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ドール・オブ・ザ・デッド

 王都186番地の駅に降り立ったトゥピラ・イリエスの表情は生き生きとしていた。


 ここに来るまでの彼女はかなり散々な目に遭っている。


 今日も冒険者ギルドに出勤したはいいが、受付のローレンスに「悪いな、今日はお前らに任せられるような任務が来てないんだわ」と、"今日は仕事ないから給料も出ないよ"宣言をされてしまった。


 マックスをはじめとした他の冒険者に揶揄われ、特に留まる理由もないのでギルドを後にしたパーティ第762号は、各々暇潰しをすることにしたのだ。


 マーティンはウィルと図書館へ行くと、ゾーリンゲンとゴアンスは街を適当にほっつき歩くと告げて小屋を出て行った。

 トゥピラもまた、以前友人と交わした会話を思い出して列車に乗り込んだのである。


「ニルナ、びっくりするだろうなあ。前は休暇は取れそうにないからベロニカのお父さんのお店に行くのは無理って言っちゃったし」


 鉤爪の銀髪後輩が「せ、先輩! ナズェここに⁉︎」と慌てふためく様子を思い浮かべて、トゥピラはふふっと笑う。


 だが思い浮かべるだけでは足りない。

 実際に見ないと。


「よし、行こうか。500万はまだまだあるわけだし、たっくさん食べちゃうぞー」


 トゥピラは歩き出す。


 そして、足を踏み入れる。




 当然、彼女は知らない。



 186番地の惨状を。



 彼女が独り笑っている間にも、誰かが凄惨な死を迎えていることを。

 王立騎兵団は陸軍の傘下にある騎兵部隊であり、ウラン・レイジブル中将がまとめ上げている。

 国民は彼らを"第2の陸軍"と呼ぶ。


 騎兵団の名に相応しく、騎兵の練度は陸軍の諸兵に勝り、指揮能力も陸軍将校のそれを上回る。

 1200人の精鋭達は、常に王都周辺に目を光らせ、外敵や外患誘致の非国民から王国の首都を守っているのである。


 そんな騎兵団の本部は王都中央地区に存在する。

 一角獣を模った赤い旗をはためかせた石の要塞だ。


 その司令室に、1人の軍人が転がり込むようにして入室してきた。


 地方で採れたという果実を嗜んでいたウランは、ナプキンを持った世話役を下がらせ、部下の軍人に向かい合った。


「何やら外が騒がしいと思っていたが、お主の慌てた様子を見ると、やはり儂が正しかったか。何があったのじゃ」


「は、はッ! 王都186番地にて暴動が発生中! 市民に被害が出ています!」


 陸軍の赤い軍服に身を包んだ部下は、一息に報告した。

 額や頬を伝う汗の量から、彼の慌てぶりがわかる。


「暴動か……しかし、何故じゃ。またタルォヤ伯の支持者が叫んでおるのか?」


「いえ、タルォヤ伯は関与していないようです。彼らもある意味普通ではありませんが、この暴動は本当の意味で普通ではないのです」


「……と、言うと?」


「人が人を喰っているのです」


 部下の顔は青ざめていた。

 落ちる汗の量もおかしくなっていく。


「暴徒は引き攣った顔でニコニコ笑いながら理性ある人を襲い、齧り付くのです。エルフやドワーフもお構いなしです。歯が折れてもしゃぶります。骨や肉を赤子のようにしゃぶるのです。186番地はまさに悪死者の国そのものであります。タルォヤの暴徒は人を喰いますか? 罵倒や投石はやりますが、幼子を噛み殺したりはしません。若い男を追いかけ回して集団で齧り付き、骨すら粉になるほど砕くことをするわけがない。とにかく、これは異常です。警視隊や衛兵隊も出動していますが、憲兵だけではどうにもならない。我々が動くべきです……!」


