ジニア
★★★★★★
砲撃を血の光線で薙ぎ払い、爆炎がストエダの美しくも醜い顔を明るく照らす。
「人間風情がああぁ、ちまちまとおおお!」
浮遊する飛行船へ、咆哮する。
突然入った横槍と、2人の憎き人間から意識を逸らす羽目になった現実に、ストエダは怒り狂っていた。
彼女が陥った状態は一瞬の錯乱に近く、魔王軍の所属者が刷り込まれる人間への憎しみが大きすぎる故に、科学財団の軍艦を撃沈してもそれが治まる保証はどこにもなかった。
「最大出力でええええ、撃墜しまあああああす!」
迎撃ではなく、攻撃へ。
幾多の小さな首は、飛行船を撃ち落とすべく、チャージを始める。
その時だった。
「!」
何かにうなじを撫でられたような気がして、右手でそっとその箇所に触れてみる。
何故か、うなじが濡れている。
ハッと手を確認すると、掌は血でべっとり染まっていた。
他ならぬ、ストエダ自身の血で。
──もしかして斬られたあ……? しかも、再生できない……何でえ、誰があ……?
ふと気配を感じ、正面の家屋を見上げる。
飛行船をバックに、血に濡れたカトラスを持った男。
誰かはわからない。
わかるのは、斬ったのはこいつだということ。
そして、今対決している2人の男と比べ、山、いや星の彼方にすら届く実力者であること。
「あなたですかあ……!」
「……"原点"がこうしろと、言った。俺だって不服なのだ。悪く思うな」
血のビームを放とうとした直前、男の姿は一瞬にして消え失せる。
瞬きとほぼ同時の消失だった。
「一体何があ……………………んン?」
何者かの接近に気がつき、ストエダは振り向いた。
そして、こちらに全力で駆けてくる目出し帽で顔を隠した全身緑の人間──木佐岡利也へ、攻撃の矛先を変えた。
「緑のお方あああああッ!」
既にかなり近づかれているが、迎撃できない距離ではない。
血のビームが一斉に放たれ、木佐岡を襲う。
常人離れした瞬発力で回避していく木佐岡だったが、1発は回避できなかった。
左腕を血のビームが貫通し、根本から奪い去る。
本来なら飛行船へ放たれるはずだった光線をもろに喰らい、無事でいろというのが無理な話だった。
それでも、木佐岡は怯まずに向かってくる。
──何という精神力……片腕をもがれてもお、向かってくるなんてえ……!
驚嘆し、憎悪をさらに増幅させながら、ストエダは口元をさらに歪めた。
小さな首達が口の中に血の球体を生成し始める。
次の斉射が始まろうとしているのだ。
「──!」
斉射の直前、木佐岡は飛び上がった。
素晴らしい跳躍力で、ストエダ本体の元へ。
空中で右手を、ストエダの腹のあたりへ突き出す木佐岡。
そこに握られている球体のそれを見、ストエダは奴の狙いに今更ながら気付かされる。
「自棄になったんですかあ? 自爆だなんて……!」
★★★★★★
──わかっている。
俺のやってることが、とんでもない無茶苦茶だってことは。
自分でも、バカな作戦を考えたと思う。
でも、こうするしかないんだ。
もし、あいつが──佐原がここにいたら、怒られるだろうな。
熱い炎に呑まれる寸前、懐かしい記憶がフラッシュバックする。
放課後、オタク友達のマックの提案で立ち寄ったゲーセン。
当時人気だったアーケードゲームに、俺達は入り浸っていた。
「はい、私の勝ーち!」
「ガァッッッデムッ!」
佐原の操作するキャラに派手に負かされ、俺は思わず台パンする。
背後から画面を覗き込んでいたマックが、感心したように息をついた。
「佐原氏、ゲームも上手いんだなあ」
「人生17年、利也に負けたことないです! キランッ」
「だぁー、ムカつく! もう1回だ!」
追加の100円を投入し、宣言すると、嘆息が隣から返ってきた。
「そんなにジュース奢るの嫌なの?」
「嫌だ。お前小学校の時、俺にジュース奢らせた時のこと、忘れたとは言わせねえぞ」
「……あ、あれは…………子供はみんな頭おかしいんだから、仕方ないじゃん!」
「佐原氏、一体何したんだ?」
「聞いて驚け、マック! こいつな……」
「さささ再戦いっとこーッ!」
俺の言葉を遮り、佐原が100円を追加投入した。
結局、財布が空になるまで遊び尽くし、ジュースを奢ることも奢らせることもなく、俺達は解散した。
それから時が過ぎ、俺達は自衛隊に入った。
とある非番の日、昔遊んだゲーセンへ行ってみようということになり、俺達は面倒な外出届の書類を書き、駐屯地を出た。
が、いざ訪れてみると、かつてそこにあった古い店舗はなく、更地になっていた。
「……閉店してたとはね」
「…………事前に調べときゃよかった」
草が生い茂った空き地を、ただ黙って眺める。
ゆるやかな風が雑草を揺さぶり、俺達の肌を撫でた。
「時代の流れってやつなのかな」
「……平和な証さ。ゲーセンの閉店程度で、悲しくなれるなんて」
佐原の視線を感じながら、俺は風に揺られる雑草を見下ろす。
「こんな日本の時代を止めない。それが俺達の仕事だ」
しんみりしてきた空気を変えたかったのか、絞り出したような佐原の明るい声が響く。
「……昔から思うけどさ、利也って変なところでクソ真面目だよね」
「そうか?」
「そうだよ」
