しくじり革命
★★★★★★
突然の揺れに危うくバランスを崩しかけたが、俺は壁に手をついて持ち堪えた。
床が左向きに傾き、壁に掴まらないと立っていられない。
地震でも起きたのかと思ったが、すぐに考えを改める。
「……座礁したのか? まあいい」
そう呟いて、俺は船長室に繋がる扉に向き直った。
この奥にワァルはいるはずだと、俺は踏んでいる。
まさに突入しようとした瞬間、船が揺れたのである。
警戒しつつ、俺はドアノブに手を伸ばす。
しかし──
「……」
兵士としての勘が、何故かノブに触れるのを躊躇わせた。
俺は手を引っ込め、背を壁に貼り付ける。
近くに立てかけられていたモップを手に取り、先端をノブに近づける。
カチャ──
ノブにモップが触れる。
その瞬間、ドドドドドッと短い轟音が連続して鳴り響いたかと思えば、ドアが瞬く間に木屑になって飛んで行った。
モップも粉々に吹っ飛び、俺は小さく舌打ちする。
「ふぉぉぉぉおおおおおおおッ! 最っ高にイカすぜェェェェ!」
船室から響き渡る、狂ったような男の叫び。
俺は手鏡を取り出して中の様子を窺う。
めちゃくちゃに散らかった船室のど真ん中。
黄金に輝く怪物のような銃が設置され、そこにワァルと小男が張り付いていた。
あの銃の形、見間違えようがない。
回転式機関銃、地球での名はガトリング砲。
アメリカ合衆国の医師であり発明家、リチャード・ジョーダン・ガトリングの手により開発され、南北戦争や北越戦争で大きな戦果を挙げた、1800年代を代表する兵器である。
複数の銃身を束ね、手回し式のハンドルを回して発砲、排莢、装填を繰り返すことで、1分間に200発と驚異的な連射を可能にしている。
「次だ、アラン!」
「了解でさぁ!」
ワァルの声に合わせて、アランと呼ばれた小男が縦長のマガジンを装填する。
「オラァ! 出てこいよ坊主野郎! 回転式機関銃は無敵なんだよォォ! いくらてめーが強かろうがなァァァァ……人間が雨粒全てを避けられんように、こいつの銃弾の雨からは逃れられんのだァァァァッ!」
「さアさアいらっしゃいませェェェェ!」
異様にハイテンションなワァルとアランを鏡越しに眺めながら、俺は嘆息する。
まさかガトリングガンが出てくるとは思わなかった。
しかも、自分に穴を開けまくるなど正気の沙汰ではない。
「……クソが」
小声で悪態をつきながら、俺は冷静に状況を分析する。
ガトリング砲の欠点は、その重量にある。
砲架や弾倉、弾薬を除いても70キロを越える程だ。
そんなものを実質1人で扱っているのだから、俺に銃口を向けるだけでもひと苦労だろう。
加えて艦は現在、俺から見て左に傾いている。
本来なら、ガトリング砲は重力に負けて首を左に向けているはずだ。
そんな状態で、束ねられた銃口をこちらに向けているのだから、ワァルにかかっている負荷は相当なものだ。
「ラァ! オラァ! 来やがれってんだよクソゴミが! 今更怖気付いたってのか? 偉大な革命家に恐れをなしたってのかァァァァ⁉︎」
さっきから喚き続けているのは、その負荷を紛らわすためだろう。
だったら相手が機関銃だろうが、問題ない。
「ゴミクズが! 陰がそんなに好きなのか? ダンゴムシかてめえ! 出てこいヤァ!」
「……思い上がんな!」
俺は入り口の前に飛び出し、同時に鏡を投げつけた。
宝石で彩られた鏡はワァルの高い鼻をへし折り、大きく仰反らせる。
その隙に、俺は右方向へ駆け出した。
「ワァル様!」
「このォォ!」
すぐに持ち直し、ワァルはガトリング砲に飛びつくや否や、ハンドルを回して射撃を開始した。
