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トル村有事

 トル村は、王領の数ある村の中のひとつである。


 王領とはいってもその領地は広大で、どの貴族の領地よりも大きい。

 そのため、大きな街程発展しない村は数多く存在する。


 トル村もその数多くある村のひとつであり、王都からはゆったり馬車を走らせれば6日、かっとばせば2日の距離にある。

 ただそれも休(・)ま(・)ず(・)に(・)行(・)け(・)ば(・)の話で、実際の日数はさらに伸びる。


 他の村に比べれば割と王都から近い位置にあるということで、村の中ではそれなりに発展しているが、所詮は田舎。

 人口は300人程度、駐留している軍もおらず、平和の維持は僅かな警官と冒険者ギルド頼りの村である。


 特徴といえば、かつては遺跡発掘の拠点が置かれていた場所だったため、面積が無駄に広く、空き家や廃墟が多いということくらいだ。


 村なので勿論村長がいる他、国から派遣された役人が駐在している。

 トル村冒険者ギルド支部には20人の冒険者と4人の職員が勤務中である。


 村人達は農業や狩りで何とか日銭を稼いでおり、田舎者特有の謎の絆で結ばれている。

 そのため、結束は異様に固い。


 言ってしまえば普通の村。

 ちょっと広いだけで何の取り柄もないただの村である。




 そんなトル村の冒険者ギルドに、1人の老人が訪れていた。

 彼は受付の男性の前で、歯の少なくなった口で必死に喚いていた。


「本当だよ。信じて欲しいだ。おらの息子が山で狩りをしとったら、遺跡を見つけちまったんだあ。でっけえ石像もあったらしいだよ。おら、おっかなくておっかなくて……冒険者様、何とかしてけろ……」


