飛行船
「みなさあん、死にたくなかったらあ、破片をお、渡してくださあい」
ストエダはじわじわと納屋に迫ってくる。
俺達に当然その気はなく、ライフルを構えて微動だにしない。
「抵抗するならあ、ヘイゼルさんの弓矢に殺されますけどお、構いませんかあ? それがあなた方の選択ならば、私はあ、尊重しますよお」
また、ガラスが割れた。
「ぐおおおおおおっ!」
ゴアンスが悲鳴をあげて、倒れた。
ちらと振り返ると、彼の両脚がごっそりなくなっていた。
ニルナの右腕同様破裂したのか、血と肉片があたりに飛び散っている。
思わず、息をのむ。
「…………!」
「今のヘイゼルさんの矢にはあ、私の血が塗ってあるんですう。そんなものにい、射抜かれればどうなるかあ……わかってますよねえ?」
どこだ。
ヘイゼルとかいう奴はどこにいる。
よくもゴアンスを……!
「ねえ……聞いてますう?」
すぐ近くから、声がした。
視線を前に戻すと、扉の向こうからストエダの目が覗いていた。
「!」
「べえー」
反射的に飛び退く俺に、ストエダは血のついた舌を伸ばしてくる。
「カエル女がッ!」
89式小銃が火を吹いた。
舌の先端がぐちゃりと破壊され、ストエダは舌を引っ込める。
「うふふふ…………」
余裕たっぷりのにやけ面で、ストエダは納屋に入ってくる。
俺の小銃とウィルの弓が、ストエダを狙う。
だが、彼女に全く意に介する様子はなく、1歩1歩迫ってくる。
「破片、貰っていきますねえ」
「誰がッ……!」
渡すか、というセリフは出てこなかった。
ストエダが、俺の後ろに倒れているゴアンスの真横へ、一瞬にして移動したからである。
「…………は?」
「もーらいっ」
気絶したゴアンスの手から、破片の入った袋をひょいと摘み、ストエダは俺の目の前から消え失せる。
振り返ると案の定、俺の背後にいた。
再度、俺は飛び退く。
「あなたにはあ、個人的な恨みがありますのでえ……あなた諸共、この場の皆さんはあ、ざぁーんこくに殺しちゃいますねえ。あらあ、私ってば、死神ぃ」
「……くたばるかよ! そいつを返せ!」
ストエダは返事をしなかった。
ただ、ニヤニヤ笑いを深く、さらに不愉快な笑みに変えただけだった。
「それではあ、皆さん。永眠をお……」
破壊された舌から滴る血を指につけ、顔の前で掲げるストエダ。
俺の頭の中で、幾つもの考えが浮かんではぶつかり、消えていく。
まともにやりあえば勝ち目はない。
ならどうする。
銃で撃つか?
いや、奴に血という武器を与えるだけだ。
いっそ逃げてしまうか?
いや、そうするなら戦闘不能者を見捨てなければならない。
逃げるなら、彼女らは邪魔になってしまう。
そもそも、あの女は姑息だ。
倒れた仲間を先に狙ってくる可能性も…………
「……激ムズだ」
「何のお、話ですかあ?」
にっこり微笑むストエダ。
直感的に、「来る」とわかった。
この場にいる全員が、身構えた瞬間。
「ん〜?」
ストエダが急に、気の抜けたような声を出しながら、納屋の天井を見上げた。
直後、木製の天井を突き破って何かが落ちてくる。
矢ではない。
もっと大きく、長く、金属製の────
「爆弾だああああッ!」
咄嗟に、ウィルの肩を掴んで身を翻し、放置された木箱の背後に伏せた。
何故爆弾が落ちてきたかなんて関係なかった。
とにかく、身を守ることを優先する。
爆弾はストエダの目の前に着弾したが、何故か床に突き刺さったまま爆発しなかった。
沈黙が、納屋全体を包み込む。
「……不発?」
拍子抜けしたように、ミッチャーが呟いた瞬間。
ずるり、と爆弾が滑り落ちるように床に沈んでいく。
地下室があったのか、なんて考える前に、俺とウィルは立ち上がってゴアンスの腕を掴み、引きずっていく。
ミッチャーも、軽い処置を施したニルナをおぶって走り出した。
一方、ストエダは興味深そうに爆弾を見つめている。
やがて、爆弾は完全に床下に消え──
床に空いた穴から炎が猛烈な勢いで溢れ出し、ストエダ共々周囲の床を瞬時に吹っ飛ばした。
轟音が空気ごと納屋を震わせ、あっという間に火の手が上がる。
「やべえやべえやべえ!」
「何がどうなってんだコンチキショーッ!」
慌てて避難を開始する俺達。