 人を喰らう人。


 魔術の類で、確かそんなものがあった気がする。

 死人を甦らせ、人を喰う化け物として使役する……とかいったやつだ。


 当然、こんな魔術は王国で使えない。

 法律が禁じている。

 王国を苦しめる数多の敵国ですら使わない。


 使うのは異形種同盟くらいのものだ。


「……わかった。これは国民の危機じゃ、部隊を動かそう。冒険者ギルドと陸軍司令部にも連絡を取れ。フェードラ陸軍大将ならすぐに連隊を動かすはずじゃ」


 軍人がばたばたと退室した後、皿に盛り付けられたフルーツの山に目を移し、ウランは嘆息する。


「……不可解なことが続くのう、最近は」


 何故か異形連合軍準幹部ストエダに拠点を襲われ、大きな外傷もなく生き延びた低階級の冒険者達。

 65番住宅街で見つかった、銃弾を撃ち込まれて尚且つ左胸の抉られた男の死体。

 黒鯨鉄十字団を名乗る者達が起こした列車襲撃事件。


 そして、先程の報告。


 立て続けに起こる、異常な事件。

 王国に何が起きているのだろう。


 誰が、何を腹に抱えて異常事態を起こしているのだろう。


「儂らは……王国は、恐ろしい何かに巻き込まれつつあるとでもいうのかのう。突然空が消えてしまうのではないか、くらいの空回りした心配であってくれれば良いのじゃが」




 ★★★★★★




 ニルナ・ベッツは困惑していた。


 "それ"があまりにも突然だったからである。


 親娘の愛を確かめ合ったあの後、ニルナ達は店を飛び出して警視隊の詰所へ向けて走り出した。

 1番近い冒険者ギルドはギルド本部なのだが、他の支部と比べれば近いというだけで距離は遠い。

 そのため、近くの詰所に報告し、そこから連絡を入れてもらうことにしたのだ。


 ……が、走り出してすぐ、ルウェイオス氏が急に立ち止まった。


 義足なので元より足は遅いのだが、あまりにも突然、彼の時だけが止まったかのようにぴたっと静止し、両手両足を揃えて起立したのである。


 ニルナとシグマが困惑する中、


「パパ、どうしたの? はやく警視隊のところに……」


 父に寄り添うようにして進んでいたベロニカは、心配そうに彼の顔を覗き込む。

 そして──。


「……え?」


 父親の異様な形相を目の前にして固まった。


 何がおかしいのか、ルウェイオス氏は歯を剥き出しにして笑っていた。

 自分で笑っているというより、誰かに無理矢理作らされた笑顔、と表現するのがしっくりくる。


 そんな笑顔のまま、ルウェイオス氏は娘を見た。


 そして、彼女の全身を覆う鎧の肩を掴むと、その三日月形の口をぱかっと開けて、喉元へ──。


「ふんッ!」


 それより一瞬早く、シグマの投擲した槍が、ルウェイオス氏のこめかみを貫いた。

 ぐちゃぐちゃの中身を撒き散らしながら倒れた父を見下ろし、しばし呆然としていたベロニカだったが、やがて我に返り、父を殺害したシグマに涙を溜めた非難の視線を向ける。


「シグマ! な、何を……!」


「ベロニカちゃん、ダメ」


 そんな諦めの言葉を吐きながら、シグマは歩み寄り、槍を引き抜く。

 その表情は非難の気も失せるほど冷徹だった。


「あの人は、ベロニカちゃんを明確に殺そうとしていたわ。鎧は噛み砕けないだろうけど、確かに喉笛を噛み切ろうとしたのよ」


「……」


 ベロニカとて信じたくはないが、父親が確かに喉笛に噛みつこうとしたのは理解していた。


 でも、一体なんで……。


「とにかく、ベロニカちゃんに怪我がなくてよかったわ。でも、何かがおかしい。これも異形種同盟の仕業だっていうの?」


 顎に手を当てて考え込むシグマ。

 ベロニカは少しの間父親の亡骸を見つめていたが、きゅっと目を閉じて顔を背ける。


 そんな2人に、ニルナは声をかけることができなかった。

 ……が。


「シグマぁ! 後ろぉ!」


 ニルナははっきり見ていた。


 頭を槍で貫かれたはずのルウェイオス氏が、むくりと起き上がるのを。


