ブランゴ・ワァル派鎮圧作戦
★★★★★★
パレードを眺めていたトゥピラ達の耳にも、遠くで響いた爆発音は届いていた。
人々と共に振り返ると、王城の方から黒煙が立ち昇っている。
祭日に不似合いなその音と光景に、理解の追いつかない群衆はざわつき始める。
混乱が徐々に大きくなっていく中、トゥピラはぼそっと呟いた。
「何……?」
「城の方からッス」
顔を見合わせる冒険者達。
どうすべきか、皆迷っていた。
──彼1人を除いて。
「俺見てくる! お前らここにいろ!」
「あっ! ゾーリ!」
トゥピラの制止も聞かずに走り出すゾーリ。
行進するパレードの前を突っ切って反対側の歩道に渡り、波間を泳ぐように人混みを掻き分けていく。
「……ああ、もう!」
彼の背中に悪態をつき、「まあまあ」とニルナに宥められるトゥピラであった。
★★★★★★
燃え盛る建物と道を挟んで隣にある、2階建の民家。
俺はそこの2階の窓から、呆気に取られた様子で身を乗り出している痩せた男を睨みつけた。
手配書の人相と何ひとつ違わない。
奴こそブランゴ・ワァルだ。
「……あそこか」
ショルダーバッグの如く体に下げたクロスボウを手に取り、矢を装填する。
王都のど真ん中で銃を使うわけにはいかないし、何より弾の余裕がないからだ。
ワァルと、照準越しに目が合う。
「貴様ァァァァッ!」
叫びながらフリントロック式のピストルを向けてくるワァル。
──奴は冷静さを失っている上、あんな銃の命中率などたかが知れてる。確実に当たらん。
俺は動じることなく、クロスボウの引き金を引く。
放たれた矢はワァルの肩に深々と突き刺さり、彼を仰け反らせた。
それでも俺に突き刺した視線だけは外すことなく、激しく喚き立てた。
「ぼやぼやするな! 同志達よ、あの男を殺せ!」
その叫びに呼応し、玄関を蹴破って3人のテロリストが飛び出してくる。
全員ハンマーを手にし、口元をスカーフで覆っていた。
「あいつだ!」
「理想を否定する犬野郎め!」
「俺達が屈すると思ったら大間違いだ!」
ハンマーを振り上げ、襲いかかってくる3人。
声色から察するに、学生だろう。
昭和の日本を見てるみたいだ、なんて思いながら俺は矢を装填する。
「……バカなことしてねえで勉強しろよ」
そう呟きながら、発射。
矢は学生の左目に命中する。
残る2人は怯まずに突っ込んでくる。
俺は武器をナイフに持ち替え、白兵戦の構えを取った。
1人目が振り下ろしたハンマーをかわし、すれ違いざまに首の血管を切りつける。
首を押さえて倒れ込んだ学生を尻目に、怯んだ2人目の腹に突き刺す。
「おぐッ……⁉︎」
「……中途半端に政治に興味を持つからだ」
腹の痛みとよくわからない諭しに混乱する様子の学生。
俺は彼の腹を横一字に切り裂き、突き飛ばした。
力が抜けた学生の体は、地面に崩れ落ちて動かなくなる。
学生の亡骸を無感動に見下ろす俺の頭の中では、何週間か前の記憶が蘇っていた。
トル村の戦いの前、俺はコタノス伯爵と交渉して竜の血と炸裂弾を提供してもらった。
彼からの支援がなければ、間違いなく俺達は全滅していただろう。
その交渉の席で、コタノスは俺に見返りを求めてきた。
「……テロですか?」
「そうだ。要注意左翼団体、ブランゴ・ワァル派。一部の老人や学生からの支持を集めている。この国の非軍事化、他種族の過剰優遇、果ては議会や王政を解体して自分達が統治する革命政府を作ろうとしている」
コタノスは苦い顔をしながらそう言った。
フォルタブもいつもに増してオドオドしている。
「その危なっかしい連中が、テロを企てているようでね。決行日はファーミット当日。パレードに乱入して私を白昼堂々暗殺するつもりでいるらしい」
「……極左テロリストに狙われるくらい、実直な仕事をしておられるのですね」
「君も大概思想が強いな」
「……国益を害する奴が嫌いなだけです。国の利益に反することをするなら、右翼だろうと同罪ですよ」
メガネを押し上げながら、コタノスは小さく口角を上げる。
