ソ連軍、追撃
脇道に飛び込んだ俺達だったが、安心するにはあまりにも早い。
ソ連軍は100%追いかけてくるだろう。
自走砲はこの道に入り込めるかわからないとはいえ、アサルトライフルを持った兵士に背面を狙い撃ちにされるのは御免だ。
俺は仲間達を急かし、名誉ある殿を拝命する。
後退しながら小銃を構え、ソ連軍を警戒。
てっきり歩兵が突っ込んでくるかと思ったが、動き出したのは自走砲だった。
無理矢理入る気か……。
舌打ちし、戦闘室から顔を覗かせているニキチッチめがけて俺は発砲した。
弾丸は装甲に弾かれ、逆にニキチッチの拳銃が火を吹いた。
幸い弾は外れ、俺は再び撃ち返す。
銃撃戦が続く中、自走砲は急加速し脇道へ突っ込んできた。
ガリガリと金属が擦れ、家の壁が削り取られていく。
勢いはちっとも落ちていない。
「……逃げよ」
轢かれてはたまらない。
俺は後退する足を速めた。
ふと、逃げながら気がつく。
……止まった。
しかも、砲塔が動いている。
狙っているのか、前を……!
「全員伏せろーッ!」
叫びながら、俺は地面に飛び込むようにして伏せた。
俺の叫びに気づいたミッチャー達が、その場に伏せた時だった。
爆音──
前方の地面が爆散し、辺りを一気に塵が覆った。
76mmの砲口から放たれたBR-350A徹甲榴弾が、地面を抉ったのだ。
俺はすぐに立ち上がり、まだ伏せている仲間達へ駆け寄った。
突然の爆発に目を回しているニルナを助け起こす。
「何事ぉ……? 天の怒りッスかあ……?」
「『怒りの鉄槌 〜ロシア人編〜』だ」
自分でも意味のわからないことを言いながら、いち早く自力で立ち上がったウィルと共に仲間達を次々に助け起こす。
ゴアンスを4人がかりで立ち上がらせ、俺達は再び走り出した。
「脇道を出るぞ! 連中、次は絶対に外しちゃあくれねえ!」
自走砲が壁を削りながら迫ってくる。
砲弾でできた穴を飛び越え、散乱するバケツやら血のついた武器やらを足で除け、ひたすら逃げる。
俺は遂に脇道を飛び出した。
だが、まだだ。
ウィル達が出られていない。
俺は援護すべく、振り返って銃を構えた。
「き、キサオカくぅん⁉︎」
「あたしらを撃つのは禁止ッス! マジで!」
「勘違いすんな」
言いながら、発砲。
自走砲──厳密には顔を覗かせているニキチッチへ向けてだ。
単発射撃が続く中、ゴアンスとニルナ、ミッチャーが一斉に飛び出し、殿のウィルも脇道を脱出。
破片も仲間もみんな無事だ。
無事を喜び合う間も無く、俺達は走り出す。
「走れ! 安全地帯でターコイズブルーと合流する!」
「安全地帯なんてあるんでごわすか!」
「多分ほぼない!」
「流石は戦場! パネェッス!」
★★★★★★
ニキチッチはイラついていた。
日本人に逃げられたばかりか、自走砲が急に何かに詰まったように動かなくなったのだ。
八つ当たりとは理解していながらも、装填手へ拳と共に怒声をぶつける。
「どういうことだ! 俺は追えと言っているんだよ! わからないのか!」
「それが……古い装備なので、ガタが来ているのかも……」
「古い装備だと? こいつは1943年製造だろうが!」
「ぐあっ!」
装填手を殴り倒し、拳についた鼻血を拭いながらニキチッチは舌打ちする。
「"裸尻のフェルディナント"ですしね、しょうがないしょうがない」
「今は防御力の低さは関係ないだろ」
SU-76につけられた蔑称を口にするピョートルに、これ以上ニキチッチが機嫌を損ねないためにもドフチェンコがツッこむ。
その時だった。
「後方より敵接近ッ!」
1人の兵士が叫び、それはすぐに発砲音へ変わる。
ニキチッチが振り返ると、自分達が通ってきた道におびただしい数の異形種が雪崩れ込んできていた。
先頭を走る醜悪なゴブリン共と、配下の獣を見遣り、嘆息。
「何だよ、また化け物か……」
