灼熱戦線
マーティンとエルロッドは冒険者ギルドを出ると、解放した村人達を振り返った。
代表として、役人のマキシムが頭を下げる。
「……なんとお礼を申し上げれば良いだろうか、王都の若き冒険者よ……」
「当然のことをしたまでだ。礼はいらない」
そんなことを言いながらも誇示するように胸を張るエルロッド。
隣のマーティンは苦笑いだ。
「我々はこの村を脱出する。君らはどうするんだ?」
「僕達は仲間と合流して、戦闘を継続します」
「……そうか。相手は異形種同盟の幹部級だ。くれぐれも気をつけてくれ」
マーティンは頷き、踵を返す。
歩き出そうとした時、後ろから声をかける者があった。
どうやら、地元の冒険者のようだ。
「な、なあ……ほんとに、行っちまっていいのか?」
「え?」
「だから……ほら、その…………」
「……いいよ? 何でも」
「はい?」
再度振り返ると、困惑した様子の冒険者が目に入る。
自分よりも歳上だが、若い。
マーティンは小さく笑って、続けた。
「"これ"のことさえ黙っていてくれれば、何でも」
そう、何でもいい。
彼らがどうするかは、彼ら自身が決めることだ。
マーティンやエルロッドには強制する権利はない。
手にする武器──対人蒸気砲のことさえ黙殺してくれれば。
頭にバンダナを巻いた冒険者としばらく視線が交わったが、やがて相手がマーティンの目から逃れるように俯いた。
★★★★★★
手が震えている。
何か言おうと開きかけた口も、上手く動かない。
何粒もの汗が顔面を伝っていくのが気持ち悪い。
助けを求めるように彷徨わせた視線の先には、黙ってメイビスを見つめる村人達がいるばかり。
メイビスは自分の胸を拳で叩く。
そして、自分自身を叱り飛ばす。
どうしたメイビス。
言うんだろ。
ついさっきまでは諦めていた。
でも、あのヤクザの非道を目の当たりにして、考えが変わった。
平穏を奪ったあいつらが許せない。
一緒に酒を飲んだ同僚も、騒がしいが優しかった村の人達も、俺以上に気弱な村長も、うざったいギルド監視員の少尉も、みんな殺された。
許せない。
復讐がしたい。
この手で連中をぶっ殺したい。
でも……………………。
「…………お、俺はカスだ。魔王を倒すとか、普段は息巻いて調子に乗ってるけど、本当はゴミみたいな実力で、それでいて努力もしない……。そのせいで、村はめちゃくちゃになって……俺がしっかりしてりゃこんなことにはなってなかったんだ……」
絞り出されたのは、弱音だった。
村人達は顔を見合わせるが、何も言わない。
沈黙が、場を支配した。
すると──
「メイビス、お前だけのせいじゃあねえ。抱え込むな」
モヒカンの冒険者が、メイビスの背中を叩いた。
他の仲間もニヤリと笑う。
「いつもの空元気はどこ行ったよ? いつも以上に頼りねえな」
「こうなったら、俺達がサポートしなくちゃな。だろ?」
「おう。そうだな」
彼らの意思を悟ったメイビスの目から、熱いものがこぼれ始める。
それを見た3人の仲間達は、笑った。
ただしそれは嘲笑ではなく──
「……付き合うぜ、リーダー」
「!」
メイビスは涙を拭って、再びエルフの子供と向き合う。
今度は、震えていなかった。
「おい……エルフのガキ。何でもいいって言ったよな」
「うん。言ったよ」
「なら、俺達もついていくぜ」
4人組の冒険者が、前に進み出た。
無謀かもしれない。
死ぬかもしれない。
だが、やるしかない。
そう思った。
すると。
「なら、俺も」
1人の村人が、メイビスに続いて進み出る。
彼だけではない。
1人、また1人、さらに1人。
村人達は、誰に言われるまでもなく、自然と足を踏み出していた。
「俺もだ」
「儂も」
「俺だって」
「僕も」
「やれやれ……私もやるしかなさそうだ」
最後に、マキシムが進み出た。
「予定変更だ。我々は愛する村のために、手を取り、同時に武器を取る」
「…………えーっと……」
言葉に詰まるマーティン。
だが、拒絶の意思は感じられない。
ただ単に、言葉選びに迷っているだけだろう。
ニヤリと笑って、マキシムは役人らしく指示を飛ばす。
「使えそうなものを探すぞ! バターナイフ、トンカチや鍬でもいい! 付近の家を漁るんだ! 倒れた高利貸しからもひっぺがせ! チフとクエイドは女子供を村の外に!」
弾かれたように、村人達は飛び出していく。
避難する者と誘導する者。
空の民家に押し入って武器を探す者。
ヤクザから使えるものを奪う者。
皆、生き生きとしている。
反撃のチャンスだ。
またとない逆襲の好機。
逃すわけにはいかない。
「よーし! いっちょやるか!」
ギルドの外に積まれていた角材を掲げ、メイビスは吠えた。
パーティの仲間や、村人達が呼応する。
彼らの闘志を呼び覚ますきっかけとなったマーティンとエルロッドは、複雑な表情でこの様子を見つめていた。
★★★★★★
ミノスは、分からなかった。
目の前の現実を脳が受け入れない。
受け入れることを、他ならぬミノス自身が拒否している。
第4軍団は、軍の中でも創設された時期が古い方だ。
ミノスが長い期間をかけ、自らの手で士官や兵を育て上げた。
軍団は無敵だったはずだ。