 職員は困ったように隣の同僚と顔を見合わせる。

 それから愛想笑いを浮かべ、懇願する老人に向き直った。


「あのね、お爺ちゃん。冒険者ギルドじゃ、もう遺跡調査はやってないんだわ」


「ふええ? そうなんか? おらが若え頃は冒険者の盗賊って人達が遺跡に潜ってったけんども」


「それはお爺ちゃんが若い頃だったからだね。今じゃそれは学者の仕事だし、盗賊なんて職業も、聞こえが悪いっつって、30年くらい前の改革で廃止されたよ」


「えー、そうなんだか。時代の流れっつうのは怖えなあ」


「ま、報告ありがと。学会には連絡入れておくよ。ここから1番近いのは、えーっと……」


 横目で同僚に助けを求めると、彼女は困ったように笑った後に言った。


「カル街の学院ですね。あそこならすぐに調査に来てくれますよ」


「おお、ありがと」


 視線を落とし、書類に文字を書き連ねているうちに、老人はギルドを出て行った。

 それを確認すると、職員は同僚に話しかける。


「最近は"冒険を知らぬ冒険者"って揶揄に、ますます反論しにくくなってるよな」


「そうですねえ。でも事実ですし」


「……しっかし、遺跡なんてまだ見つかるもんなんだな」


「田舎ですからね。竜の時代の遺跡は島中にあるらしいですし、そんなに開拓が進んでないここみたいな場所には、めちゃくちゃ埋まってるでしょうね」


「魔獣が住みついてたりするから、結構迷惑なんだよな、見つかると。まあロマンはあるけどな」


 ここで言葉を切り、職員は同僚に顔を向けた。

 彼女がきょとんと首を傾げたが、職員は顔を赤くしながら目を逸らし、書類に再度目を落としながら尋ねる。


「そうだ。午後からお茶しない?」


「あ、ごめんなさい。冒険者さんの昇格考査がありますので」


「……そう」




 冒険者ギルドには普通、稽古の場が設けられている。


 トル村の稽古場はギルドの外にあり、周りを低めの柵で囲まれているだけの広くも狭くもない空間である。

 弓使いが練習に使う的や、剣士がぶった斬りまくってボロボロになった藁の人形などが置かれている。


 異形種や魔獣に対応するために、的の位置や高さを動かせたり、ゴブリン程のサイズの人形も存在しているのが特徴である。


 その稽古場で、剣をぶつけ合う者達がいた。


 トル村のギルド支部に所属する冒険者達である。


「せいッ!」


「だらあッ!」


「うおおおっ!」


 大剣を振り回す大柄な冒険者に、2人の新人が突撃していく。

 その様を言い表すなら、無鉄砲……否、この世界の言葉で言うのなら鎧(・)へ(・)放(・)た(・)れ(・)た(・)木(・)の(・)矢(・)といったところか。


 考えなしの突進は簡単に押し返され、2人は尻餅をついて剣を取り落とした。


「くっそー……」


「強え……手加減してくれよ!」


「はっはっは、遠慮なく相手してくれっつったのはお前らじゃあねえか」


 豪快に笑う重装戦士。

 柵の外で見物していた村人、主に子供達が歓声をあげる。


「ザルドさんかっけえー!」


「この村の中で1人だけの白狐級だもんな!」


「ホントに憧れるよ!」


 歓声が止まぬ中、それをぶつりと切るように声が響き渡る。

 乱入者だ。


「任せろ新人! 仇は取ってやるぜ!」


 バンダナを巻いた若い男は剣を抜き、真っ直ぐ重装戦士へ突撃する。

 小細工はなしだ。

 無謀なる特攻だ。


「キエェェェェッ!」


「……」


 重装戦士は嘆息し、両手で持っていた剣から左手だけ離すと、突進してくる男の方へ突き出した。


 クリティカルヒット。

 顔面に拳がめり込み、男は情けなくぶっ倒れた。


「メイビスはだせー」


「この村で最弱の冒険者だもんな」


「転職考えた方がいいよ……?」


 子供達の悪意があるのかないのかわからない野次の中、メイビスは尻を払いながら立ち上がる。


「チクショウ! 痛え……」


「怪我させちまったのは悪い。でも、いくらなんでも弱すぎるぞ、お前」


「全くだぜ」


 メイビスはキッと声のした方を睨みつける。

 呆れ気味の重装戦士に同調するように、柵の外で相槌をうつ者達がいた。


 メイビスのパーティメンバー達だ。


「威勢の良さだけじゃ、冒険者なんかやれねえぞ」


 と、細身の眼鏡。


「普段は魔王を倒すとか言っといて、いざとなったらこれだもんな。ゴブリン相手にも日和って逃げやがる」


 眼鏡に続けて、筋肉ムキムキのアフロが吐き捨てるように言った。


「気さくでいい奴なのはそうなんだが、冒険者向きじゃあないんだよな」


 これは長身のモヒカンの弁である。


 パーティメンバーのくせにリーダーであるメイビスにこの態度。

 だが、咎めようにもこれらは全て事実であるため、メイビスも下手なことは言えなかった。


「お前らは俺の敵なの? 味方なの?」


「「「パーティメンバーだよ」」」


「あのな、お前らはそうやって俺のこと見下すが、いつか絶対に魔王を倒す勇者に俺はなってやるんだ!」


 常日頃から口にしているこの言葉を、彼はここで声に出した。

 周囲の反応は「またか」といった感じで、諦めが強く表れた苦笑を顔に貼り付けていた。


 柵に寄りかかって稽古を見学していた重装戦士の相棒が、諭すようにメイビスへ声をかける。


 彼女は王都警護騎士団志望の剣士で、腕を磨くためにギルドに加入した将来有望な冒険者である。

 重装戦士ザルドとパーティを組み、その美しい金髪や美貌もあって、村人達からも慕われている。


「メイビス、君は一昨年成人しただろう。こんなちっぽけな村で苦労して日銭を稼いでいる弱小冒険者パーティが、例えるなら、巣へ懸命に人の取り落とした菓子を持ち帰る虫けらのような奴が、魔王なんて倒せるはずがないだろう。現実を見ろ」


