鬼と呼ばれる男
第2章、始まります
ズドォオオオンッ!!
巨大な力同士がぶつかり合う。そのエネルギーは衝撃波となって、激戦の爪の残る森の中をビリビリと震わせた。
「……」
「……」
シィン……
その台風の目となる両者はその場にピタリと固まったまま動かない。見れば互いの拳が重なり合い互いの頭を捉えている。その体は幾多の生々しい傷跡があり、百や千など軽く超えた拳が飛び交ったことを想起させる。
ポタッ…ポタタッ……
両者の傷跡からは血が吹き出ては滴り落ち、足元を真っ赤に染め上げた。そしてついに…
ズルッ……ドシャアッ
片方がズルリと崩れ落ちた。するとそれに続くようにもう片方も…
ドドォッ
上に覆い被さるように倒れ伏せた。両者はそのままピクリとも動かず、ただただ血だけが地面を濡らした。
その直後、両者の戦いが呼んだのか、はたまた天の悪戯か、
グゴゴゴゴゴッ…
と大地が割れて両者をゴクンと飲み込んだ。2人の体は亀裂の中を転げ落ち、そのまま二度と帰って来ることはなかった。
『松田 穏雅』 死亡、享年15歳。
『???』死亡、享年不明
――
ピピピピッ…ピピピピッ
「……っあぁ」
プツッ
目覚ましのアラームが耳元で響くから、俺はグッと手を伸ばして止める。時計の針が指す時刻は4時、いつも通りだ。俺はズルズルとベットから這い出ると脳の片隅に残っている眠気を飛ばすため、洗面所の冷水で顔を洗う。
そして服を着替えてから体をねじると、靴を履いて外に出る。
「ふぅう」
一息吐いてから俺は走り出す。まだ日は昇っていないから、頼りになる光源は街灯だけだ。とは言えど家の近くにはほとんど無いから、この時間帯はめちゃくちゃ暗い。普通の視力ならせいぜいライト片手に歩くのがやっとだろう。
しかし俺は違う。
並の視力を持っていたあの頃が懐かしくなるくらい、俺の体は変わってしまった。こんな暗い道ですら、全く気にせず走れるくらいに。
(夕飯の献立どぅすっかなぁ…)
走っている最中に夕飯の献立を考えるのも、最早日課になってしまった。正直、俺にはこれと言った好き嫌いが食べ物にはないから、献立など何でもいいのだ。
しかし現実はそう甘くはない。家にとんでもないグルメ…というよりワガママの塊が住み着いてしまってから、俺の食事情はだいぶ変わってしまった。毎日毎日美味い飯を求めるし、いい歳して好き嫌いは多いし、仕事帰りに今日はコレ食べたいと唐突に言って来るし、手をかけて作った料理を美味しい美味しい言って食べてくれる。
さて今日の献立だが、確か冷蔵庫の中に賞味期限が近いバラ肉があったからキャベツと合わせて適当に炒めるか。なんて考えてたらもう走り終えてしまった。毎朝きっちり1時間、決まった道を決まった速度で走る。
約百年か、俺はずっとこうしてる。地獄に堕ちてからずっと。
家に着いた俺は手洗いとうがいを済ませてから、リビングの真ん中で腕立てを始める。当初こそ息もきれきれ、汗もダクダクの状態でやっていたが、1週間もすれば慣れてしまった。そして百年も経てば考え事をしながらでも出来るようになった。
そうして1時間走り終えたら、また1時間ぶっ通しで筋トレする。腕立て以外にも腹筋背筋スクワットとか、気分で変えることもあるけどサボることは決してない。一般人の思考なら俺のやっていることは逆効果だと言うだろうが、俺からしたらこれでもちょっと物足りないくらいだ。たった2時間ぽっち体を動かしたくらいじゃ張り合いがない。
なんて誰にも言われたことの無い不満への文句を考えつつ、トレーニングを終えた俺は風呂場でシャワーを浴びる。別に汗をかいたわけじゃないけど今までずっとやっていることだから、しないとなんとなく気持ち悪いのだ。
「ふぅ…」
俺はタオルで全身を拭き終えると、その足で真っ直ぐ台所に向かう。
