姓を預けられるのは
おまたせしました
「えぇ、本日は、えぇ、天気も良い中、えぇ、俺のために御集まりいただき本当にありがとうございます」
「…」
俺の言葉に対しロボはチラッと外を見る。
サァアアアア…
「…外雨降ってるし。つか俺らしかいねぇし、お前校長スピーチみたいになっててめちゃくちゃ面白いからもっとやれ」
「うるせぇな、俺だってやりたかねぇよこんなスピーチ」
俺は聖堂の中、タキシードみたいな自分に全然似合わない格好でそう話した。
しかし会場には私服姿のロボ、そしてその手に手錠で繋がれている囚人服姿の央力しかいない。しかもその聖堂もホコリと雲の巣まみれ、ガラスに描かれた『創造神の象徴』も最早黒く汚れており、とてもこれからの式を行える状況ではない。
「つか何で央力がいるんだよ。鎖に繋がれてるけどさぁ」
「んぁ? 俺だって別に来たかねぇよ。だがこれに付き合えば美味いもんが喰えるってロボが言うからよ」
「そういうことだ、もしもこの『結婚式』の最中に央力が地獄で暴れたらどうしようも無いだろ? てなわけで連れて来た。安心しろ、万が一の時は俺の新兵器で潰す」
「へぇ…貴様、随分と余裕だな。お前とここで殺り合うのも面白そうだ」
ロボと央力はビリビリと火花を散らしながら睨み合う。互いの殺気と神気がぶつかり合い、その場はまさしく修羅場と化す。
(…なんだこれ、なんだこの式…)
俺ははぁあとため息をつきながらその修羅場を眺める。ボロい式場を借りた結果がコレとは、やはり個人宅でサッと挙げてしまうのが1番だったかもしれない、何て思いながら俺はその光景を眺めていると、
ガラッ…
「あっ」
「あ?」
ホコリまみれ扉が少しずつ開き、
スッ…スッ…
「あぁ…」
スタッ…
「美奈…っ!」
真紅の果実のごとく美しく、白蛇のように可憐な花嫁が今、その姿を現した。
――
時は遡り、昨晩のこと。俺はいつものように晩飯を作り、いつものように風呂を沸かし、いつものように布団を敷いた。
「…今日もいいことあったのね? 随分上機嫌じゃない」
「…まぁね。美奈にとってもいいことかもだから…」
俺はリビングで準備を済ませていると、風呂から上がり身体中から湯気を立たせている美奈は口を緩ませながらそう尋ねて来た。そんな彼女に俺はまず1枚の封筒を手渡す。
「何これ」
「開けたら分かるよ」
「…現金じゃあなさそうね」
ガサッ
「あら、これは…」
美奈の手にあったのは結婚式の会場件だった。裏にはそこまでの地図が記載され、表には『Happy Wedding!!』の文字が書かれている。これが何なのか彼女は不思議そうに見ている隙に、俺はもう1つの大きな箱をそっとタンスから取り出す。
「ん、今度は何よ」
「はい、2つ目。開けてみて」
スッ…
「ええっへっ!? えっ!? えっ!? 何これ!? えっ、すご、えっ、ごめんね、ぜんっっっぜん言葉出て来ない」
箱の中には真っ白なドレスが入っていた。決してきらびやかな装飾が施されているわけでは無いが、美奈の体に合うようなものを選んだのだ。これならきっと似合うと信じて。そして彼女は今そのドレスを振り回すようにキャハハッと子供のようにはしゃいでいる。
「えっ、なんで急にこんなの買ったの? あれ? 今日って私の誕生日だっけ?」
「違うよ、それはきっと明日」
俺はそう言いながら最後の小箱を取り出す。美奈は不慣れな手つきでワタワタとドレスをたたみ、箱の中に戻していきながら俺のことを見つめる。その顔は林檎の真っ赤に染まり、落ち着きのない心のざわつきを指先から尻尾の先端まで忙しなく動かしながら現している。
そんな美奈に俺はその小箱を差し出し
「美奈…俺は君の姓が欲しい。君が『渡辺』をくれると言うのなら、俺は『松田』を差し出そう。もしも君が良ければ、この指輪を是非受け取って欲しい」
と言う。臭い台詞かもしれないが、俺の心は本気だ。俺が欲しいものは、何よりも彼女の『渡辺』という姓だった。それさえ手にすれば、『渡辺 美奈』は永遠に俺のものになるのだから。
「……」
「……?」
しばらく静寂が辺りを包む。一向に美奈の返事が無いから、俺の動揺が心拍数の上昇によって現れ始めていた。
その時、美奈はふぅっと深く息を吐くと、
「下手くそだし、第一そんなプロポーズする男なんていないわ。ま、穏雅らしいっちゃらしいけど」
と告げてから、
スッ……
「私でよければ、よろしくね。その代わりずっと愛してね、絶対。約束よ」
婚約指輪を受け取った。