 彼女に悪意はない。

 しかし、それはメイビスにしかめ面をさせるには十分だった。


「くそ〜ッ、みんなして俺を否定しやがって……」


「言葉のスケールのでかさと実力が釣り合ってねえからだ」


 アフロの言葉に、眼鏡とモヒカンが激しく同意、日本の言葉で言えば禿同と言わんばかりに激しく頷く。

 ぐぬぬと唸りながら反論しようとするメイビスだったが、新たな乱入者がそれをさせなかった。


 先程まで任務に出掛けていた冒険者だった。


「おい、みんな! とんでもないもの見つけちまった!」




 その冒険者が発見したものを目にした時、メイビス達はまず「何だこれは」と思った。


 村の近くの山の中にあったそれは、足跡だった。


 動物や猟師の足跡なら、メイビスら冒険者達は何ら疑問に思わない。

 だが、それらは明らかに人のものより小さく、靴など履いていないかのようで、そんな足跡が地面を埋め尽くしているのだから、「何だこれは」と思うのも当然のことである。


 足跡を取り囲むようにして村の冒険者達が集結し、無言で顔を見合わせる。

 皆、言いたいことはあったが、口に出さないでいた。


「……ゴブリンかな?」


 メイビスの呟きに、女騎士が頷く。


「そうだろう。問題は数だな」


「ああ、この足跡は恐らく斥候のものだ。ゴブリンは何かを襲う時に必ず斥候を送るからな。斥候だけでこの数なら、かなり大規模な群れということだ」


 重装戦士はかがみ込んで、足跡を間近で見つめる。

 その瞳の中に炎を見たような気がして、メイビスは思わず目を逸らした。


「で、でもゴブリンだろ? ガキくらいの強さと頭の雑魚くらい、どうとでも……」


「メイビス。子供が刃物を持って、しかも大勢で、虫を踏みつけるような感覚でお前に襲いかかってきたらどうする?」


「……」


 メイビスは女騎士の問いに、思わず黙ってしまう。

 考えたこともなかったからだ。


 彼にだって、1匹のゴブリンくらい殺せる。

 でも、数十匹で襲いかかられたら?

