愚者のタッグ
★★★★★★
カルロスの叫びに反応し、闇エルフの部隊が矢を射かけてくる。
咄嗟に頭を下げて瓦礫の陰に入り、命中は避けた。
同じようにその場に伏せているニルナが、舌打ちと共に呟いた。
「酷いッスね、この状況……」
「打破すんだよ、だからこそ」
そのミッチャーの言葉は、誰に向けてのものなのか。
ともかく俺は頷いて、再び銃を構える。
「ああ。…………ニルナ、ジャンヌ。状況がもっと悪くなるぞ」
「へ?」
ニルナ達がぽかんとする中、奴らはやって来た。
辛うじて原型をとどめていた建物をぶち破り、灰色のティーガーⅠが姿を現す。
続いて、黒鯨鉄十字団の兵士達がわらわらと現れ、魔王軍や村人達へ銃弾をばら撒き始める。
さらなるカオスへ突入しつつある戦場に、声が響く。
「まとめて蹴散らせェい!」
隻眼のナチス将校。
エッカルト・ヨハン・スコルツェニー。
奴の姿を認めた瞬間、俺は無意識のうちに舌打ちしていた。
「……合流してやがったのか」
一瞬、奴と目が合った。
相手はニヤリと笑い、拳銃の銃口を向けてくる。
咄嗟に小銃をスコルツェニーに向けて構えると、向こうは勝ち目がないことを悟ったのか、銃口を上に上げた。
が、代わりに突撃銃を構えた兵士達が中佐の前に立ちはだかった。
その隙に、スコルツェニーは部隊と共に前進する。
「……くそが」
弾はもう10発も残っていない。
極力、こんな奴らには使いたくないのだが……なんて思った時だった。
パン、パン、パァン!
3発の銃声が鳴り響き、突撃銃を構えた兵士を瞬く間に葬り去った。
音のした方を見ると、ピストルを構えた須郷綾音が立っていた。
「姉御!」
「……酷い様だな、自衛官」
無表情でつかつかと歩み寄ってくる刑事。
返り血に塗れ、迷彩の戦闘服もボロボロになった俺は、フンと鼻を鳴らして応じた。
「そこの2人のさっきのザマよかマシさ」
「なっ!」
「うっ……先輩、デリカシーないッス!」
「それより」
いきなり、須郷がかがみ込む。
目線が全く同じになった。
「鍵の破片はどこだ」
「わからん。ストエダの部下のエルフに奪われた。多分広場にいると思うんだが」
何か言おうとする須郷を制し、俺は瓦礫から顔を出す。
須郷も合わせて顔を覗かせた。
俺達の目が、揃ってカルロスを捉える。
「まずはあれだ。宝探しに邪魔すぎる」
「……確かに。だが無茶はごめんだぞ」
俺は頷きを返すと、今度はニルナの方に向き直る。
「ニルナはメンバーとゾーリを援護しろ。あいつを頼むぞ」
「任されたッス! パーティ集合ぉーッ! 喧嘩ッスよぉぉ!」
叫びながら、リンチされるゾーリの元に向かうニルナ。
彼女がいるなら安心だろう。
残されたミッチャーが、冷や汗を垂らしながら呟く。
「大幹部カルロス……もはや説明するまでもねえと思うけど……」
「わかってる。ミッチャーは待機だ」
「……喜んで…………」
その瞬間、俺と須郷は瓦礫の陰から揃って飛び出し、各陣営が入り乱れる戦場へ突入した。
気分は203高地。
死体で溢れた凄惨な現場を踏み越え突撃していく、兵士のようだった。
俺の武器はスコルツェニーから奪った銃剣と、弾が僅かに残った89式小銃。
対して、須郷はリボルバーを1挺のみ。
普通なら、敵軍を突破できる算段など無に等しいはずだが、不思議とそんな気はしなかった。
「迎え撃て!」
「どきやがれええええ!」
カルロスの叫びと俺の咆哮が重なる。
その叫びを聞いて動き出した異形の軍勢へ、俺と須郷は何の躊躇いもなく突っ込んでいった。
★★★★★★
ひょいひょいと攻撃をかわしていくジンクシーに、ゾーリは激しく苛立っていた。
どれだけ全力で殴りかかろうが、素早く動き回ろうが、何もかもが空を掻いて終わる。
傍目からは、宙を舞う埃を拳で仕留めるかのような滑稽な様に見えた。
追いかけっこに飽きてきたのか、ジンクシーは深々とため息をつき、立ち止まる。
「ま、俺達相手によく耐えた方だな」
「がああああっ!」
その言葉を右から左へ流し、ゾーリはジンクシーに襲いかかる。
が、背後から伸びてきた巨大な手がゾーリの頭をわし掴みにし、持ち上げる。