と、またしても窓を突き破って入ってくるものが。
今度も、矢ではなかった。
「「姉ちゃんとみなさん、掴まって!」」
転移石を手にした、ターコイズブルーだった。
★★★★★★
燃え盛る納屋を脱出したストエダは、服についた煤を払い落としながらヘイゼルの到着を待っていた。
外に出てみてわかったが、村のそこら中で火災が起きている。
同じようにして降ってきた爆弾のせいかどうかは、知らない。
「ストエダ様! ストエダ様あああぁぁぁッ!」
「ヘイゼルさぁん。こっちですう」
ヘイゼルの姿が見えたので、大きく手を振る。
遠距離から狙撃を行っていた彼女は、納屋の爆発と火災を見るや、持ち場を離れてすっ飛んできたのだ。
上官の無事を認めると、ヘイゼルは今にも泣き崩れそうな顔で、武器を胸の前で掲げる敬礼をする。
「ご無事で……ご無事で何よりです……!」
「もうぅ、ヘイゼルさんってばあ……。私があの程度の爆発でくたばるわけありませんよお」
ニコニコ笑ってヘイゼルを慰めたストエダは、先程爆弾を落としてきた空を見上げて、尋ねる。
「ヘイゼルさん、あれえ、何ですかねえ?」
「飛行船です。恐らく、科学財団のものかと」
「……彼らが介入するメリットってありますかねえ?」
「私にはさっぱりです」
ストエダとヘイゼルの視線の先には、己を誇示するかのように夜空を突き進む巨大な飛行船の姿があった。
2つの楕円形のバルーンが空に浮かばせる金属装甲のスマートな船体からは、対空機銃や艦砲が顔を出している。
でかいコンテナを、舷側に張り出したクレーンでいくつかぶら下げているのも確認できる。
船底には爆撃用のハッチだけでなく、長砲身の単装の主砲を備えていた。
魔王軍や王国軍も飛行船を保有しているが、あれほど巨大かつ重武装なものはないし、空へ飛ばす技術がない。
これも、科学財団の誇る超科学によって成せる技である。
財団の構成員がよく口にする言葉の中に、「科学とは魔法だ」というものがある。
ストエダは今更ながら、その言葉が真実であると理解したのだった。
今もなお、飛行船は爆弾を降らせ、砲弾を発射し続けている。
村全体が炎に包まれるのもそう遠くないだろう。
「ヘイゼルさん、ちょおっとお願いがあるんですけどお」
「何でしょう」
ストエダは微笑み、今しがた取り上げた破片入りの袋をヘイゼルに手渡した。
「これを持ってえ、カルロス様の元へ向かってください。私が持っているよりい、あの方が持っていた方が安全ですしい、邪魔なのでえ。破片を渡したらあ、カルロス様の援護をお願いしますう」
「はッ! 不肖ヘイゼル、任務を必ずや果たしてみせます!」
「期待い、していますよお。ではあ、私は緑色のお方を探しに行きますのでえ……。私ってば、執念深い女ぁ……」
★★★★★★
砲撃と爆撃を続ける武装飛行船"ワイルドギース"の貨物室に、ユークリウスと艦長を伴ったスコルツェニーが入ってきた。
「Achtung!」
待機していた兵士達は一斉に起立して彼の方を見る。
その中には、ハヴィラ・ハインツの姿もあった。
この船で広いスペースを確保できるのが、この貨物室だった。
装甲車やバイクをありったけ積み込んでも、まだ部隊が集まれる広さがある。
兵士達は皆一様に起立し、スコルツェニーの長靴が立てるかつかつという音を聞いている。
パラシュートを背負い、拳銃やナイフ、一部はFG42自動小銃で武装した降下猟兵の姿は、どんな魔物でも威圧してしまう程の迫力があった。
スコルツェニーは整列する兵の前に立ち、一同を見渡す。
欠員はなし。
皆、万全の状態で時を待っている。
隻眼の中佐は、ニヤリと笑った。
「……さて、降下地点が近いので手短に済まそう」
一瞬で、空気が変わる。
中佐が言葉を発した瞬間に、貨物室という空間は彼に支配される。
求められない限り、兵士達は口をつぐむ。
求められずとも、中佐の言葉に耳を傾ける。
「確かめるまでもないだろうが、諸君の足の下は地獄だ。得体の知れぬ獣が跋扈し、僅かな人間が抵抗を試みている地獄。我々の職場だ。戦場だ。待ち望んでいたろう、フェアリュックト共……」
兵士達が口元を不気味に歪める。
そこにいるのは紛れもなく、戦争狂い共だった。
