片鱗
おまたせしました
時は遡り、まだ穏雅が仕事中だった時、美奈は適当に街をぶらついていた。
穏雅は付いて行くなって言ってたけど、私に言わせりゃ適当に答えただけで大金貰えるならそれでいいし、いざってなったらぶん殴ればいい。それに本当にヤバくなったとしても、いつだって彼が助けに来てくれる。生きてた時、私がやらかして喧嘩に巻き込まれても、彼は真っ先に駆けつけて私を守ってくれた。
次は無いからな、何度も助けられると思うなよ、今回はたまたまだ、なんてガキっぼくてくっさい台詞吐きながら、いつだって助けてくれた。
今思えばあの時だって、私を助けるために彼は1人戦場に立ったんだから。私が泣いて止めても決して止まらず、私1人だけを逃して自分だけ恩知らずの裏切り者達に突っ込んでいった。
でも、あの時だけは逃げて欲しかった。側で私を守って欲しかった。ずっとずっと一緒にいたかったのに。
「おい、君、渡辺 美奈だろ」
「…?」
そんな酸っぱく苦い思い出に浸っている中、背後から聞いたことのある声がした。先日私に穏雅についてボヤボヤ聞いて来て、お礼に5万くれた男だ。しかし何故私の名前を知ってるのか、昨日教えたつもりは無い。つまりこの訳の分からんやつは彼だけじゃなく、私のことまで知っているのだ。
「悪いけど人違いよ。私は美奈って人じゃないわ」
もしも普通に話しかけられていたら金だけぶん捕るつもりだったが、向こうが名前を知っている以上話すのは得策ではない。金が巻き上げられないのは辛いが、下手に事件を起こすのも気が進まないので、ここは他人のふりをしてやり過ごそうとした。
「そうかい、にしても嘘はよくないな。漂って来る化粧、昨日の5万で買ったのかい?」
しかし男は引き下がらず、むしろこちらとの距離を詰めて話しかけた。
「…何言ってるのか分かりませんね。5万ってなんのことです?」
「とぼけるか…だったら…」
ビュッ!
「っ!」
フォンッ!
次の瞬間、男の手が私の喉に真っ直ぐ伸びて来た。念のため警戒していた私は素早くかがんで回避すると、そのまま地面を蹴って男との距離を確保する。
「何よ急にっ!」
「なかなかの反射神経だな…気に入った」
(コイツ…強いかも)
私は喧嘩の姿勢に入るが、それでも目の前に立つ男への不信感は拭い切れなかった。今までいろんなやつらに喧嘩をふっかけて来た私だが、こんなに背筋が凍りつくような相手は穏雅を除いては初めてだった。
「俺のレジスト・コードは『ドロフォロンス』。もちろん本名じゃない。生前はたくさん人を殺して来たんだが、15を過ぎた辺りで数えるのやめちゃってね。特に君みたいな体格のいい女性の悲鳴が大好きなんだ」
「なっ、何よアンタ……キモッ」
『ドロフォロンス』と名乗る男は突然ぺらぺらと自己紹介を始めた。しかも言ってることはキモいことばっかりで思わず足が2、3歩たじろいでしまった。
「ま、そんな私も生前は君の愛しい彼氏にお世話になってね。その復讐をしに来たのさ」
「私には関係ないわ。それに彼への復讐だってんなら彼自身にすればいいじゃないっ! それとも何? 穏雅が強くて怖いから、代わりに弱い私に当たろうってわけ!? ふんっ、15人も殺っておいて、根は超絶臆病なのねっ!」
私は男に向かって高らかにそう言った。喧嘩腰になった時、相手を挑発するような口調になってしまう悪い癖が出たのだ。
それが相手の癪に触ったのか、
ドムッ!
「ゔぉっ! ……ぉぅ…」
「勘違いしてもらっちゃ困るな。別に君に八つ当たりするほど俺は落ちこぼれちゃいない」
ズシャッ…
「ゔっ…うぇっ…」
瞬間、私の腹に男の拳がめり込んだ。内臓をグリュッと掻き回された私は、中から逆流したものを下品にもポタポタ口から垂らしながらその場に膝を付いてうずくまった。そんな私の、女の命とも呼べる髪の毛を男はグイッと引っ掴むと、私の顔を覗き込みながら呟いた。
「俺はね…反抗的な女が好きなんだ……。その態度がどんな風に変わるか、その過程が凄く心を震わせる」
「き…キッショ…」
「ふぅん。あくまで反抗的な態度を貫くか。普段ならこのままもっと痛ぶるんだけどね、あいにくそうもいかないから…」
ズムッ!