しかし、呆れていたのも一瞬のうち。
即座に戦士の顔へ戻ったニキチッチは、自走砲を飛び降りて駆け出した。
「援護しろドフチェンコ!」
「了解。ピョートル、ニキチッチを死なすなよ」
「あいよ、大佐。……聞いたか兵士ども! 大尉を死なすな!」
「いいか! 1歩でも退いてみろ! 俺の対戦車ライフルは、敵ではなくお前達を撃つ銃へ変わるぞ!」
進撃していた魔王軍は、AKの斉射に晒され足を止めた。
そこへピストルを手にしたニキチッチが飛び込んできたので、先頭集団はたちまち総崩れとなる。
銃剣を取り付けたピストルを撃ちながら振り回し、瞬時に4体の敵を屠った。
弓を構える者には弾丸を、近づく者には銃剣を。
後がない状況も、ニキチッチの力を増大させていた。
「……ん?」
不意に強烈な気配を感じ、ニキチッチは顔を上げた。
弓を構えたエルフの女が立っている。
雪のような白い肌と、木の葉のような緑の髪。
しかし、その瞳には悍ましい程の殺意と憎悪が込められている。
「……調子に乗るな」
「おっと……」
ニキチッチが動くのと、矢が放たれるのはほぼ同時だった。
右方向へ飛び出して矢をかわし、一気に接近して首を掻く。
そんなプランだった。
ところが、矢はなんと空中で軌道を変え、ニキチッチの頭を再び捉える。
「!」
咄嗟に屈んでやり過ごしたが、近くに立っていたソ連兵が3人、1度に胸を貫かれた。
エルフは再び矢をつがえる。
その時だった。
「どいてろおおおおおおおおおおッ!」
野太い叫び声が響き渡る。
いつの間にか自走砲の戦闘室に上がり込んだドフチェンコが、砲弾を両腕で持ち上げていた。
全身の筋肉が盛り上がり、血管を浮き上がらせるドフチェンコ。
その鬼気迫る様子に全てを察したニキチッチは、自走砲の方へ駆け足で戻っていく。
「ヘイゼル様! 伏せてくださいッ!」
1匹の異形がヘイゼルに覆い被さる。
それと同時に、ドフチェンコは砲弾を敵軍へ投げつけた。
★★★★★★
同刻、冒険者ギルド。
捕虜達の見張りを任されていたサンドンは、遠くで響いた爆発音に身を震わせる。
「結構激しいな」
「ほとんど戦争ですね」
部下のフィンがうんうんと頷く。
「戦争っつってもよ、乗り込んでくる連中はあのゾーリンゲンどもだぜ? 殺戮の間違いだろ?」
「それもそうかもしれませんねー」
「そうそう。そういうこと」
自身もうんうんと頷いて、サンドンはつい先程押し倒し現在進行形で覆い被さっている村娘に向き直った。
サンドンは裸だった。
少女は服を剥がれ、下着状態となって艶やかな素肌を晒している。
「激しいといや、こっちも激しくいかねえとな。捕虜と遊ぶ権利くらい、俺らにもあるだろ。さ、悪いこたぁ言わねえ。その下着脱ぎなさい」
「う……」
少女は目に涙を浮かべながら、必死に胸を庇って抵抗する。
彼女は農家の娘だった。
平和そのものだったトル村で、こんな行為と彼女は無縁だったはずだ。
しかし、現実は非情。
魔王軍に加担する高利貸しの親分は今こうして、少女の尊厳を奪おうとしている。
少女のささやかな抵抗に、サンドンはニィと唇を歪め、拳を振り上げた。
「言うこと聞けよお!」
バシッ
頬に強烈なパンチが飛ぶ。
目の前で繰り返される非道に、縄で拘束された男達は怒り狂った。
「おい、てめえ! ふざけんな!」
「何てことを……! まだ17だぞ!」
「豚野郎め! 俺達のメイビスが相手だ!」
「おうよ! って何でだ!」
「ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやるぞクソ野郎!」
中でも少女の父親の怒りは凄まじく、縄を今にも引きちぎって飛び出していきそうな勢いだった。
「はいはい、黙りやがれー」
ニヤニヤ笑いながらフィンが少女の父親に蹴りを入れた。
ぐにゃりと体を曲げて疼くまった父親を、フィンは何度も蹴り飛ばした。
