ソードピストルのベンドル
★★★★★★
警官と騎士、テロリストが入り乱れる甲板でも、俺のやることは変わらなかった。
振り下ろされた剣をナイフで弾き、敵の懐へ飛び込んで胸を刺突する。
すぐさま振り返り、槍を構えて突っ込んできた学生と相対。
突き出された槍をナイフで叩き折り、ただの棒となったそれを引っ張って学生を引き寄せる。
学生は咄嗟に腰のホルスターに手を伸ばそうとしたが、それより先にその手をナイフで刺した。
叫び声をあげる学生。
気配を察知し、俺は振り向きざまにクロスボウを発射する。
矢は、俺に銃の狙いをつけていた中年男の眉間に突き刺ささり、絶命させる。
学生の手からナイフを引き抜き、横凪に払って喉を開いた時だった。
「!」
強烈な殺気を感じ、俺は振り返る。
殺気の主は、階段をゆっくりと降りてくる背の高い男だった。
音楽家のようなかつらに、ふわふわの羽がついた三角帽。
いかついボディは黒を基調としたコートに覆われている。
警官と乗組員が大乱闘を繰り広げている中だというのに、船長のような格好のそいつは俺だけを真っ直ぐ見据えていた。
「……」
俺がナイフを逆手に構えると、相手も無言でカトラスの切先をこちらに向けてくる。
そのまま戦闘に突入する──かと思われたが、俺とそいつの間に何者かが割り込んできた。
ゾーリンゲンだ。
「ここは俺の出番だな。先行ってくれ」
相手の男は、突然の乱入者に不愉快そうな顔を向けたが、それに気づいているのかいないのか、ゾーリは楽しそうに肩を回す。
俺としてはありがたい申し出だった。
「……悪いな」
「終わったら酒でも奢れよ。約束だからな?」
──次々に死亡フラグを立てやがって。
少しの呆れを抱きつつも、俺は走り出した。
「……!」
俺の進路を塞ごうと、同時に飛び出すのっぽだったが──
「おっと」
ゾーリが斧を突き出して敵の足を止めさせるのが、横目に見えた。
彼の無事を祈りつつ、俺は甲板を駆け抜けて船室のドアを蹴破った。
呆然と立ち尽くす乗組員の喉を切り裂き、返り血を浴びながらそいつを投げ飛ばす。
カトラスで斬りかかろうとしていたテロリストを巻き込んで、乗組員の死体は床にぶっ倒れた。
「突入!」
警官隊も次々と船室に飛び込んでくる。
双方入り乱れた戦闘がここでも始まり、瞬く間に船室は混沌の場へと変貌した。
「警視庁をなめるなァーッ!」
「死にやがれ、糞官憲ンッ!」
乱戦の中でも、何人かの敵は俺を見失わなずに向かってきた。
振り下ろされた剣をかわし、過激派学生の手の甲を切りつける。
痛みで崩れ落ちる学生を尻目に、殴りかかってきた老人に張り手を見舞うと、そいつの顔面を近くにあった大砲に打ちつける。
倒れて動かなくなった老人を跨いで、俺は歩き出した。
乗組員の数は僅か。
警察と騎士に任せても大丈夫だろう。
「……どこにいやがる、クソ反社」
★★★★★★
ゾーリンゲンとベンドル艦長は、激しく剣と斧をぶつけ合う。
乱戦の中で、彼らの一騎討ちは特に激しく、1番目立っていた。
敵の間合いに踏み込み、ゾーリは斧を振り下ろす。
しかし、艦長は難なくそれを弾き、お返しと言わんばかりに顔面に向けて突きを放った。
ゾーリは首を傾げて串刺しは回避するが、頬が切れて血がつぅと流れる。
舌打ちして、立て続けに横薙ぎの斬撃を見舞うゾーリ。
しかし、ベンドル艦長のカトラスはそれを全て弾き返す。
「その剣は抜かんのか?」
「あ? うるせーな、抜けねえんだよ!」
「そうか」
ベンドルは顔色ひとつ変えずにカトラスを振り下ろし、ゾーリの左肩を斬りつけた。
うめき声を漏らし、後退るゾーリ。
絶対的な優勢であっても、ベンドルの顔色は変わらなかった。
「この野郎……!」
「……」
