第23話 struggle or give up
はにわに焼き上げられた俺の横で、メイはアイリンさんに転性のことを尋ねた。
「アイリンさん。アイリンさんは転性したって聞きました」
「転性したわよ~。ヒョロヒョロの魔法使いだった私が、ムッキムキの魔法戦士に大変身!」
「アイリンさんは、なんで転性しようと思ったんですか?」
「憧れちゃったのよ~。パーティーや軍団の第一線に立って直接敵とぶつかり合う姿を、死ぬほどカッコいいって思っちゃったの!」
「分かります!めっちゃ分かりますそれ!」
「でも魔法使いは攻撃力も防御力もホントに伸びにくいから、周りには転性はムリだって言われたわ。私もできるかどうか半信半疑。確か小学校の5年生のときだったけど、それまで転性した人を見たこともなかったしね」
「やっぱそうですよね………」
「だけどもう何か、勝手にトレーニングを始めちゃうのよね。攻撃力と防御力を上げるため、まずは腕立て・腹筋・スクワットを何千回も何万回もやったわ。筋トレの後にはプロテインを飲んで、よく寝て体を休めて、また筋トレをする。それからダンベルを使ったり、体幹を始めたり、書物もたくさん読んで、どんどん効果的なトレーニングがどういうものか分かっていって…そういうことを3年間続けた結果、中2の春、転性士の人に認められて、魔法戦士に転性できたの」
「すごいですね……めちゃくちゃ努力したんですね………」
「やだ!なんか真面目な感じになっちゃったじゃなーい!!!もっと楽しいお話しましょうよ!!!」
「アイリンさん!」
メイは、決心で不安を誤魔化しながらアイリンさんの名前を呼び、わずかにためらいの様子を見せた。それからもう一度アイリンさんの目を離さないように、というより自分の決心がぐらつかないように、しかと顔を上げた。
「うちも転性したいと思ってるんです。うちはパラディンなんですけど、賢者になりたいんです。魔法を使って役に立ちたい。魔法で人を感動させたい」
クッキーを口へ運ぶ手を止めたアイリンさんは、しばらく固まった。それは、俺がはにわとして焼き固められたような、馬鹿でのんきな硬直ではなく、葛藤にエネルギーを集中させるため、他の身体機能を一時中断させたような、緊迫した硬直だった。しばしの停止の後、アイリンさんはもとの明るさに戻り、息をのんで見つめるメイに、キュートな仕草で指を振った。
「私はおすすめしないわ。パラディンでも十分ステキなんじゃないかしら」
なんだかんだ後押してくれるだろうと、無意識に思い込んでいたメイは、アイリンさんの現実的な回答にショックを受けた。
「な……なんでですか………うちも!うちも魔法のためなら、どんなに辛い修行だってできます!絶対に諦めずに鍛錬を続けられます!今だって!全然『コチール』を使えるようになれへんけど、挫けず練習を続けてます!」
「それだけの努力をしたって報われないのが転性なのよ。私が目指していた属性って何だと思う?『魔法戦士』じゃないわ。私は『戦士』になりたかったの。『戦士』になりたくてトレーニングを必死に続けて、これだけの筋肉を身に付けた。それでも『魔法戦士』にしか私はなれなかった。魔法が使える代わり、攻撃力や防御力で戦士に劣る『魔法戦士』にしか」
「で……でもアイリンさん……並の戦士より筋肉もあるし、攻撃力も防御力も高いんじゃ………」
「並の戦士に勝てたとしても限界があるの。いざ力比べをしたら、私はミツキと互角くらいだし、ルルップちゃんには及ばない。ミツキはスレンダーだし、ルルップちゃんはちっちゃいのにね。生まれながらの戦士や騎士とは筋肉の密度とか質とかが違うのよ。だから私は戦士になれなかった。攻撃・防御の伸びしろや上限を、転性士の人に認められなかった。転性ってそれくらい厳しいものなの。だからおすすめはできないわ」
「……………」
メイは黙り込んでしまった。真剣で重苦しい空気が、居間中に蔓延していた。アイリンさんとメイが次々と、つまんでは口に入れるクッキーの噛む音だけが、不釣り合いに響いた。俺は気まずいので、何も話せないはにわに変わり果てていて、むしろよかったと思った。
「すいません。いったん考えさせてください。クッキーありがとうございました」
そう言ってメイは部屋を後にした。俺も後を追おうとしたのだが、地味に重たいはにわの姿では身動きが取れず、じれったくその場に留まるしかなかった。そんな俺にアイリンさんは、クッキーを食べる手を止めて、今の雰囲気を謝罪した。
「ごめんね、アリサちゃん。暗い感じになっちゃったわね」
(そんな。謝らないでください。って言いたいけど喋れないや)
「やっぱり私にとって転性って辛いものだったから、つい冷たくしちゃった。反省だわ」
(よかった。返事しなくても話を続けてくれる。アイリンさん!元気出してください!)
