落日の激闘
おまたせしました
陽も傾き出し、今日の業務時間もあと1時間ちょいだ。今日も特に何もなく1日が終わるだろう。新しく目覚めた力を使う機会が無いってのは少し残念かもしれないけど、でも俺の力を恐れて誰も反発したり向かって来ないってのはある意味俺が求めているものに近いのかもしれない。
生前、あれほど求めた『敵のいない場所』即ち『無敵』。桁違いに強くなり誰も俺に向かってこないことこそが無敵への道だとしたら、俺の進んで来た道は間違いでは無かったのかもしれない。そう思うとなんだか心の底から安心して来る、ビクビクと強張っていた肩がストンと下りる。俺はホッと胸を撫で下ろすと、残り1時間ちょいの業務時間も頑張ろうと腕に力を入れた。
その瞬間、
ズァッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…
「っ!?」
突然として大地がうねるように揺れ、遠くで強大な力のが膨れ上がった。それは巨大な衝撃波となって辺りの岩をバターのごとく割ってゆき、溢れる『神気』が貫かんばかりにバリバリと紅い空に昇っていく。俺はその光景を見た瞬間には、
ダンッ!!
すでに大地を蹴って走り出していた。強敵が現れた、『黄金の戦士』になる時が来たのだと胸を高まらせては踊らせながら。俺は天高く立ち上がる『神気』を目指し現場に急行した。未だ嘗て無い強大な力は近づけば近づくほどビリビリと感じる。
ドォンッ!! バゴォンッ!! ドグォンッ!!
鈍い音が響いている。強大な力を振るっている音が空間を大きく揺らして伝っている。その『神気』の放出の癖というか、仕方というか、とにかくそれを感じ取ることで、この強大な力の持ち主を見ずとも分かった。出来れば分かりたくは無かったが。
ズバコォンッ!!
「どきやがれぇっ!! あのクソ野郎以外に構ってらんねぇんだよっ!!」
やはり暴れていたのは央力だった。体に巻き付いたり打ち付けられていたはずの鎖は全部千切られ、自由になった身を全力で暴れさせている。
しかし央力の様子は普段とまるで違かった。化物のごとく姿形が変わり果てたわけでは無いが、化物並の力を手に入れている。やつの前に散っていった他の処刑執行人達は残骸と化した牢獄と1つになりながら、辺りにゴロゴロと転がっている。まるで嵐でも過ぎ去ったかのような痛々しい惨劇の跡に唯一1人、そこに立っている男がそこにいた。
シュゥゥゥウウウウウ…
その身体からオーラを出しながら、たった1つの目標目掛けて一直線に歩いて来る。そして俺の前でピタリとその足を止め、獲物を見つけた獣の眼差しをこちらに向けた。
「よぉ、クソ野郎」
「随分ご機嫌だな。ここんとこずっと牢獄にこもってたくせによぉ」
「へんっ、見ろよこの力。体の底からどんどん湧き上がって来るぜ」
「にしてはめちゃくちゃ燻んだ金色だな。もしかしてパワーが不十分なんじゃないか?」
俺は今の央力を見ながらそう煽った。きっかけは分からんが、恐らく央力は俺と同じ、『黄金の戦士』に覚醒したに違いない。
しかし俺の白金に輝くオーラとは違い、やつのオーラには光沢無い金に漆黒が混じっており、金色に変わるはずの髪の色も同じように黒くくすんでいる。一応ロボとの修行中、鏡を使って『黄金の戦士』となった俺の姿を確認したことはあるのだが、俺の場合はオーラも髪の毛も光輝く白金色一色で統一されていたというのに。同じ力に目覚めたはずなのに、何故色が変わるのか、なんて考える間も無く央力は戦いの構えを取った。
「お前もなれるんだろ、金色にさ。ならねぇと勝てねぇんじゃね?」
「……そうだな。じゃ、お望みどおりなってやるよ」
俺はグッと全身に力を入れ、『黄金の戦士』になる準備をする。するとこの異変を鎮めようと、ロボを先頭に多くの処刑執行人達が集まって来た。
「…っ、あの野郎、随分強くなってない?」
ロボは現場に駆け付けるや、すぐさま俺に近づいてそう尋ねる。
「ああ、俺が戦るから、お前は手を出すな」
「くっ…悔しいけど今の俺じゃ足手まといだしな。ま、力を使ういい機会だって考えとけ」
ロボはそう言い残してスゴスゴ退散していく。たしかに今この場で下手に首を突っ込まれるよりも、1歩手前でバックアップに専念してくれた方が助かるのだが。
「いいデータも手に入りそうだし」
「…」
やはりロボは何か企んでいるようだが、今は目の前の敵を止めなくてはならない。
「っつぁあっ!!」
シュゥウウウウウウ…キィイイイイイイイイッ!!
ギュウウッ…
…ゴォッ!! ボワッ!!
『金の瞳の戦士』のさらに先、『黄金の戦士』に俺は変身する。身体中から黄金のオーラがほとばしり、黒い瞳も髪も白金色に染まっていく。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…
強大な力が2つ、バチバチと火花を散らしながらぶつかり合う。それにより地獄全土は震え、塵が振動で宙に浮き出す。いったいどのようにしてこれほどの力を央力が身に付けたことを、今考えるのは愚問だろう。
「さて、やるか」
「ああ、とっととかかって来い」
今考えなくてはならないのは『黄金の戦士』の実力がどれほどか、戦いながら自分の力に慣れることだ。初めて使う力で、ほぼ同等の力を持ったやつと戦う、こんな経験は初めてだ。
ッ!!
