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破片争奪戦

 ★★★★★★




 広場の方が手筈通りに進んでいることは、振り返ってみれば容易に確認できた。


 俺の周囲の家々とは比較にならない巨大さの石レンガドームが広場を覆い、外部からの侵入を拒んでいる。

 あまりにもでかいため、村のどこにいてもあのドームは見えるであろう。


 とはいえ、俺達にそのドームを悠長に見物している余裕はない。


 振り向けば、ドームよりも先に、迫り来る異形の軍勢が目に飛び込んでくるのだ。

 狙いは、俺が手にする破片の入った袋。


 先程から、これをバスケットボールの試合の如くパスをし合いながら、ここまで逃げてきたのだ。

 ここまでの努力を無駄にするわけにはいかない。


 背後まで、ゴブリン兵が迫ってくる。

 懸命に走りながら、前方を走る仲間の名を叫び、俺は袋を投げつけた。


「ゴアぁーンス!」


「お、おぉーっ⁉︎」


 袋をキャッチし、加速するゴアンス。

 彼を逃すまいと、家々の屋根の上から追跡する闇エルフらが放った矢の嵐が襲いかかる。


「ひ、ひぃーっ! おいはまだ死にたくねえーっ!」


 縦にも横にも巨大な体に似合わぬスピードで逃げていくゴアンス。

 彼を援護すべく、俺は振り向き様にゴブリン兵を銃床で殴り飛ばし、すぐさま銃を構え、後退りながら、屋根の上の闇エルフ部隊を狙撃した。


 1発ずつ、計3発。

 同じ数の闇エルフが屋根から落ちる。


 落下を見届けることなく、俺は再度前を向いて走り出した。


 敵はまだまだ追ってくる。

 その数、数百。

 対してこちらは俺とゴアンス、ウィル、ニルナ、ミッチャーの5人。


 多勢に無勢過ぎて笑えてくる。


 それでも、何とか僅かに距離が離れてきた。

 その時。


「うわああああああっ!」


 ゴアンスが突然悲鳴をあげ、倒れた。

 いきなり飛んできたゴブリンに組みつかれたのだ。


「あいつ、味方を投げてるッスよ!」


 ニルナの言う通りだった。

 大柄なトロールやゴブリン隊長らが、次々とゴブリン兵を掴んで投擲している。


 多くは着地に失敗して頭を打ち、死んでいった。

 だが、成功した者はすぐに俺達に襲いかかってくる。


 俺達全員の足が止まった。


「ジャンヌ! ゴアンスを頼む!」


 叫びながら、俺は銃を撃った。

 89式の弾丸が、ゴブリン兵の頭に穴を開けていく。


 6発撃ち、これ以上無駄弾を撃たぬよう、俺は接近戦に切り替えた。


 剣を持ったゴブリン兵に接近し、蹴り飛ばす。

 壁に激突し、泡を吹いて気絶したゴブリン兵の醜悪な頭に手を伸ばし、首の骨をへし折る。


「おおおおおおおおおっ!」


 不意に雄叫びが轟き、振り返ると、背後でドワーフの戦士が斧を振り上げていた。

 陽差しのドワーフ。

 人間達はそう呼ぶ存在。


 俺は斬撃を防ごうと構えたが、それよりも早くドワーフのこめかみに矢が1本突き刺さった。

 ウィルが放った矢が命中したのである。


「……」


 数秒目を合わせた後、ウィルは走り去っていく。

 俺もドワーフの死体を飛び越えて彼に続いた。


「こいつめっ! こいつめっ! しつけえッスよいい加減!」


「離れろってんだよ!」


 前方でニルナとミッチャーが、ゴアンスに群がるゴブリンを追い払っている。

 俺は怒声に近い声で呼びかけた。


「加勢は!」


「無用ッス!」


 返事をしながら、ニルナはフックでゴブリンの目玉を突き刺して持ち上げる。

 激痛に悶えながら暴れるゴブリンだったが、ニルナに地面に叩きつけられて永久に静かになった。


 激昂し、喚きながら斬りかかってくるゴブリンの群れ。

 ニルナは敵の攻撃をひょいひょいとかわし、ゴアンスから距離を取る。

 馬鹿なゴブリンはゴアンスのことなど忘れ、ニルナを追いかけていった。


 その隙にミッチャーがゴアンスを助け起こし、駆け出した。

 鍵の破片が入った袋は、しっかりとゴアンスの手の中にある。


 ゴアンスが立ち上がったのを確認すると、ニルナはすかさず反撃に出た。


 右腕の袖の下に仕込んでいたスリングショットを滑らせるように取り出し、先頭のゴブリンを狙撃する。


 脳天に石ころをぶち込まれたゴブリンは後続を巻き込んで倒れるが、それを免れたゴブリン兵が2匹向かっていく。


 ニルナは小鼠のように素早い動きで斬撃をかわし、ゴブリン兵の背後に回り込むと同時に、羽織っていたボロコートを敵の頭に被せる。

 視界を奪われてあたふたするゴブリン兵だったが、ニルナの飛び蹴りをくらってもう1匹と共にぶっ倒れる。


「おうおうおう! まだやろうって……うおおおう⁉︎」


 コートを奪い、半グレみたいな口調でまだ立っているゴブリン兵に凄むニルナの腕を、俺とウィルの2人で脇挟んで回収した。


 ひとまず危機は脱したが、まだまだ敵は迫ってくる。

 ゴブリン兵はまだ投擲されているし、闇エルフの弓矢やドワーフのスリングショットの攻撃も続いている。


「ブルー! やってくれ! 鬼ごっこに飽きてきた!」


 ミッチャーの叫びが響き渡る。


 それを聞き、作戦は順調に進むと確信した俺は、思わず口角を上げた。



 ★★★★★★




 ミッチャーの叫び声は、しっかりとターコイズブルーの耳に届いていた。


 遂に自分の出番が回ってきた。

 ターコイズブルーは右の拳をグッと握り、満面の笑みで天井に向かって突き上げた。


「わっかりました! ブルーにお任せ、です!」


 ターコイズブルーは、窓の外をちらと見た。

 建物の中に身を潜める彼女のすぐ側を、木佐岡達が駆け抜けて行く。


 それが合図だった。


「……迷いの(ロスト・)幻影(イリュージョン)