「……!」
メイビスは反射的に飛び出そうとしたが、理性がそれを咎めた。
相手はやくざだ。
自分がしゃしゃり出たところで勝てるわけがない。
思い出せよ、俺は小さな村の低ランク冒険者だぞ。
「…………クソッ!」
自分自身へ悪態をつくメイビスを、仲間達は複雑な表情で見つめていた。
「へーっへへへ。やっぱり圧倒的優位に立って弱者をいたぶるのは愉悦だぜえ……!」
舌なめずりする不潔な顔面を前に、少女はただ泣き喚くことしかできなかった。
誰もが、諦めに近い感情を抱いた。
純粋な少女が目の前で穢されていくのを、ただ眺めることしかできない──
「ぐぼおおおっ!」
突然響いた悲鳴が、皆の感情を一瞬だけ無に変えた。
壁をぶち破って、男がギルドの中に飛び込んできたのだ。
よく見れば、外で見張りをしていたヤクザだった。
空目を剥いたヤクザは、木製の床に倒れて動かなくなった。
「な、なんだ……!」
サンドンが振り返るより早く、ぶち破られた穴から少女が矢のような速度で侵入してきた。
次の瞬間、完全に振り向いたサンドンの顔面に少女の強烈な膝蹴りが飛んだ。
「べぷしまっ……!」
縛られた村人達の頭上を醜悪なハゲデブが飛んでいく。
そのまま壁に頭から突っ込んで穴を開け、サンドンは気を失う。
「お、親分をよくも!」
ナイフを取り出したフィンが、他のヤクザと共に少女を取り囲む。
すると、
「ま、待ってよエルロッド!」
でかくてごついリュックのようなものを担いだエルフが、よたよたと入ってきた。
村人達は一瞬警戒したが、エルロッドと呼ばれた少女は振り返りもせずに話しかけた。
「マーティン。女の子の救護をお願い。大した怪我じゃあないけど、よろしく」
「え? う、うん」
エルフの子供は小走りで農家の娘に近づき、湿布と包帯を取り出した。
「やっちまえ!」
「ッ……!」
ヤクザとエルロッドは、同時に飛び出した。
まずフィンが顔面を蹴り飛ばされ、転倒する。
他のヤクザも一瞬で文字通り蹴散らされ、床に突っ伏してしまった。
「勝ち。いえーい」
喜んでいるのかいないのか、エルロッドは棒読みで勝鬨をあげた。
だが……。
「こ、このアマ…………!」
フィンがぬらりと起き上がり、勝ち誇るエルロッドを睨みつけた。
そして、ナイフを彼女へ向けて投擲──
「……マーティン、撃って」
────シュパアァン
奇妙な音と共に、フィンの頭が弾けた。
マーティンがいつの間にか救護の手を止め、棒状の杖のようなものを両手で構えていた。
杖の尻のあたりから管のようなものが伸び、エルフが背負うリュックのようなものに繋がっている。
「せ、成功だ……」
エルロッドがマーティンに駆け寄っていく。
傍観していた村人達は呆気にとられてその様を見つめている。
「やけに遅いと思ったら、それを組み立ててたんだね」
「ずっと担いでると邪魔なんだよね、これ……。でも、撃てたよ。実験が実を結んだんだ、やっと……」
「よかったね、マーティン」
喜びを分かち合う2人。
そこへ、メイビスがおずおずと口を挟んだ。
「お、おい……それって……」
「対人蒸気砲だよ。圧縮した蒸気の力を使って弾丸を飛ばすんだ」
事もなげに言ってから、マーティンはしまったと口を押さえた。
ここはヴァング=イリューシェン王国。
銃器の使用は大罪である。
「……あ、あのー」
「?」
「これについては……黙っておいてくれるかな? 趣味なんだ……」
【SU-76】ソ連で運用された自走砲。第二次世界大戦後を含め16,698輌の大量生産が行われ、ソ連以外の国でも使用された。ドイツ軍を相手に多大な戦果を挙げたが、防御力の弱さ故にあっさり撃破されることが多かったことや乗り心地の最悪さから、兵士からは"雌犬"や"裸尻のフェルディナンド"という蔑称をつけられていた




