第22話 これしかないと思うもの
塔の頂上にたたずむメイは、雲ひとつない満天の星空を見上げていた。
3年前、メイは王宮直属のパラディンとして、中学生ながら第一線で活躍していた。パラディンの主な任務は王族の護衛で、特に都市間の移動に際しては、野生のモンスターや悪党による襲撃を直接防がなければならなかった。またパラディンの仕事はただ攻撃を防ぐだけでなく、共に戦う戦士や騎士らへ回復魔法をかけるという、幅広い対応を迫られるものであり、配属されて1、2年の者は、まず防御役に徹し、経験を積んでから回復も並行して行うようになるというのが通常であった。だがメイは天才だったので、最初から年長の大人にも引けを取らず、防御・回復を並行しながら優良に任務を遂行していった。すぐにメイの能力は認められ、半年も経たないうちに彼女は、王宮でもエース級の戦力になっていた。
パラディンとしてはこの上ないキャリアを送っていたメイだったが、それでも彼女はまだ中学生であった。周囲はみな大人で、任務中は円滑に状況を伝達しあえたとしても、雑談の場になったりすると、とたんに話が合わなくなった。また戦闘の現場に幾度も出て、さらにその才能が磨かれていったメイは、次第に大人の仲間を頼るのでなく、大人の仲間に頼られるようになっていった。任務で多々休むこともあったが、メイは当然中学校にも通わなければならなかった。平日は午前中から学校に行き、放課後と休日に任務をこなすという生活に、疲労がどんどん溜まっていった。それは体力的な疲れというより、精神的な疲弊だった。
ある平日の午後、学校から王宮へと向かう道の途中に、新しく娯楽施設ができていた。そこには写真を撮ることのできる魔法が込められた水晶と、記録した写真に文字やスタンプで加工を施せるペンが設置されており、加工した写真は最終的に、印刷して持って帰ることができるようだった。看板には「プリティー・マジック・ピクチャー・クラブ」と書かれており、そこに集まる女子中学生や女子高生は、「プリクラ」と略して呼んでいた。その場所は、時空を超えた秘密基地のようにキラキラと魅力的に見えたが、メイはその日も重大な任務を控えていたのだった。
次の日の学校は「プリクラ」の話でもちきりだった。教室ではクラスメイトが、昨日の写真を見せ合ったり、今日も一緒に行く約束がとりおこなわれたりしていたのだった。放課後、クラスメイトが友達同士で青春の記録を残している中、その日もメイは相も変わらず大人だらけの王宮へ行った。
仕事が終わり夜になると、メイにはいつも行く場所があった。王宮の隣にそびえる塔の頂上だ。もともとこの塔は見張りのために建設されたものなのだが、外敵探知の魔法に優れた賢者が王宮にやって来て、王都の周囲に魔法陣が張りめぐらされたことにより、この塔は役割を失い、ただ王都を眺めるだけの展望台に変わっていた。
ただしメイが好きなのは、王都を見晴らすことではなかった。塔の頂上に登ったメイは、そこから空を見上げるのだった。他の人より近い場所で空を仰ぐということが、疲弊しきった心を少し爽快にさせるような気がした。
「よかった。この塔にもまだ役割があったのね」
メイが満天の星空を見上げていると、1人のおばあさんが姿を現した。階段や梯子で上がって来た人の、息切れや筋肉の震えは無く、どうやら魔法の力を使って瞬間移動してきたようだ。
「おばあちゃん、外敵探知の魔法陣張ってる賢者の人ですか」
「そうよ。こんな若い子に知ってもらえて光栄だわ」
「そら知ってますよ。王宮では有名人じゃないですか」
「それはあなたも同じね。中学生で王様の護衛を任されるなんて、見たことない才能のパラディンだわ」
「ほんまですか………」
メイはおばあさんのその言葉を、ただ受け止めるというのではなく、だからといって拒否するというのでもなく、身体に吸い込まれる手前にとどめ、じっくりと吟味した。それからもう一度、星空を見上げた。
「うちあんまり今の仕事好きじゃないんです………」
「それはどうしてかしら」
「だってたまたまパラディンの才能があっただけで、好きでパラディンやってるわけじゃないし……周り大人ばっかりで、いい人たちでも世代違うし……中学生らしい遊びとかも全然できひんし……ほんまはプリクラとか撮りたいのに………」