荒い息を吐きながら、ゾーリは相手を睨みつける。
──このデカ男、かなり戦い慣れてやがる……! そこらの雑魚とは段違いだぜ……。
俺を構え直しながら、ゾーリは相手に問いかける。
「おい、てめえ。そんないい腕しておきながら、何でこんな連中とつるんでやがんだ? 勿体ねえぜ。悪者の味方するくらいなら、冒険者にでもなって名を上げりゃいいじゃあねえかよ」
「…………的確な助言を有難う。だが、俺は悪者側の方が居心地がいい」
「マジで言っちゃってんのかてめえ!」
そう吐き捨てるが早いか、ゾーリは再び斬りかかった。
2、3度刃をぶつけ合い、2人は再び距離を取って睨み合う。
「ワァルの思想などどうでもいい。この国に混乱をもたらすという点で合意しているに過ぎん」
「……ンだと?」
「俺は混沌が好きだ。奴の革命思想は現に、王都を混乱に陥れている。混沌は争いを生み、それに乗じれば殺戮ができる。弱い者へ加虐したいんだよ。俺は、ワァルの言うところの『権威主義に甘えた愚民』を虐殺したい……。王都の民を皆殺しにする、最高の娯楽に興じたい」
初めて、艦長の表情が動いた。
笑っている。
愉しそうに唇を歪め、殺戮に興じる己の姿を想像しているのか、肩をふるふると震わせて荒く息を吐き始めた。
ゾーリの背に悪寒が走る。
同時に、奴への限りなく大きい嫌悪感が胸の底から沸いてきた。
「そうかよ……とんでもねえクソ野郎じゃあねえか!」
咆哮と共に飛び出すゾーリンゲン。
勢いに任せて斧をスイングするが、ベンドルのカトラスは容易にそれを受け止めた。
それでもゾーリは激しく斧を振るった。
ベンドルはやはり無表情で攻撃を打ち返す。
何度か打ち合った後、ベンドルは突然、カトラスの先端をゾーリの胸に向け、大股で迫ってきた。
眉をひそめ、ゾーリは後退する。
──いきなり何でぇ、この野郎……!
訝しみつつ、相手の武器を睨みつける。
そして気づいた。
カトラスの刃の付け根あたりに、穴の空いた筒が見える。
その筒の形は、緑が持っている銃の先っぽによく似ていた。
──まさか!
咄嗟に身を捻ったが、遅かった。
乾いた銃声が空気を震わせ、ゾーリの右胸に激痛が走る。
「が……ッ!」
「心臓への直撃は避けたか。やるな」
斧を落とし、穴が空いた右胸を押さえて崩れ落ちるゾーリに、ベンドルは再び切先を向ける。
鋭い刃と、己を見下ろす艦長の冷たい眼光を睨みつけながら、ゾーリはうめいた。
真っ先に口を突いたのは、悪態だった。
「ヒキョー者……がよぉ!」
「俺は剣闘士でも、まして騎士でもない。俺の戦いにルールなどない」
抑揚のない声で、艦長は言った。
「お前を始末した後は、お前の家族や友人を特定してやる。あの世から見ているお前に、愛する者の惨殺死体を見せつけてやる。墓に供えてやってもいい。ついでにその剣は売っぱらってやる。俺の酒代になれることをありがたく思うんだな」
「……!」
分かってはいた。
理解していた。
なのにゾーリは、今更この男の悪辣さに驚愕し、嫌悪感をますます増大させていた。
ベンドル艦長の声はまだ降ってくる。
「最期の言葉を言え。お前の家族友人に伝えなければならん」
「……いいぜ。耳かっぽじってよく聞きやがれ」
左手で胸を押さえながら、ゾーリはベンドル艦長の目を見据える。
さっきから動悸が激しいし、呼吸も苦しい。
ゾーリは荒い息を吐きながら、ゆっくりと話し始める。
「……スカーフ野郎の考えはどうでもいいぜ。革命とか勝手にやってろだ……。でも俺はな…………自分の勝手な考えを他の奴に押し付けて、世の中をめちゃくちゃにする奴は好きじゃあねえ。そして……それ以上によお──」
一瞬、ゾーリは言葉を切る。
訝しむように眉をひそめるベンドル。
