His Name Is Yatsuto
お待たせしました
新章始まります
スラスラスラ…
「ふぅう…下界での異変はこれにて終幕ッ…っと」
何枚もの紙にペンを走らせ、下界で起きた異変の出来事を書き綴ってゆく1人の天使。机の上にはこの度異変に関わった者達やその行動が記されたメモ書きのようなものがいくつも置いてあり、天使はそのメモ書きに随時目を通してはその内容を紙に纏めてゆく。
そして机に長らく向かっていた末、その天使はこの度の異変の内容を1つの書物として纏めると、それを持って机からすっくと立ち上がる。だがずぅっと机にて態勢を固定していた天使の体はガチガキに固まっており、天使はぐるんぐるんと腰や肩を捻り回しながら出来た書物を審査してもらうため部屋を後にした。
するとそこへ、
スタスタ…
「下界での異変は纏め終えましたか? ラフサナファエル」
1人の天使がラフサナファエルと言う天使のところへやって来る。
「レリムテルェルさん…、えぇ、まぁ…。渡してくれた資料のおかげで、何とかこの通り」
「ふむ、確かこれはこの後ウルヒュトツエルに見せるんでしたね。少しばかり拝見しても?」
「お願いします、不備や書き損じる点があるかもしれないので」
「では早速…」
ラフサナファエルの元にやって来たレリムテルェルという天使はそう言いながら、その天使が仕上げた書物に目を通し始めた。そんなレリムテルェルには3対6枚、頭に1対、背中に2対の翼があり、雰囲気も何処となく並の天使を超えているものがある。
されどその雰囲気は嘘ではない。6枚の翼を持ちしその天使こそ並の天使を超えた存在、七大燎天使の1人、レリムテルェルなのだから。その権威はこの世の創造神である絶対神が最初に創りし4人の天使、四大天使に次ぐ程の力を持つ程だ。
レリムテルェルはハラリハラリと1枚1枚丁寧にラフサナファエルが作成した書物を見てゆく。そんな静かなレリムテルェルの姿をラフサナファエルは少々ハラハラとした様子で眺めていた。
そうしてとうとう目を通し終えたレリムテルェルは…
「なるほど…まぁ多少の粗はありますが、このくらいならウルヒュトツエルも恐らく許してくれるでしょう。よく出来ています。ですがこれに満足せず、随時精進して下さいね。大天使様」
ニコリと笑いながらその書物をラフサナファエルへ返す。
「は、はいっ。頑張りますッ。見ていただきありがとうございましたッ」
すると大天使ラフサナファエルはカチカチと緊張が抜けきっていない様子で自身が作成した書物を受け取る。そしてウルヒュトツエルに見せる前に目を通してくれてありがとうございましたとレリムテルェルに頭を下げた。
「そう畏まらなくても…私は燎天使で貴方は大天使。立場上は私よりも上なんですから、もっと堂々としてはどうですか?」
そんな畏まった態度にレリムテルェルはやれやれと呆れながら、本来ならば自分よりも立場が上である筈の大天使ラフサナファエルにそう言った。
「アハハ…同じことをこの間、ラファクルエルさんにも言われましたよ…。でも自分は他の方々とは違って元から天使としていたわけでもなければ、ここ天界に住んでいたわけでもありませんから…。それに自分が今こうして大天使としていられるのも他の天使様の方々の理解と支えあってこそですし…、そう考えると頭なんか上がりませんよ」
「謙虚ですねぇ、相変わらず貴方は」
しかしラフサナファエルは自分が大天使としていられるのは、他の天使の方々が自分を受け入れてくれたからであり、大天使として天使にやれああしろこうしろなどと上から物事を言うのは出来ないと謙虚に振る舞う。
「まぁいいでしょう。貴方はまだここに来て100年程度しか経っておらず、大天使になったのも極々最近の話ですからね。それでは私はこれで。ちゃんとウルヒュトツエルにも見せて、指摘や修正を貰うこともお忘れなく」
「はいっ」