 シグマとベロニカはバッと振り返り、その人間とはかけ離れた存在と目の前で対峙する。


「な、何で……!」


 再度、ルウェイオス氏はベロニカに襲いかかった。

 今度はベロニカも躊躇せず、大盾で突っ込んできた父親を受け止める。


「パパ! 本当にどうしちゃったのさ! 僕がわかるだろ! ね⁉︎」


「ベロニカ、無駄ッスよ! あいつはもう化け物ッス! お父さんはとっくにいなくなってるんスよ!」


 直後、先程まで滞在していた店の方から、けたたましい悲鳴が響き渡った。


 悲鳴は徐々に小さくなり、やがてぷつっと消える。


 それを待っていたかのように、店の中からゾロゾロと人の群れが現れる。


 それは、店の従業員や客の変わり果てた姿。

 皆、全く同じ笑みを貼り付けて、こちらに向かってくる。


 何人かの口元や服は赤黒く染まり、何かの塊がところどころにこびりついていた。


「…………」


 盾にしがみついていたルウェイオス氏が、払い飛ばされる。


 ベロニカは、泣いていた。

 嗚咽は漏らさないが、その目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「……ベロニカちゃん」


「逃げよう。家族や国民を盾でぶん殴るわけにはいかないよ」


 ベロニカは、それしか言わなかった。


 父親に何が起きたか。

 何になってしまったか。


 要因はわからないとしても、現状は理解できたのだ。


 ニルナは頷き、回れ右をして走り出す。

 続いて、ベロニカとシグマも走り出す。


 変わってしまった人々も、3人の少女を追って走り出す。


 壊れかけようとしていた日常が、予想だにしない形で崩れ去った。


 娘と絆を誓い合ったばかりの父親は死に、代わりに化け物になった。

 働いて、食って、普通に過ごしていた人々は、化け物になった。


 脆すぎる。

 平穏という安寧の地を支える柱は、本当に脆すぎる。


 その脆さを呪いながら、ニルナ達は走るしかなかった。




 ★★★★★★




 トゥピラの生き生きとした表情が、街に足を踏み入れた瞬間に消え去ったのは言うまでもない。


 あちこちから悲鳴や怒号が響き渡り、道は何かから逃げてきたのであろう人々でごった返している。


 警視隊も出動しているようで、避難民を整理している隊員の他、隊列を組んで行進している者達も見える。

 皆サーベルと盾を持ち、見るからに物々しい。


「…………私、今日ホントに仕事休みなんだよね?」


 独り、ぽつりと呟く。


 まず浮かんだのは、ベロニカとシグマ、そしてニルナの安否だった。

 避難民の中に見覚えのある顔が混ざっていないか、よく目を凝らして見つめるも、見つかることはなかった。


「……探しに行かなきゃ」


 冒険者としてではない。

 友人として、だ。


 絶対に見つけ出すと自らに誓い、歩き出す。


「お、君は冒険者か。ちょうどよかった。応援に来てくれたんだな」


 不意に呼び止められ、振り返る。


 空色の制服に、紺のズボン。

 腰に下げられたサーベル。


 警官だ。


 胸元の階級章を見て、トゥピラを冒険者だと判断したのだろう。


 冒険者は着用する衣装に階級章を付けることを義務付けられている。

 トゥピラはしっかりその義務を全うし、薄い胸元に黒い兎を模った階級章をつけている。


「黒兎級だが、この際何でも良い。戦力になりさえすればね」


「あの、何が起きているんですか」


「暴動だよ。しかも、とびきり異常なやつだ。大勢人が死んでいる」


 警官はため息をつくと、道の奥を見遣った。


「とにかく、人手が足りないんだ。いずれ軍や王都のギルドが本格的に動くという話だが、それまで限られた装備で持ち堪えるのが我々の仕事なのだよ。手伝ってくれるか」


 警官は真っ直ぐ見つめてくる。


「あの、奥に友達が……」


「人々を助ける冒険者、なんだろう?」


 その言葉は、嫌とは言わせないと言っているのと同義であった。