ぐるんと視界が回転し、気づけば目の前にワッケンの髭面があった。
「よかったなあ。俺、お前のこと褒めるぜ。多分俺、お前のこと6秒くらい覚えてるだろうな」
ワッケンが指に力を込め、頭蓋骨がめきめきと悲鳴を上げ始める。
ゾーリは喚きながら懸命に指を剥がそうとするが、縫い付けたようにぴったりとくっついて離れなかった。
が、突然今までの力強さが嘘のように指が頭から離れ、ゾーリは地面に落下する。
顔を上げると、ちょうどワッケンがうなじを押さえながら振り向いたところで、奴の視線の先にはナイフを手にした鉤爪の少女、ニルナがいた。
「6秒? なら、ありったけ傷だらけにして、体に永遠に覚えさせてやるッスよ!」
「こ、こんのクソガキ……!」
舌打ちするワッケン。
ニルナは獰猛に笑いながら、再度ワッケンに襲いかかった。
「そりゃそりゃそりゃああああっ!」
跳ね回るボールの如く動き回りながら、体を激しく回転させ、ナイフとフックでワッケンを切り刻んでいくニルナ。
しかし、褐色服の巨人は余裕の表情で吐き捨てる。
「そんなちゃちいナイフじゃあ、俺様の鋼の肉体には落書きすらできねえぇぜ!」
今度はニルナが舌打ちする番だった。
すると──
「意外。ニルナにあんな言い回しができる頭があったとは」
「あ──ぶごぉあ!」
ワッケンの顔面にいきなり拳がめり込み、大きくぶっ飛ばす。
ゾーリが見上げる先には、ワッケンの身体を超える程巨大なゴーレムが立っていた。
そいつの肩の上には神官服に身を包んだアンが乗っており、仰向けに倒れたワッケンを侮蔑の眼差しで見下ろしている。
「質問。デカブツよ、お前の体に血で『ハッピーバースデー』と書いてやるが、構わないか」
「またクソガキかよ……!」
そんなセリフと共に、折れた歯を吐き出すワッケン。
「ワッケン! 待ってろよ、今行くからな!」
そう叫んで走り出すジンクシー。
自慢の俊足を活かして一気にゾーリ達との距離を詰めてくるが、不意に彼の目の前にルコルバが割って入り、鉈を振り下ろした。
ジンクシーは咄嗟にナイフで受け止める。
鉈とナイフによる鍔迫り合いだ。
「おっっっっそい。魔王軍の軍団長の方が速かったのであります」
嘲りの言葉が、ナイフを握りしめるジンクシーの力を強める。
鉈が徐々に押し返され始め、ルコルバの腕はぷるぷると震えながらも何とか持ち堪える。
「誰だてめえは! つか、なんだその実力! 1回ぶつけ合っただけでもわかったぜ! 俺に比べて弱すぎる! その程度で俺を倒せると⁉︎」
「いえ。足止めであります」
にっこりと笑うルコルバ。
その瞬間、ジンクシーの尻に矢がずぶりと突き刺さった。
「っ……!」
「よっしゃあ! ありがとよルコルバ!」
犬耳の少年プツェルが歓声を上げる。
これでニルナのパーティ勢揃いだ。
突然の展開を飲み込めないゾーリだったが、ニルナに肩を叩かれて我にかえった。
「お前ら……! 助けに来てくれたのか!」
「その通りッス! 先輩の危機は後輩の危機も同然ッスから!」
「集中。意識は戦いにのみ向けろ」
ゴーレムの肩の上からアンが言う。
ゾーリは一度頷いたが、ハッとしたように顔を上げて問いかける。
「デブとメガネは……!」
「心配無用。ゴーレムに運ばせて離脱させる」
「なら安心だぜ!」
彼女の言葉通り、別のゴーレムが2人を抱え上げ、戦場から離れ始めた。
これで不安の種は一応消えた。
心置きなく戦える。
「よおおおし! あのデカブツをぶっ飛ばすぜ! ついてこい!」
「いや、ゾーリンゲン先輩は離脱してくださいッス」
「はぁっ⁉︎」
抗議の目線を向けるゾーリだったが、ニルナは断固とした口調で譲らない。
「先輩にはやることがあるはずッス。こんな奴らに遊ばれるよりも、成すべきことがあるはずなんスよ! わからないんスか⁉︎」
「……! ぺったんこ……!」
「そうッス! キサオカ先輩だけに任せちゃあダメッス! トゥピラ先輩は、あなたの幼馴染なんスから!」
「……おう、そうだな! ここは任せるぜ!」
後輩達に手を振り、ゾーリは走り出した。
遅れて、口から溢れる血を拭い、ワッケンが立ち上がる。