 彼女がそう呟いた時、家の前を異形の軍勢がどたどたと通過していく。


 ニタァと、ターコイズブルーは笑った。

 連中はとっくに術中にある。

 惑え、迷え、偽りの情報の中で踊れ。

 姉ちゃんには絶対に近づかせない。


 効果はすぐに現れた。

 敵兵が、殺し合いを始めたのだ。


 ゴブリンがゴブリンを突き殺し、突き殺される。

 打倒人間のために因縁を乗り越えたエルフとドワーフが、罵詈雑言と共に武器を振り回す。

 トロルが魔獣を締め殺し、これに怒った魔獣使いのコルペニー族が攻撃を始める。


 彼らは皆、幻影を見ているのだ。


 今殺そうとしている相手が、追跡対象の人間に見えているのである。


 とあるゴブリンは同胞を木佐岡利也と、とあるエルフは手長族をミッチャーと思い込んでいる。

 彼らの任務は彼らを殺して破片を奪うこと。

 そんな彼らには、油断も容赦も無縁である。


「ギィィィ!」


「ギャオロゥウウ!」


「破片を渡せえええ!」


「私のものだッ!」


 愚かな異形種。


 迷い続けろ。


 幻影の中で。

 偽りの現実の中で。


 ターコイズブルーは笑った。

 愉快だ、愉悦だ。

 愚かで愚かで、楽しくなってきた。


「お前達、狼狽えるな! 幻影術の類だろう。人間め小癪な真似を……!」


 その楽しみをぶち壊したのは、女の鋭い声だった。

 見れば、白い肌のそれはそれは美しい闇エルフだ。

 軍団長ヘイゼルとは彼女のことだろう。


 思わず舌打ちして、ターコイズブルーはぼやいた。


「あー、やっぱり全員は騙せないですかー……。まあ、軍隊に対して使うことは想定してないですもんねー……。てか、何あのエルフ。めっちゃ偉そー……」


 彼女の存在に気づくことなく、ヘイゼルは正常な兵士達に命令を飛ばす。


「幻影を解除している時間はない! 心苦しいが、我々だけで人間共を追うぞ! なんとしてもストエダ様のお役に立つのだ!」


「あらあらぁ、ヘイゼルさんってばぁ……とぉーっても素敵……忠誠心って言うんでしょうかぁ。素敵ですぅ」


「!」


 突然、ストエダがヘイゼルの真横に現れた。

 ヘイゼルはすぐに片膝をつき、配下の兵士達もそれに倣う。


 ターコイズブルーは一瞬、自分が幻影を見ているのかと思った。


 いつの間に移動した。

 速すぎる。

 まるで見えなかった。


「とぉーっても素敵な忠誠心ですけどぉ……。羽虫の気配には気づいて欲しいですねぇ……取るに足らない羽虫とはいえ、出来る限り」


 ……ストエダと目が合った。


「……………………やっばーっ!」


 ターコイズブルーは一目散に逃げ出した。

 兵士達が追ってくる気配を感じたが、振り向いている余裕はなかった。




 ★★★★★★




 ターコイズブルーのお陰で、危機は脱した。

 今や追跡者達の姿はなく、道を駆けるのは俺達5人のみである。


「ほ、ほんとに誰も追って来んでごわすな!」


「あたしの仲間、すげえだろ!」


「いやはや、恐れ入ったッス……」


 すっかり頬が緩み切っているゴアンス達を、俺とウィルは睨む。


「まだ終わっていないぞ。いずれ追跡は再開されるし、新手がいるかもわからん」


「……」


 急に表情が固くなったゴアンスとミッチャーが顔を見合わせる。

 ゴアンスはともかく、ミッチャー、お前はそれでいいのか。


 一方、ニルナだけは引き攣りながらも笑顔を崩さずにいる。


「ま、まあ! どんな敵が来ようが、あたし達ならどうにかなるッスよ!」


「……楽観的過ぎやしないか?」


「逆にキサオカ先輩は思わないんスか! 銃なんて扱えるの、先輩くらいしかいないッスよね? その時点で勝ち確ッスよ! どんな化け物でも、先輩なら穴だらけにできるはずッス!」