「……はい」


 その返事は、冒険者としてのものだった。




 警視隊は武器を携えた30人の警官を配置し、大通りを封鎖。

 避難民を追ってきた暴徒をここで食い止め、制圧する作戦だ。


 青い制服の集団の中で、つばの広い帽子の魔法少女の姿は浮いており、肩身が狭そうに縮こまっている。


 そんなトゥピラが先程からちらちらと気にしているのは、道のど真ん中に置かれた投石機と、大型のクロスボウ──バリスタであった。

 野戦でもない、街中の暴徒鎮圧にこれらを使うことなどあり得ない。


「投石機も使うんですか? それに、バリスタまで……」


 さっき声をかけてきた警官に話しかける。

 どうやら彼は指揮官のようだ。


「先程も言ったが、これは異常事態だ。打てる手は全て打つ」


 警官の声は淡々としている。

 石で国民を吹っ飛ばすことに抵抗はないようだ。


「最早彼らは暴徒を超越した。市民を殺戮することで国に牙を剥く国賊だ。生かしておく道理はないし、君も魔法でどんどん殺してくれ」


 トゥピラは答えなかった。


 返事がなかったことに、警官は顔を若干しかめてみせたが、すぐに話題を切り替える。


「君は、どんな魔法が使えるのだね?」


「火と水の初級魔法が……でも、その……」


「何か不都合でも? 対人戦には使えそうなものだが」


 そうじゃあない。

 問題は魔法の属性、等級ではないのだ。


 杖をぎゅっと握りしめ、トゥピラは唇を噛む。


 そうじゃあない。

 そうじゃあ、ないのに。


 口を開きかけた時、別の警官の声が飛んだ。


「来るぞ! 投石用意!」


 警官達の視線が、一気に1箇所へ集中する。

 トゥピラもつられてそっちを見た。


「……! 何あれ……」


 車道と歩道の区別もせずに、大通りを走ってくる大勢の暴徒達。

 その形相を見た少女の表情は、他の者と同様に引き攣る。


 当たり前だ。

 あの異常な光景を見て誰が平常でいられよう。


 顔面に笑みを貼り付け、ついさっき何かを食い荒らしたばかりだと血と肉を付着させた身体で語りかける彼らを目の当たりにして、誰が冷静さを保てよう。


「ひっ……」


 トゥピラは乾いた悲鳴をあげる。

 警官達の表情も強張っていた。


 やがて、悲鳴のような声が上がった。


「は、放てぇ!」


 てこの原理を利用した投石機から放たれた石が、弧を描いて飛んだ。

 密集して突き進む暴徒達に避ける術はなく、何人かが巻き込まれるようにして倒れた。


 しかし、彼らは止まらない。


 誰かが倒れても笑顔を崩さず、ただ突っ込んでくる。


「化け物共め!」


 バリスタも次々に発射される。


 先頭を突っ走る人々に矢が直撃し、後続を巻き込んで吹っ飛んでいく。


 それでも、彼らは止まらない。


 足を止めない。

 笑うのをやめない。


 何も言わない。

 喚かない。


 ただ、走る。


「装填急げ!」


「間に合わない!」


 警官は舌打ちして、今度はトゥピラに向けて怒鳴った。

 その声色にはかなりの焦りが含まれていることに、トゥピラは気づいていた。


「魔法!」


「ッ……! ふ、フレ──」


 炎系統の初級魔法"フレア"を放とうとした時だった。


「ぎゃあああっ!」


 暴徒の1人が警官に飛びかかり、押し倒した。

 すぐに別の警官が助けに入ろうとするが、彼もまた暴徒に飛びつかれ、倒れる。


 トゥピラの目の前で、暴徒に押さえつけられた警官は懸命に抵抗していた。

 それもそのはず、暴徒は口を大きく開けて警官の顔面に噛みつこうとしているのだ。


 警官はトゥピラへ懇願する。


「魔法を! こいつを焼き殺してくれ!」


「……は、はい!」


 杖を暴徒へ向け、叫ぶ。


「"フレア"ッ!」


 ────何も起きなかった。


 警官の顔が、絶望に歪む。

 その顔に、暴徒は無慈悲にも歯を食い込ませ、皮と肉を引きちぎる。


