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狭き車上の混戦

 乗り込んだ馬車は想像を超える高速馬車であった。

 駿馬なのか、御者の女の腕がいいのか、はたまたその両方か。


 家々に挟まれた道を進む俺達は、ボンスやニキチッチ、そして破片の保有者であるミドルフィンガーが乗り込む馬車のケツを捉えていた。


 ふと思い出したように、ミッチャーが呑気に口を開く。


「今思い出したぜ。あのニキチッチとかいう女、銃の所持容疑で王国から追われてた奴だ。めちゃくちゃ危険人物」


「「そういうことはもっと早く言え」」


 声が揃った。

 だがミッチャーは気にしない。


「気をつけろよ。あたしの情報通りなら、あいつの仲間には長距離から弾丸を放つ()()()()()、だっけ? そんなのがいるはずだ」


「……」


 広場で、黒鯨鉄十字団を狙撃した奴らか。

 ボスであるニキチッチを攻撃しようとしているのだから、こっちを狙ってくる可能性は高い。


「……気ィつけるか」


「だな」


 須郷から頷きが返ってくる。


 その時だった。

 前方を走る馬車の後部の窓が割れた。


 ガラスを突き破って飛び出したのは、カルセウ・ボンスの散弾銃の銃身だった。


「伏せろッ!」


 全員が伏せた瞬間、ドカンと発砲音が響く。

 俺達や御者の女に弾は当たらなかった。


 そのまま黙ってはいられない。

 腹這いになったまま、奪ったAKを構え、セミオートで撃つ。


 ダッダッダッダッ……


 間隔を置きながら放たれた銃弾が馬車の背に穴を開けていく。

 ガラスは完全に割れ、ギャアーッという女の悲鳴が響き渡った。

 恐らくミドルフィンガーだ。


 青年将校は振り落とされぬよう扉にへばりついているが、その表情は前より苦しげに見えた。

 その理由は肩から流れる血を見れば明確だ。


 弾倉の約半分を撃ったところで、俺は撃つのをやめる。


「……中はひでぇ状態だろうな」


「あれだけ撃ち込んだ。狭い馬車で逃げ場もない。蜂の巣に決まってる」


 須郷が「横付けしろ」と御者へ指示しているのを聞きながら、俺は今なお走行を続ける馬車を見つめていた。




 馬が速度を上げ、荷馬車は相手の馬車に追いついて並走を始める。


 中は静かだ。

 何も聞こえない。


 それが尚更、俺達の鼓動を早めていく。


 拳銃を手にした須郷が扉へ近づき、ドアノブへ手をかける。

 俺とミッチャーは彼女の後方で武器を構えて待機。


「……」


「…………」


「……」


 須郷がドアノブを握りしめる。


 突入の時だ。


 ……だが、須郷は動かない。

 ドアノブを握りしめたまま、その場で固まっている。


「……姉御?」


「まだ死んでないッ!」


 突然、須郷は叫んだ。

 直後、木が折れる音と共に外れた扉が倒れ、女刑事の体を押し倒す。

 扉としての役割を終え、"ガラスのついた木の板"と化したそれの上に、ソ連軍の女は四つん這いになっていた。


 服は血塗れだというのに、ピンピンしている。


「ああ、俺は生きてるぞ」


 ガラス越しに下にいる須郷へ告げると、ニキチッチは何かを振り上げた。

 リボルバーだ。

 銃身の下に銃剣が括り付けられたイかれ拳銃だ。


 その銃剣に刺殺される直前、須郷は自身にのしかかる扉を押し上げ、横に倒した。

 ニキチッチが荷台の中に転がり落ち、須郷は拳銃を発砲する。


 弾丸は軍帽を吹き飛ばし、向こうもリボルバーの弾を発射する。


 これは逸れた。

 須郷がニキチッチへ襲いかかり、2人は格闘戦に移行した。