「おいおい、銃はそんな万能な武器じゃあ……」


 こっちの話を聞かずに、ニルナは走るスピードを上げる。

 この先はL字型の曲がり道だ。


「またまた、謙遜はゴブリンの唾ッスよ。あたしは先輩のこと、信じてるッス!」


「待てって!」


 俺も慌てて追い縋る。


 そのまま2人揃って、突き当たりの方へ飛び出す。


 一瞬、時が止まった。


 俺から見て右側、真っ直ぐ伸びた道。

 道のど真ん中を塞ぐように佇む戦車のようなモノと、銃を持った兵士が目に入った。


 向こうも、突然飛び出してきたこちらに驚いているようだ。

 反射的に、体が動いた。


「だあああああっ!」


 即座にニルナの手を引き、全速力で引き返す。

 ニルナを投げるように家の陰へ放り込み、俺もスライディングで飛び込んだ。


 追いついてきたウィル達が訝しげな目線を向けてくる。

 俺はニルナを助け起こしながら、言った。


「新手のお出ましだ」




 ★★★★★★




「久しぶりに人間を見たぞ。しかもあれは、あの時の日本人だ。俺達は運がいいな、同志達よ」


 自走砲SU-76の戦闘室から身を乗り出しながら、ニキチッチは呟く。

 オープントップの戦闘室には、指揮官と装填手、砲手が乗っているのだが、そこに無理矢理ニキチッチが乗り込んだため、かなり窮屈な状態になっている。


 対戦車ライフルを構えながら、自走砲の横に陣取るドフチェンコが見上げてくる。


「声でもかけてみますか?」


「そうするか──おい、日本人(ヤポンスキー)!」


 静まり返るL字の道に、ニキチッチの声が響き渡る。


「この村に来てから出会うのが化け物ばかりでうんざりしていたんだ。ようやく人間の顔が見られて俺は気分がいい。顔を見せてくれよ」


「いや結構。AKを構えた兵士と戦車をどっかにやってくれるなら出てもいいんだがな」


「愚か者め。こいつは自走砲だ。オープントップの戦車があるものかよ」


「駆逐戦車なら、あるいは」


 口を挟んできたドフチェンコを、ニキチッチは睨みつける。

 狙撃兵は何食わぬ顔で目を逸らした。


「日本人。俺はお前に聞きたいことがあるんだ。だから命まで取る気はない。だから一旦信じて、顔を見せろよ」


「熊には人の言葉は通じねえだろうが。無理だね」


 ニキチッチは思わず顔を顰めた。

 確かに、ドフチェンコやピョートルのように、ロシア人には熊みたいにデカい奴が多い。

 けれども、理性のない野獣と同列に扱われるのは納得がいかない。


「……わかった。わかったよ。俺は今、他人の顔を拝みたくて仕方ない。だから、自分からそっちに行ってやる。ご尊顔、拝ませろよ。メガネで出っ歯の()()()()()()()を」


 その言葉が合図だった。

 ドフチェンコが指示を出し、兵士達がゆっくりと歩き出した。


雌犬(スカ)を動かせ」


 自走砲もごうごう唸りながら前進を開始する。




 ★★★★★★




「あの女、日本人をバカにしやがって……! 差別主義なんざ今どき流行んねえよ!」