そして結婚式当日、式場を借りる金も着付け役も無い俺らは全部1人で済ませた。幸いドレスはそれほど難しい作りでは無かったから、聖堂の控え室的な場所でサッサと済ませることが出来た。
ドレスを着た美奈は差し込む光をきらびやかな装飾品として身につけ、ショートベールから覗かせる顔は最低限の化粧で本来の美しさを出している。
「それじゃ、俺は先に行ってるから。時間が来たら、後でね」
俺は一時の別れを惜しみながら会場のドアに手をかけると、
ギュッ
「ずっと、ずっとこうしたかった。貴方と結ばれることを、100年前から夢見てたの」
「礼を言うのはこっちの方だ。本当に、本当に、100年も待たせてごめんな」
「たった100年よ、気にしないで」
「そうか…ありがとう」
背後から抱きついて来た美奈を俺はそっと抱き抱える。
「誓いのキスは…」
「まだ早いね」
そうして俺は一足早く式場に入ると、そこで美しい花嫁の登場を待った。
そしてついに美奈はドレス姿をまとって式場に姿を現した。手にブーケを持った彼女の容姿はロボと央力の争いをピタリと止め、さらに暴言まみれの口までも閉じてみせた。彼女はスルスルと階段を上がり、俺の横に立つと、
「ウェディングケーキは?」
と尋ねた。もちろん予算の都合上そんなものが用意出来るはずもない。
「ないよ、家の冷蔵庫にちっさいケーキはある」
「観客は?」
「俺に友達がいるとでも? 2匹の化物が来てくれただけありがたいかな」
「…神父もいない、客もいない、ケーキもない、おまけにこんなぼろっちい会場って…」
美奈はワナワナと震えながらそう言う。やはりお気に召さないのか、でも借金もあるし仕方ないだろうと言おうとすると、
「ふっ…ふふっ、あはははっ!!」
突然あははっと笑い出した。
「いいじゃん、私達らしくてさ。元ヤンの私達にぴったり!」
「えっ、うん」
「で? 何すんの? もしかしてもう終わり?」
笑い終えた美奈はぐるっとこちらを振り向いてそう尋ねる。
「あぁ、えっと普通なら親とかに感謝の言葉を言ったりするんだけど……いねぇなぁ」
「たしかにね。私達親より先に死んだからねぇ。じゃあ、まぁ、でも何か話しましょ。私先でいい?」
「うん、化物しかいねぇけど勘弁な」
美奈はずいっと前に出ると2匹の化物相手に両親への言葉を語り出した。
「あー、えー、マイク無いから簡単に。まずはオヤジから。おい、クソオヤジ! 毎日毎日パチンコとタバコと酒ばっかりの生活っ! しかも5万も持ってって景品がティッシュの詰め合わせとか舐めてんのかぁ!! 酒もタバコばっかアホみてぇに飲み吸いしやがって! 加齢臭と混じってクソよりくせぇんだよ、ばぁあか!」
「…っ!」
「じゃあ次、ママッ! お前、ほんっっっと私のこと見てなかったよな! 私のこと何度も無視しやがってクソがっ!! いっつも酒片手にあのクソオヤジの愚痴ばかりだっ!! そんで私がグレたら放置の挙句勘当しやがって! クソアマッ! クソババアッ!! 穏雅とくっつけてせいせいしたよっ!! ぺッ!!」
スピーチというよりただの愚痴ではないか。ここまで感動しないスピーチは聞いたことがない。なんて俺は呆気に取られていると、
「はい、次。穏雅の番」
とポンッと背中を押された。いや、そんな急に振られても今の俺は美奈の罵声罵倒のオンパレードに全意識を持ってかれているから、何の言葉も出て来ない。
「ほら、早くして」
しかしそんな俺の気も知らず、愛しの花嫁は急かし続ける。仕方なく俺は何とか焦る気持ちを鎮めながら親への言葉を綴った。
「えー、まずオヤジだな。力に溺れる俺を見限って出て行ったって聞かされた時は、正直笑ったよ。まさか俺の力が産みの親まで恐れさせるってな。でも今は反省してる、流石にやり過ぎたわ、ごめん。それから母さん、何だかんだ心配してくれたのは嬉しかったけど、でも治療が終わったら縁を切るのは…まぁ、あんな荒くれ者だったら仕方ねぇな。色々迷惑かけてごめんね、それと兄弟共々早死にしたことも謝るわ」
俺の言葉は全部謝罪文だった。もちろんそれに拍手をする観客では無いから、ザァザァと強くなって来た雨が代わりに叩いてくれた。
「それじゃ、神父いないから俺が言うわ。君を永遠に愛することを誓うよ」
「ええ、こちらもね」
スゥッ…
俺は静かに指輪を美奈の薬指に指輪を通した。すると、
フワッ…
「んっ」
「んんっ…んっ、誓いのキスよ、よろしくね」
俺らの唇が重なり合うことで、俺らは互いの愛を誓い合った。
次回の投稿もお楽しみに