その顔は怒りによってかつてないほど醜悪に歪んでいた。
ニルナは舌なめずりし、ナイフを構え直す。
「ケンカ、始めるッスよ」
ワッケンが、咆えた。
「なあぁぁぁあめるなよおおおお! クソガキどもおおお!」
★★★★★★
俺と須郷は次々に襲いかかってくる異形種を蹴散らしながら、カルロスとトゥピラに迫っていた。
発砲はせず、スコルツェニーから奪った銃剣で敵を突き、斬っていく。
一見すればがむしゃらに、しかし実際は冷静に、俺は暴れまくった。
須郷の方を見る余裕なんてなかったが、彼女も恩寵を駆使して派手に暴れているようだ。
時折、派手な爆発音や金属が擦れる音が響き渡り、戦闘の激しさを物語っている。
「き、貴様ら本当に人間か! 魔力もろくにないくせに……ぎゃああっ!」
隊長風格の1つ目男に組みつき、反撃の暇も与えないまま首を掻き切り、もつれるように倒れる。
俺は返り血を浴びながら立ち上がり、須郷を振り返った。
「終わったぞ。そっちは?」
ちょうど彼女も終わったようで、ぶっ倒れたでかいゴブリンの頭に銃弾を撃ち込んでいるところだった。
「これで最後だ」
「……行くぞ!」
2人揃って走り出し、死体が床になった広場を駆け抜けていく。
「す、すごい……アヤネもトシヤも強い……」
驚嘆の声を漏らすトゥピラと、牙を折るような力で歯軋りするカルロスが、俺達の視界に飛び込んできた。
「お前の友達は化け物揃いだな。だが彼らには敵うまい…………人狼軍ッ!」
カルロスがそう叫んだ瞬間、俺と須郷の周りを2足歩行の狼どもが取り囲んだ。
俺達は足を止め、背中合わせになり、狼と睨み合う。
狼どもはジリジリと迫ってくる。
奴らの作る円の面積は徐々に小さくなっていた。
「自衛官」
「あ?」
急に耳元で囁かれ、返事をした瞬間、須郷が手を握ってきた。
すべすべで柔らかく、少し冷たい感触が俺の手のひらに伝わってくる。
「……何だよ」
「お前の職場のものを、何か適当に思い浮かべろ」
「はあ?」
「いいから」
言われるがまま、俺は職場の駐屯地を思い起こす。
鉄帽、営内、ジャー戦の同僚、高機動車。
色々なものを思い出す間、俺は変な感覚に陥っていた。
何者かに頭をそっと触られているような、奇妙な感触を確かに感じる。
何というか、脳を直接触られているという例えがしっくりくる。
その感覚と闘いながら、次々に過去を思い出していると、須郷が再び耳元で囁いてくる。
「私の恩寵は、頭の中の記憶を引っ張り出す力。それは私の記憶に限る話ではないんだ」
その時、俺は彼女が何をしようとしているのか、そして自分がすべきことを理解した。
「…………何となくわかったぞ。そういうことだな」
理解すれば、あとは簡単だ。
俺は迷わず、彼らの姿を思い浮かべた。
俺達の周囲に霧が発生する。
薄い霧は、たちまち2人の人間を覆い隠す濃霧となり、人狼達を焦らせた。
「どうする……?」
「迷うことはないよ……ただの煙幕を恐れるのは阿呆だ……」
短く言葉を交わす狼ども。
「殺そう……皮を剥いでしまおう」
「薪の代わりにするのはどうだろう……」
「お前らはわかっていないな。人間は美味いから食ってしまおう」
「そうしよう」
「そうしよう」
「塩と胡椒をうんとふりかけて、あとはスパ──」
その話し声を乾いた銃声が掻き消した。
それも1度ではなく、何発も何発も轟く。
「がっ!」
「おぉっ……!」
「何だ! 何が起こった!」
倒れる人狼と、警戒して辺りを見回す人狼。
俺がうっすらとした視界の中で確認できた反応は、主にこの2種類だった。
「っ……! さてはこの霧か!」
人狼達の目の前で、霧が晴れていく。
晴れていくにつれて奴らの顔が、怒りやら恐怖やらが入り混じった醜い表情へ変貌していく。
奴らが目にしているのは、手を繋ぐ俺達を護衛するように取り囲み、発砲したての64式小銃を構える自衛官達だった。
俺の記憶を引っ張り出したのは本当のようで、どの顔も体型も、よく見知った同僚達のものだった。
感心したように須郷が言った。
「小隊を呼んだか」
「大宮の第32普通科連隊の奴らだ。一緒にいて楽しい連中だったよ」