 毒づきながら、俺は攻撃準備を整えていた。


「ミッチャー。鏡とか持ってないか?」


「あるぜ。ほらよ」


 ミッチャーから渡された手鏡で、俺は向こうの様子を窺う。


 兵士の数はおよそ8人。

 全員が銃を構えている。


 将校らしきいかつい大男は、対戦車ライフルを持っている。

 186番地で須郷を狙撃した男だろう。


 ソ連兵も十分脅威だが、1番厄介なのはやはり自走砲だろう。

 正面しか狙えないタイプの自走砲とはいえ、あの砲口から放たれるBR-350A徹甲榴弾をまともに喰らえば間違いなく死ぬ。


 さて、どうしたものか……。


「……ん?」


 ふと、あることに気づいた。


 脇道だ。

 俺達から見て左斜め前、家と家の間に道ができている。

 あの自走砲が入るか入れないか程の横幅の道だ。


「……よし、この手で行こう」




 ★★★★★★




 ある程度距離を詰めたところで、ニキチッチは自走砲に停止を命じた。

 それに合わせて、兵士達の歩みも止まる。


「日本人、強情になるなよ。人を信じる癖をつけろ、な?」


「! ニキチッチ! 来ます!」


 あまりに突然だった。

 全身緑色の日本人が、小銃を手に飛び出してきた。


 速い。

 もう道の真ん中に到達している。


 速いといえば、ニキチッチが拳銃を構えるのも速かった。

 銃剣を装着したナガンM1895を取り出し、一瞬で日本人の頭に狙いをつける。


「──お?」


 ふと、ニキチッチは気づいた。

 日本人は小銃と一緒に、何か丸いものを持っている。


 その正体にニキチッチが気づくのも、爆速だった。


「総員伏せろッ!」


 ほぼ同時に、日本人が丸いソレを投げ、地面に伏せた。

 ソレ──炸裂弾はSU-76の手前に落下し、爆散する。


 地面が抉れ、破片がソ連兵を襲う。

 あたりには厚い黒煙が立ち込め、視界が急激に悪くなった。


「走れッ!」


 日本人が叫ぶのが聞こえる。

 すぐに、数人分の足音が続いた。


 脇道に逃げ込む気か!


 ニキチッチは、黒煙の中で拳銃を発砲した。


「Давай!」


 兵士達を怒鳴りつけ、リロード。

 AK-47のフルオート射撃が直後に始まる。

 一部の兵士はPPSh-41(ペーペーシャ)を乱射した。


 絶望的な視界の中で、何発も轟く発砲音。

 しかし、手応えはまるでなかった。


 黒煙が消えて行き、若干視界が回復してきた時には、撃たれて道に倒れている者は誰1人いなかった。


 ガンッ


 屈辱を発散すべく、ニキチッチは戦闘室の壁を殴った。

 しかし、気持ちは収まらない。


「Чёрт возьми!」


 緑の日本人を罵倒しながら、ニキチッチは呆然としている兵士達を再度怒鳴りつけた。


Трус(臆病者ッ)! 呆けるな! 追うぞ!」

【ゴブリンの唾】ルクハント島の慣用句。"ゴブリンの吐いた唾のように無価値なもの"を表す

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