事実、人間との戦いでは常に大戦果をあげ続けてきた。
しかし…………なんだ、これは。
軍団を構成する者の大半が屍となり、道路を埋め尽くしている。
その屍の山の中に、1人佇む女。
あいつだ。
全てあいつが……。
「貴様……我が軍団を一瞬にして……」
「軍団……。過大評価だな。仮想集団で十分だ」
女──須郷綾音は、足元に倒れる牛頭の兵を見下ろす。
その目はまさしく、侮蔑の目。
それが、ミノスの神経を逆撫でした。
「侮辱は許さぬ。散っていった者は皆勇敢であった。そして、彼らを鍛え上げた我は最強である」
「……ほう?」
「女。貴様は我が自らの手で葬ってくれる。誇りに思うが良いッ! 我の斧は強者にのみ振るうと決めておるのだ!」
「威勢がいいな、よく吠える。インターネットに蔓延る理系至上主義のガキ共に勝るとも劣らない。だが、そういう奴に限って、達者なのは口だけだ」
須郷の挑発を無視して、ミノスは斧を振りかぶって突撃する。
「行くぞ! 血の刻だッ!」
何倍もの体格差がある相手の突進を前にしても、須郷はびくりともしない。
冷静な面持ちで、地面を叩き割る程の斬撃を飛び退いてかわした。
着地と同時に、射撃。
ミノスの肩を弾丸が貫き、血が吹き出す。
「ぐっ……! まだだァァァァッ!」
撃たれる前よりも、ミノスは力強く斧を振り回す。
その勢いは、まさに周囲の全てを破壊し尽くさんとしていた。
味方の死体すら踏み潰し、家の壁も道も、何もかもぶっ壊していく。
ミノスには、須郷綾音しか見えていなかった。
「があああぁぁぁぁぁああっ!」
対して、ミノスに執拗に狙われる須郷からは、何の熱量も感じられない。
立て続けに振り下ろされる斧をひらりひらりとかわしながら、2丁拳銃で銃撃を加え続ける。
汗など1滴も落とさず、代わりに薬莢だけが落ちていく。
右からのフルスイングを、須郷は大きく背中を反って回避し、ミノスの顔面を狙って射撃する。
咄嗟にミノスは首を捻ったが、射線に入り込んだツノが1本弾け飛んだ。
「貴様ああああああァァァァッ!」
「!」
勢いよく振り下ろされる大斧。
須郷は身体を捻って斬撃を回避し、斧の柄を踏みつける。
そして、斧を握りしめるミノスの丸太のような手に、連続で弾丸を叩き込んだ。
「ぐおおおおっ!」
ミノスの手が斧から離れる。
須郷はその隙を見逃さず、地面に刺さった斧の柄に飛び乗り、踏み台にして飛び上がった。
ガラ空きのミノスの顔面に、須郷の鋭いキックが炸裂。
歯が何本か折れ、口から血が溢れ出す。
その威力は凄まじく、ミノスの身体は家々を破壊しながら大きく吹っ飛んでいった。
こんなことができるのは、ひとえに須郷が人間ではないからだ。
そして、ミノスもまた、人間ではない。
「がああああああああああああああッ! うああああああああああァァァァァァァァァァァァッ!」
数十メルト吹っ飛んだが、人を遥かに凌駕する瞬発力で、ミノスは一瞬にして戻ってきた。
須郷ですら、反応できなかった。
ミノスは、ツノを須郷に向けて牛のように突撃する。
速さが格段に上がっていた。
須郷は咄嗟に銃を投げ捨て、突っ込んできたミノスのツノを掴んだ。
が、ツノは容赦なく彼女の腹に突き刺さる。
「ッ……!」
ミノスの勢いは止まらない。
そのまま図書館の壁をぶち破り、本だらけの建物の中でも暴れまくった。
カウンターを踏み潰し、須郷が刺さった頭を振り回して本棚をめちゃくちゃに叩き壊す。
散々暴れた後、ミノスは須郷を壁に叩きつける。
ツノは抜けたが、須郷の腹には大きな穴が空いていた。
常人なら死んでいる量の血液も流れ出ている。
「終わりだ!」
須郷を今度こそ仕留めるべく、ミノスは再び突進しようとする。
だが、動くのは彼女の方が早かった。
「タタラ号ッ!」
直後、ミノスの背後から何者かが襲いかかる。
犬だ。
ジャーマンシェパードが、ミノスの筋骨隆々な背中に噛み付いている。
「な、何だお前は! クソ犬め!」
ミノスは、犬を払い落とそうと身を捩る。
その一瞬が、命取りだった。
ミノスは、須郷から目を離してはいけなかったのだ。
犬を気にせず彼女を襲っていれば、結果はまた変わっていたかもしれない。
とはいえ、現実にifはない。
切り替わったポイントレールは、2度と元に戻らない。
「よくやった、タタラ号」
ダァン
ミノスの眉間を、ニューナンブM60の弾丸がぶち抜いた。
巨体の牛男は背中からばたんと倒れ、2度と起き上がることはなかった。
第4軍団は、壊滅だ。
「……」
須郷の足元に、犬が擦り寄ってくる。
こいつは、警察犬だ。
非常に優秀で、何故か須郷によく懐いたタタラ号。
彼の勇敢さに、また助けられた。
「……ありがとう」
彼の頭を軽く撫でてやる。
タタラ号はバウと嬉しそうに吠えて、煙となり消えた。
「…………」
さて、足止めという任務だったが、壊滅させてしまった。
だったら、木佐岡と合流して破片を守るべきなのだろうが……。
腹に空いた穴は塞がりつつあるものの、腕にはヒビが入り始めている。
連続で恩寵を使いすぎた。
辺りは夜の闇に染まりつつある。
少し回復したら、すぐ移動しよう。
「……少し休もう」
その場に腰を下ろし、須郷は目を閉じた。