 生き延びられる自信は、正直なかった。


「連中は俺の妹を辱めて殺した。また性懲りも無くやって来ようってんなら、ケツの肉削ぎ落として薪にくべてやる」


 がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら、重装戦士が立ち上がる。

 冒険者達の視線が集まる中、彼は大剣を担ぎ上げて宣言した。


「俺はこいつと足跡を追う。お前らは村の警備を固めろ」


「お、お前マジか! やめとけって!」


 1人の冒険者が声を上げたが、重装戦士はひと睨みで彼を黙らせる。


「止めてくれるな。すぐに戻る。向こうを偵察しに行くだけだ。無茶はしないから、心配するな」


「そういうことだ。一度決意を固めたら曲げない奴だということは、お前達もよくわかっているだろう?」


 女騎士もレイピアと盾を持って、歩き出した重装戦士に続いた。


 冒険者達はまたしても何も言わなかった。

 全員が無言で、2人の後ろ姿を見つめている。


 沈黙を破ったのは、メイビスの仲間達だった。


「メイビス、お前も行ってこいよ」


「そうだ、魔王を倒すってんならゴブリンの群れくらい1人で蹴散らさねえと」


「やだッ!」


 途端に、いくじなしとなじる声が上がり始め、たちまち大ブーイングへと発展した。

 それでも、嫌なものは嫌である。


「えーい、うるさい! 俺が出張らなくても、あの人達に限って負けることはないだろうから、心配はいらねえさ! 大人しく村に帰ろう!」


 そう喚いて、メイビスは歩き出す。

 2人の冒険者とは真逆の方向、村の方へ。


 他の冒険者達も、ぞろぞろと彼に続いて歩き出す。


「あーあ、今日は巡回で寝れねえぞ」


「面倒なもの見つけやがって。後で一杯奢りやがれ、この」


「八つ当たりじゃあねえか、そりゃ」


「うるせえ」


 軽口を叩き合う冒険者達は、まだ知らなかった。

 これが悪夢の始まりであることに。




 ★★★★★★




 その夜。


 木の柵に囲まれたトル村の正門にて、1人の冒険者が警戒に当たっていた。


 ゴブリンの群れと思しき足跡が見つかったことを受け、ギルドと警視隊は総力をあげて防衛することを決定。

 全ての冒険者と警官は、夜も眠らずに監視に当たるよう命令されたのだ。


 槍の使い手であるその冒険者は、正直に言えば眠くて仕方がなかった。

 いつもならとっくにベッドに潜る時間だというのに。

 消灯の鐘が鳴っても、こんなことをしなければならないとは。


 欠伸を噛み殺しながら夜空を見上げる。


 雲ひとつない、晴れ渡った星空。

 あの星座は何といったか。


 そんなことを考えていると、その夜空に異変が起きた。


 何かが浮かび上がってきたかと思えば、それが急速に大きくなり始めたのだ。

 彼は2秒程で、もしやあれは大きくなっているのではなく、猛スピードでこちらに接近しているのだと考える。

 そうだ、あれは飛んできているのだと理解する。


 冒険者が慌てて地面に伏せた瞬間、それは柵に激突し、豪快に叩き壊して着地した。


「な、なんだ……?」


 冒険者は急いで着地したそれに駆け寄る。

 破壊された柵の中にあるそれは、衝撃でぐちゃぐちゃになっていたが、彼はその正体がわかってしまった。


 人だ。

 2人の人間が背中合わせに縛られて飛んできたのだ。


 最早原型を留めぬ死体だが、冒険者には彼らの正体がわかった。

 縛られた2人の体には、大剣とレイピアが突き刺さっていたからだ。


「ゲッ!」


 重装戦士と女騎士の、変わり果てた姿だった。




 ★★★★★★




 響き渡る男の悲鳴。

 夜の闇に包まれていた村に、ぽつぽつと明かりが灯りはじめたのを、ストエダは遠くから見ていた。


 間抜けにもの(・)こ(・)の(・)こ(・)と異形種同盟軍の陣地に踏み込んできた2人の冒険者を、送り返してやっただけのことなのに、向こうの慌てようが伝わってくる。


「ドワーフの皆さんが作る武器はあ、すごいですねえ。こぉんなに遠くからでも弾丸を命中させられるんですからあ」


 ふと、背後に気配を感じ、ストエダは振り返る。


 エルフの女が跪いていた。

 真っ白な肌で緑の髪の、まさにエルフと呼ぶに相応しいエルフだ。

 こんな純粋なるエルフを、人間は"闇エルフ"などと呼ぶのだから汚らしい。


「ストエダ様。第18軍団各員、配置につきました。ご命令があれば、いつでも虐殺を開始できます」


「すっごーいい! やっぱりヘイゼルさんはあ、テキパキしててえ、素敵ですねえ。しっかり軍団も動かして、転移石も設置していただいてえ……」


「私(わたくし)には勿体無いお言葉です」


 頬を紅潮させながら、ヘイゼルは頭を下げる。


 彼女は第18軍団の軍団長。

 50の軍団のうちひとつを率いる、選ばれし1名である。


「人間達はどういたしますか? 転移石の影響で眠っておりますが」


「私がなんとかしますのでえ、ヘイゼルさんはあ……」


 ストエダは彼女へ近づき、そっと頬を撫でた。

 驚いて顔を上げるヘイゼルへ笑いかけ、とろけるような甘い声で命令を下す。


「いーっぱい、ゴミ虫を踏んづけておいてくださいねえ」




 ★★★★★★




 悲鳴を聞きつけ、松明を手にした冒険者達が正門に集まってくる。

 その中には、偶然近くを巡回していたメイビスのパーティも含まれていた。


「どうしたんだよ! それに、さっきのでけえ音は何だッ!」


「あ……」


 腰が抜けて立ち上がれない槍使いの冒険者は、ぶっ壊れた柵の方を指さす。

 集まった者達の視線が、一瞬だけ、全てその方向へ向いた。


 その直後、槍使いが短く「ギャッ」と叫んで倒れ、冒険者達の視線を即座に呼び戻す。


 槍使いの肩に突き刺さったボロボロの矢を目に入れ、彼らは一斉に総毛立つ。


 来た。

 敵が来た。

 ゴブリンの群れが襲って──。


「お、おお……!」


 茂みや木の背後、あるものは土の中。

 あらゆる場所から敵が現れる。


 それらの多くはゴブリンであったが、それだけではなかった。


 ゴブリンにしてはでかいやつがいる。

 ゴブリンキングやシャーマン、ホブ、チーフとは違う影が幾つも闇の中にある。


 ゴブリンにしては耳がでかくないやつがいる。

 それの姿は、腰の曲がった人間に近い。

 またあるものは豚のようなシルエットだ。


 特徴をあげていけばキリがない。


 奴らが迫ってくる。

 咆哮をあげながら走ってくる。

 柵にかけられた松明の明かりの中へ侵入してくる。


 誰だろうか、叫び声をあげたのは。


「違う! ゴブリンじゃあねえ!」


 ゴブリンの雑兵に混じって、色んなやつがいる。


 ゴブリンをさらにでかくしたような怪物トロル、豚顔の化け物オーク、人喰らいの泥族、鳥の頭と羽を持つ鳥頭族、人と生きることを拒んだ"陽差(ひさ)し"のドワーフ、同じく闇エルフ。

 あげていけばキリがない。


 見よ、あの軍団を。


 誰も憎み合わず、手を取り合っている。

 多様性に満ち満ちている。

 多種多様な彼らは、人間を共に憎んでいる。

 そうだ、人を憎むために手を取るのだ。


 人間と、それと共に生きる種を殲滅せんと、ありとあらゆる種族が集結した混成軍だ。


 こんな軍を編成できるのは、一体誰だ?

