黒薔薇
★★★★★★
「日本人……弾はいくつだ?」
「……あの小銃の中に2発、満タンの弾倉が残り2つ。30発入り」
俺の答えに満足しなかったのか、スコルツェニーが舌打ちする。
その僅かな弾を撃つための小銃は、今はストエダの背後に転がっているのだから、無理もない。
ストエダから目を離さず、俺は銃剣を握りしめる手に力を込める。
「スコルツェニー、2人であいつを押さえてみないか?」
「うむ、吾輩も提言しようとしていたところだ……」
これ以上の会話はなかった。
しかし、これまでくぐってきたどんな修羅場よりも修羅場なこの現状が、最早テレパシーに近い察しのようなものを2人に与えていた。
会話が途切れたことで、ストエダの気味悪い笑みはさらに深くなり、どくどくと血が流れ続ける顔をさらに掻きむしった。
「まとまりましたあ? おふたりで挑むにしても、個々でやり合うにしても、楽しくやりましょうねえ」
言いながら、血を指で絡めとるストエダ。
つぅ、と赤黒い雫が、立てられた人差し指を流れ落ちていく。
俺は、ヘルメットの中に隠していた目出し帽を引き摺り下ろし、顔を完全に覆い隠す。
俺も強敵がいるとわかって準備を怠るような馬鹿ではない。
コタノスに頼んで、ストエダ対策のために編ませたのだ。
一方、スコルツェニーは左手の義手を外し、中に仕組まれていた毒矢の鏃を堂々と晒す。
「こいつはなァァァ……本来はスゴウ・アヤネを封じるべく開発された特別製の毒矢だが、ここで死んでは元も子もないィィィ……!」
「……黙ってろ」
睨み合いが続く中、取り外された義手が地面に落ち、カランと音を立てる。
それが、ゴングだった。
3者、一斉に飛び出す。
そして、路地の真ん中でぶつかり合った。
血に濡れたストエダの拳をかわしながら、俺とスコルツェニーは執拗に攻撃を仕掛ける。
しかし、銃剣の刺突や毒矢と拳銃のコンボも、ストエダは簡単にいなしていく。
俺達にできるのは、攻撃を絶やさないこと。
銃剣が弾かれれば、スコルツェニーの毒矢が襲い、逆もまた然り。
「ほらほらあ、どうしましたあ?」
「やかましいィィィッ!」
スコルツェニーが突貫するが、毒矢の突きはかわされ、代わりにストエダの拳が容赦なく腹に食い込む。
「そーい」
「ぐほあッ……!」
うずくまるスコルツェニーへ、ストエダは反対の手で触れようとする。
すかさず、俺は銃剣を手に飛びかかり、ストエダの顔面めがけて横薙ぎに斬りつけた。
しかしストエダの反応も早く、スコルツェニーに触れようとしていた腕を持ち上げ、斬撃を防ぐ。
切れた腕からスプリンクラーのように血が吹き出し、俺の体はもろにそれを浴びる。
素肌を見せぬ重武装だった上、素早く飛び退いたので大事には至らなかったが、危なかった。
追撃に移るストエダだったが、直前にスコルツェニーが起き上がるのと同時に毒矢の突き出た腕でアッパーカットを放つ。
しかしパンチは空を切り、ストエダは俺の目の前に瞬時に移動する。
反応するより早く、平手打ちが俺の頬を打つ。
大岩をぶつけられたかのような衝撃が俺の頭を襲い、続け様に腰へキックが炸裂。
骨がみしみしと軋んだかと思えば、俺は家の壁をぶち破ってキッチンと思しき部屋に転がり込んでいた。
ストエダの追撃は終わらない。
足を俺の顔面めがけて振り下ろし、なんとか回避した直後、今度は血の塗りたくられた舌をカエルのように伸ばしてくる。
家具を盾にし、やり過ごしたところで、家の中に飛び込んでくる者があった。
スコルツェニーだ。
「受け取るのだァァァァッ! 日本人ッ!」