そう告げてレリムテルェルはその場から立ち去り、ラフサナファエルはその書物を持ってウルヒュトツエルの元へ向かう。
これが天界での日常風景。人と人とが関わり合いながら生きるように、天使と天使同士もお互い会話を交わしながら暮らしている。
しかし天界に住む天使には、創造神が創りしこの世界の秩序を守るという使命がある。世界に異変が起きれば、世界の秩序を乱す存在が現れれば、天使はそれを解決へと導かなくてはならぬのだ。そして異変が終わった後も、どんな異変が起きてどのように解決したかを書物に書き留め、再発防止に努めるのも天使としての仕事だ。
ラフサナファエルは大天使として、この度下界にて起きた異世界からの侵略、そして静かに行われた複製と本物の戦いとその終幕を書物に纏めていた。
しかし大天使という立場にありながら何故下の立場である燎天使を相手に強く出ることが出来ないのか。
それは大天使ラフサナファエルの出生、そしてその人生にあった。
――
大天使ラフサナファエルは元より大天使ラフサナファエルとしてこの世に生を受けたわけではない。およそ100年程前、下界の1つの民家にてその者はこの世に生を受けた。
その者の名は松田八津飛。2人の親の間に生まれた、1番最初の男の子である。松田家の長男として生まれた八津飛は両親の愛情をたっぷり注がれながら成長した。それこそ少々わんぱくなところもあるが、子供ならではの純真無垢さと優しさを持つ男の子に。
そして7年後、八津飛が7歳となった時のこと、3人家族の中にもう1人の家族が加わった。男の子だった。
両親は新しく生まれたその子供に穏雅と名付け、新しい家族として宿泊しながら穏雅を迎え入れる。家族の中でも特に八津飛は生まれて初めて出来る弟という存在を大いに喜び、毎日毎日穏雅のことを兄として可愛がった。幼い手つきながら弟の頭を撫でてやったり、弟が泣いてしまったら親に代わってあやしてあげたり、すやすやと弟が寝つくまでその様を見守ってやったりと。
それが自身の喜びであり、兄として、家族としての役目だと八津飛は思っていた。
ずっとこの幸せが続く。家族といつまでも幸せにいれる。
八津飛はそう信じて疑わなかった。当時8歳であった八津飛は、この幸せが壊れるなどと考えもしなかった。
だが、ある日突然その幸せは終わりを迎える。
それは本当に単なる事故。今にも変わりそうな信号を渡ろうと乳母車を押しながら交差点へと駆けてゆく。けれども八津飛が渡ろうというすんでのところで信号は赤へと変わってしまい、交差点の前でその足を止めざるを得なくなってしまう。
八津飛は弟穏雅が乗った乳母車を押しながら猛ダッシュで駆けていたことで、ふぅふぅ肩で息をしながら後方に置いて来てしまった母親を待つ。
その時、ほんのわずかにその幼い体が危険な場所とも分からずのすぐ側にあったからか、それともその小さな体が死角にすっぽり収まっていたからか、
ギャアアアアアッ!!
「っ…?」
辺りを切り裂くかのごときやかましい音が響き渡ったと思えば、
「あっ…」
ドギャアンッ!!
瞬間、先程まで八津飛が立っていた場所に中型のトラックが突っ込んで来た。その勢いはいとも容易く彼の体を吹き飛ばし、そして若き命を奪ってしまった。
だがそれは偶然か、それとも弟を守るために彼の体が反射的に取った行動なのか、穏雅が乗った乳母車だけはその惨劇から逃れていた。たまたま乳母車が回避したのか、それとも弟を守って来た兄の体が反射的に乳母車を押し出したのか。
その事実は八津飛本人にも分からないだろう。
そして死んだ八津飛の魂はあるべき場所へと向かう。
生前罪を犯し者の魂は地獄へ。
善行を積みし者、または罪を犯す間もなかった者の魂は天国へと。
8歳にしてこの世を去った八津飛の魂が逝く場所はあの世であった。
次回の投稿もお楽しみに
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