 悲鳴が鼓膜を揺さぶっても、トゥピラは呆然として動かない。


「…………」


 ああ、まただ。


 また自分のせいで他人が死んだ。

 無力だったから。

 下手くそだったから。


 魔法が出なかったから、あの人は死んだ。


 自分のせいで。

 自分のせいで。


 心の中で、自分に対してのありったけの呪詛をぶち撒ける。


 馬鹿野郎。

 馬鹿野郎。

 馬鹿野郎……。


「……あ」


 ようやく我に返った。


 警官を散々食い荒らした暴徒の男が、ゆっくりとこっちへ歩いてくる。


 咄嗟に杖を構えて再びフレアを唱えるが、やはり魔法は出ない。

 ずっと変わっていないはずの男の笑顔が、嘲りに変わったように見えた。


「こ、来ないで……」


 その言葉は届かない。

 男は動けないトゥピラの肩を掴み、赤黒く染まった口を大きく開ける。


「や、やだ……」


 殺される。

 死ぬ。


 まだ死ねないのに。

 死にたくないのに。


 理不尽にも、死は襲ってくる。


「ひッ!」


「うらああッ!」


 男がトゥピラの喉元を食い破る寸前、何者かが気合いの声と共に男の頭を横から殴りつけた。


 肩から手を離した男が体勢を整える間も与えず、その人物はもう1度、手にする武器で殴る。

 男が倒れた。


 男を殴り倒したそいつは、武器をクロスボウのような構えで持ち直し、ダンッダンッと巨大な音を鳴らしながら相手の脚をぐちゃぐちゃにする。


「あっ……」


 そいつをトゥピラは知っている。

 全身緑色の奇妙なファッションで、禁じられた銃器を操る男の名をトゥピラは知っている。


 そう、彼の名は──


「トシヤ⁉︎」


「あ? え、トゥピラ?」


 振り返った木佐岡利也は、目を丸くして少女の名を口にした。

 住宅街の屋根の上。

 ソ連軍はこの異常事態をそこで見守っていた。


 時折、兵士のライフルがバキンと銃撃音を響かせるが、連中が止まる気配はない。


 一様に笑みを浮かべながら、屋根の上にいるニキチッチらに手を伸ばし、壁を引っ掻いている。


「……資本家のばら撒いたカネに群がる貧民のようだな」


「資本主義の労働者達でもまだ良い顔をしていますよ。彼らの笑顔は恐ろしいです、ニキチッチ」


 発砲する部下達を止めるわけでもなく、かといってけしかけるわけでもなく、ニキチッチは無感動な目で町人達を見下ろしていた。


「……ニキチッチ?」


「お前は、見たか? あの黒髪の女が何をしたのか。俺が何をされたのか」


 ドフチェンコは答える。


「遠くからですが。ヘリコプターが見えました。ですが……」


「急に現れたろう」


 頷きが返ってくる。

 ニキチッチはニタリと笑った。


「なあ、ドフチェンコ。お前は本当に見たのか?」


「……はい。俺の対戦車ライフルで撃たれて馬車から落っこちた後、確実にあの女の体は再生を始めていました。この目で見ました」


「そうか。……なあ、ドフチェンコ」


 全てを思いのままに創造する"恩寵"。

 あの力を使えば、何でも作り出せるのだろうか。


 キーロフ級巡洋艦も創り出せるのか。

 ソビエツキー・ソユーズ級戦艦なんかも。

 大量のスピーカーを創り出して、全労働者へソビエトを讃える歌を響かせることも可能なのだろうか。


 ……なんとも夢のある話。


 スコルツェニーとの決着以外に、目的ができたことが嬉しかった。

 これで俺は第2の生を全力で生き抜けそうだ、と心中で呟く。


 ドフチェンコの話が本当なら、あの女はまだ生きている。


 欲しい。

 あの恩寵が欲しい。

 あの黒髪の極東女が、欲しい。


 ソビエトのために。

 総書記のために。

 国のために。


 ニキチッチは欲しがる。

 欲を隠さない。


 そして口にする。


 それは汚れた願望で、純粋な欲望で……。


「……俺は、あの力が欲しい」

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