悪魔より神の方が人を殺している、というのは有名な話だが、その神も人を殺めんとする時にこんな顔はしていないはずだ。
神は正義の名の下に、悪意なく人を殺す。
だが黒鯨鉄十字団には悪も正義もなく、ただ楽しい仕事がそこにあるだけなのだ。
「諸君らはそこへ飛び降りる。そして花壇を踏み荒らすのだ。火を放て。ガラスを割れ。血に飢えた化け物をシュマイザーで薙ぎ払い、銃創から流れ出た血を飲ませてやれ。泣いて喜ぶ」
「Jawohl!」
「人間の捕虜は不要だ。見かければ、人と思うな。主神オーディンの名も知らぬひとでなしだ! 吾輩と諸君の敵は化け物だ。つまり奴らも化け物だ。Affeだ! 弾丸を撃ち込め! 銃剣で刺せ! 苦しむか否かは当人に任せて、諸君は殺戮に興じろ」
「了解!」
現地人も元死者も、関係なかった。
溝も壁もなく、スコルツェニーに付き従う意思を表明し、既に決まった覚悟をさらに強固なものへと変えていく。
恐れはない。
不安もない。
楽しみだ、早く征かせろという思いを必死に噛み殺しつつ、偉大な指揮官の演説を一言一句聞き逃すまいとしている。
「だが忘れるな。我々が地獄へ征く意味を。スゴウ・アヤネを捕縛し、鍵の破片も奪う。吾輩が、諸君が、黒鯨鉄十字団が、我が党が、鉄血の帝国が! 全て掻っ攫って勝利者となる! 我々は手にできなかった勝利を、諸君らは初めての勝利を、この地で得る!」
右の拳を硬く握りしめ、空へ突き上げるスコルツェニー。
兵士達の笑みが濃くなった。
遂に……。
遂に、遂に、遂に!
「諸君の降下は、踏み出す1歩は! 守るべき祖国を失いし我々の無垢な野望を叶えるための、大いなる前進の糧となる! 仮に諸君らの誰かが犠牲となろうとも、それは世界と世界の境界線を踏み越える第1歩を踏み出すための、聖なる礎となる!」
「「Jawohl! Jawohl, Herr Kommandant!」」
「「中佐殿! 貴方の指示のままに! 命令のままに!」」
兵士達が復唱する。
いよいよだ。
幕が上がる。
もし彼らがナチスの残党ではなく、狂気を振り翳した末に勝者を名乗る権利を得た連合国の兵士達であったなら、何か変わったのだろうか。
武装親衛隊の降下猟兵共が、仮にアメリカ兵とイギリス兵だったとしたら、彼らを見る観衆の目は、和らぐのだろうか。
当然のことながら、彼らにとってさして重要な問いではない。
犬畜生は犬畜生。
自分達は自分達なのだ。
スコルツェニーの命令のまま、戦い、果てるのならそれでいいのだ。
「さあ、征け! 戦争が待っている! 吾輩らの居場所がやってくる! ドイツが再び頂点に返り咲くその日のために!」
弾かれたように動き出す兵士達。
空挺部隊が降下するための部屋へ、喜々とした表情で向かっていく。
その中で1人だけ、無表情で歩いていく者がいた。
ハインツだ。
「ハインツくん」
スコルツェニーとすれ違う直前に名を呼ばれ、彼女は立ち止まる。
猫耳の少女と、武装親衛隊の将校。
親子の視線が、絡み合う。
「……行ってきます」
「頼んだぞ、ハインツくん」
ハインツはこくりと頷いて、立ち去ろうとした。
が、何かを思い出したように立ち止まり、振り返った。
「ユークリウス中尉」
「……何だ?」
いきなり矛先を向けられたユークリウスは、困惑気味に訊き返す。
「中佐をよろしくお願いします。怪我なんてさせたら引っ掻きます」
「な……!」
返事を待たずに、ハインツは歩いて行ってしまった。
口をぱくぱくさせながら固まっているユークリウスを他所に、艦長とスコルツェニーが耳打ちし合う。
「信用されてんな」
「この2人は本当にいいタッグだ」
「どこがっ……! あの雌猫、舐め腐りおって!」
中尉の怒りの叫びが、貨物室にわんわんとこだまする。
しかし返事どころか、その叫びに触れてくれる者すらいないのだった。
【ラン・ボー級巡航艦】科学財団が保有する武装飛行船。現在31隻が就役しており、"ワイルドギース"は4番艦である。砲撃戦だけでなく地上への爆撃性能も優れており、"単艦で小国を落とせる"と評されている。12番艦の"ライアン"からは対空火器が増設され、艦底部の主砲も2連装に変更されている




