湖上の装甲艦
★★★★★★
──しくじった! しくじったしくじったしくじった!
──まさか、計画がダダ漏れだったというのか? 俺の完璧な浄化計画が! 何故漏れた? 一体何故……?
松明片手に地下通路を全力で駆けながら、ワァルは何度も自問する。
何日、いや何ヶ月、否、何年もかけて練ってきた計画は一瞬にして水泡に帰した。
あの変な坊主のせいで。
ワァルは、これまでに感じたことのない無力感と怒りを抱え、地下道を駆けた。
「ワァル様! 出口です!」
「おお!」
アランが指さす先は行き止まりであり、ワァル達が目指していたゴール。
天井から光が漏れ、ぶら下がった梯子を淡く照らしている。
梯子へ駆け寄り、ワァルは慌ただしい動きで登っていく。
そして、後に続く部下達へ叫んだ。
「我々はまだ終わっちゃあいない! 第2プランだ! 第2プランを発動する!」
★★★★★★
松明を持った警官を先頭に、俺と警官隊、そして騎士達は足早に地下通路を突き進む。
会話はほとんどなく、全員が羽虫が手を擦る音にもびくりと肩を震わす程に集中していた。
そんな中でも、ゾーリンゲンだけがブレることなくやかましかった。
「おお、暗い! 宝物でもあるんじゃあねえか? はーっはっは! 俺たちゃ洞窟探検隊! 天下無双最強無敵の──おわっ! なんだよこの穴! つまづいたじゃあねえかッ! 死ねよ!」
「……頼むから少し黙れ」
ため息混じりのその呟きは、彼に届くことはなかった。
何だか、警官達からの視線が痛い。
こんな奴連れてきて悪うござんした。
どれほど歩いたのかもわからないが、俺達はようやく出口に辿り着いた。
「行くぞ! 今度こそワァルを捕えるのだ!」
「「応ッ!」」
オライス署長の声ひとつで、警官隊は一斉に動き出す。
順番に、それでも素早く縄梯子を登っていく。
コタノス騎士団も彼らの後を追うように、続々と地上に上がって行った。
「冒険者として負けてらんねえな!」
肩をごきごき鳴らしてから、ゾーリンゲンは背中に下げた斧を手に取った。
狭いというのに斧を乱暴に振り回し、やる気満々の笑顔をこっちに向けてくる。
「うっしゃ、俺達も行こうぜ」
「ああ」
首肯し、1歩踏み出した時だった。
「た、大変です、署長ォォーッ!」
先行した警官の叫び声が、地下通路に響き渡った。
「どうしたぁ!」と叫びながら梯子を登っていく署長。
俺もゾーリと顔を見合わせ、揃って駆け出した。
今にも切れそうな縄梯子を上がりきり、空が眩しい地上へ飛び出す。
「!」
俺達がそこで目にしたのは、琵琶湖のように広大な湖と、そこに浮かぶ1隻の帆船だった。
見た目こそ木造帆船のそれだが、舷側に真っ黒な金属板が貼られ、そこからカノン砲が顔を出している。
前部甲板には2連装の回転砲塔が備え付けられ、それがこの船をかなり歪な形状にしていた。
俺の周囲では、警官や騎士達が呆気に取られて突っ立っている。
無理もない。
テロの主犯を追いかけて地下道を駆け、いざ地上に出てみれば、待っていたのは大砲を装備した怪物だったのだから。
「……馬鹿な。装甲艦だと?」
「オイオイオイ、冗談じゃあねえ……あれと戦うってのかよ!」
オライス署長の漏らした声に重ねて、ゾーリンゲンが喚いた。
皆が唖然とする中、俺はコタノスから貰った黄金の双眼鏡(ご丁寧に"ル島至高の貴族コタノス"なんて彫ってある)を取り出し、装甲艦の様子を観察する。
当然無人なはずがなく、多くの乗組員が甲板で蠢いていた。
その中には、拡声器を手にしたワァルの姿もあった。
「フハーッハッハッハ! 恐れ入ったか! これぞ我らが切り札、『革命獅子号』! 政府を墜とす、正義の獅子よ!」
湖畔にワァルの歓喜に満ちた叫びが響き渡る。
オライス署長が舌打ちが俺の耳に届いた。
「座礁した海軍の船が忽然と消えたと騒ぎになっていたが、まさか奴らの手に渡っていたとは……!」
署長はその後も忌々しげに何かを吐き捨てていたが、ワァルの次の言葉に掻き消される。
「我らが頼れる同志、武器商人アラン・エドワーズが仕入れた最新鋭の火器を搭載! さらに、弱っちい木造の舷側に装甲板を増設したことで、破格の攻撃力と防御力を同時に獲得した、最強の艦だ! 我々はこれよりハイリー河を下り、王都に裁きの砲弾を撃ち込む!」
べらべらとお喋りな男だ。
余裕の表れと言うべきか。
俺は顔をしかめ、双眼鏡を下ろした。
オライス署長が再度舌打ちし、雷の如く怒鳴った。
拡声器など握らずとも、その声は向こうの甲板を飛び越えて対岸まで届く程大きかった。
「ワァル貴様ァァァァ! 反戦主義者でありながら、戦争でも始めるつもりか!」
「ハナからそのつもりよ! 腐った権力を叩き潰すのが、革命家たる我々の使命! そのためなら、どのような戦いも正当化される! それを貴様ら、よくも邪魔してくれたな……! いいか、この代償は高くつくぞッ! 今すぐ支払え!」
その言葉を待っていたかのように、前部甲板の砲塔が動き始めた。
砲撃が始まろうとしている。
もうじき、この場の天気は雨になる。
砲弾の雨あられが、草地を抉るのだ。
いまだ突っ立っている警官や騎士、そしてゾーリンゲンに向かって叫び、駆け出した。
「……来るぞ! 散開!」
俺の叫びに突き飛ばされたかのように、警官隊や騎士団は一斉に走り出す。
皆がばらばらに距離を取り、それでも全員が湖の装甲艦を目指して草地を疾走した。
その直後。
「撃てェッ!」
ワァルの叫びに重なり、凄まじい轟音が湖畔に響き渡った。
敵艦から突き出た砲口に炎が灯ったかと思えば、地面が噴火し、土と草、そして砲弾の破片が宙を舞う。
何人かの警官や騎士が吹っ飛ばされるが、俺達は止まらず走り続けた。
砲撃音と爆発に負けじと、ゾーリンゲンが声を張り上げる。
「どーすんだ、このままじゃあなぶり殺しだぜ!」
「わかってる!」
弾の破片から顔を守りつつ、俺は状況を把握するべく目を凝らす。
必ずあるはずだ。
圧倒的に不利なこの状況を打破する、起死回生の一手……!