モーゼルC96を乱射しながら、89式小銃を蹴り飛ばして滑らせるスコルツェニー。
すぐさまそれを手にし、ストエダの白い仮面めがけて弾丸を放った。
ストエダが咄嗟に顔を庇ったため命中はしなかった。
本来ならしまうべき空の弾倉を俺は投げ捨て、満タンの弾倉を装填。
絶叫しながら、通り魔のように、失うもののない殺人犯のように、俺は小銃を乱射した。
完全に冷静さを失っていた。
こんな経験は初めてだった。
「うああああっ!」
こんな状況でも、射撃の腕だけは正確さを失っていなかった。
スコルツェニーのモーゼルと共に、ストエダの顔半分を覆い隠す仮面を破壊し、その下にある乾涸びた皮膚を貫くべく連射し続ける。
「仮面だ! 仮面を撃て!」
「指図をするなァァァァッ!」
途切れることのない銃声。
乾いた音が鳴るたびに、ストエダの身体から血が吹き出す。
このままではまずいと判断したのか、ストエダは壁に開いた穴から外へ飛び出していった。
「追うぞ!」
「ああ……!」
俺とスコルツェニーも民家を飛び出し、路地へ舞い戻る。
そこにストエダの姿はなく、俺達は顔を見合わせる。
沈黙の中で答えが一致し、2人揃って通りへ飛び出した。
火災はかなり拡大しているようで、火の粉の暑さや、言いようのない不愉快な煙の匂いも感じる。
しかし、遠くで銃声や叫び声が聞こえてくること以外は、全くもって静かであった。
黒鯨兵の死体がいくつか転がっているだけで、忌々しい修道女の姿も見えない。
「……いつ仕掛けてくるかわからんぞ。気を抜くな」
「言われなくとも……」
嫌な沈黙が、辺りを覆い尽くす。
何も聞こえないし、何も起こらない。
だが、気を抜いてはいけないのだ。
ストエダは人間ではない。
いつ、どこから、何をしてくるのか、まるでわかったものではないのだから。
道のど真ん中で背中合わせになり、俺達は奴の来襲に備える。
と、その時。
俺の後方の家が根本から薙ぎ払われたかのように崩壊し、飛び散る残骸と共にストエダが現れる。
いや、ストエダだけではない。
怪物が、一緒だった。
丸太よりも太い胴体はUの字型に曲がり、それぞれの先端に鯱鉾のような巨大な頭がくっついている。
その頭が、血を吐きながら俺達へ咆哮をあげるのである。
胴体からは樹齢数百年の大樹の如く、細い首が文字通り枝分かれして生えている。
ざっと見ただけで、その細長い首がもたげる小さな頭は20近くある。
ギリシア神話の怪物ヒュドラを思わせるような、禍々しい姿だ。
彼女の下半身はその化け物のU字型の胴体と一体化していた。
「!」
「何ィィィッ⁉︎」
その怪物が、何でできているかを培われた勘だけで理解した俺達は、言葉を失った。
──そう、血。
完全に固まっておらず、ぼとぼとと地面に液体と固体の中間の何かを落としながら迫ってくるそれは、純度100%、ストエダの血で出来ていた。
「"死血・千頭竜"。恩恵の使用法を工夫したら、こおんなことも出来ちゃうんですよお!」
何か考える間も無く、俺達は奴に背を向けて駆け出した。
血の竜は、道路のタイルを引っ剥がしながら大口を開けて迫り、ストエダの猛追が始まる。
無数の小さな頭が首を伸ばし、ミサイルのような速度で突っ込んでくるのを、俺とスコルツェニーは走りながらかわしていく。
どんなアクション映画も、タイムアタックアスレチックもびっくりな障害のラッシュ。
いつ殺されてもおかしくない極限レースの開幕だ。
「あらあ、すごおい! こんなに避け続ける人間さんはあ、久しぶりですう! 破片なんて足枷がない今あ、私は純粋にい、楽しんでいまあああああす!」
「持ってねえのかよ! クソッ!」