言い終わる前に須郷の手が離れる。
きょとんとして振り向いた俺の顔を、彼女は真っ直ぐ見つめ、問う。
「足止めできる程の練度はあるのか?」
「自衛隊なめんな」
「……なら行くぞ」
須郷が歩き出し、遅れて俺も続く。
即座に人狼達が襲いかかってくるが、自衛官達の射撃に阻まれ、やむなく後退する。
しかし、須郷綾音に操られ、淡々と敵を屠る戦闘マシーンと化した自衛官達は、人狼達へ容赦ない追撃を加え、次々に射殺していった。
実弾射撃演習で特に成績が良かった者達を思い浮かべたのだ。
当然と言えば当然だが、異常なまでに正確な射撃である。
人狼軍を突破した俺達は、カルロスの方へ悠々とした足取りで向かっていく。
油断しているわけではない。
相手の出方を窺っているのだ。
カルロスは明らかに苛立っていた。
溢れ出る不愉快さを隠そうともせず、俺達を見下し、内心で罵り、仁王立ちで堂々と待ち構える。
「来れるものなら、来てみるがいいッ……!」
──殺気
反射的に俺達は足を止め、カルロスと対峙する格好となる。
俺達にも雑魚くらいは蹴散らせる。
実力差があるからだ。
それと同じ理由で、俺や須郷と奴の間には、次の1歩を踏むことさえ許されないと感じる程の圧倒的な差がある。
「……近づいた瞬間に頭が吹っ飛ぶな。どうする、自衛官」
「そうだな……須郷、少し無理してもらうが構わないか?」
俺は呟いて、須郷の左手に右手を伸ばす。
がっちり握り締めた瞬間、あの感覚がまたやってくる。
「何を引っ張り出す気だ?」
「今にわかる」
釈然としない表情の須郷を無視し、俺はあるものの姿を思い浮かべる。
先程と同じように、俺達の周囲に霧が立ち込み始める。
「──ッ!」
突然、須郷の口から大量の血が飛び出した。
彼女の身体全体に地割れのようなヒビが走り、急速に力が抜ける。
それでも、俺は手を離さなかった。
「何を……した……ッ!」
俺は答えない。
霧の中から響き渡る、機械の唸り声に耳を傾けていたから。
霧が晴れていくにつれ、俺が思い浮かべた怪物の姿が露わになっていく。
先程から戦場に響く唸り声を発しているのは、10メートルに迫る巨大な車体。
120ミリ滑空砲を備えた、威圧感漂う砲塔。
同世代の戦車の中で屈指の防御力を誇るセラミック装甲。
決して、川底に擦っただけで装甲が破れることも、居住性に全振りしたクーラー戦車だなんてこともない。
10式に主力の座を譲って以降も、北海道を守る鉄の要塞として運用が続けられるハイスペック戦車。
90式戦車だ。
ヒビから血を溢れさせながら、須郷が立ち上がる。
「お前、北海道にもいたのか……?」
「色々あってな。てか、90式の配備状況なんてよく知ってるな」
荒い息を吐く須郷から手を離し、俺は90式戦車に駆け寄り、乗り込むために手を伸ばす。
そこに、少し息を整えた須郷の質問が飛んでくる。
「……これでどうしろと?」
「奴の周囲を砲撃してくれ。あくまで視界を奪うだけだ。当てなくていい。あいつは戦車砲なんかじゃあ死なん気がするんだ」
そう言い残して、乗り込もうとした時だった。
「ガァァァァ──ッ!」
何者かが須郷の真横を突風と共に走り抜け、俺に飛びつき、腰に噛みついてきた。
焼けるような痛みが襲いかかり、俺は戦車から引き摺り下ろされ、押し倒される。
相手は血塗れの人狼だった。
1匹だけ仕留め損なったようだ。
満身創痍といっていい程の怪我を負いながらも、人狼は俺の喉笛を噛み切ろうと首を伸ばしてくる。
敵の頭に何度も銃剣を突き立て、俺は必死にもがいた。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
こんな奴に殺されるなんてクソみたいな終焉、俺は求めていない。
須郷が叫ぶ。
「自衛官!」
「指示通りに──ッ! カルロスと戦車から意識を逸らすなッ!」
左目を5回刺したところで、ようやく相手の力が緩んだ。
すぐに相手を突き飛ばし、続けて頭を蹴り飛ばす。
それでも人狼は向かってきた。
「タフだなあ! 犬公!」
血塗れの敵をもっと血だるまに変えるべく、俺は銃剣を振り上げて突撃した。