「あなたは今の仕事じゃなくて、今の環境が辛いんじゃない?」
メイはそうかもしれないと思った。自分が青春を謳歌した後の大人であったとしたならば、今の仕事にも十分満足しているかもしれなかった。回復魔法をかけた仲間が元気になっていく様子を見ると、自分も嬉しくなるということが、これまで何度もあった。しかしそれは違うとも思った。メイはパラディンであることそのものに、強い違和感を確信していた。
「おばあちゃんは、今の仕事好きですか?」
「大好きよ。まず魔法が大好き。自分の想像力がキラキラの光になって、不思議な力を生み出していくの。そしてそれが人の役に立ってる。私にはこれしかないって思える、とっても大好きなお仕事よ」
「いいですね。うちは逆にこれじゃないって、ずっと思ってもうてます………」
「あなたはまだ中学生でしょ。大丈夫よ。きっと見つかるわ。これしかないって思えるものに出会えるときがきっと来る。それまでは目の前のことにがむしゃらになっておけばいいのよ。好きでも得意でもなくてもね」
「ほんまですか………」
「本当よ!元気を出して!といっても普通そんな簡単に元気は出ないわよね。私があなたにできることは………」
するとおばあさんはパッと消え、メイの隣につと現れた。キャラメル色の細い杖が、大切に手に握られていた。おばあさんはメイの顔を見て、優しく微笑みかけた後、夜空に向かってくるくるくると、その杖を回転させた。
「私は賢者だから、魔法使いほど強い攻撃魔法は覚えられないし、僧侶ほど効果の高い回復魔法も使えない。だけど賢者は魔法使いよりも僧侶よりも、1人で色んな魔法を覚えられるの。だから賢者の私はあなたに、こんなに綺麗なものを見せられる」
メイが見上げていた星空に、花火が打ち上げられた。魔法の光が色とりどりに、種類の豊富な花を咲かす。音の魔法もかけられて、ボン、ボンと轟くのが、一層花火の引力を強め、メイやおばあさんだけでなく、王都の人々の心を捕らえる。
「めっちゃきれい………」
無意識に言葉を零したメイに、ふと確信が訪れた。おばあさんの話の直後に、呆気なくやって来たものだから、メイは苦笑いをして、その情熱を受け入れた。
魔法。賢者。
メイはこれしかないというものに出会った。
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「ほんでそれからうちが目指してるんは、賢者に転性することやねん」
そうして俺は彼女のことを、さらに色々教えてもらった。契約が切れるタイミングだったから、中学校の卒業で、王宮の勤めも退いたこと。魔法の面でもレベルの高い、この学園に入学したこと。パラディンとして期待されすぎているのが、夢を語れない原因であること。だから魔法の練習を、身近な人に隠してきたこと。
「ほんでこの塔で魔法の練習してんねん。人も来うへんし。でもなかなか上手いこといかへんわ。まあパラディンに生まれたから、攻撃魔法ができひんのは当たり前やねんけど」
「メイ、ミツキさんの友達のアイリンさんって知ってる?」
「コチール」の練習をし、転性を目指しているメイにとって、アイリンさんはこの上ない相談相手だと思った。
「王宮行ってからお姉ちゃんとはほとんど喋ってへんねん。やからお姉ちゃんの友達も知らんわ~」
「魔法使いから魔法戦士に転性した人なんだよ。だから転性のこととか、『コチール』を唱えるコツとか教えてもらえるかもしれない。一緒にアイリンさんの部屋に行ってみようよ!」
俺たちは寮に戻り、「640号室」へと向かった。剣術の授業のとき、部屋番号は聞いていた。
ベルを鳴らしてしばらく待つと、部屋の扉が少し開いた。その隙間から覗かせた眼球は、俺の姿を捉えたなり、にっこり笑うまぶたの中に、そっと包み込まれていった。
「あら!アリサちゃんじゃない!来てくれたの!?嬉しいわ~!隣にいるのは誰かしら?えっ?ミツキの妹ちゃん?え~♡チョーかわいーじゃな~い♡ほら上がって上がって!クッキー焼いたから一緒に食べましょ♡」
「この人マッチョすぎひん?」とツッコむメイと一緒に、俺は居間へ案内された。それからテーブルに置かれたクッキーを1枚もらった。それは女子高生が焼いたクッキーだったので、俺の全身は激しい炎に包まれ、じっくり焼き上げられた俺は、はにわになっていた。