「この際教えますけどねえええ! ヘイゼルさんに持たせてえええ、中央広場に送ってもらっていまあああす!」
家の壁を蹴って飛び、噛みつこうとしてきた竜の頭をかわす。
真下から伸びてきた頭を飛び越え、着地し猛ダッシュ。
先行していたスコルツェニーに追いつく。
「血だ! 奴は血を操っているッ! 操られた血が竜の身体を作っておるのだ!」
「わーってるよ! つか、失血の概念がねえのかあいつは!」
「Scheiße! 全くもって不愉快だ!」
スコルツェニーが悪態をついた瞬間、目の前の道路が盛り上がり、巨大な鯱鉾頭が、海面に飛び上がる鯨のように現れた。
突進してくる頭を、俺と中佐は咄嗟に左右にバラけて辛うじて回避し、ことなきを得る。
背後で、ストエダがおちょくるように笑った。
幼稚園児の遊びを面白がるような、不愉快な笑い声だった。
「動きが鈍くなるのが難点ですけどお、破壊力は抜群でしてえ……『竜は神聖にして侵すべからず』ですう。怒らせたらあ、こおーんなことになっちゃいますよおぉ!」
振り向いた俺が見たのは、小さな頭達が鎌首をもたげ、口をカパッと開ける異様な光景だった。
直後、無数の首は宇宙戦艦のレーザー砲のように、血のビームを発射する。
スコルツェニーの肩を掴み、飛翔。
頭から前方へスライディングする。
ビームは、俺達のつま先ギリギリの地点に降り注ぎ、簡単に穴を開けた。
直後、道路が盛り上がり、泡のように弾けた。
吹っ飛ばされた俺達を、先程まで道路だった岩が襲う。
地面の下に潜ったビーム血液を急速に膨張させ、破裂させたのだろう。
何て自由度の高い血液だ。
「あはははははははぁ! これでおぉーしまぁぁいッ!」
血だらけになって落下した俺達へ、ストエダは急速に迫ってくる。
落下のダメージのせいか、なかなか起き上がれない。
「く、クソが……動けよぉぉ!」
どれだけ鞭を打とうと罵倒しようと、俺の身体を支配する異常な重さは消えてくれなかった。
迫り来る鯱鉾頭が大口を開け、綺麗な歯並びの顎で俺とスコルツェニーの身体を噛み砕いた……と思ったその刹那、金切音と共に上空から何かが降り注ぎ、鯱鉾頭の首を爆炎で包み込む。
俺達が驚いて夜空を見上げると、そこには巨大な飛行船がプロペラをフル回転させながら浮遊していた。
「オオ、感謝するぞ艦長!」
ふらふらと立ち上がりながら、スコルツェニーが歓声をあげる。
所属不明の飛行船は、俺達が見上げる中続け様に大砲を発射し、艦底部の長砲身の単装主砲をストエダに向けてぶっ放した。
砲弾のあられが竜の身体に降り注ぎ、ストエダは奇声をあげながら血の光線を放って砲弾を迎撃する。
うち1発が対空砲火を掻い潜り、鯱鉾頭の首の付け根を吹き飛ばす。
切り離された鯱鉾頭は、一瞬のうちに液体に戻り、地面に貼り付くように広がった。
だが、うねうねと蠢く胴体がその血溜まりを啜るように吸収し、鯱鉾頭が再生する。
俺を助け起こし、爆風から身を隠しながら、スコルツェニーが歯噛みする。
軍艦の砲火を持ってしても、奴は倒せないのだ。
「ぐ……やはりダメか!」
「……やっぱり」
「ん?」
「血の竜は、ストエダの皮膚よりも断然脆い。だったら炸裂弾で……」
「馬鹿を言えッ! 砲弾ですらあの無数の首で防がれるのだ! 小さな爆弾ひとつ程度、防ぐのはわけないだろうよ!」
スコルツェニーの言葉を聞き流しながら、俺は考えを巡らす。
──爆発、切り離された頭部、異様に硬い皮膚、血の竜。
──炸裂弾、竜の血の小瓶……対須郷特製毒矢。
繋がった。
「……スコルツェニー、頼みがある」
「ヌゥ……?」




