人間になっていた人たちに怪我や後遺症は一切なく、むしろ血流がよくなって手足のむくみが取れていたり、肌の質がよくなってできものが消えていたり、健康・美容におけるポジティブな効果が現れていた。「ウチもスイカに噛まれとけばよかった」などテキトーなことを言う女子中高生もいるほどで、そのノリの軽さが平和の証明だった。
「さすがサイカ様!!やっぱりあなたに付いていくしかないですわ!!」
「メイ様!!カッコよかったです!!魔法までお使いになれたなんて!!」
「ルルップちゃん!実は私あなたのこと避けてたの!ごめんね!今もホントはちょっと怖いけど、でももっとあなたのこと知りたい!」
「アリサって子も凄かったわよ。入学式で倒れた子よね。え!?『勇者学』受けてるの!?道理で凄いわけだ。で、アリサちゃんはどこにいるの?」
学園のヒーローとなった俺たちは、とんでもない量の群衆に囲まれていた。俺を凄いと言ってくれる人たちも多かったが、そもそもパニックの元凶が俺であるので、非常に複雑な気分になった。ただそれ以上に、群衆の中には当然女子高生も大量にいたので、俺はひょっとこのお面を着けて、顔を隠し、視野を遮ざるをえなかった。
「失礼します!メイズノンノ編集部です!創刊号は学園を救ったメイ様とそのお仲間の特集にしたいと思っております!是非4人の集合写真を撮影させていただけませんか!?」
「撮らなきゃ!学園の英雄!メイ様のお仲間!撮影しなきゃ!」
俺たち4人の写真が表紙となった、メイの専門雑誌「メイズノンノ」の創刊号は大変好評だったらしく、学園内の書店に平積みされたなり、瞬く間に売り切れて、即重版がかかったらしい。インタビューを受け、モデルとなった俺たちにも、そこそこ収入が入ってきたのだが、メイはそんなことよりも、友達と撮った何枚もの写真に、とても嬉しそうな表情を見せた。他の3人も初めてみんなで撮った写真に興奮していたのだが、俺だけひょっとこで素顔が隠れているのが、大変悔やまれるのだった。
集合写真の撮影中、メイが俺に1つ尋ねた。
「アリサ、結局『プロジェクトF』の『F』で一番大事な意味ってなんやったん?」
「あら、F〇〇kの『F』じゃないの?」
「サイカ、ホントにダメだよ。元生徒会長だからとか、学園のカリスマだからとかじゃなくて、ホントにダメだよ」
「ほんでアリサ、何の『F』なん?」
「それは…………」
「もう1枚いきますよ!!今度はもっと笑ってください!!ハイ!!チーズ!!」
「Friendの『F』だよ」
パニックが終息し、4人の英雄に沸き立つ群衆の外側で、ユイ先生、ミホリー先生、ナンノさんが話している。
「アリサさん、剣術が達者ということでうちの『勇者学』に来たみたいだけど、魔法の能力も凄まじかったわね」
「凄まじいとかそういう次元じゃないわ。異常よ。あんな魔法、今まで見たことない」
「偶然だけど、あの子がミホリーのクラスでよかったわ。あの子は私たちですら知らない異質な何かを持っている。2人ともこれから注意して見ていってね」
「分かったわナンノ。それにしても見てこのお肌!ピッチピチよ!」
「もう私たちは年なんだから、そんなことではしゃがないの」
「そんなこと言って~。ミポリンちょっと羨ましいんでしょ」
「うるさいわね!」
土曜日が騒がしくなったからか、次の日曜日は驚くほどに穏やかで、俺たちの学園生活はまだまだ始まったばかりであった。