「その出血量にしては動きが早いな。怪我なんて最初からしていないようだ」


「俺も不思議だよ。賞金稼ぎに勧められるまま車内にあった変な薬を飲んだら、傷が全部塞がった。あれがなきゃ死んでたね、間違いなく」


 はっとした。


 思い出されるのは、ナチス一派と列車で交戦した日。

 国王やコタノスに飲まされた青い液体。

 今も家に5本保管している貴重な薬品。


 竜の血を混ぜた回復薬。


 親衛隊の馬車にも積まれていたというのか。

 味方に使われるはずだった回復薬は、無情にも死にかけの敵が服用し、無傷となって俺達に向かってきたのだ。


「もっとも、2つしかなかったんだけどよ」


 馬車の方を見ると、ボンスが片手で銃を構えてこちらを見ていた。

 彼の服もまた血塗れであったが、ニキチッチと同じように無傷であった。


 ここでひとつ考えて欲しい。

 先程彼は、薬が2つしかなかったと言った。

 だが、車内にいたのは3人。


 つまり……。


「う……」


 ボンスの膝の上に横たわる、全身穴だらけで血塗れになったミドルフィンガーがうめいた。

 生きていたのかと内心舌打ちする。


「……ちょいとでも動いたら撃つ」


 ボンスは警戒を緩めない。


 銃口を向けようとすれば、照準を合わせる前に撃たれるだろう。

 ミッチャーも俺も、有効な手を打てずにいた。

 ……打てずにいたのだが。


「……ん?」


 ボンスは気づいていないが、馬車の座席の下から何かが這い出してきていた。


 白くて、丸くて、もふもふしたボディ。

 短い足でもそもそと動いている。


 そいつは俺と目が合うと、嬉しそうに鳴いた。


「ぴぃ! ぴぃ!」


「も、もふもふーッ!」


「馬車の中にいたのかよ!」


 ピティはぴょんと跳ね上がると、ボンスの銃の上に飛び乗った。

 突然目の前に現れた謎の生物に、賞金稼ぎは顔をしかめて言った。


「あ? 何だコイツ。汚ねえのが俺の銃に……」


 払い落とそうと反対の手を伸ばす。

 ピティは逆にその手の上にぴょんと飛び乗り、続けてボンスの帽子へダイブした。


 白い小動物の体重でつばの広い帽子はずんと沈み、ボンスの視界を完全に覆った。


「あぁッ! テメェこのッ! 毛がくっついちまうだろうが、落っこちろ!」


 ボンスは手と銃を振り回して暴れる。

 ただ狭い車内では満足に暴れられず、何度も壁や天井にぶつけていた。


 しめた。

 賞金稼ぎの注意は完全にピティへ逸れている。


「でかしたぞピティ!」


「今こそ好機ィ!」


 俺とミッチャーは同時に飛び出し、馬車の中へ上半身を突っ込む。

 そして、ミドルフィンガーの脚を掴むと、息を合わせて引っ張り出した。


「テメェら……!」


 破片の保有者を奪われたことに気づいたボンスが銃を構える。


 その時、反対側のドアが開け放たれ、彼を巻き込むようにして黒鯨の青年将校が転がり込んできた。

 なんとか巻き添えを回避したピティは、親衛隊の馬車を飛び出して荷馬車に飛び移った。


「な、なんとか突入できたぞ…………。しかし、肝心の破片がいないではないか! ……ぬッ!」


 あー、目が合っちゃったよ。


「そこか! 遅れを取ったが、今度は私も活躍してやる! 武勲をあげて、中佐に褒められてみせるぞッ!」


 ボンスを散々に蹴飛ばしながら、ユークリウスは馬車から這い出てきた。


「ヤロウ……!」


 舌打ちして、ボンスも彼を追ってくる。

 奴が車内から顔を出して、銃を構えた時だった。


「ッ!」


 ボンスの真横の壁に、何かが突き刺さった。


 一騎打ちに集中している須郷とニキチッチ以外の全ての視線が、壁に刺さるそれに集まる。


