事務所襲撃
時間は少し遡り、場所もかなり移動する。
ちょうどメイビス達が大量の足跡を発見したのと同じような頃、王都での出来事だ。
俺とゾーリンゲン、エルロッドがボロ屋に戻ると、既に協力者達が小屋の外に集まっていた。
ウィルとマーティンに何かを力説していた様子のベロニカが、俺達の帰還に気づいて手を振ってくる。
「おかえり。2人から事情を聞いた時には本当にびっくりしたよ。まさか、トゥピラが誘拐されるなんてね……」
「俺がしちまった借金のせいだぜ。畜生、責任重すぎて死にそうだ。だーッ、クソッ! ゴミ! 俺!」
軽装の鎧を身に纏ったゾーリンゲンは頭をガシガシ掻く。
ベロニカが兜の下で苦笑するのがわかった。
「とにかく、友達の危機を放っておくのは人として最低な行為だ。命、張るよ。ね、シグマ、ゴードンさん」
鎧の女は振り返って、仲間達に問いかける。
身長の2倍近い槍を担いだシグマと、背の高い老魔法使いゴードンからNoの声が上がることはなかった。
「もちろん、協力してあげるわよ。ベロニカちゃんが行くって言うんだもの」
「ワシは魔法使いの同胞を見捨てんぞい。暴力団なんぞ、恫喝でしか勝てん小童よ」
Noどころか、戦意は十分と言っていい。
頼もしい限りだ、などと心の中で感心していると。
「命張るならあたしらもッスよ!」
ベロニカの兜の横から、ひょいとニルナの顔が現れる。
いつの間にか彼女の背後に回り込み、背中から這い上がったようである。
当然、これに怒りの意を示す者が1人。
シグマである。
「あッ! あんた、ベロニカちゃんから降りなさいよ! そこに乗っていいのは私だけよ!」
「ど、どっちもやめてほしいかな……」
ベロニカが兜の奥で困ったような笑みを浮かべているのを想像するのは容易かった。
そんな2人を無視して、ニルナは歯を見せて笑った。
どんと信じてくれ、とでも言いたげな笑顔であった。
「先輩のピンチとあらば、駆けつけるのが後輩というものッ! 反社会勢力の相手なら、何故だかチンピラのレッテルを貼られたあたしが出向くべきッス! きっと役に立つッス! ね、みんな!」
道のど真ん中に腰を下ろし、ゴアンスと一緒に武器の手入れをしていたニルナの仲間達は、おうよと威勢良く返す。
「サンドンに喧嘩売るんだろ? 俺達もあいつらに借金してるんだ。あいつらとっちめれば借金もチャラだし、とことんやってやるぜ!」
「……疑問。何故ただのレッテル貼りと思えるのかただただ疑問。だが、役に立つだろうというのは同感だ」
「ベッツ隊、イリエス殿を救出すべく、拘置所より参上であります!」
「保釈金は今度返してなぁ」
おっとりした口調でゴアンスが言った。
どうやら昨日の食い逃げの後、しっかり捕まったらしい。
「そういえば、こいつらの名前まだキサオカさんに教えてなかったッスね」
「そうだな。連携を取るためにも、名乗り合った方がいいかもしれん」
すると、真っ先に犬耳の少年が立ち上がった。
「俺のことはプツェルって呼んでくれ。弓使いだ」
「わたしはルコルバ・エンフィールドでありますッ!」
続いて立ち上がるのは、黒髪の少女。
前にトゥピラから、この国で黒髪は珍しいと聞いた気がする。
この前会った時はアホ毛が見えていたが、今日は軍帽のような帽子を被っていたので見えなかった。
「冒険者ギルドに加盟する前は、陸軍にて勤務しておりました。ゾーリンゲン殿と隊は違いましたが、よく同じ作戦地域に派遣され、共に戦った仲であります。余談ですが、今年で19になるであります」
「軍隊経験者、しかもゾーリの戦友か。そいつは頼もしい」
「緑、こいつ結構強えぞ? 俺も正直おっかねえ。こいつにだけはナンパできねえわ」
「さらに戦友のお墨付きと来た。いいねえ」
そう言った後、俺の目は自然と神官服の少女に移る。
彼女はちらとこちらを見て、ひと言。
「……アンだ」
「よろしく」
彼女の名は知っていたが、敢えてそのことは言わなかった。
「さて、自己紹介を終えたところで、俺の疑問をひとつ解消したい」
俺は冒険者達の集まるその奥で独り佇む男──キダニ・スミスを睨んだ。
「何でお前がここにいるんだ」
「オウ、もしかしてアングリー?」
「……人手が増えるのは大歓迎だから構わないけどよ」
そう言った時、足元に何かが触れた。
視線を落とすと、ピティが俺の脚をよじ登ろうとしているところだった。