俺のすぐ後ろで、壁や床が粉砕されていく音がする。
しかし銃弾は命中するどころか、俺の体を掠ることもなかった。
走りながら、横目で様子を窺う。
懸命に重力に逆らいながら、70キロを越える怪物を動かすワァルとアラン。
やはりというか、大変そうである。
意味のない同情を抱きつつ、俺はそのガトリングを中心に、船室に円を描くように突っ走った。
勢いを殺すことなく、あっという間に部屋の奥に到達する。
ガトリング砲も、辛うじてついてくる。
ワァルと目が合った。
「死ねぇ!」
機関銃を操作しながら咆えるワァル。
だが──
「うおぉッ⁉︎」
銃口が俺を捉えた瞬間、ついにガトリング砲とワァルが重力に負けた。
これまでにないスピードで照準が逸れ、ガトリング砲は左を向いたまま動かなくなる。
ワァルは叫びながら砲を動かそうとするが、何度も繰り返すがガトリングの重さは70キロ。
水平な床ならまだしも、傾いた床の上では到底動かせまい。
「あああぁぁぁぁあ! 動けえええ!」
砲を激しく叩きながら喚くワァル。
しかし、ガトリング砲はびくともしない。
そして、奴が晒した大きな隙を見逃す程、俺は甘くない。
床を蹴り、2人のテロリストへ急接近。
反社共の馬鹿面が眼前に迫る。
「ワァル様ァァァァ!」
「な……!」
小さな刃が、2人の身体をまとめて切り裂いた。
ぶっ倒れたワァルとアランは、斜めになった床を滑り落ちていく。
俺はガトリング砲を足場にして、冷めた目で奴らを見下ろしていた。
「……お前らを殺さん理由は、警察が逮捕させろとうるさいからだ」
ワァルとアランは、幻でも見ているような顔で自身の体についた傷を見つめている。
急所を外してはいるものの、少しでもずれればはらわたをぶち撒けていたであろう深い傷。
そこからどくどくと流れ出る血で、彼らの手は真っ赤に染まった。
「枷さえなければ、お前らみたいな何の生産性もねえカス野郎なんか一瞬で殺せるってことを覚えておけ」
「……」
ワァルとアランは何も言わなかった。
しかし、震えながらゆっくりと、己の血で染まった手を挙げた。
★★★★★★
ワァルとアランを警官隊に引き渡した後、俺は背の高い岩に腰掛けて、座礁した装甲艦を眺めていた。
船底を岩に抉られ、左に傾斜した装甲艦は、今やテロリストのものではなくなっていた。
ハンマーとカトラスが交差した"革命の旗"は降ろされ、乗組員達は警官隊に拘束されて連行されていく。
湖畔は縛り上げられ連行されるテロリストや、押収した武器や金品を運び出す警官が動き回っている。
俺はその中に、両脇を警官に挟まれて歩かされるワァルの姿を見つけた。
向こうも俺に気づいたようで、何か言おうと口を開きかけたが、警官に殴られて渋々歩き始めていた。
その姿を鼻で笑いつつ、俺は装甲艦に視線を戻す。
すると。
「おー! 緑! 無事だったか!」
手を振りながら、ゾーリが駆け寄ってきた。
俺は立ち上がり、岩から飛び降りる。
「酷くやられたみたいだな」
「あ? 完全勝利だっつーの。俺様はスカーフ野郎やクソカツラなんかにゃ負けねえんだよ」
ドンと胸を叩いて背を反らすゾーリの身体は傷だらけで、服には何ヶ所も血が滲んでいた。
俺は苦笑しながら、ゾーリの肩を叩く。
きょとんとする彼に、俺は微笑んだ。
「王都に戻ろう。約束通り美味い酒を飲んで、その後教会で花を捧げよう」
「……名案だ!」
湖に背を向けて、俺達は歩き出した。
仕事は終わった。
早いこと王都に戻らないと、トゥピラや須郷が心配する。
ファーミットはまだまだ終わらない。
むしろこれからだ。