 矢だ。

 しおれかけた木の枝のような矢が刺さっている。


「キサオカさん! 上だ!」


 反射的に上を見上げると、道路を挟む家々の屋根の上を疾走するいくつもの人影が見えた。

 自分の足で走っているというのに、何故か馬車と完璧に並走している。


 左右の屋根の上を、弓矢を持った者達が走って追ってくる。


 よく見れば、彼らの耳は長い。

 エルフだ。


「直ちに停車せよ! 我々は魔王軍だ! 大人しく鍵の破片の保有者を引き渡せ! さもなくば命は無いものと思え! 言うことを聞くのなら安全は保障しよう!」


「異形種同盟のエルフ……つーこたぁ、闇エルフか!」


 ミッチャーが剣を振り上げて威嚇する。

 無論、俺とて奴らに従うつもりはない。


「ああクソ。負け戦には乗らねえ。オレは降りるぞ」


 背後でボンスがそんなことを言った後、気配が消えた。


 エルフ達に銃を向けつつ、俺はミッチャーに尋ねる。


「そんなにやばいのか?」


「闇エルフってのは所謂"保守派"なんだ。人間社会と一緒になることを嫌って森に籠り、いつしか魔王の手先になっちまった可哀想なエルフだよ。何が恐ろしいかって、連中には魔王の恩恵が与えられてんだ。だから、あんたの友達のエルフ達よりか格段に強い」


 足が速いのもその恩恵によるものなのだろうか。


「魔王軍など恐るるに足らん! 遅れてイかれた野蛮人ども! 士官学校を卒業したエリートであるこの私が相手になってやる!」


 ユークリウスもエルフ達を挑発している。


 彼らはそれに、矢の雨で応えた。


 左右から降り注ぐ矢の嵐。

 石の矢尻が馬車の車体をズタボロにしていく。


「ぎゃあ!」


 悲鳴が上がる。


 どうやら、隣の馬車の御者が射抜かれたようだ。


 御者のいなくなった馬車は徐々に速度を落とし、俺達から離れていった。


「どうした! ちまちま撃つことしかできないのか! 腰抜けどもめが! ほら、私はここだ! 降りてこい! 剣術でかかって……うおおっ!」


 頬すれすれのところを矢が通過し、ユークリウスは尻餅をついた。


「……」


 彼を呆れた目で見やってから、俺は先頭を走るエルフへ向けて引き金を引いた。


 2発で仕留め、次の奴に狙いをつける。


 同じように弾丸を発射したが、発砲音に重なってエルフが叫んだのが耳に入った。


(ウインド)の恩恵よ!」


「⁉︎」


 嫌な直感が働き、俺はしゃがみ込んだ。


 直後、頭上を弾丸が通過した。


 …………風の恩恵とか言ったな?

 まさか、風で弾の軌道を変えたというのか。


「……キサオカさんの銃が当たんねえ。どうすんだ、これ」


「しかも、AKの弾は残り少ない。89の方はできるだけ節約したいんだが…………よし、なんとか作戦を考えてみる」


「ん? 貴様、何か策があるのか?」


「ねえよ、まだ。今考えるっつったろ」


 ミッチャーとユークリウスを追い払い、脳をフル回転させる。

 考えろ。

 何かいい案は……。


「自衛官。いい機会だ」


 突然、俺の思考が邪魔された。

 声の主は、須郷綾音。


 ソ連軍の女将校に立ち関節技をかけて締め上げながら、俺に声をかけてきたのだ。


 ニキチッチと、身体のありとあらゆる部位をフル稼働させ激しい一騎打ちを演じていた彼女の髪は乱れ、背広も汚れまくっている。


 それでも、彼女の口ぶりは冷静沈着かつ、余裕に満ち溢れていた。


「前に少し話した、私の恩寵というやつをお前に見せてやる」

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