「そのホワイトなアニマルに連れて来られたんデース。とてもジーニアスな子ネ」
「そーか、お前だったのかー」
こいつもこいつなりに役に立とうとしているのだろうか。
そう考えると少し嬉しくなった。
「事情は既に聞きまシタ。ワタシも戦いマース。マイフレンドのピンチはワタシのピンチ。全力でサポートしますデース」
そう言って笑うと、キダニは背中に背負ったハンマーを手にして素振りを始めた。
勝手に友達認定されているのは納得いかないが、前衛を務めてくれるなら文句はない。
「僕達は全部で14人。数では高利貸しの人達には劣るだろうけど……」
「くぐってきた修羅場が違うわ。何てったって冒険者なんだもの。762号は知らないけど」
ベロニカとシグマの言葉に、冒険者達が一様に頷いた。
「昨晩の仕返しでごわす。イリエスくんは絶対に連れ戻すでごわすよ!」
「先輩、頼むから無事でいてくださいッスよ!」
「マーティンの敵はエルロッドの敵だ。容赦はしない」
皆の戦意は十分だ。
後は闘争本能のままに敵をなぶり殺し、トゥピラを奪い返すだけだ。
「ゾーリ、連中の居場所はわかるか?」
「事務所にいると思う。前に借りに行ったから、場所も覚えてるぜ」
「よし。じゃ、俺は着替えてくる。お前らも準備済ませとけよ」
そう言い残して、俺はボロ屋の中に入った。
ゾーリに言ったように、着替えるのだ。
緑色に。
使える弾倉は残り4つ。
その内、満タンなのは3つ。
ストエダ戦、リッテンハイム戦で1つずつ使い切った。
あまり無駄にはできないが、撃つしかない。
待っていろよ、トゥピラ。
お前は絶対に助ける。
初めて会ったあの日のように、助け出してやる。
こんな俺を助けてくれたあの夜の借りを、今日返してやる。
だから、待っていろ。
心の中で、何度も繰り返す。
俺の決意は固く、また闘志の炎は消火できないレベルまで燃え上がっていた。
全員の準備が整うと、俺達は即座に行動を開始した。
廃墟街を出て、ゾーリンゲンを先頭にヤクザの事務所を目指して歩き出す。
王都はかなり複雑に道が入り組んでいおり、さらに場所を覚えていると豪語したゾーリは誰しもが認めるバカであるため、何度も道を間違え、移動には少々時間をかけてしまった。
それでも俺達はなんとか、人気のない路地の先にあるヤクザの事務所へ辿り着いたのだった。
分散し、少し離れたところの物陰に隠れながら、敵の様子を伺う。
2階建の事務所の扉の前には、筋骨隆々の男が2人立っている。
用心棒か何かだろう。
隣でマーティンがごくりと喉を鳴らす。
「どうしたマーティン、怖いか?」
「……ちょっとね。覚悟を決めても、怖いものは怖いよ」
「わかるぞ、その気持ち。だが、そういう時のための仲間だ」
「そうだぜ、チビ」
ゾーリにどんと尻を叩かれ、マーティンはよろめいた。
励ましのつもりだったのだろうが、エルロッドが無言で彼を睨んだため、ゾーリは渋々マーティンに詫びた。
「……」
俺は別の物陰に隠れているベロニカのパーティへ目を向ける。
彼女達もこっちを見ており、目が合った。
彼女らの目は「いける」と言っている。
俺はこくりと頷いて、指で合図を送った。
「……トゥピラが巻き込まれなきゃいいんだけど」
「心配はいらないよ、マーティン。彼は優秀だから。エルロッドも魔法を教えてもらったことがあるから、わかる」
「ゴードンさんなら大丈夫でごわすよ」
作戦は至ってシンプル。
見張りがいようがいまいが、ゴードンが事務所の入り口を魔法で吹っ飛ばし、敵を混乱させる。
その隙に全員で突入して蹂躙し、トゥピラを助け出すというプランである。
"クレータージジイ"ことゴードンは炎系の魔法に分類される爆発魔法の使い手である。
そんな彼に使ってもらうのは"誘導弾"と呼ばれる技だ。
爆発する弾を生成し、遠隔操作で敵へ撃ち込むというものだ。
爆発の威力は調整可能で、今回は少し控えめにしてもらっている。
「それっ」
自分の背丈程もある杖を振るい、ゴードンが弾を飛ばす。
俺達全員が見守る中、弾は遅いのか速いのかわからないスピードで用心棒達の足元へ飛んでいく。
彼らが光の弾に気づいて視線を落とした時には、もう遅かった。
「破ァッ!」
しわがれた叫び声と共に、爆発が起こる。
扉が壁を巻き込んでバラバラになり、両脚が吹っ飛んだ用心棒達の体が宙を舞う。
俺はゾーリとマーティンの頭を押さえつけ、物陰から頭を出さぬよう伏せた。