ガァンッ!!
バグォッ!!
ビリビリビリッ!!
戦いの合図は両者の拳の激突だった。激しい力の激突はただ拳をぶつけただけで、衝撃波が地面をスプーンですくうように大きく削った。まさかここまでの力とは、と驚く間も無く、央力の2撃目がすかさず飛んで来る。
その速度、今までの俺らの戦いがまるで保育園で鼻水垂らしてる子供達がよだれでぐちゃぐちゃにしたおもちゃで遊ぶおままごとのように思えて来る。
しかし、
ビュオンッ!!
央力の拳は空を切り、 央力は反動でわずかにバランスを崩した。だがそれもコンマ数秒の話で、すぐさま態勢を整えて迎撃の構えを取る。
ドグォッ!!
そのせいで俺のカウンターで出した拳は防がれ、2人の間に十分な距離を作る。
ジリッ…ジリッ…
「…」
「…」
まさに反射だけによる出来事だった。自分の意思とは関係無しに体が動き、しかも自分自身の動きとは思えないほどの速度で攻防を築き上げたのだ。
そんな俺の頭に真っ先に思い浮かんだ言葉は、『困惑』だった。それは央力も同じようで、央力の表情はどことなく曇ってた。
まさか『黄金の戦士』の力がここまでとは思ってもみなかった。しかも全部体が反射的にやったことだからこれを意識下に置いた上で使ったらどうなるか今現在では想像もつかない。
チリッ…チリッ…
放出された互いのオーラがぶつかり合い、空気中でチリチリと音を立てている。ここまで強い力となると、使いたいという好奇心が湧いて来る。この力で相手を殴ったらどうなるのか、しかも自分と同じ力の持ち主を。
ドクンッドクンッ
心臓の鼓動が早くなる。緊張ではなく、気持ちの向上でだ。早く力を使ってみたい、この力を試したい、自分の制御下に置いて使いこなしたい。そんな欲が溢れつつも、俺はジッと耐えて機会を待ち続ける。相手が自分と互角の実力の持ち主である以上、小さなミスが命取りになる。
ジィッ!
ジィッ!
「…」
「…」
地獄の落日が俺らを真っ赤に照らす。光の金と闇の金が更地と化した地獄に佇み、ほんのわずかな隙を伺う。
スッ…
そしてついにその瞬間は訪れた。
陽が地獄の大地に沈み切る瞬間、今の今まで2人を照らしていた光量がわずかに少なくなった時、
ピクッ
それが互いの筋肉にわずかなストレスを生み、ほんの数ミリの揺らぎを生んだのだ。だが2人は互いにその揺らぎを見逃さず、好機と踏んでほぼ同時に、いやわずかばかり央力が早く駆け出した。見ていた穏雅のオーラの色に光量が多かった分、強い光を見るのに慣れていたのだ。
互いを捉えた2人は一直線に互いに向かい、拳に全身全霊の力を込めた。
ビュオッ!!
互いの射程距離に互いの体が同時に入った。拳を繰り出すのも全く同時だった。そして互いの拳が目指すは互いの顔面、ひたすら鋭く純粋な殺意のみを乗せて真っ直ぐ伸びていく。
ズドォオオオンッ!!!
しかし互いの拳を防いだのは互いの拳だった。ほぼ互角の力同士がぶつかり合うことで地面は衝撃で大きく抉れ、互いの足場が不安定になり踏ん張りが効かなくなる。
ゴォッ!!
だがそれでも2人は目の前の相手を迎撃しようと第2波を片方の腕で振るった。
ボシュッ、ボシュウッ
「うっ!」
「あっ!」
ズルバッ!
ドシャアンッ!
ゴロロロロロッ!
決着の瞬間、まさに拳が喉元まであと1歩まで迫った時だった。
互いの黄金は力を失った。光が消え、闇は引っ込み、力はみるみる抜けて、神気溢れるオーラは霧となって消えていく。力が抜けたので拳は急激に速さと威力を失い、空気を滑っていく。その衝撃で両者はバランスを失い、地面もないから踏ん張ることも出来ずにゴロゴロと地面を転がっていった。
「ぐっ…くっそ…もう時間切れかよ…」
「ぐはぁっ! …はぁ…はぁ…。くそっ! この力でもダメなのかよっ!!」
「第2ラウンド行きたいとこだが…今はそうもいかないか…檻の中に戻ってろっ!」
俺は地面に背を付け、ゼェゼェ息を荒くしながらそう言った。するとロボが真っ先に動き、やつの体に拘束器具を取り付けた。
「すまねぇな、お前に任せっぱなしで、俺はいいとこ取りみたいな感じでよ」
「いいんだ、1日で2回も変身は流石に疲れた…。今は央力を牢に入れてくれ…」
俺は疲れた体を起こしながらロボに頼んだ。ロボはコクッと頷くと鎖や拘束器具で雁字搦めになった央力を担いでわずかに残った奥の方の牢獄へと向かっていった。他の処刑執行人達は犠牲になった仲間達や牢獄が壊れたことで脱走した受刑者を片付け始める。
その最中、牢の奥から、
「次はこれ以上の力を手にして、次こそは絶対に潰してやるっ!! 必ずだぁっ!!」
央力の憎しみ溢れた声が響いて来た。
央力は俺以上にさらなる力を求めているのか、とその闇のごとく際限無い貪欲さに俺は冷や汗をひと粒額に浮かばせるのだった。
次回の投稿もお楽しみに