と、佐原が何やら真剣な目つきで見上げてくる。
アイドルのように可愛く、同時に戦士に成長し凛々しくなった彼女の顔が、隣の俺にはあまりにも不似合いで、眩しかった。
「だから、ジュース奢って!」
「何が『だから』だ。日本語の形を成してない」
「いーじゃん。奢ってよー」
「…………もうマズいって泣いてゲロらないよな?」
「……利也嫌い」
わざとらしく頬を膨らませて顔を背ける佐原。
その動作が可愛らしくて、俺は静かに微笑んでいた。
ああ、懐かしい。
俺は、あの平和が好きだ。
日本という国で、他の国民と共に平和を享受していたあの頃が好きだ。
その平和を取り戻すためなら。
続けるためなら。
佐原とまた、笑えるなら。
──何度死のうが、生き返ってやる。
「待ってろよ! 佐原ああああぁぁぁぁぁぁあッ!」
俺の身体は、爆炎の中に消えた。
★★★★★★
炸裂弾のゼロ距離爆破。
ストエダの身体を破壊するには至らなかったが、竜の胴体を爆破し、一体化したストエダの身体を切り離し、吹っ飛ばすことに成功した。
主たるストエダを失った血の竜の体は崩壊し、水バケツをぶち撒けたように道路に広がった。
五体満足もいいところのストエダは、ひらひらと宙を舞いながら憎き人間を嘲り、見下し、嗤った。
「ざあぁーんねんでしたねええええ! 命と引き換えにしてもお、私は倒せませんでしたあああ! あとはゲルマンさんだけえええ!」
ストエダは嘲笑を響かせながら着地し、もう1人の人間を探して辺りを見渡────
「……何という日本人だ。肝がすわっているという次元の話ではないぞ!」
背後からのうるさい声。
ストエダが振り返ろうとした瞬間、細いうなじ──正確には何故か再生しない傷口──に銀色の矢がずぶりと突き刺さった。
普通は浅い位置で止まるはずなのに、今回は奥深く、容易に抜くことが不可能な位置まで、毒矢は潜り込んだ。
ストエダが混乱する中、エッカルト・ヨハン・スコルツェニーの大笑いが戦場に響き渡る。
「ハァーッハハハハハ! 遂にやった! やったぞおおおおおおおおおお!」
「ば、かなあああ……!」
痛むうなじを押さえながら、今度こそストエダは振り返る。
「どおおだあ? 前の毒とは違かろう? 痛かろう、苦しかろう? 免疫とやらも効かんよなあああ!」
首の皮膚が変色し、崩れていくのを感じながら、修道女はスコルツェニーの馬鹿笑いを聞いた。
今度は灰色ではなく、緑色に肌の色が変わっていく。
毒は早くも全身に回っていっているようで、とうとう立てなくなり、ストエダは片膝をついた。
隻眼の軍人を睨め付けると、ささやかな抵抗として残酷に微笑む。
「ざ……残念でしたねえ……私は倒せてもおお、緑のお方は死んでしまいましたよお?」
「……違うんだな、それが」
ギョッとしたように、ストエダは再び振り返る。
目出し帽を取り、ところどころが破れた緑色の服を着た男が、血の水溜まりをブーツで踏みながら歩いてくる。
ヘルメットを失い、坊主頭を晒しながら悠々と近づいてくるその男は、ストエダが憎くて憎くて仕方のない男…………木佐岡利也だった。
「…………はぁ?」
「国王陛下から頂いた回復薬を、口に咥えていたんだよ。爆発して吹っ飛んだ直後に、最後に残った僅かな力で瓶を噛み砕き、見ての通り全快だ」
無傷でそこに立っているその男の存在が、細胞が崩壊し死へ着実に歩みを進めているストエダの逆鱗に触れた。
ストエダを辛うじて聖女たらしめていた何かが崩れ去った瞬間でもあった。
「……んだよ。ざけんなよ……人間が! 劣等生物のくせして調子こきやがって! 死ね! 死ねよ! ミミズの小便にも劣る糞無能の分際で、立てつきやがってえええええ!」
狂ったように、ストエダは絶叫する。
そこには、間延びした話し方で人の神経を逆撫でする美しい聖女の姿はなく、憎悪をぶち撒ける醜く肌が変色した化け物がいるだけだった。
そんな彼女を、スコルツェニーは下等な生き物を憐れむ目で見下ろし、拳銃を構える。
「……聖女の矜持すら捨てるか。哀れな」
ストエダの頭部に狙いを定め、引き金に指をかけたその時。
「!」
「何ッ⁉︎」
ストエダを中心に、半径2メートル程の地面が白く光り始めた。
唐突に起こったファンタスティック現象に、俺達だけでなく、ストエダさえも動揺を隠せずにいた。
「この光はあ、先代のお…………」
何かに気づいたようにストエダはハッと表情を固め、直後に顔を綻ばせる。
「助けてくださるのですねえ……我が王……」
「何が何だかわからんがァァァァッ! 死ねェェェェッ!」
スコルツェニーと木佐岡が同時に発砲する。
しかし、弾丸は命中する寸前で何故かストップし、からりと地面に落ちた。
唖然とする2人の軍人の前で、ストエダを包む光は強さを増していく。
スコルツェニーは反射的に目を覆い、木佐岡もそうした。
2人が目を開けた時には、狂った修道女の姿はそこになかった。
「…………」
「…………」
沈黙。
触れてはならぬ血に覆われた道路で、男達は言葉もなく佇む。
やがて、木佐岡が辺りを見渡しながら口を開いた。
「……終わったん、だよな?」
「ああ……。勝った……」