 ゴブリン?

 否(いな)、否、否。


 魔王と呼ばれる者だけだ。


「異形種同盟軍ッ! 魔王軍が攻めてきやがったッ!」


 この叫びは、メイビスのものだった。

 ゴブリンの群れと戦うとばかり思っていた冒険者達は、思わぬ敵の襲来に驚き、焦る。


 それでも戦いを生業とする者、怯えながらもすぐに武器を構えて、迫ってくる敵を迎え討たんと躍り出る。


 その隙に、メイビスのパーティは槍使いを救出し、村の中まで引っ張り込んだ。


「しっかりしろ! お前、ファーミット楽しみにしてたろ!」


「そうだ、ファジーちゃんをひっかけるって言ってたじゃあねえか!」


 懸命に呼びかけるメイビスと仲間達。

 だが、メガネだけは冷静だった。


「……無理だ」


「あ?」


「これはゴブリンが作る矢だ。木の枝をそのまんま利用してるし、エルフならもっと美しく作る。ゴブリンの武器には基本的に……」


 はっとした。

 4人の考えが一致し、絶望的な目で槍使いを見下ろす。


 槍使いもまた、絶望感に満ち溢れた目で彼らを見つめ返す。

 その体は痙攣し、咳き込んだ口からは大量の血が溢れ出た。


「毒か……」


「適当な葉っぱに、自分の小便とクソを混ぜて作る悪趣味な毒だ。最悪だぜッ! 俺は今ここで、長いこと一緒にやってきた仲間を見捨てなきゃならねえ!」


 メガネの冷静さが消えた。

 自分の剣を地面に叩きつけ、叫ぶ。


 槍使いが、声を漏らした。


「お、俺は……死ぬの…………か?」


「……ッ!」


 メイビスは何も言えなかった。

 言わなくても、さっきメガネが言った。


「や、やだよ……! 死ぬのかよ……! 嫌だ……よッ!」


 悲痛な叫び声をあげる間も、槍使いの口からはゴボゴボと血が溢れる。

 かける言葉も見つからず、言葉をかける勇気も得られず、メイビスはただ見つめるしかなかった。


 その時、背後で凄まじい悲鳴があがり、メイビス達は振り返る。


 迎撃に出た冒険者の断末魔だった。

 陽差しのドワーフの斧によって四肢を切り落とされ、死のうとしている者の嘆きだった。


 他の者も既に生き絶えており、トロルの棍棒で頭を叩き潰されたり、ゴブリンにたかられて人とは思えぬ肉塊にされたりと、その末路は様々だった。


 そしてそれらは、メイビス達の戦意を挫くのにはあまりにも効果的であった。


 彼らは逃げた。

 槍使いを置いて走った。

 情けない顔で駆けた。


 メイビスは半泣きだったし、仲間達もいつものような軽口は言わなかった。


 1度だけメイビスは振り返ったが、動けぬ槍使いはゴブリンの群れに飛びつかれ、短剣でめった刺しし、棍棒でめった打ちにされているところだった。


「……すまねえ!」


 その謝罪が彼に届くことは、永遠になかった。




 ★★★★★★




 正門が破られてすぐに、トル村は大混乱に陥った。


 なだれ込んだ魔王軍は、あらゆるところで殺戮を開始した。

 人の形をしていない兵が進撃し、肉食の動物や魔獣が放たれる。

 目に入った人間は冒険者だろうが警官だろうが、そして一般人だろうが凄惨な死体へ変えていく。


 抵抗しようと、無抵抗だろうと、お構いなしだ。


 ある男の冒険者はトロルに戦いを挑み、呆気なく頭をスイカのように割られた。


 ある女の冒険者は、泥族の魔術で焦げ肉にされた。


 ある母親はゴブリンに襲われた子供を見捨てて逃げ、追いかけてきたゴブリンの群れに犯された。


 ある警官は老人を庇って闇エルフの矢を受け、倒れた。


 その老人は足が遅かったばかりに逃げきれず、手長族に首をへし折られた。


 冒険者ギルドも襲撃され、昇進考査の書類を整理していた職員が植物型の魔獣ラゥプルに襲われ、脳髄を吸われて死亡した。


 異形種達は楽しんでいた。

 憎んでいた人間を遊ぶように殺せるのだ。

 楽しくて楽しくて、仕方がない。


 彼らは思う。

 こいつらは弱すぎて、面白い。


 これは戦いですらない何(・)か(・)だった。

 一方的に村人がいたぶられ、殺され、尊厳を奪われていく。