飛んでくる破片を警戒してのことだ。
幸い上手くやり過ごし、俺達は立ち上がる。
事務所の方が騒がしくなってきた。
連中が慌てている今がチャンスだ。
「カチコミッスよ〜!」
「反社に正義の鉄槌だぜ!」
まず飛び出したのは、ニルナのパーティだった。
ベロニカが止めるのも聞かず、外と中を隔てるものがなくなった事務所へ突入していく。
アンだけが外に残っていた。
「……馬鹿。闇雲に突撃すればいいというものではない」
これには俺も同意見だったし、ベロニカもそのようだった。
「盾役を置いていくなんて……元気が有り余りすぎだと思わない?」
巨大な盾を持った少女は、すれ違いざまにそう言って振り向いた。
その瞬間、彼女は絶句して立ち止まる。
何を見て立ち止まったかは明白だ。
俺が両手で持っている武器、89式小銃。
「…………それって、銃?」
「ああ」
「何でそんなものを……犯罪だよ? 裁判所を飛び越えて教会が裁くくらいの重犯罪を……」
「色々と事情がある。気になるだろうが、そういうことは後にしてくれ。トゥピラが最優先だ」
少しの間はあったものの、ベロニカからの返事は案外早かった。
「……わかった。後でじっくり聞かせてもらうよ。僕が前に出るから、援護お願い」
「ああ」
ベロニカは暴徒を制圧する機動隊員のように盾を構え、建物の中へ突入していく。
彼女に続くシグマとゴードンはこちらに一瞥くれただけで、何も言わなかった。
最後に突入するのは、762号だ。
「やろうぜ、緑」
「おう」
ゾーリンゲンが真っ先に走り出す。
ゴアンスとマーティン、エルロッド、ウィルも走り出す。
ピティも続く。
そして、俺も駆け出した。
「は、速すぎデス、エブリワン! ウェイト! ウェーイト!」
最後に突入したのは、キダニであった。
★★★★★★
狭い事務所の中での戦闘は、冒険者側が有利に進めていた。
あまりに一方的であった。
騒ぎを聞きつけ、飛び出してきたのは僅か8名程。
対して侵入者は14人と1匹。
ひとつの目的のために一致団結した冒険者達の前では、流石の暴力団も敵わなかった。
「ひゃっはあああ! ヤクザ殺し最高ッス!」
「借金はチャラであります! 返済義務の消失であります!」
ナイフを持ったニルナ、鉈を構えるルコルバが斬り込み、蹴散らしていく。
屈強な大男達は2人の少女の勢いに押され、体勢を崩す。
そこへ、ベロニカとシグマが間髪入れずに突撃する。
「こうも狭いと、槍が扱いにくいわねッ」
「盾も振り回しづらいよ!」
1人のヤクザが槍で目ん玉を貫かれ、そのまま脳を破壊される。
そちらへ気を取られた別のヤクザは、突進してきたベロニカの盾と壁に挟まれ、押し潰されて死んだ。
キダニは何故かハンマーを使わずに、素手でヤクザと取っ組み合っている。
大柄な体格のおかげで善戦できているのがちょっとムカつく。
「組員は僕達が引き受けるから!」
「762号はトゥピラを探しに行きなさい!」
ベロニカとシグマにそう叫ばれ、俺達はすぐに戦場を離脱した。
集合したのは、地下室への入り口と思われる扉の前だった。
「手分けして探すぞ。俺とゾーリは地下。ゴアンスとウィルは2階を、マーティンとエルロッドは1階の捜索を頼む」
全員漏れなく了解し、指定された場所へ駆けて行った。
そして、この場に残った俺達の担当は、地下だ。
俺は黙ってドアを開けようとしたが、それよりも早くゾーリがバタンと壊れんばかりに開け放ち、叫びながら突入していった。
「ぺったんこぉ! どこだあ!」
「……兵士だったとはとても思えん」
★★★★★★
階段を降りた先には、天井のランタンの灯りでそれなりに明るい地下があった。
廊下のような狭い通路である。
右の壁にひとつ、さらに奥にもひとつ、ドアがある。
「俺は右の部屋を調べるから、お前は奥のやつを頼む」
「……わかったぜ!」
キサオカ・トシヤの指示に大人しく従い、ゾーリは短い通路を歩き出す。
上では激しい戦闘が続いているようだ。
どたんばたんと音がする。
だが、あいつらなら大丈夫だろうという確信が、ゾーリにはあった。
背後でドアが開く音がする。
あいつが部屋に入ったようだ。
ゾーリもまた、ドアノブに手をかけて中へ入ろうとしている。
斧を片手で構えながら、ゆっくりと外開きのドアを開ける。
部屋の中に灯りはなく、真っ暗だった。
しかしドアが開いたことで光が差し込み、中の様子が──。
「……ッ!」