「転性って、転性士っていう特別な属性の人に、能力とかを認められて、儀式を受けることでできるんだけどね、あなたは『戦士』に転性できませんって言われたときは、やっぱりかなり傷ついちゃったのよ。今までの努力はムダでしたって言われてるみたいで、辛かったわ」
(本当に厳しいものなんですね。たとえ魔法戦士でも、転性できたというだけで、アイリンさんはすごい人なんだという気がします)
「だから簡単に頑張れとは言えなかったの。下手すればメイちゃんの人生を壊しかねないもの」
(メイも自分のために言ってくれたということは、分かってると思いますよ)
「アリサちゃん」
(はい!?)
「それでもメイちゃんが、賢者になるために頑張るのなら、応援してあげてくれない?」
(いいんですか?)
「思い通りの結果にならないにしても、やっぱり努力はムダじゃないの。私は戦士になれなかったけど、今は世界で一番マッチョな魔法戦士になってやろうって思ってる。そんな新しい目標ができたのも、戦士になるために頑張ったからなのよ」
(既にだいぶマッチョな気がするけど……さらにマッチョな魔法戦士がこの世界にはまだいるのか?)
「それに憧れっていうのは簡単に抑え込むことができないの。魔法のことを話したときのメイちゃんの目、キラキラしてて本当に夢中になってるんだと思った。だからたぶんあのコ止まれないわ。もがくのも大変だけど、諦めるっていうのも相当難しいことなのよ」
(俺も女子高生の克服を諦められないです。はにわになったとしても)
「だからアリサちゃん、賢者になるため修行を続けるにしても、賢者になるのを諦めるにしても、メイちゃんはこれから大変な思いをすることになる。だからそばにいてあげてくれない?それだけでいいから。1人じゃないっていうことが、何よりも大切なの。私もミツキがいてくれたから、戦士になるのを諦めた後も、前を向くことができたから」
パリィィィィィン
はにわであった俺の体は粉々に砕け、中から本来の肉体を取り戻したアリサ・シンデレラーナが現れた。
「任せてください!メイは大事な友達ですから!」
そう言って俺が部屋を出ようとすると、アイリンさんは最後に1つだけと、俺を呼び止めた。
「最後1つだけ、『コチール』のコツは冷静でいることよ。メイちゃんは魔法に対してアツアツの情熱を持っちゃってるから、逆に上手くいってないのかも。1回心を落ち着けてみてって、言ってあげて」
「了解です!クッキーありがとうございました!また剣術の授業で!さようなら!」
「次は他のお菓子を作って待ってるわ♡またね、アリサちゃん」
俺はアイリンさんの部屋を出て、一度206号室に戻った。「帰ってくるの…遅いかも……」とリトスに怒られてしまいつつ、彼女が作ってくれた朝食の蒸し鶏を食べる。幸い(?)クッキーはほとんど食べていなかったので、お腹を空かせた状態で、おいしい料理にありつけた。
その後俺は、イタミヤスイカと杖を手に取り、再び「泉の塔」へ向かった。塔の頂上にはやはりメイがいて、熱意に溢れた瞳を煌めかせ、息を切らしながら、「コチール」の練習に明け暮れていた。メイは俺に気づくと顔を綻ばせ、「ごめんな」と言った。
「ほんま、先帰ってしもてごめん」
「賢者、諦めないんだね」
「諦めんの無理やったわ。てかアイリンさんの話聞いて、逆に迷いなくなったかもしれへん。やれるとこまでは頑張ろかなって。ほんでアリサ、それイタミヤスイカやん。アリサも回復魔法の練習?」
「そう!一緒に練習しようよ!『プチーユ』のコツ教えて!俺もアイリンさんから、『コチール』のコツ教えてもらってきたからさ」
「ほんまに!?嬉しいわ~。ありがとう!よっしゃ!一緒に練習しよか!」
そうして俺たちは、魔法の練習に取り掛かった。