そして冷蔵庫の中から油揚げや豆腐、小松菜と味噌を取ると、包丁片手に適当な大きさに刻む。今日の主食はご飯だから、それに合うように味噌汁とおかずを作るのだ。小さい鍋に出汁の素を入れたら火をつける。水が湯に変わる前にパキャパキャと卵を2つ、ボウルに割り入れてかき混ぜる。熱湯が滾る中きわかめを投入しさらに出汁を作りながら、その隣で適当に卵焼きを作る。形にはこだわらない。どうせ腹に入れば一緒だし。
そんなこんなで味噌汁と卵焼きの完成を見計らったかのように、炊飯器が炊き上がりの声を上げる。グットタイミングだ。俺はその音を合図に寝室にいるワガママの塊を起こしに行く。
ワガママの塊は細長いクッションに巻き付き、ぐーぐーぐーぐー寝息を立てている。このクッションも毎晩毎晩巻き付かれるからかなりくたびれ、中の綿もだいぶほぐれている。あまりに締め付けられ過ぎてるから、ぶっ壊れるまであと1年も無いだろう。また新しいのを探すか、と思いつつ俺はワガママの塊の体を揺すって起こす。
「美奈、起きろー。朝だぞー」
「んんぅ……穏雅ぁ……あともうちょっと〜……」
「そう言っていつまでも起きないじゃん。ほら、味噌汁が冷めるから早く起きろー」
「5分だけ〜、5分寝たら起きるからぁ〜」
美奈はベットの中でうねうねゴネながら起きようとしない。これもいつものことだ、毎朝毎朝こうやって、布団の中でぐねぐね。毎朝2時間のトレーニングなど、彼女を叩き起こすのに比べたら何倍も可愛い。
「前にそう言ったら、もう5分〜って言って聞かなかったじゃんか。いいから早く起きなさいっ!」
ガバッ!!
「ひゃぁんっ!」
そう言って俺は美奈から力強く布団を引き剥がす。すると彼女はひゃあっと甲高い声を上げ、シーツを巻き込みながらぐるんと丸くなる。
俺は布団をたたみながら、別のベットに寝ているもう1人に目をやる。その子はスゥスゥと静かな寝息を立てながら可愛らしい寝顔を見せた。俺はキャスターの付いたベットを押しながら、美奈に早く起きて来るように言う。彼女はブーブー文句を言いながらも、ベットからズルズル這い出る。
そして朝食の時間、今日も彼女は美味しい美味しい言いながらばくばく食っていく。この言葉が欲しいために、俺は毎日腕を振るうことが出来るのだ。そしてその笑顔が今日も頑張ろうって気にさせてくれる。
俺の仕事は一般人の精神がやれるものでは決してないから。もし常人にその仕事をやらせたら、3日持てばいい方だ。最悪、初日で消えるのもありうる。しかも周りからは悪評しか来ないからやり甲斐もほとんどない。
しかし仕事の成果によって収入も変わるから、2人を養っていくには我慢するしない。ワガママの塊と無力な子を守っていくには。
「そんじゃ、美奈。仕事行ってくるから、清のこと頼んだぞ。昼食は冷蔵庫にあるから」
「おっけー、いってらー」
俺は家族にそう言って家を出る。買った後に改装したから、その費用もさっさと払い切らなくては。ソイツは金にがめついやつだから、延ばせば延ばすほど利息が付いていってしまう。そのローンのためにも大切な家族のためにも、今日も大鎌片手に現世に戻る。
俺の仕事は『死神』。命を刈り取り、あの世に送ることだ。
今日も獲物を探して現世をうろつく。とは言えどいい獲物なんてコロコロ転がっているはずもなく、それらしき影はどこにもない。まぁ獲物がいないということは平和の証だから、そっちの方がいいんだろうけど。
なんて諦めかけたその時、悪霊の気配が路地裏から感じた。俺はその場にすっ飛んで行くと、なんと青年が悪霊に話しかけているのだ。見ればその悪霊は何人もの魂と同化しているタイプだから、当人はきっと気づいてないのだろう。
(助けねぇと…っ!)
俺は大鎌片手にその悪霊に挑んで行く。相手になるかは分かんないけど。
次回の投稿もお楽しみに