何か不吉なものを感じ、俺は思わず身構えた。
「見返りとはつまりね、私の警護を頼みたい。君の腕を見込んでのことだよ。テロリストを殲滅し、国益を害する者を排除してくれ」
──やっぱり。
無論、断るという選択肢は元よりない。
竜の血や炸裂弾という、俗に言えばチートアイテムを提供してもらう見返りとしては安い方だ。
それに、これからも鍵の破片絡みで手を組むであろうコタノスを失うわけにはいかない。
「……トル村から帰って来られたなら、引き受けましょう」
コタノスのメガネのレンズに映る俺は、自分でも驚く程の不敵な笑みを浮かべていた。
──この時、ターコイズブルー乱入5秒前。
学生の死体から目を離し、周囲の状況を確認する。
騎士達は避難する貴族達を警護している。
増援の警官隊も駆けつけ、逃げ回る民衆を誘導していた。
警察とデモ隊の全面衝突は収束しつつある。
盾とサーベルを手にした警官隊は、学生だろうが老人だろうが容赦なく叩きのめし、地面に倒れた後も激しく蹴り飛ばしていた。
貴族の騎士の一部も鎮圧に加わっており、勝ち目を完全に失った暴徒は散り散りになって逃走を始めていた。
乱戦の中、1人の警官が俺の目に留まった。
警視庁のオライス署長である。
デモ隊を指揮していた学生の胸ぐらを掴み、顔面を激しく殴りつけている。
哀れな学生は真っ赤に腫れた顔で泣きながら、必死に許しを乞うていた。
「ごべんなざい……ごべ……」
「おのれ、お前らフランソワ学園の連中だな。明日学生寮にガサ入れてやる」
そう悪態をついて学生を殴り飛ばし、部下に捕縛するよう指示するオライス。
警官達が学生を拘束するのを見届けると、彼は俺の方に駆け寄ってきた。
ブランゴ・ワァルがテロを企てていることは、警視庁も掴んでいた。
そのため、俺とコタノス伯爵は警視庁と手を組み、ワァル派の壊滅作戦を立案したのである。
部隊配置やら何ならで複雑だが、簡単に言えば敢えてテロを実行させ、万全の状態で迎え撃つという作戦だ。
敵を誘い出すだけでなく、連中の凶悪さを世間に知らしめ、世論を味方につけるという目的もある。
これで新聞も怖くない。
オライスが追いつくのとほぼ同時に、俺はワァルの潜む建物を指さした。
「ワァルはあの中です」
「わかった。ルーベル班と騎士は続け! 突入する!」
10人程の警官と、コタノスの騎士が5人呼びかけに応じ、駆け寄ってきた。
俺達は民家の壁にはりつき、窓から中の様子を窺う。
薄暗い民家の1階では、口元をスカーフで覆ったテロリスト達があたふたと動き回っている。
人間だけでなく、エルフの姿も見える。
「行け!」
オライスの号令で、警官隊は叫び声をあげながら民家に突入し、ワァル派の学生達に襲いかかる。
奇襲に慌てふためくテロリスト達だったが、そのままやられてくれるはずもなく、剣を抜いて反撃する。
剣がぶつかり合い、拳が飛び、押し合いへし合い。
狭い屋内での大乱闘だ。
オライス署長がサーベルを抜いて飛び込んでいく中、俺はクロスボウに矢を装填し、引き金を引いた。
矢は警官隊の顔と顔の間をすり抜け、過激派学生の額に突き刺さる。
乱戦の中での発砲(銃ではないが)は危険だとわかっている。
しかし、外す気がしないし、誤射する気もしない。
不思議と気分が高揚していた。
★★★★★★
ゾーリンゲンは呆然としていた。
「……何だあ、こりゃ?」
彼が目にしているのは、まさに戦場であった。
暴徒と警官が殴り合い、その傍で腕から血を流した子供が泣き叫んでいる。
貴族専用の席は空っぽになっており、怪我を負った人々がその陰に避難していた。
とても、祭典の日とは思えない地獄絵図。
元より蚊の脳程小さいゾーリンゲンの頭では処理が追いつかず、ただただ混乱するだけであった。
と、ゾーリの目にふらふらと千鳥足で歩いてくる男が留まった。
白い服にはべっとりと血が付着し、左目には小型の矢が突き刺さっている。
何故か、男は口元にスカーフを巻いていた。