「……お?」
目に留まったのは、釣り人が使っていたであろう小さなボロ小屋。
その小屋の側に、1隻のボートが放置されていた。
大型の手漕ぎボートで、かなり大人数が乗れる。
──見つけた、起死回生の一手。
「あれだ! あれに乗るぞ!」
★★★★★★
「装填遅いぞ! 何やってんだ馬鹿者共! 機関銃手はさっさと撃て!」
弾込めに手間取る部下達を怒鳴りつけるワァル。
それから、慌てる彼らを横目に船縁から身を乗り出し、陸地を凝視した。
両目をかっ開いたワァルの顔は、歓喜やら期待やら憎悪やらでぐちゃぐちゃになっていた。
──死んだか? くたばったか、坊主ゥ……!
「ワァル様、危険です!」
「指揮はワタシが執りますので、代表は船室へ」
背後から声をかけられ振り返ると、狼狽えたような表情のアランと、仏頂面のベンドル艦長が立っていた。
彼らの面と言葉が、ワァルを少しばかり冷静にさせる。
彼はふぅと息をつき、再び陸地に視線を戻した。
「ああ……いいや、ちょっと待て! あいつらッ!」
その光景を目にした瞬間、ワァルの感情が再び燃え上がった。
船縁を激しく拳で叩き、1点を凝視し続ける。
あまりに情緒不安定なリーダーに困惑しつつらアランとベンドル艦長も船縁に駆け寄った。
そして、彼らも自らの代表と同じように両目をかっ開いてそれを凝視する。
湖畔に置かれた1隻のボート。
警官隊や騎士がその周りに群がり、水の上に押し出そうとしている。
「馬鹿な! 連中、本艦に乗り込むつもりかッ! 無茶苦茶だ!」
「撃て! 奴らを近づけるな!」
アランもベンドル艦長も、連中は撤退して王都に報告すると考えていた。
しかし、その予想は大きく裏切られたのである。
次々に大砲が発射されるが、どれも見当違いの場所に着弾し、水飛沫をあげた。
あまりに酷い射撃精度に、ワァルの怒りはますます大きくなる。
「何やってるんだ! 当てろ! たかだかボート1隻だろ! 訓練通りにやればいいんだよッ」
「そ、そんなこと言われましても……エドワーズ様が『火薬と砲弾が無駄になるから砲撃訓練はするな』と言われましたので……」
「何だと……! アラン!」
ベンドル艦長と共に闇の武器商人を睨みつけるワァル。
気まずそうに視線を彷徨わせるアランだったが、やがてヤケクソ気味に叫び散らした。
「仕方ねえでしょう! 裏社会の物価は高いんですよ! 節約しねえとやってられんのですよ!」
その間にボートは湖上に押し出され、警官達が次々に乗り込んでいく。
彼らはすぐにオールを漕ぎ始め、『革命獅子号』に近づいてくる。
「もっと速力は出んのか!」
「装甲や大砲に増設したんです。重すぎてとても……」
ふいと視線を逸らす艦長。
気づけば、ワァルは船縁の手すりを蹴り飛ばし、言葉にならない叫び声をあげていた。
「……だああああッ!」
奇声をあげるワァルの背後では、乗組員達が慌ただしく動き回っている。
剣を抜いて走り回る者に、火薬樽を転がす者。
銃を出鱈目に弄るエルフから、無理矢理銃を奪うドワーフ。
統率感も一体感も、何もなかった。
「近づいてくるぞーッ! ワァル様を守れ!」
「官憲なぞ生きて返すな!」
「銃持ってこい! みんな撃ち殺せーッ!」
【革命獅子号】嵐に巻き込まれて座礁した王立海軍の2等巡洋艦『メルゲラス』をブランゴ・ワァル派が奪取し、改造した軍艦
大砲や装甲板を新たに取り付け、強力な攻撃力を得たが、無理な改造が祟って速力が大幅に低下してしまった
それ故に、"革命運動の切り札"としてハイカラ湖にて温存されていた