部屋の真ん中に、ドアに背を向けるようにして椅子が置かれていた。
そこに、誰かが座っている。
顔は見えないが、そいつの被っている帽子はゾーリにとって見慣れたものであった。
それはまさしくトーマス・ゾーリンゲンが探していたもの。
トゥピラ・イリエスのつば広帽子であった。
「ぺったん──」
言い終わる前に、帽子を被った人物が立ち上がり、振り返った。
──全く知らない、髭面の男。
トゥピラでは、なかった。
「かかったな、お間抜けチンめ!」
呆然とするゾーリへ、ナイフを抜いた男が飛びかかってくる。
我に返った時には、喉元にナイフの先端が突き刺さる寸前であった。
ダァン
ダダァン
背後から響く発砲音。
男はナイフをポロリと落とし、倒れた。
へなへなと座り込むゾーリの後ろで、キサオカはため息をつく。
「……フェイクか。セコい手使いやがって」
ゾーリを助け起こし、キサオカは部屋の中へ踏み入る。
ゾーリはトゥピラの帽子を拾い上げ、男に唾を吐きかけた。
こんな野郎が親友の帽子を被るなど、許せない。
キサオカは人のいなくなった部屋を見渡し、あるものに気づいた。
「……これは」
壁に、ナイフが刺さっていた。
ナイフは画鋲の役割を果たしており、何か文字の書かれた紙を切先で突き刺している。
彼はそれを手に取り、読み始めた。
★★★★★★
「……おかしい」
死体となったヤクザ、縛られて捕虜になったヤクザを交互に見つめ、ベロニカは唸った。
シグマも同じことを思ったのか、何度も頷いている。
死体は3つ。
捕虜は6人。
合わせて9人。
「数が少なすぎる……。マーティンの話だと20人はいないとおかしいのに……」
「親玉のサンドンもいないわ」
外で倒した用心棒を含めても11人だ。
残りはどこへ消えたというのだろうか。
冒険者達は顔を見合わせるばかりで、答えを導き出すことはできなかった。
★★★★★★
「……やられた」
「は?」
首を傾げるゾーリの目の前で、俺は紙を床に叩きつけた。
非常にむしゃくしゃしていた。
予定が何もかも狂い、全てがふいになったあの感覚。
例えるなら、何日か前から外出の計画を立てたが、当日は突然の大雨によって計画が破綻した、あのイライラに近い。
「おいおい、何だってんだよ! 何をやられたんだ! 俺は字が読めねえんだよ、何て書いてあんのか教えてくれ!」
ゾーリンゲンがわけもわからず喚く。
無理もない。
俺はやられたとしか言っていないのだ。
静かな口調の中に悔しさを滲ませながら、俺は言った。
「……トゥピラはここにはいない。今朝、王都を出ちまったらしい」
「なっ……!」
「今はトル村ってところにいる。人質としてな。俺達に、3日以内に村まで来いって言ってやがる」
「トル村……? 知らねえ村だ」
「そこんとこはどうでもいい。問題は、この紙を書いて壁に突き刺しやがったカスの名前だ」
俺は紙を拾い上げ、ゾーリに突きつける。
彼が字を読めないのを承知の行為だ。
眉をひそめて紙を凝視するゾーリに、俺は吐き捨てる。
「ストエダだ。下の方に、律儀に名前書いてやがる。トゥピラを連れ去ったのは魔王軍だってことも、ヤクザのバックに奴らがついてたことも、包み隠さずぜーんぶ書いてやがる。余裕の態度すぎて腹立ってくるぜ」
緑色の人へ
お疲れ様です、緑色の人。
他の方がお読みでしたら、緑色の人に渡してくださいね。
お留守番の人間共とのお遊戯はいかがでしたか?
ハメられたとお怒りのようでしたら、一旦落ち着いてください。
女の子は、高利貸しの親分さんと一緒に私と行動しています。
裏で支援していただけあって、高利貸しの皆さんはすごく従順で助かっています。
こういう人間が増えてくれるとありがたいんですけどね。
恐らく、この手紙が読まれる頃には、私達は目的地についているでしょう。
向こうには軍隊が待っているはずです。
あなた方が異形種同盟軍とか呼んでいるあれです。
その軍隊と一緒に、これからちょっと暇を潰すつもりです。
村はどれくらい持ってくれるでしょうか?
頑張って予想してみてくださいね!
トル村で、待っていますよ。
回収した2つの鍵の破片を持って、できるだけお早めにどうぞ。
天の火が3度昇るまでが望ましいですね。
ああ、義務ではないので来なくてもいいですよ。
トゥピラちゃんと、これからも一緒にいたくないのなら、ですけれど。
魔王軍準幹部ストエダより