 曲がり角を曲がれば死体があり、大通りは死体が道を作り、家の中には哀れな家族の死体が放置されている。

 死体、死体、死体。


 ここは戦場ではなかったはずなのに。

 平穏な村だったはずなのに。


 村人達はわからなかった。

 こんなところを襲うメリットがどこにあるのだ。


 その疑問に答えることなど、異形種はしないのだが。




 ★★★★★★




 中央広場は、近くにある牧草地を除けば村の中で1番広い場所だ。

 教会や役場、警視隊詰所や村民食堂など、あらゆる公共施設が集まっている。


 だが、今はそこを楽しげに訪れる者はいない。

 怯えた避難民ばかりだ。


 村人達の体は何故か、何かあれば中央広場に行くようになっている。

 今回もその習性が働いていた。


 村役人のマキシムは、村長と護衛の警官、冒険者ギルド監視員である少尉と共に避難民の群れを眺めていた。

 マキシムの顔は大粒の汗が流れ、蓄えられた口髭を濡らしていく。


 緊急事態だ。

 自分の村で殺戮が起きている。

 大切な村人が殺されている。


 彼は王都から派遣された人間だが、この村を愛していた。

 だからこそ、役場に立てこもらずに広場のど真ん中に立っているのだ。


「生き残りは?」


 警官に尋ねる。

 壮年の警官は、できる限り冷静な声色で答える。

 彼も怖いのだ。


「警官は私以外、ここにはいません。冒険者は何人かいますが、使い物になるかどうか」


「そうか。少尉、救援要請は送ったか?」


「魔法通信を王都の方へ飛ばしました。それから、近くの街へ部下を送りました」


 陸軍少尉の階級をつけた軍人が答える。


「しかし、すぐに応援が来るかどうか……」


「応援の来る時間よりも、心配することがあろう」


 突然、声が割り込んできた。

 3人は慌てて背中合わせに武器を取り、辺りを見渡した。


「あッ! あそこだッ!」


 村長が指さしたのは、役場の屋根の上だった。


 エルフがいた。

 緑髪の、美しいエルフだ。


 しかし、味方ではないのは明白だ。


「お前達の四肢は残して貰えるのか、肥やし以下の扱いをされるのか。そういうことを考える時だぞ、人間」


「闇エルフめがッ!」


 少尉がクロスボウを構え、放った。

 矢は外れたが、僅かな髪が巻き込まれて宙を舞う。


「闇エルフとは、悪趣味な呼び名だ……。純粋なるエルフの一員である私に向かって……」


 憎々しげに呟き、闇エルフは弓を引き絞った。

 すかさず、マキシムと村長の前に警官と少尉が立ち塞がる。


 それでも、女は矢を放つ。

 しかし、放たれた矢は素人でもそんなところに飛ばないような方向……真横へすっ飛んでいった。


 しかし、矢は突然軌道を変え、カーブを描くように警官と少尉の方へ向かっていく。

 驚いた少尉が声をあげる間も無く矢は首を貫き、そのまま警官のこめかみに突き刺さってようやく止まった。


 1本の矢で2人の護衛が一瞬にして死んだ。

 マキシムと村長を絶望させるには十分だった。


「宝石は磨けば磨く程美しくなり、人はそれを魔法のような輝きと言う。それと同じように、磨き抜かれた技術は魔法と見紛うものだ」


 屋根から木の葉のように飛び降り、闇エルフは歩いてくる。

 マキシムは抵抗できなかった。

 村長もだ。

 自分達も殺されると分かりきっているからだ。


 なんと非情な現実か。

 圧倒的な力が抗うことを許さない。

 希望も尊厳も、何もかもが打ち砕かれた。


「我が名、第18軍団長ヘイゼル。貴様達には抵抗を続ける者達へ停戦を呼びかけてもらいたい。協力してくれるだろうか」


 断る勇気は、マキシムにはなかった。

 村長もだ。

【村役人】行政の手が届きにくい田舎の農村や漁村へ、派遣される役人。主に徴税や集会の開催、法令の伝達などを行う。基本的に村民とは良好な関係を築くことが求められるが、時に行き過ぎた徴税が原因で一揆を起こされ、役人が罷免されることもある

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