「うゔぁっ…」
もう一撃、男のパンチが腹に突き刺さる。その人並み外れた威力は私の意識を失わせるのに十分過ぎるくらいだった。
――
そして時は戻り、陽はすっかり沈み闇が空間を敷き詰める深夜、俺はわずかに感じられる美奈の匂いを全力で追いかけていた。究極生命体の力の使用開始から約5分が経過したところで、俺は一旦力を解除する。理由は力を使い過ぎると万が一彼女が怪我していた場合、それを癒す術が無くなるから。
もう1つは凄く近くに俺と同じ、『魔神の力』の持ち主の気配を感じ取ったからだ。『魔神の力』の持ち主には半ば必然的に『神気』と呼ばれるものを持つ。これはざっと説明すると『気』のようなもので、凝固しない限り目には見えない特別な力だ。『魔神の力』の持ち主はこれを扱い、凝固させることに非常に長けており、それをいかにコントロールするかが『魔神の力』の良し悪しにも作用するのだ。『神気』を必要な時以外引っ込められるやつほど力の扱いが上手く、出しっ放しにしてるやつほど案外弱かったりする。
つまり俺が『神気』を感じ取れたということは、『魔神の力』を持て余してるやつがこの先にいるということだ。
もしくは俺がここに駆け付けて来るのを見越して、敢えて『神気』を出している手慣れか。
もしも後者だったらやだなぁって思いつつ、俺は『神気』を感じる場所に向かった。
そこには夜の闇をボソボソと静かに照らす施設と、
「お前っ…」
「よぉ、穏雅。会うのは100年ぶりか? 俺は一度たりとも貴様への恨みを忘れたことは無かったぜ。まだ顔が痛むんだからな」
俺が『金の瞳の戦士』に覚醒したきっかけのやつがいた。コイツも俺と同じ『魔神の力』の持ち主で、その力を殺人に使いまくっていた、超危険な快楽殺人者だ。その力…というより他者を傷つけるのに躊躇いがない精神は、生前に俺をコイツに2度も敗北を喫させるほどだった。
そして3度目の殺し合いで、覚醒した俺はコイツを惨殺した。
「また俺にぶちのめされに来たってか、世津徒」
「残念ながら今は、世津徒じゃない。ドロフォロンスと呼んでおくれ。それと、ぶちのめされに来たのではなく、貴様をこの手で八つ裂きにしに来たんだ」
「へぇ、テレビに2秒ほどしか映らない哀れなお笑い芸人レベルに面白いこと言うじゃないか。やれるものならやってみろ…」
「ああ、でもその前に…この状況を見ても同じことが言えるかな?」
ドロなんたらはそう言って後ろの施設を親指で刺した。するとそこからは見たことのある顔が5人ほど現れ、その中に1人見慣れ過ぎた顔がいた。
「なっ…貴様らっ…」
「ご覧の通り、貴様に恨みを持ってる人達が他にもいてね。力を貸してやってるわけさ」
「美奈に…何しやがったぁ!」
「見ての通り眠ってもらってるわけだが…貴様が反撃したら首と腹に付けてるのがどうなるか…こっから先は口に出すのも恐ろしいね」
ドロなんたらとロボを作った研究員のやつらは美奈を人質にして俺の前に立ちはだかった。彼女の首と腹には黒い金属物質が巻き付いており生々しい導火線が繋がっている。そしての1人はその手にスイッチのようなものを握っている。恐らくそのボタンを押せば彼女の体は…
「さて、あの女の子を捨てて殴りかかって来てもいいんだよ? 貴様の言う『棚の本の上にうっすらと積もったホコリのようにムカつく顔』をさ。火力に不安があるのなら『金の瞳の戦士』になってもいいんだぜ?」
「クソッ…」
シュゥウウウウ…キィイイイイイイッ
ドロなんたらはトントンと顔を指差しながらムカつく言葉でそう言う。そしてスイッチを持った研究員はそれを俺に見せつけて、ボタンを押すふりをしてみせた。俺は拳を震わせながら『金の瞳の戦士』に変身する。
ガァンッ!
次の瞬間、俺の顔面を世津徒は殴り飛ばした。
「たーっはっはっは!! この時を待っていたっ! 貴様を潰すこの時をっ!!」
ドガッ! バキッ!
世津徒は高らかに笑いながら俺を殴り続ける。『金の瞳の戦士』は大幅な身体強化をもたらすものの、相手も『魔神の力』の持ち主である以上ダメージは免れない。ましてや感情が高ぶるほど『魔神の力』は増していき、こちらは守ることすらままならない。限界が訪れるのも時間の問題だろう。
「どうせなら馬乗りがいいな、あん時みたいによぉ〜」
「…」
ザスッ…
逆らえないまま俺は地面に仰向けになる。その瞬間、
バグァッ! バギョッ! メギャッ!
「ふはははっ!! いいざまだなっ!」
世津徒は俺の顔を何度も踏み潰した。『魔神の力』で強化された脚力は容易に俺の鼻と口から血を吐き出させ、顔の半分を赤く染め上げた。そしてとうとう俺の体に馬乗りになったドロは、ついにその拳を俺目掛けて振り下ろした。
「100年前と真逆だなっ!」
ゴシャァッ!
「俺はこうしてっ!」
ドグァッ!
「貴様に殺されたんだっ!」
ゴォンッ!
明確な殺意と憎悪を込め、さらに『魔神の力』で上乗せして拳が俺の顔に幾度と無く振り下ろされた。だんだん意識は薄れてゆき、『金の瞳の戦士』の変身も解けかかっていた。かつて俺が殺したやつに、今度は俺がやられるとは、しかも何もかも真逆の状態で。
結局、俺は何もかも守れない。守ると決めた女でさえ傷つけたまま。
「いいこと教えてやろうか。あの女、実はいい研究材料なんだぜ。何でも新しい生態実験で、強化人間を作るってことだ。じきにあの姿ともおさらばで、そのうち醜い化物にでもなるんじゃね? 洗脳もしてるし、試しに戦ってみるか? もちろん、愛しの女を傷つけるなんてしないよな?」
「…なっ」
そう言いながら世津徒は立ち上がり、美奈の元へと向かった。そして側にいた研究員達に何か告げた後、彼女の背中を乱暴に押してこちら側に突き出した。
「ゴミ共がっ…!」
「女ぁっ! 目の前の男を殺…いや、潰せ。立ち上がれなくなるほどになぁ」
美奈は目を開けると、虚ろな眼差しでふらふらとこちらに歩み寄る。その姿に彼女の意識は無かった。
「早く助けないと自我もその可愛い姿も変わっちゃうぞ〜」
「くそっ…くそっ…」
ザワッ…
俺は血を拭いサッと構えて拳を固めるが、美奈を殴る決意だけは固められなかった。
次回の投稿もお楽しみに