怪我人、しかもかなり重傷だ。
冒険者ゾーリンゲンの体は、1人でに動いていた。
「おい、大丈夫か!」
「うぅ……」
「待っとけ、今すぐ病院に……」
男に駆け寄り、肩を貸そうとした時だった。
突然、男は右目でゾーリを睨みつけると、その喉笛に飛びかかってきた。
「冒険者ァッ! 死ねぇッ!」
「おわっ! 何しやがる!」
咄嗟に飛び退いて回避し、ゾーリは拳を叩き込む。
スカーフの男はそのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
唾を吐き捨て、倒れた男を指さすゾーリ。
「さてはてめえら悪者だな、スカーフ野郎! 祭りを台無しにしやがったのもてめえらだな!」
小さな小さな頭で頑張って導き出した結論。
それは、このスカーフ男は敵だということ。
「……あ?」
ふと、ゾーリは視界の端に1軒の民家を捉える。
なんとなく気になったので、駆け足で近寄り、窓から中を覗く。
先程の男と同じようにスカーフを口元に巻いた集団が、警官や騎士と殴り合っている。
ゾーリンゲンは思わず、驚きの声を漏らした。
「おおおっ……スカーフ野郎がいっぱいだ。しかも警察とやり合ってるってことは、まさしく敵だってことだ! こりゃあ、ぶちのめすのが楽しみだぜ!」
言いながら窓を離れ、ゾーリンゲンは男を倒した位置まで戻る。
軽く腕を回し、深呼吸。
直後、ゾーリは走り出していた。
無論、窓を突き破るためだ。
★★★★★★
警官隊の仕事は本当に手際がよかった。
テロリストをあっという間に制圧し、今や俺と共に最後の1人を包囲している。
俺達が取り囲んでいるのは、エルフの男1人。
しかし、奴は右手に炸裂弾を持っている。
迂闊に手が出せない。
「武器を捨てろ! 大人しく投降すれば刑期は短いぞ!」
「うるさい、動くな! 1歩でも近づいてみろ! 炸裂弾を床に叩きつけてやる!」
署長の言葉に応じることなく、エルフは炸裂弾を見せつけるように掲げる。
しかしその手は震えており、先程の叫びもどこかヤケクソであった。
その哀れな姿を見ていると、勝手に言葉が口をついて出た。
「……震えてるぜ?」
「う、うるさい! 理想のためなら命など惜しくは……」
「……覚悟もねえくせに、一丁前に戦争ごっこなんかやってんじゃあねえよ」
俺の目から放たれる、呆れと侮蔑の視線。
耐えきれなくなったのか、エルフの腕はさらに激しく震え始める。
その時だった。
「くたばれスカーフやろォォォォォォオオオオッ!」
ガラスが派手に割れ、何者かが中に飛び込んできた。
侵入者は脇目も振らずにエルフに襲いかかり、炸裂弾を奪うと頬に強烈なパンチを叩き込む。
その侵入者の顔を見た瞬間、俺の中でシリアスな空気が一気に弾け飛んだ。
「ゾーリ⁉︎」
「あ? ……って、お前緑か! 何してんだこんなところで?」
「お前こそ……いや、それはいい」
俺は倒れたエルフに歩み寄ると、その長髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。
半泣きのエルフに、もはや抵抗の意思はなかった。
「ワァルはどこだ? 2階か?」
「……地下通路で逃げました。そこの暖炉です……」
彼の声に被せるように、2階に向かっていた警官が階段の方から叫んだ。
「2階はもぬけの殻だ!」
「……マジらしいな」
エルフから手を離し、俺はゾーリに向き直る。
何が何だかわからない様子で、彼はきょとんとしていた。
「ゾーリ、お前から首突っ込んだんだ。責任持って付き合え」
「あ? よくわからんけど、もっとスカーフ野郎をぶちのめせるんなら一緒に行くぜ」
「それなら極上の喧嘩ができるぞ、覚悟しとけ」
【ブランゴ・ワァル派構成員】彼らの出自は様々である。しかしその大半は、政治経済の授業で爆睡するような若年層と後先短い老人で占められている。政治的に偏った団体にとって、少し誇張したことを吹き込むだけで怒り狂う情報弱者は良いカモなのである