直後、ゾーリは左手に溜まった大量の血を相手の顔面に投げつけた。
「うっ──!」
ベンドルの視界が真っ赤に染まり、他に何も見えなくなる。
ゾーリら傷口を押さえると見せかけて、手を受け皿にしていたのだ。
真っ赤な視界の中で、ゾーリンゲンの声が響き渡った。
「自分勝手な理由で、俺の大事なモンを傷つけようって野郎はゲロ吐く程嫌いなんだよ!」
ゾーリの拳が、ベンドルの顔面に飛んだ。
鼻が折れる嫌な感覚が、腕からゾーリの脳に伝わってくる。
ベンドル艦長は鼻を押さえながら数歩よろけたが、倒れる寸前で踏み止まった。
「この野郎……!」
「死ねバーカ!」
斧を拾い上げ、ゾーリは駆け出した。
目元を拭い、ベンドルはピストルソードの引き金を連続で引く。
これはただのソードピストルではなく、6連発のリボルバーとカトラスを複合させたものだ。
故に連射が可能なのである。
しかし、血と涙で狭まった視界と、軽い脳震盪を起こした頭では、逃げ回るゾーリンゲンの身体を撃ち抜くことはできなかった。
「おああああーッ!」
弾を撃ち尽くし、雄叫びをあげながら追い縋るベンドル。
ゾーリの後を追って階段を駆け上がり、操舵輪を挟んで睨み合う。
ゾーリは左方向に逃げようとするが、それに合わせてベンドル艦長が立ちはだかる。
「邪魔だ!」
操舵手を押し除け、向かってくるベンドル。
今度は右にステップを踏むゾーリだったが、すかさずベンドルも前に躍り出る。
ゾーリは左にフェイントを入れて、再度右に行こうとするが、ベンドルは引っ掛からなかった。
「「しゃらくせえ!」」
2人の声が重なり、操舵輪越しに得物をぶつけ合う。
しかし、形勢は完全に逆転していた。
ベンドルのカトラスは、ゾーリの錆びついた斧に弾き返された。
怒りの咆哮をあげながら、突きを放つベンドル。
その瞬間を、ゾーリは見逃さなかった。
「おらああああ! ゾーリンゲン様の即興技ァァァァーッ!」
舵輪に手をかけ、思い切り回す。
「連続舵輪アッパーカットォォォッ!」
回転する舵輪の突起部が、連続でベンドルの顎を打った。
空を見上げながら、ベンドル艦長は大きく後退る。
舵がきられたことで、装甲艦は旋回を始める。
船体は大きく傾斜し、ゾーリンゲンも思わずよろめいた。
そして、力が抜けたベンドルの身体も、倒れ込むようにしてゾーリに迫ってきた。
斧を構え、ゾーリは飛び出す。
「あばよッ!」
顔面に向けて、斧をスイングする。
刃は向けず、敢えて柄の部分で。
硬い手応えと共に、ベンドルは吹っ飛んだ。
歯がいくつも宙を舞い、鮮血がシャワーのようにアーチを描く。
白目を剥いたベンドルは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。
かつらは飛ばされて湖に没し、ベンドルの禿頭が露わになる。
ゾーリは斧を引きずるようにして奴に歩み寄ると、唾と共に吐き捨てた。
「……2度と面見せんじゃあねえぞ、クソカツラ」
その時だった。
突然艦が大きく揺れ、ゾーリはベンドルに覆い被さるようにして倒れる。
彼だけでなく、甲板で戦っていた警官や騎士、過激派連中も同様に、もつれるようにして倒れ込んだ。
そんな中でゾーリは、船底の方からバキバキベギァ……と何かが砕けるような音を聞いた。
「な、なんだってんだよ!」
八つ当たりするように甲板を殴り、ゾーリは立ち上がった。
辺りを見渡しても、広大な湖と陸地が見えるばかり。
ゾーリンゲンの小さな脳みそでは、何も理解できなかった。
この時ゾーリは気づいていなかったが、装甲艦『革命獅子号』は湖畔の岩場に乗り上げ、航行不能に陥っていた。
そしてこれは、ブランゴ・ワァル派の"革命"が阻止された瞬間でもあった。




